第132曲 さぁお手を、マイレディー
「……」
ごめんなさい、冒頭から言葉が出ません。
より姉の部屋で指定のドレスに着替えたんだけど……。
「より姉、ナニコレ?」
「ん? ドレスだが?」
それは分かるよ。うん、ドレスだね。
何の服かを聞いてるんじゃないんだよ。問題はそこじゃなくって。
「上半身の布地がえらく少なくはありませんか?」
「そうか? そんなもんじゃねーの?」
そんなもんであってたまるか。なんだこの露出の激しさは。
背中はがら空きだわ、胸は半分見えてるわ、腹部に穴が開いておへそが見えてるわ。
「なんだ、寒いのか?」
そうじゃねーよ。
もうすぐ夏だし、寒くはない。
体はね。
でも心が凍えそうだよ。
「もうちょっと選べなかったのかなぁ……」
「何言ってんだ。厳選したっての。依子セレクションだぞ」
そんなモンドセレクションみたいに言われてもなぁ。厳選してこれかぁ……。
「より姉を信用したわたしがバカだった……」
「何言ってんだ。めちゃくちゃキレイだぞ」
言いながらアゴクイすんな。ほんとにメス堕ちしたらどうすんの。
「ゆき……」
「……何してんの?」
「キス待ち顔だが?」
「それって逆じゃないの?」
「キスしていいのか?」
「ダメ」
なんなのこの茶番。
「より姉、ゆきちゃんの着替えまだ終わんないのー?」
ひよりが入ってきた。
この姉妹たちはノックというものを知らないのだろうか。もう一度しつけをやり直す必要があるのかもしれない。
「着替えの最中だったらどうすんの?」
「拝んでた」
おまえもか……。
「で、キスするならさっさと済ませなよ」
「真顔で何言ってんの。しないってば」
どうやらわたしのファーストキスは奪われてもいいらしい。姉妹だから順不同でもオッケーってこと?
「より姉が先にしてくれたら、わたしも堂々とキスできるのに」
ただの特攻役だった。誰かが口火を切ったら押し寄せるってことなんだろうか。なんか怖い。
「それにしても……」
わたしの方に向き直り、上から下まで舐めるように視線を這わせるひより。ちょっと恥ずかしいんだけど。
「エロいね」
「でしょ」
そんな感想しか出てこないよね。これでもかってくらい露出してんだもの。
「より姉、ほんとにこんな格好で歩かせるつもり?」
こんなハリウッド女優みたいな姿をしたやつが駅前に現れたら、道行く人がびっくりしちゃうよ。
「え? ダメか?」
本気で言ってる?
「ダメでしょ。せめて上に何か羽織らないと」
「えー。そのままでいいと思うんだけどなぁ」
ダメだコイツ。早くなんとかしないと。
「より姉の性癖、ヤバいよね」
末妹に言われてますよー。
「なんだよ、ひよりまで。仕方ねーなー。それじゃ、これでも羽織ってな」
そう言ってより姉が渡してきたのは白いボレロ。なんだ、あるんじゃん。
羽織ってみた。
「……」
スケスケやんけ。
「それ意味あんの?」
呆れ顔のひより。きっとわたしも同じ表情をしてるだろう。
「ないよりはマシかぁ……」
もう諦めるしかない。より姉のことだから、最大限配慮してこれなんだろうし。
ここでうだうだしてても始まらないので、その姿のままリビングに下りてきた。かの姉とあか姉も見たいって言ってたし。
「お待たせー」
「……結婚式?」
あか姉のツッコミいただきました。
「依子さんと並んだら、オペラでも観に行くみたいですよ」
かの姉も的確な意見を述べていると思う。
だってより姉の格好ときたら……。
「どうだ? あたしも似合ってるだろ?」
わたしより少しだけ高身長なより姉によく映える、グレーのスリーピーススーツ。黒いカッターシャツにベストを着込んだその姿はさながら英国紳士のよう。肩より少し下まで伸ばした髪をひとつにまとめ、なぜか胸もサラシを巻いて潰している。
ぱっと見ではどんでもない美男子だ。
「はっきり言ってゆきちゃんより男前だよね」
グサァ! ひよりから、クリティカルヒット、いただきました……ぐふっ。
「わたしだって! スーツを着たら男前になれるんだからね!」
「はいはい、そんな涙目にならなくても。ゆきちゃんも男前ですよ~」
かの姉のあからさまな慰めは傷を抉ってるよ……。
「ゆきにスーツ……七五三?」
「茜!」
グサグサァ! もう……致命傷です……。ガクッ。
「いつまでもコントやってねーで早く行くぞ」
コントゆーな。より姉には男の子の悩みなんて分かんないんだい。
「ちょっと待って。ゆきちゃん、ノーメイクで行くの?」
え? ダメなの?
「あらあら、せっかく綺麗なドレスを着てるのに。それではレディー失格ですよ」
レディーじゃないんだけど……。
「ちょっと待っててください。すぐにメイクをしてあげますからね~」
「えーまだかかんのかよー。ったく、これだから女はよ~」
あんたも女だよ。忘れんな。
でもさすがにこの格好で抵抗しても仕方がないので、なすがままに生まれて初めての化粧を施されるわたし。
さすがは女性、というかこれが当たり前なのかもしれないけど、手際よく手を動かしていくかの姉。
なんか顔にいろいろ塗りたくられるのは変な感じ。
くすぐったいような、もにょもにょするような感触に耐えていると、ほどなくしてメイクが完了した。
「出来ました。これは……想像以上ですね」
何が想像以上なんだろう。
「なんだよ、あたしにも見せろ……よ……」
すかさず見に来たより姉だけど、見た瞬間に手で口を押さえてそっぽを向いてしまった。何? 噴き出しそうなの?
「わたしも見たい! ゆきちゃんこっち向いて! ……はう!」
ひよりも!? 何? そんなにおかしいの!?
「ゆき……」
あか姉だけが唯一じっと見てくれた。……いや見すぎ。なんか目力すごい。怖い怖い怖い!
目をそらさずにそのまま近付いてくると、がっしり肩を掴まれた。ぎゃー食べられる!
「鼻血出そう。このままベッドに行こう」
ほんとに食べられちゃう!
「ダメだぞ、茜! コレは今日あたしのもんだ!」
あわやあか姉に連れ去られそうになったところを間一髪救ってくれた王子様、もといより姉。
コレゆーな。でも助かった……。
ちょっとときめいてしまったのはナイショ。
それにしてもあか姉の異様な興奮はなんだったんだろう?
「それじゃ行くか……」
そう言いながらもこちらを見ようとしないより姉。ん~?
「なんでそっぽ向いたままなの? せっかくより姉のために化粧までしたのに。まだ感想聞いてないよ?」
笑いたければ笑うがよい。1か月は食事が緑色になることを覚悟して。
そう思っていたんだけど、なんだか様子が変だ。ちらちらとこちらを見ては、顔を赤らめている。
「~~~~~! その……めっちゃ似合ってる……キレイだ……」
「!!!」
今度はわたしが頬を押さえて赤面する番だった。キレイ? わたしが?
「心臓止まるかと思った。ビックリするくらい綺麗になってるよ、ゆきちゃん」
「ただでさえ整った容姿に隙がなくなりますね」
そんなに!? どうしよう、綺麗って言われて喜んでしまってる。
「そんなに綺麗になってる?」
ぶんぶんぶん。
首がもげるんじゃないかと思うくらいに首肯するあか姉とひより。
ヤバい、嬉しい。
「ふふ……」
思わず微笑んでしまった。
「ぐはぁ!」
「ほふ!」
「化粧をしただけでこの破壊力……はぁ~」
ひより、女の子がそんな声出しちゃいけません! あか姉は独特な奇声! かの姉は……ありがとう?
ツッコミが追い付かない勢いで3人が卒倒。えぇぇ?
「ダメぇ~~!」
より姉がわたしを隠すように抱きかかえてきた。何慌ててるの?
「今日はそんな顔したらダメだ! その表情はあたしだけに向けてくれ!」
より姉?
「う、うん。わかった。……ファンデーションついちゃうよ?」
笑顔を自分だけに向けて欲しいって……。独占欲?
うぅ、胸が苦しいよ。
「ちょっと衝撃的だっただけだ。落ち着けあたし」
ブツブツと何かを言いながら離れていくより姉。もう少し抱かれていたかったかも。
ってダメダメ! 本当にメス堕ちしかけてる!
「き、気を取り直して、そろそろ行こうよ」
「そ、そうだな」
少しぎくしゃくしながらも、玄関へと向かうわたし達。
「いいなぁ~より姉。わたしもおめかししたゆきちゃんとデートしたい」
「まさに美男美女って感じですね」
「わたしだっていける」
後ろで好き放題言ってくれてるけど、どっちが美男でどっちが美女なんでしょう? 聞くまでもないか。
「どうした? 緊張してるのか?」
少し落ち着いたのか、微笑みながら軽口を飛ばしてくるより姉。
「まさか。今日はしっかりとエスコートしてくださいね、ジェントルマン」
「ふふ、任せろ。さぁお手を、マイレディー」
うやうやしく差し出された手を握ると、優しく引き寄せられた。
そのままわたしがより姉の腕を抱えて歩く格好に。
なんだか悔しいけど、より姉の方が背が高いのでこの方が様になる。
「しっかり捕まってろよ。振り落とされないようにな」
暴れ馬か。




