第151曲 10年の結晶
「それじゃ小学生のガキンチョが名探偵やってるお店に行きましょうか」
いや言い方。怒られるよ。
ちゃんと中身は高校生に成長してるからね。
元気よくみんなを先導しようとする琴音ちゃん。
さっき一瞬元気がなさそうに見えたけど、気のせいだったのかな。
「琴音ちゃん大丈夫?」
声をかけてみたら、きょとんとした顔をされてしまった。しまった、思い過ごしか。
「わたしのことも気にしてくれてありがとう。でも大丈夫だよ。さ、サンドイッチ食べに行こ!」
すぐに笑顔になって元気よく答えてくれる琴音ちゃん。やっぱりどこか変だ。
「サンドイッチじゃなくてもいいよ? 琴音ちゃんの好きなものを食べに行ってもいいからね」
「そんなんじゃないよ。せっかく今日こうやって一緒に行動できてるんだから、たくさん思い出を残したいなと思っただけ」
それだけじゃないような気もするけど、無理に聞き出すようなことでもない。
本人が大丈夫というなら……。
「もう、そんな顔しないで。ほんと誰にでも優しいんだから。いい思い出、作らせてね」
「琴音ちゃん……」
これ以上踏み込むのは野暮というものだろう。琴音ちゃんの言うとおり、いい思い出を作れるように楽しもう。
「いっぱい楽しもうね! 琴音ちゃんは何食べるの?」
「わたしはチキンカレースープとライ麦パンのオープンサンドにしようかなと思ってるよ」
「だったら半分こしようよ。その方がいろいろ楽しめていいでしょ」
琴音ちゃんが目を瞠る。
「ゆきちゃん……。いいの?」
「もちろんだよ」
そんな話をしている間に、目的の場所にたどり着いた。
さっそくテラス席を確保して各々注文。わたしは琴音ちゃんと分け合いをする約束をしていたので、隣同士に座ることに。
他の姉妹から何も文句が出ないあたり、みんなも何かを感じ取っていたのかもしれない。
「ゆきちゃんありがとね」
「なに急に改まって。これが最後でもあるまいし気持ち悪いよ」
「気持ち悪いってひどい! でもそうか、そうなんだね。ねぇゆきちゃん、いつまでも友達でいてくれる?」
すがりつくように尋ねてくるその瞳は少し潤んでいる。
胸が痛いけど、これもまた乗り越えておくべき「やらなくてはいけないこと」だ。
「違うよ」
わたしの返答に驚いた表情をする琴音ちゃん。最後まで聞いてってば。
「琴音ちゃんは小さいころからずっとパートナーとして一緒に踊って唄ってくれた『相棒』でしょ」
「ゆきちゃん……」
みるみるうちに涙が溜まっていくのが見えるけど、それがこぼれることはない。
「だったらどちかかが解消しない限り、いつまでも相棒だね」
嬉しそうにサンドイッチを頬張る琴音ちゃん。
「わたしの方から解消することはないから大丈夫だよ。琴音ちゃんに愛想を尽かされないか心配だけど」
「わたしが解消なんてするわけないじゃない」
そう言ってお互い微笑みあう。
少しでも琴音ちゃんの心に光を照らすことができたのならいいんだけど。
「……ありがとう、ゆきちゃん。やっぱり大好きだなぁ」
いつもとは少し違う、儚げな笑顔。
わたしは何も言うことが出来ない。姉妹たちも黙って成り行きを見つめている。
「だけどね、わたしは完全に諦めたりしないから!」
それまでの憂いを振り切るかのように言い切って見せる。
琴音ちゃんはそっちの方がいいよ。沈んでいる姿なんて似合わない。
「隙があったらいつでもゆきちゃんを奪いに来ますからね! お姉さんがたも覚悟しておいてください」
挑戦状を叩きつけるかのようなセリフ。だけどここにいる全員がその真意に気が付いているだろう。
「隙なんて見せるかよ。何があっても心変わりなんてしない。そんな覚悟はもうとっくにできてるよ」
「そうですね。ゆきちゃんにいなくなれって言われるまでは、いつまでもそばにいます」
「絶対離れない」
「迷惑だって言わない限り、ゆきちゃんを幸せにできるのわたししかいないって思ってるからね!」
琴音ちゃんの挑戦を受けて立つかのように、口々に力強く言い切る姉妹たち。
いなくなれなんて言えないし、迷惑だなんて思うはずもない。……だけど困るんだよなぁ。
「さすがお姉さん達です。それでこそわたしのライバルに相応しい。ゆきちゃんも年貢の納め時ですね」
少し意地悪な顔でこちらを見つめる琴音ちゃん。
わずかな寂しさは残るものの、その表情はどこか晴れやかだ。心の切り替えが出来たということだろうか。
「またそんなこと言って。わたしはどこにも納まったりしないってば。いつまでも変わらず、あの家で唄い続けるよ」
変わらずそこに存在するという事実だけで安心できることもある。
わたしがそんなことを言うのは間違っているのかもしれないけど、今のわたしにはそうやって自分の存在をみんなの意識に固定することしかできない。
いなくなったりしない、いつまでもそこに在るものとして。
「ふふ、いつまでそんなことを言ってられるのかな。わたしが認めた人たちは手強いよ」
いつまでも何も、わたしはそう言い続けることしかできないんだよ。
「わたしのことはいいから。それより、サンドイッチを半分こするんでしょ」
「誤魔化した。まぁいいけどね。半分こするならナイフでももらう?」
見たところ軽食しか提供してないようだけど、ナイフなんて置いてあるんだろうか。
「あ、そう言えばもう齧っちゃったよ。反対側から食べる?」
下手に手渡しをすると中身がこぼれてしまいそうなので、バスケットごと交換することにした。
琴音ちゃんから受け取ったパンをちぎり、カレースープに浸して食べる。スパイスが効いてるけど辛すぎず、食欲を誘ってくる美味しさ。
隣ではわたしが渡したバスケットを前に、じっと動かない。
「食べないの? すごく美味しいよ。それとも食べかけが嫌だった?」
「……ゆきちゃんの食べかけ……。ハァハァ……」
違った。何やら興奮してる様子の琴音ちゃん。
「いただきますぅ~!」
勢いよくかぶりついた。寸分違わず、わたしが齧った跡に口をつける。
えぇぇ、そこまで?
「今のはゆきが悪いな」
「変態さんに食べかけを渡せばこうなるってわかりそうなものですよね」
「無自覚でこういうことを平然とやるからタチが悪いんだよね」
「有罪」
みんなからもひどい言われようだ。
周囲にいるのはみんな変態だと仮定して行動しないといけないんだろうか。
というか少しよそ見をしている間にわたしのサンドイッチが全部食べられてしまったんだけど。おまえもかよ!
「ゆきちゃんの唾液付きだと思うとこの世のものとは思えないほど美味でした。おかわり買ってくるね」
言い方が生々しいって。わたしの唾液はスパイスですか。
「あ、琴音は座ってな。ドリンクを買いに行くからついでに買ってきてやる」
そう言って席を立つより姉。より姉なりの気づかいなんだろうな。
「ありがとうございます! その間にわたしはゆきちゃんにカレースープを食べさせておきますね。はい、あーん」
わたしの前にあった琴音ちゃんのカレースープを取り上げられ、スプーンが差し出される。
「ちょっと琴音ちゃん? お外でこういうのは恥ずかしいんだけど」
「問答無用です。ゆきちゃんはわたしの思い出作りに協力するということで、これを食べる義務があるんですよ」
とんだ義務を発生させてしまったものだ。
他の姉妹も苦笑いをするだけで、いつものように助けてくれないし。
その後、より姉が買ってきてくれたサンドイッチのおかわりもわたしの手元に来ることはなく、すべてを餌付けされてしまうのだった。




