第146曲 眩しすぎる未来
デザートも食べて満足したお腹をさすりながら、ナイトショーの会場へと向かうわたし達。
「ナイトショーって何をやるんだ?」
より姉が質問をしてきた。わたしも聞かれて気が付いた。
「何やるんだろうね?」
わざわざチケットを購入させてまで行うショーだから、何かしら見どころのあるものを行うんだろう。中身はちょっと予想がつかないけど。
「水のエリアだし、海賊同士の戦闘場面でもやるんじゃないの?」
なるほど。水のエリアなら船を浮かべることも出来るし、海賊と言えば船同士を激突させての戦闘だもんね。
原作もほぼバトル漫画だし。
それにしてもチケット販売所から会場まで結構な距離がある。もっと効率よい配置にできなかったんだろうか。
会場に到着したころにはもうショーが始まっており、登場キャラの紹介をやっていた。
『さぁ! ここで満を持して主人公の登場だー!』
ん? なんだかどこかで聞いたような声がするぞ。
「ね、ねぇ。ゆきちゃんあれ……」
ひよりが驚いた表情で指を差している。その方向に目をやると……げっ!
「こ、琴音ちゃん!?」
マイクを握り、やや大げさとも言える身振り手振りでキャラ紹介をしている女性。
最近見ないと思ったら、こんなところでお仕事をしていたんだ……。
「やっぱりそうだよね。アイドルなのにスタッフみたいなことしてるけど、転職したのかな?」
そんなバカな。
最近はキャラが変わったせいでバラエティなんかにも出たりしていたけど、そのおかげで前より人気が出ているからアイドルを辞めるなんてことは考えられない。
数日前にテレビで見かけたし。
『今日は琴音がスペシャルゲストとしてお邪魔させてもらってます! みんな来てくれてありがとう!』
そういえばアニメの主題歌、琴音ちゃんが唄ってたな。その縁もあってのスペシャルゲストということなんだろう。
よりによって今日、ゲスト出演していたなんて。
なんたる偶然。
「おい、琴音のやつ、なんであんなにキョロキョロしてんだ?」
より姉の言うとおり、誰かを探すかのように客席を見回している。
プロ意識を持って仕事をしている琴音ちゃんにしては珍しい。
「なぁ。まさかゆきを探しているなんてことは……ねーよな?」
いや、いくら琴音ちゃんでもわたしの行動をそこまで把握してるなんてことは……。
「あ!」
とんでもないことを思い出してしまった。
「なんだ、どうした?」
「今日、ショップで注目された時、オフで遊んでますってSNSに投稿しちゃった」
その言葉と同時に琴音ちゃんがこちらに向いた。ばっちり絡み合う視線。
うわぁ、嬉しそうに手を振ってるよ。
「あのバカ!」
慌てて姉妹たちがわたしを隠そうと周りを固めてくれるけど、時すでにお寿司。
トップアイドルが手を振る相手は誰だろうと興味を引き、周囲の視線がわたしに集まってしまっている。
「あ、YUKIちゃんだ」「遊びに来てるって投稿してたな」「初めて生で見た! かわいい~!」
珍獣発見。
にわかに周囲が騒々しくなり、ショーの最中だというのに役者さん達もこちらを気にしている様子。
せっかくのナイトショーなんだからそっちに集中しようよ。いろいろ台無し。
『これは奇跡か運命か! わたしの大好きなゆきちゃんが遊びに来てくれているよー!』
あぁ、やっちゃった……。
琴音ちゃんのアナウンスによって誰がここにいるのかが周知され、会場はにわかに大騒ぎ。
モーゼよろしく、最前線に向かって人ごみが割れていく。
ナニコレ。
『ゆきちゃんゆきちゃん!』
観客席の前まで走ってくる琴音ちゃん。前に出ろってことか?
わたしオフで遊びに来てるだけなんですけど。
でも周囲の人がここまでしてくれているのに、動かなかったら場が白けてしまうよなぁ……。
渋々と前まで歩いていく。
観客席と会場を隔てる柵のところまで来た時、琴音ちゃんが飛びついてきた。ちょっとぉ!
「ゆきちゃーん! 今日はわたしのために来てくれてありがとうね!」
何か勘違いしてますよ。
遊びに来ただけで、断じてあなたのためではありません。
「琴音ちゃん、わたしオフだからこういうのはちょっと……」
「この後わたし主題歌を唄うんだよ! ゆきちゃんも一緒に唄おう!」
聞いちゃいねー。
ん? 今なんて言った?
「ほらほら、こっち来て! 一緒に唄ってよ!」
いきなり何を言い出すんだ! 勝手に盛り上がってるけども!
「いやいや、それはマズいでしょ。関係者でもないのにステージに上がるのはダメだと思うんだけど」
観客の一人が突然ステージに上がって主題歌をデュエットするなんて話、聞いたこともないよ。
そんな公私混同許されないでしょ。
『観客のみなさんも岸川琴音とYUKIのデュエット、聴いてみたいよねー!』
うわコイツ、観衆を味方につけやがった!
無責任な観客は当然のことながら拍手喝采。そりゃこんな面白イベント、見逃したくはないよね。
よく見たら演者のみなさんも拍手してるし。ちゃんと役に戻ってください。あんたらのステージにこんなのが飛び込んでもいいのか?
「はい、はい! ありがとうございます!」
琴音ちゃんはわたしの困惑などスルーして、何やらインカムでやり取りをしている模様。この状況で放置すんな。
「プロデューサーさんからもオッケーもらったよ! 友情出演お願いしますってさ!」
おぉいプロデューサー! 本当にそれでいいのか!
しかも友情出演って。大人はしたたかだ。
オフの飛び入り出演でギャラが発生しても余計に困るからいいんだけどね。
ここまで周囲を固められてしまっては今更断るなんてことできるはずもない。まんまとしてやられたなぁ。
だけど一緒に来ている姉妹たちには申し訳ない。遊びに来てるだけなのにこんなことになってしまって。
「これも名前を売るいい機会じゃねーか。行ってこい!」
みんなの事を考えて逡巡していると、より姉がそう言って発破をかけてくれた。
「撮影禁止なのが残念です。仕方ないので脳内アルバムに保存しますね!」
かの姉まで乗り気だし。
まぁみんなが背中を押してくれるなら後顧の憂いは何もない。
柵を乗り越え、設えられたステージまで走っていく。喝采に沸く観衆。
「今日来てよかった!」「YUKIちゃーん!」「なにこのサプライズ! 最高なんですけど!」「激レアイベントだな!」
そりゃ激レアでしょうよ。わたしにとってもそうだよ。
でも。
スポットライトを浴びて、観客の前に立つこの高揚感!
会場の中を演者が所狭しと走りまわり、派手な舞台装置で彩られた空間は観客も一体となって盛り上がっている。
この空気の中で唄えると思うとどうしても気持ちが高ぶってしまい、もう唄う時間が待ち遠しい。
渡されたマイクを使ってマイクパフォーマンス。
『飛び入り参加でごめんなさい! 一生懸命唄うので、みんなも盛り上がって行こー!』
歓声で応えてくれる観衆たち。
ヤバい、めっちゃ楽しい!
思わぬ形で巻き込まれてしまったけど、いざ参加してみたらそれまでの困惑も忘れて誰よりも楽しんでいた。
コンサート、やりたいなぁ……。
予想だにしていなかったステージだけど、夢のような時間はあっという間に過ぎ去っていった。
会場内を役者さんと一緒に走り回ったり、唄う時には即興でダンスを踊ったりして、かなり目立ってしまったような気もする。
「つい楽しくてはしゃいじゃって。琴音ちゃんごめんね?」
ショーが終わって観客もいなくなり、さぁ撤収という段になって我に返ったわたしは琴音ちゃんに謝罪した。
「何を謝ることがあるの? ゆきちゃんが楽しんでくれたなら、わたしも誘ってよかったよ! こっちこそいきなり巻き込んでごめんね」
そこ気にしてたんだ。
確かに最初はとんでもないなと思ったけど、結果良ければ全て良し、かな。
「ううん。わたしとしてはお礼を言いたいくらいだよ。いい経験になった。ありがとうね」
「そう言ってもらえてよかった。わたし、どうしてもゆきちゃんともう一度ステージに立ちたかったんだ」
もう一度、というのは子役の頃に同じステージで活躍していたことを指しているんだろう。あの頃は何も考えなくてよかったし、楽しかったもんね。
「そうだ! ショーが終わったらプロデューサーが挨拶したいって言ってたんだった」
そう言ってわたしの手を取り、どこかへ引っ張っていく琴音ちゃん。みんな待ってるけど、もう少しくらいならいいか。
やがて控室のようなところへ案内され、少し待っているとひとりの女性が入ってきた。
「初めまして。プロデューサーの五代です。今日は突然のお願いを聞いていただき、ありがとうございます」
名刺を差し出し、丁寧にあいさつをしてくれる。年のころは20代後半といったところだろうか。意外に若くて驚いた。
「こちらこそありがとうございます。ただの配信者でしかないのにこんな大きな舞台に立たせていただいて」
名刺を受け取りながら頭を下げる。
名刺に書かれているのは大手芸能事務所の名前。この若さでプロデューサーをしているなんて相当な敏腕なんだろうな。
「ゆきさんはただの配信者なんかじゃないでしょう。ピーノちゃん、覚えていますよ。それに最近のご活躍も拝見しています」
琴音ちゃんの関係者なんだから子役のことも把握してるってことか。
最近の配信までチェックしているのは予想外だったけど。
「そうだよ。ゆきちゃんは配信者で終わるような器じゃないんだから。もっと大きな舞台で歌声を届けてもいいんじゃない?」
琴音ちゃんが口を挟み、五代さんもそれに頷く。
「そうですね。ゆきさんさえお望みならドームを満席にすることも可能かと」
ドームでコンサート! その言葉に心が跳ねる。
歌とダンスが好きなわたしにとっては何よりもの誘い文句だ。だけど。
「お言葉はありがたいですけど、わたしはまだ学生ですし。生徒会長もしていますのでそんな時間はないかと」
せっかくの提案に申し訳ない気持ちになりながらも、丁寧に謝意を伝える。
「もちろん今すぐというわけではありませんよ。学業を優先するのは素晴らしいと思います。だけど来年には卒業でしょう? こちらとしても準備期間は十分に取りたいですから、来年以降のビジョンとして念頭に置いてもらえれば」
そこまで買ってくれているなんて。
でも、来年以降か……。
「わたし程度の人間に過大なご厚意、ありがとうございます。もし機会があるなら真剣に考えさせていただきますね」
考えるまでもないんだけどね。わたしにはそんな時間はないんだから。
「わたし程度なんて言わない! ゆきちゃんはすごいんだから!」
ありがと、琴音ちゃん。
「ずいぶん自己評価の低い発言ですね。かつての天才子役が配信者として人気を博し、今や登録者1000万人を目前にしている。それだけで十分なネームバリューがあるんですけどね」
食い下がる五代さん。
確かにプロデュースする側としては是非とも手元に置いておきたい人材なのかもしれない。芸能界に復帰となれば宣伝材料としても申し分ないだろう。
「ありがとうございます。だけど、芸能界にはどうしてもいい思い出がなくて。ごめんなさい」
わたしには先の事はわからない。眩しすぎる未来に望みを託すことなんて出来ない。
そのままを言うわけにもいかないので、もう一つの理由で誤魔化すしかない。いい思い出がないのも事実だけど。
「……そうですか。見る限りそれだけの理由ではなさそうですが。また気の変わることがあればいつでもご連絡ください」
笑顔で手を差し出してきた。わたしの態度で何かを読み取ってしまったのだろうか。人を見る目で勝負しているのだから当然かもしれない。
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらその手を握り返す。言葉はない。
残念そうな顔で見つめる琴音ちゃん。ごめんね。ありがとう。
ドームいっぱいの観衆の前で歌い踊るわたし。想像するだけで胸が締め付けられる。
そんな未来、あったらよかったのになぁ。




