第149曲 次の機会
なんだこの状況。
左右に二人ずつ。四人がかりで頭突きをされているような図。
目が覚めたら周囲を包囲されてしまっていた。
結局四つのベッドに五人がかりで眠っていたのね。みんな幸せそうな顔で眠っている。
なんでこうなったかを考え、昨日のことを思い出す。ひよりが持ってきたジュースを飲んだらなんだか気持ちよくなって……。
……うん、忘れよう。
お酒のせいで記憶にございません。これでいい。
全記憶障害? お酒のせいだから。ワタシナンニモオボエテナイ。
四人を起こさないようにそっと布団を抜け出て、洗面所へ。時間はまだ六時だからまだ寝かせておいてあげよう。
鏡の前に立ち、自分の姿を眺める。
頭はすっきりしているから、お酒は残っていないようだ。確か三本飲んだよな。オボエテナイケド。
でも昨日は楽しかったなぁ。たった一日の出来事なんて信じられないくらい。まるで一週間経ったような気分。
今日も楽しい一日が待っているのかな。
歯を磨き、髪を整えて戻ってきてもみんなはまだ眠っている。四人の寝顔を見つめ、ひとり微笑んだ。
わたしの愛しい天使様たち。ベッド際に頬杖をつき、しばらく眺めることにした。
いくら眺めていても飽きることがない、愛する人達。自然と笑顔になってしまう。
誰かひとりを選ぶことなんてできないけど、眠っている今なら愛しい気持ちをみんなに向けてもいいよね。
「大好きだよ」
ぽつりとつぶやく。
「あたしもだ」
「わたしも」
「わたしもです」
「下に同じ」
空耳かと思った。眠っていると思ったのに全員から同時に返事があるなんて。
「ぷっ。なんて顔してやがる」
より姉の目が開いている。いや、みんな起きてた。
「ね、寝たふりしてるなんて……趣味が悪いよ」
口を押さえてそっぽを向いた。顔が熱い。
「あんな熱い視線を注がれたら起きれないよ」
悪い顔をするひより。熱い視線って……。
「い、いつから?」
「ゆきちゃんが洗面所へ言ってる間にみんな目が覚めましたよ」
最初からやん。はずかちぃ。
「長時間大変だった」
それ以上はやめてください。ニコニコしながら眺めていた自分を殴りたくなるので。
「幸せそうにじーっと眺めてるかと思ったら『大好き』だもんなぁ。キュン死するかと思ったぞ」
やめろぉぉぉぉ!
「ゆきちゃん布団に隠れちゃった。昨日から引き続いて可愛いなぁ」
昨日のことも忘れてください! わたし覚えてないので!
「昨日のゆきはばっちりカメラに」
そう言えば撮ってた!
うぅぅ。逃げ道がないよぉ。
「恥ずかしがらなくていいぞ。めっちゃ可愛かったからな。ほら、ここに来い」
四人の真ん中をポンポンしてるより姉。死刑台に上る囚人のようにもそもそと登っていくわたし。
うつぶせに転がり、五体投地のポーズ。もう好きにしてください。
「何顔を伏せてるの。こっち向いて」
四人がかりでひっくり返された。オムレツにでもなった気分。
そしてまたしても四人頭突きの図。
「炎の字?」
「ぷっ。ゆきちゃんの発想、より姉と同じだ」
えぇぇ。心外だ。
「なんだその不服そうな顔は。あたしは爽やかって言ったぞ」
似たようなもんでしょ。
「〆の部分が大きすぎるよ」
「それも言った」
いつの間に。
「え、もしかして夕べからこの配置で寝てたの?」
「そうですよ。ずっとゆきちゃんに寄り添って寝てたので目覚めすっきりです」
なんてこった。道理で少し体が痛いわけだ。
「それじゃもう十分に堪能したでしょ。そろそろ起きようか」
いつまでもこの状況はいたたまれないので空気を刷新したいのですが。
そう思って体を起こそうとしたら四人同時に腕が伸びてきて押さえられた。
息ピッタリだな。
「まだ時間はあるだろ。しばらくはこのままで」
より姉とあか姉に左右から顔を抱えられ、完全に身動きが取れなくなってしまった。顔だけ見えてる状態は磔の刑。
びくともできないまま、時間だけが過ぎていく。
こんなのんびりした時間もたまにはいいかな。
宿泊プランに朝食は含まれているので、レストランへと向かった。
ビュッフェ形式なので好きなものを食べられるのはありがたい。
「より姉はちゃんと野菜も食べなよ」
一部要注意な人物もいるけど。
「朝くらい好きなもの食べさせてくれよー」
ほっといたら好きなものばっかり食べるでしょうが。
「みんなの栄養管理もわたしのお役目なんだからね。バランスよく食べて、いつまでも元気でいてもらわないと」
「母さんみたいだな。ゆきならいいお嫁さんになれそうだ」
またそんなことを言う。
「どこかに嫁いじゃっていいの?」
「あたしのとこならいいぞ」
なんだそりゃ。それは嫁ぐとは言わないでしょ。
「あ、より姉ずるい!」
ひよりまでこんな馬鹿な話題に参戦しなくていいから。
「ゆきはわたしがもらう」
あか姉まで。
「そうやってみんなで争っている間にわたしがいただきます」
漁夫の利を狙うかの姉。ドロドロした感じはやめて欲しいな。
「っていつの間にわたしが嫁に行くことになってんの。どこにも行かないってば」
「まぁゆきは一人じゃ満足できねーもんな」
「違うわ」
人聞きの悪いことを言うんじゃありません。
「さすが絶倫ゆきちゃん」
その言葉は今すぐ忘れなさい。純真無垢なひよりを返して。
「バカな事ばっかり言ってないでしっかり食べないと。今日は残り全部回ってしまうからね」
収集がつかなくなりそうなので話題変換。
明日からは花火大会と大阪観光なので、今日の内にテーマパークは制覇しておきたい。
「回り切れなかったらまた来年にでも来ればいいじゃねーか」
より姉が不思議そうな顔をして言う。普通はそうなのかもしれなけど。
「来年になったらまたリニューアルしてるかもしれないでしょ。今ある分を回っておけば、来年は一日で済んで残りを観光に回せるだろうと思ってね」
理由としては至極真っ当だろう。
だけどより姉は訝しむような顔でわたしを見てくる。
「どうしたの? 大阪に来たんだからもっと美味しいもの食べたいと思わない? スイーツだって一日や二日では回り切れないくらいあるよ」
「……ならいいんだけどよ。なんだか急いでるような気がしてよ」
そんな風に見えてたのかな。急いでるつもりはなかったんだけど……。
「それに園内にだってまだまだ食べきれていないものがあるからね! バナナチョコフレーバーにホットチョコ、バタービールにサンドイッチ!」
「聞いてるだけで胸焼けがしそうだな」
苦虫をかみつぶしたような顔をするより姉。どれだけ苦手なのさ。
でも気を逸らせたようでよかった……。
「来年も、その次の年も。ずっとみんなで遊びに来るんだからな」
誤魔化せてなかったみたい。
真剣な顔で念押しをされてしまった。
「より姉どうしたの? なんか顔が怖いよ」
ひよりがより姉の雰囲気に気が付き、声をかけてきた。しまったという顔をするより姉。
もう、そんな顔をしたら余計に怪しまれるでしょ。
「あー、その。なんだ……」
そこで固まるか。
「より姉は社会人だから、来年からはわたし達だけで来たりしないか心配してるんだよ」
「そ、そうそう。うちでは仲間外れは絶対ダメだかんな!」
誤魔化すの下手か。動揺しすぎだっての。
「ふーん。ま、いいけどね。ゆきちゃんさえいればわたしは何でもいいし」
「なんだよひよりー。お姉ちゃんのことも大事にしろよー」
「やーだよ。より姉、ゆきちゃんみたいに優しくないもん!」
またそんなこと言って。より姉が優しいのはひよりだって分かってるくせに。
「ゆきちゃんはダメだよ。ずっと一緒に来ないと許さないんだからね!」
「そうですね。わたし達の中心はいつだってゆきちゃんなんですから」
「天上天下ゆきが独尊」
なんだそれ。わたしはお釈迦様じゃないよ。
でも冗談めかしているようで、どこか真剣な眼差しの四人。やっぱり不安にさせちゃってるよね。ごめんなさい。
より姉はなんとなく予想してるみたいだけど。
さすがは長女と言うか、なんだかんだで頼りになるよね。
みんなのことも、お願いします。




