第142曲 電車内のおやつはいくらまで?
夏休みに入ってダンスの練習漬けだったけど、今日から1週間はお休み。
本日より家族旅行で大阪へ行ってまいります!
以前水族館のためだけに遠征して以来だから楽しみ。遊園地ももちろんだけど、天下の台所で楽しみと言えばやっぱり食べ歩き。
串カツ、お好み焼き、たこ焼きに焼き鳥。てっちりや土手焼きなんかもいいなぁ。
食べたことないけど、かすうどんも食べてみたい。
スイーツもいろいろあるよね。堂島ロールも食べてみたいし、前にお土産で買ってきてもらった月化粧も美味しかった。
育ち盛りの男の子には天国のような街だ。
「なんだ、締まりのない顔して。どうせ甘いもの食べる想像でもしてんだろ」
「うっさい」
図星突いてきやがった。わたしってそんなに分かりやすいのかな?
「でもでも! せっかく大阪に行くんだからいろんなもの食べないとだよ!」
さすがひより、よく分かってらっしゃる!
「だよねー。より姉はほっといて美味しいもの食べに行こうね」
「うん!」
「ゆき、わたしも」
あか姉が服の裾を掴んできた。
「もちろん一緒に行こうね。パフェの美味しそうなお店を調べてあるから食べようね」
こくこくと首を振るあか姉。カワユス。
「そんな意地悪言うなよ~。あたしらも行くってば。なぁ楓乃子?」
甘いものがそんなに好きじゃない同士で連帯しようとしてる。
「わたしは何も言ってませんから。最初からついていくつもりですよ」
裏切られてやんの。
「ごめんなさい。大人しくしてるので連れて行ってください」
まったく、どこに行くにもみんな一緒だよなぁ。誰一人として単独行動をしようとしない、仲良し家族。
今はわたしを中心にしてくれてるけど、姉妹でも仲良くしてね。
「朝早いからあんまり騒いでると近所迷惑になっちゃうよ。早く行こ」
開園から入場するために、始発の電車での出発。夏なので辺りはすでに明るいけど人の気配はなく、響き渡るのは蝉の声のみ。
荷物はすでに宅配便で送ってあるから身軽だし、日焼け対策もばっちりで準備は万端。
近所迷惑になると言いながら、あとは移動して遊ぶだけだと思ったら否が応でもテンションが上がってしまう。
「すっかりはしゃいじゃって。みんな若いなぁ」
目を細めてそんなことを言っているより姉。お年寄りか。
「より姉だってそんなに変わらないでしょ。そんなこと言ってると余計に老け込んじゃうよ」
「余計にってどういうことだ」
「知らなーい!」
より姉の魔の手から逃れて走り出す。楽しい。
今この時間を目いっぱい満喫しないと、ね。
「ゆきも楽しそうだな。よかった。……眩しいなぁ」
穏やかな表情で微笑むより姉が、庭で遊んでいる孫を見守るおじいちゃんみたいだった。
「む~」
移動中の電車内。まずは東京駅まで出て、そこから東海道新幹線で2時間半の道のり。
新幹線に乗ってしまえばしばらく乗り換えもないので、それぞれ思い思いにくつろいでいる。
三人席二列を指定して、前により姉とかの姉。後ろにあか姉とひより、それにわたし。
「いいなぁ」
「あれ? ゆきちゃん、おやつ持ってこなかったの?」
軽く朝ごはんを食べてから出てきたのでお腹が空いているわけではない。
「だって、大阪に着いてからいっぱい食べようと思って……。チュリトス、ドーナツバーガー、ターキーレッグ……」
みんなお菓子をぱくついている中、わたしだけカフェオレちうちう。
「こっちを睨みながら食べ物の名前を呪文みたいに唱えないで。怖いから」
ひよりのポッキー美味しそうだなぁ。
「めっちゃ見てくるね。そんなに食べたいならどうぞ、んっ」
口にくわえて突き出してくるひより。
この子はまたそんなことをして。そっちがその気なら。
パクッ。ぽきっ。さくさくさく……。
一瞬で奪い取るわたし。ひよりの口にはポッキーの持ち手部分が残るのみ。チョコの部分は全部わたしの口の仲。
「の、飲み込まれるのかと思った……」
爬虫類じゃないよ。
「もう! ゆきちゃん酷い! せっかくポッキーゲームで盛り上がろうと思ったのに」
「だってひより絶対避ける気ないでしょ」
「もちろん!」
自信満々に言うことじゃない。
それじゃゲームにならんでしょうが。
「それじゃただの口移しでしょ。いいから一袋よこせ」
箱じゃなくて大袋持ってんだから少しくらい分けろ。
「んっ」
差し出した手を無視してふたたび口にくわえるひより。諦めないなぁ。
パクッ。ぽきっ。さくさくさく……。
「もぉー! またー! 器用にチョコのとこ全部持ってくなー!」
憤慨するひより。あはは、カワユス。
チョコは食べたから、次は違うものが食べたい。かの姉は……おかきかじってる。渋いな。
でも甘いものがいいんだよね。あか姉は?
ぱふっ。みにょーん。もにゅもにゅもにゅ……。
大福!? そ、それは予想外のおやつだね。しかもその袋、何個入ってるのさ。軽く20以上は入ってるよね。業務用?
「あか姉、一個ちょーだい」
見てたらなんだか美味しそうに見えてきた。お餅好きだし。
「んっ」
あか姉もか。まったく、この姉妹ときたら。
「ふー」
息を吹きかけた。大福についた粉が舞い上がる。
「くしゅん!」
可愛いくしゃみで口にくわえた大福を取り落とす。キャッチ。
ぱふっ。みにょーん。もにゅもにゅもにゅ……。
うん、おいちい。日本茶が欲しくなるな。
「むぅ。やはりゆきは一筋縄ではいかない」
あの手この手で唇を奪おうとするのはやめなさいってば。おやつくらい普通に食べようよ。
「ゆきゆき! あたしのもやるぞ! ほら、んっ!」
座席のシート越しにより姉も口にくわえて突き出してくる。
「……いや、スルメて。思いっきり下向いてるし」
「しまった、柔らかスルメだった! ちょっと太いやつならいけるだろ。ほら、んっ!」
太いとか細いの話じゃないんだよなぁ。
「イカ臭いからいらない」
「なんでだよ! スルメだって立派なおやつじゃねーか!」
そうなんだけどさ。
「新幹線でスルメって。出張帰りのサラリーマンか」
「ビールは飲んでねーよ」
飲んでたらびっくりだよ。
「これから遊園地に行こうとしてるうら若き乙女がそれでいいのか。ひよりみたいにもうちょっと可愛いものを選べなかったのかなぁ」
「楓乃子と茜も似たようなもんじゃねーか」
そう言われて気が付いた。
スルメ、おかき、大福。かたやポッキー。
「おじいちゃんおばあちゃんと孫の図だね。わたしはこっちサイドだから」
ひより、ナカーマ。
「あたしだって気持ちは10代のままだぞ」
スルメの匂いを充満させて何言ってんだ。
「大福、甘い。仲間」
スイーツという意味では間違ってないかもだけど。なんか違う。
「甘いものばかり食べてると口の中がくどくなってきませんか? お口直しに塩分もどうぞ」
そう言っておかきの袋を差し出してくる。確かにちょっとしょっぱいものも欲しいかも。
常にマイペースなかの姉からおかきをもらい、口に放り込んだ。うん、おいしい。あか姉とひよりも美味しそうに食べている。
「おかきがいけるならスルメだっていいじゃねーかよー」
匂いがよくないんだって。
「そういえばかの姉は口にくわえたりしないんだね」
ひとりだけ普通に差し出してきたのが意外だった。おかしいのは他の3人なんだけどね。
「ゆきちゃんとキスするのに食べ物が口に入っていたら嫌ですからね。舌も入れられませんし」
生々しい答えが返ってきた。
「そっかぁ。ファーストキスがポッキー味なのは確かに嫌かも」
「大福味……」
「す、スルメ……」
なんだか勝手にダメージ受けちゃった。かの姉やるなぁ。
「うふふ。みなさん考えが足りませんね。ご利用は計画的に、ですよ」
実はかの姉が一番恐ろしいのかもしれない。
「わたしの唇は誰にも奪わせないよーだ」
キスなんてしたら大変なことになるでしょうが。
「隙を見せたら食らいつくもんねー」
「虎視眈々」
わたしに隙なんてなかなかないよー。
「寝込みを襲うという手もありますね」
え。
うーん、部屋に鍵をつけた方がいいのかなぁ。
あれ? なんだかより姉が話に入ってこない。いつもなら率先して悪だくみをするはずなのに。
「ファーストキス……。レモンティー……」
覗き込んでみたらブツブツと言いながら人差し指で唇をなぞっていた。
まだ覚えてたんだ。
……幸せな夢、見たんだね。
いよいよ『大阪編』突入しました。
少し長丁場になりますが、取り巻く環境と共にゆきの心の弱さも含めた心理を描いていくので、少しの間お付き合いください。
『大阪編』が終わればいよいよ文化祭。ゆきが三年間の集大成と考えているイベントにつながります。




