第148曲 眠り姫は桃の香り
お風呂から上がり、ソファーでぐったりするわたし。つ、疲れた。
「ゆきちゃん、生きてる?」
「死んでる」
「平気そうだね」
どこらへんが?
暴走する二人を止めてくれないから大変な目に遭ったんですけど。
「なんで止めてくれなかったの」
ソファーに突っ伏したまま恨み言を述べる。
「だって酔っ払いに逆らうのめんどくさいんだもん」
顔だけを上げてちらりとテーブルの上を見ると、ビールの缶とチューハイの缶がそれぞれ三本ずつ。
酔ってやがったな、あの二人。弱いくせに飲むからだ。
でもお風呂で少しは酔いが醒めたのか、新しい缶を開けている。もう酔っても知らないからな。
「くはぁ! お風呂上りに冷えたビールはたまらんな!」
やっぱりオヤジ臭い。
「ひより~。わたしも飲み物欲しい」
お風呂でのぼせて喉がからっから。干物になっちゃうよ。
「お水がないからジュースでいい?」
「なんでもいい~」
缶ジュースを受け取り、一気に流し込む。あ、これ美味しい。
桃の味が爽やかで、乾いた喉に気持ちよくてあっという間に全部飲んでしまった。
「これ美味しいね。気に入っちゃった」
「もう一本あるみたいだけど、飲む?」
誰が買ったのか知らないけど、なくなったらまた買っておけばいいだろう。
「もらう~」
なんだか気分がいいので二本目をいただいた。やっぱり美味しい。
「あれ? もうなくなったんですか?」
かの姉が何かを探してる。えへへ、どうしたのかな。
「ひよりちゃん、わたしの桃のチューハイ知りません? まだあるはずなんですけど」
ん~?
どうしてひよりは慌ててるのかなぁ?
* * *
ヤベ。ジュースだと思ってゆきちゃんにお酒の缶渡しちゃった。
「あらあら。ゆきちゃんが飲んでしまったんですね~」
「ふにゃ?」
お風呂上がりの乾いた体に二本一気飲み。しかもまだ点心食べてないから空きっ腹。
今までに見たことないくらい、ゆきちゃんの目がとろんとしちゃってる。
「ひより~」
なんかすり寄ってきたんだけど。ゆきちゃんって酔うと甘えん坊になるのかな。可愛い。
「もっとジュースないのぉ」
「ちょっと、ゆきちゃん? そんなにしがみつかれたら動けないよ。酔ってるの?」
そりゃ酔ってるよね。聞くまでもないか。
「んん? ジュースで酔うわけないでしょ。それよりおかわり~」
あぁ、酔っ払いってみんな酔ってるって認めないんだ。ゆきちゃんも同じだったか。
「ごめん、ゆきちゃん。さっき渡したのお酒だったみたい。てへ」
「そうなのぉ? もう、ひよりのうっかりさん。でも酔ってないから大丈夫だよぉ。おかわり~」
いや、めっちゃ酔ってるよね。これ以上飲んだらダメだってば。
五人中三人が酔っ払いかぁ。これは手強いな。
「どうちてイジワルするのぉ? ジュースちょうだい」
ジュースじゃないって言ってるのに。
おねだりするゆきちゃん、可愛いけど。
「ゆきちゃん、ここにもありますよ~」
あ、こらかの姉! どこに隠し持ってた! 自分の飲みかけか!
止める間もなく受け取って飲んでしまうゆきちゃん。あ~あ、もう知らないよ。
「ひくっ」
可愛らしいしゃっくりをするゆきちゃん。なんでいちいち可愛いかな、この生き物は。
「ちょっとあか姉、助けてよ」
さすがにこの状況をひとりでさばくのは無理。だけどあか姉はスマホを握って真剣な顔。何してるのかな?
「酔ったゆき。レアだから撮る」
おいおい。
「流出させたらダメだよ。ゆきちゃん炎上しちゃう」
「そんなヘマしない。わたし専用」
「後でわたしにもちょうだい」
バカなことやってる場合じゃないんだけど。こんな可愛いゆきちゃんは永久保存しておきたい。
あか姉の気持ちは分かるから戦力外として、この酔っ払いどもをどうしよう。
より姉とかの姉は楽しく酒盛りしてるし、放っておいても大丈夫かな。問題はゆきちゃんだ。
今まで飲んだこともないお酒を三本も飲んですっかり出来上がってるゆきちゃん。わたしが原因なんだけど。
「ゆきちゃん大丈夫?」
なんだかボーっとしちゃってるけど、ちゃんとここにいるのかな?
「ん? えへへ、ひより~」
大丈夫か聞いてるのに抱き着いてきた。日本語が通じてないな。
「ひよりだいしゅき~。かわいい」
可愛いのはあんただよ。なんだだいしゅきって。わたしを悶絶させたいの?
「なんかね。なんかね。体がふわふわ~って。ふわふわで気持ちいいの」
ダメだ。可愛すぎるぞこの生き物。早く何とかしないとわたしがもたない。
「ゆきちゃん酔ってるんだよ。少し早いけどベッドに行って寝る?」
「酔ってない~。それにひよりもまだお風呂入ってないでしょ~」
「はいはい。わたしはゆきちゃんが寝てから入るからいいよ」
「一緒に入る~?」
ぶはぁ! いかんいかん。このままでは理性が飛んでしまう。
お風呂、一緒に入りたいけど!
「拳を握りしめてどうしたの~?」
しまった。心の葛藤が。
「惜しいけど! 入りたいけど! 今のゆきちゃんをお風呂に入れるのは危険だから断念する。ほら、もうベッドに行こう」
わたしの決心が鈍らないうちに寝かしつけないと。
「しょうがないなぁ。久しぶりにお兄ちゃんが寝かしつけてあげるね」
逆なんだけどな。まぁいいけど。
「どっちの部屋で寝るの~?」
そう言えばまだ部屋割りを決めてなかった。ベッドは六台あるんだけど、なぜか二部屋に分けて二台、四台となっている。なんでだ。
酔っ払いの姉二人を狭い方に押し込んで三人で広い空間を使う方がいいのかな?
「二人きりで寝る~?」
ぶほぉ! またそんな強力な誘惑を……。
さすがにそれはマズいでしょ。
でも……。
「わたしも寝る」
あか姉がいた。そうだよね。さすがにそれは無理だよね。
……残念。
「あか姉はお風呂入ってきて。心配しなくてもゆきちゃんは大きい部屋に連れていくから」
血の涙を流す勢いで自分を律するしかない。
ほんとどうしてくれようか、この天然ジゴロは。
あか姉がお風呂に行く前に手伝ってもらい、ゆきちゃんをなんとかベッドまで連れていくことに成功した。
「ほら、ひよりもおいで~」
横になり、両手を広げて誘惑してくるゆきちゃん。やめてぇぇぇ!
酔ったゆきちゃん、恐ろしい。
「お外でお酒飲むの禁止ね」
「ん?」
こんな無防備なゆきちゃん、他の人の前で見せたら一発で餌食になってしまう。
わたしの前ではいいよ。
また見たくなったら飲ませてみようかな。でへへ。
「ひより~?」
いかんいかん、あまりの可愛さにトリップしてしまった。
「ちゃんとここにいるよ。そろそろ寝ようね」
隣に寝ころび、笑顔を向けた。ずっとそばにいるからね。
「もっとそばにおいで」
もう眠いのか、目を細めて手を伸ばしてくるゆきちゃん。その表情があまりにも綺麗で、心臓がひゅってなった。
そんな顔をされたらもう抗えない。
腕の仲に飛び込み、胸いっぱいにゆきちゃんの匂いを吸い込む。桃の香りだぁ。
「甘えん坊だね。かわいい~」
可愛いのはゆきちゃんだよ。
おもむろにわたしの髪をかき分け、おでこにキスをしてくれた。また心臓がきゅーってなる。
腕の中でしばらく悶えてしまう。嬉しい。もうほんと大好き。
でも、どうせキスをするならおでこじゃなくてこっちがいいなぁ。
自分の唇を指でなぞり、ゆきちゃんの唇をじっと見る。瑞々しくて、色っぽい唇。ちょっとお酒臭いけど。
「ゆきちゃん?」
気が付くと寝息が聞こえてきた。寝ちゃったかぁ。
……キスしたら起きるかな。
邪な考えを持った王子様の前で寝るのが悪いんだよ、桃の香りの眠り姫。
「ゆきー! 寝ちゃったのかぁ?」
「依子さん、しーっですよ」
「なんだ、寝てるのか。ってひよりも?」
……起きてるよ。ただ顔を見せられないだけ。
「より姉、声が大きい」
「なんだ起きてるのか。なんで顔をゆきに押し付けてんだ?」
きっと真っ赤だから。
「ゆきちゃん起きちゃうから静かにして」
「ん」
息をひそめる気配。きっと二人ともゆきちゃんの寝顔を覗き込んでいる。
いいよ。今はとっても幸せだから寝顔くらいは好きに見せてあげる。
「あたしらも寝るか」
そう言ってより姉がわたしの上から覆いかぶさるように横になる。酒くっさ。
かの姉はゆきちゃんの背中側にくっついている。
「ひより、お風呂空いた。ってみんな寝てる」
あか姉が帰ってきた。お風呂は明日の朝でいいや。今はこの幸せを嚙みしめていたい。
そしてあか姉もかの姉にかぶさるようにしてゆきちゃんに寄り添う。
ほんと、姉妹全員でゆきちゃんを好きすぎでしょ。
「ゆきを真ん中にして左右に二つずつ。爽やかって字みてーだな」
ぷっ。バカなこと言って笑わせないで。
「〆の字が大きすぎる」
あか姉まで。
くすくすと笑い合うわたし達。安らかな寝息を立てるゆきちゃん。
幸せだなぁ。
いつまでもこんな時間が続いてほしいね、ゆきちゃん。




