第13曲 男の尊厳
「あのね、みんなに報告があるんだ」
朝食の席。みんなが揃ってるときに昨日の夜より姉に相談したことを打ち明けることにしたわたしは、緊張しつつも一気に告白した。
「じつはね、女性ホルモンが多く分泌されると稀にあることらしいんだけど、わたし、胸が出てきてブラをしないといけなくなりました……」
気持ち悪いとか思われたらショックだなーと思いながら俯いていると、一番最初に口を開いたのはひよりだった。
「知ってるよ」
へ?
「ゆきちゃんに抱き着くたびだんだん柔らかいものがあたるようになってきてたからね! やぁらかくて気持ちいいんだ」
その測定のされ方は恥ずかしい!
だからってひよりにハグ禁止なんて言ったら泣いちゃうだろうな。せっかくかわいい妹がなついてくれてるんだからそれくらいは我慢するか、お兄ちゃんだしな、あはは。
予想外の答えに錯乱。
「わたしも知ってた」
あか姉も!?
「ゆきの服を選んであげる時、大きくなってきてたことに気づいた」
あーそれは納得。
「わたしも当然知ってましたよ! わたしのゆきちゃんセンサーに狂いなどありません。今は78のBといったところですね」
昨日より姉と測った数値に完全に一致してる! その見抜き方はちょっと怖いよ、かの姉! あとさらりとサイズを公表しないで!
「なんだよ、気づいてなかったのわたしだけかよ」
まぁより姉は細かいことを気にしない大雑把な性格だから、わたしの体の些細な変化にまで気が付かないだろう。
というよりもそんなに目立って大きくなってるわけでもないのに、他の姉妹が知ってたことの方が驚きだよ……。太ったりしたらすぐにバレそうだ。
「男なのにブラジャーするとか気持ち悪いって思ったりしない?」
引かれたりしないか心配だったので率直に聞いてみた。
「そんなこと思ったりしないよ! 逆にゆきちゃんの美貌にさらに隙がなくなっていくなってうらやましいくらい」
「いよいよ完全体に近づく」
変身していくみたいに言わないで。わたし第3形態とかないよ?
「さすが神が与えてくれた最高傑作です!」
それはいくらなんでも大げさ。
みんな肯定的にとらえてくれてるので安心した。むしろ私の体がどんどん女体化していくのを歓迎すらしているようで、ちょっと複雑な気分。自分がだんだん得体のしれない生物になっていくみたいだ。
「ブラはいつ買いに行くの?」
いつも服を買う時は一緒に行ってあれこれと選んでくれる、もはやわたしのコーディネーターと言ってもいいあか姉が質問する。
「今日の講義は午前だけで終わるからとりあえずすぐに必要な分は今日あたしが買ってきとくよ。当面の分だけ買ってくるから、また茜が次の休みにでも一緒に行って選んでやってくれ」
「わかった」
自分の役割を取られるわけではないとわかってあか姉は満足げ。
「ゆきちゃんの初ブラ選びわたしも行きたい!」
ひよりも興味津々といった感じで手を挙げる。なんでみんなわたしの服を選ぶの好きなのかなぁ。しかも今回は下着だよ? 照れたりしないのかな。
わたしは恥ずかしくて仕方がないんだけど。
「今週の休みに3人で買い物に行こっか」
そう提案すると二人ともノリノリ。
「わーいたのしみ!」
「腕が鳴る」
週末の予定が決まった。
「あと、昨日は1万人突破の生配信やっちゃったから流れたけど、今日の動画収録ってみんな見に来るの?」
緊張の瞬間が去ってどうにか落ち着きを取り戻したので、約束していたことを確認する。
「もちろんです」「当然だろ」「もちろん!」「愚問」
声は揃ってないけど投票内容は全会一致の模様。
「じゃ、晩御飯食べてちょっとしたら撮影に入るよ。声かけるからみんな揃ってスタジオに行こうか」
今度はみんなそろって「はーい」と元気な返事。弟が歌って踊ってるのを見るのがそんなに楽しみなんだろうか? まぁひよりは昔から収録を見学するのが大好きだったけど。
学校は何事もなく平和に終わった。
さすがにまだノーブラ状態なので胸が大きくなってきたという報告は明日に伸ばした。
そこまではよかったんだけど、事件は家に帰ってから起こった。
今週をとりあえずしのぐためにより姉が買ってきてくれたブラにとんでもないものが混入していたのだ。
洗い替えも必要だということで、まずはシンプルなスポブラ3枚。
これは年齢相応なものだからいいとして。
その横に男のわたしが見ると赤面してしまう、セクシーな黒と赤のブラが1枚ずつ。上半分透けてるし……。
「より姉、自分の分も混ざってるよ。こんなところに放置してないでちゃんと自分の部屋に片付けておいてよ。目のやり場に困るってば」
ソファに寝転がってテレビを見ていたより姉だったけど、わたしの苦情を聞くなり起き上がってこちらに向けたのは満面の笑顔。
その笑顔からは嫌な予感しかしない。
いやな予感と言うのは当たるもので、より姉の口から出てきたセリフは「何言ってんだ、全部ゆきのために買ってきたんだよ」
オーマイガッ。
やはり頼む相手を間違えてしまったのだろうか。当の本人は実に嬉しそうな顔で「試着してみて」と吞気なことを言っている。
着るの? これを? わたしが?
「イヤイヤイヤイヤイヤ、気は確かですか? わたしまだ13歳、しかも男子中学生ですよ? このデザインはいくらなんでもないのではないでしょうか……」
思わず敬語になってしまったが、より姉はというと本気で何を言っているか分からないと言いたげな怪訝な顔をしている。
その表情をしたいのはこっちだよ。
いわく、学校には派手なのをつけていくと校則違反だとか言われそうだから地味すぎるくらいのを選んだけど、プライベート用はしっかりオシャレしないと、とのこと。
いや、オシャレどころかもはやエロイんですけど、この2点。
「オシャレしないとってとこまでは理解できる。だからといってなぜにここまでセクシー下着をチョイスしたのかがわからないんだけど」
というわたしの常識的なはずの質問に対する答えは「ゆきに似合うから」という実にシンプルなもの。
どう考えたら中学生に似合うという考えに至るのかは理解しがたい。
ここはいつもわたしに年相応な服を選んでくれている常識人であるあか姉に助けを求めるしかない。
「あか姉からも何か言ってやってよ。これはいくらなんでもわたしには大人すぎると思うでしょ?」
あか姉とひよりはさっきからわたしとより姉のやりとりを無視して、問題のブラを手にしたまま何も言わずに考え込んでいる。
きっと呆れているんだろう。
2人はわたしの味方だよね?
「似合う」
たった一言で裏切られてしまった。一番頼りにしていた人が賛成派に回ったショックで膝から崩れ落ちそうになるのをどうにかこらえ、説得を試みる。
「あと何年か経てば大丈夫かもだけど、さすがに中二でこれは早いと思わない?」
「ゆきはあどけないところも残っているけど、雰囲気が大人びてるから下着はこれくらいのを着ていても何も違和感がない。」と言い切られてしまった。
ジーザス。
絶望に突き落とされそうな気分のわたしに追い打ちをかけてきたのは、さっきまでずっと静かだった最愛の妹だった。
「ゆきちゃんがつけてるのを想像してみたけど、絶対似合うと思うよ! てゆーか1回つけて見せてよ!」
あぁ、なんて純真無垢で己の欲望に素直な提案なんだろう。きみの目の前にいるのはれっきとした男でお兄ちゃんなんだよ?
すこしくらいは心情を忖度してくれてもいいんじゃないのかね、妹よ。
しかしここにきて賛成派がすでに3人。
かの姉が帰ってきてないから、まだ両親の意見次第で逆転できる可能性は残っている。でも現状反対派はわたし1人のみで圧倒的に不利な状況。
さらにひよりの発言によって、なにはともあれ1回試着してみないとわからないという流れになっている。
初めてスカートをはいた時の事を思い出した。
あの時もまずは履いてみろという意見によってスカート姿を初披露することになり、家族全員一致で似合うという結論に。
以後わたしのクローゼットにスカートが追加されていくことになってしまったのだ。
つまりこうなってしまうと逆らえない、危機的状況。
早く着てみろと姉たちに急かされるまま、脱衣所へ例のブラと共に押し込まれてしまった。
しばし逡巡のあと、男なんだから上半身の裸を見られたってどってことない! これはネタなんだ! と自分に言い聞かせて、正気へ戻る前に一気に着替えてしまった。
「着替えたよー……」
着替えるまではできたが、さらにここからそれを姉妹の前で披露するという難関が待っている。
いくら開き直ったところで恥ずかしいもんは恥ずかしい! しかし悩んでる時間はわたしには与えてもらえなかった。
ドアノブを握って固まっていたところにより姉が容赦なく乱入してきて、あっという間に連れ出されてしまった。
「うひゃあぁぁぁぁ!」
女の子のような悲鳴を上げて胸を隠して座り込んでしまった。
反応が完全に乙女やん。
妹も見てる前で兄としてこれではメンツがたたない。
恥ずかしさをこらえてなんとか立ち上がり、隠していた腕を離したものの、手を組んで少しでも隠そうとしてしまう。
顔から火が出そうなほどの羞恥に耐えながら披露したわけだけど、自分から感想を聞くなんてできるわけがない。そのまま固まっているとひよりが感極まったかのように叫んだ。
「めちゃくちゃ似合う! 大人っぽくてセクシーだよ! ゆきちゃん!」
いや、セクシーは求めていないのよ……。
「まさかここまで色っぽくなるとはな、予想以上だ」「鼻血出そう」
姉2人も悶絶している。
「ゆきちゃんも自分で見てみなよ、ほら!」
ひよりが玄関に置いてある姿見を持ってくると同時にかの姉も帰宅。
わたしの姿を見るなり明らかに目の色が変わってしまった。
「あらあらあらあらまぁまぁまぁ!」
興奮のあまり感想を言う余裕すらないようだ。
あ、これ聞くまでもなく賛成派だ。
これで両親に頼っても逆転することはできなくなった。
実のところお父さんはともかくお母さんに関しては絶対賛成派に回るだろうということは容易に予想できてたんだけど。
家に帰ってきて弟がブラをつけてたら普通の家庭は家族会議ものなんじゃないかなぁと意識を遠くに飛ばして現実逃避していると、ふとひよりが持ってきてくれた姿見に目が向いた。
腰まで伸びたロングヘアにくびれたウエスト、ヒップから足にかけての曲線も文句なし。
そして胸元には大人びた黒のブラジャー。
我ながら思わず色っぽいと思ってしまった。姿見を見て赤面しているわたしにあか姉が「ほら、よく似合ってる」と言ってきたので思わず「うん」と答えてしまった。
しまった。自分で全会一致にしちゃった。
こうしてわたしの男としての尊厳と引き換えに、追加法案で出された上と下はある程度合わせないといけないという案も可決され、わたしの下着すらも女体化していくことが決定してしまいました。




