第129曲 新手の詐欺?
より姉の会社は電車を乗り継いで1時間ほどの場所にあった。毎日この距離を通勤しているって偉いなぁ。
「へぇ、自社ビルなんだ」
エントランスの上に大きく書かれた『Concrete Muse』の文字。コンクリートの女神? いや、具体的なインスピレーションといった感じか。
デザイナーさんにインスピレーションは大事だもんね。
到着したことをメールで送信すると、ほどなくして迎えに来てくれた。
「よく来てくれたな! 今日はゆっくりしていってくれ」
上機嫌なより姉。わたしが来るのってそんなに嬉しいのかな。
そんなに喜んでくれたら悪い気はしない。今日は少しくらい派手な衣装でも着てあげようかな。
「とりあえず上のスタジオに行くぞ」
「スタジオ?」
「いや、そこにしか更衣室がねーんだよ。あはは」
そういうものなんだろうか? こういうところに来たことがないのでわからない。
より姉についていくと、エレベーターに乗って3階に案内された。
「ここだよ。衣装も全部ここにあるから」
打ちっぱなしのコンクリートで周囲を囲まれた、いかにもといった雰囲気のスタジオブース。
撮影ブースから少し離れたところにハンガーラックが設置されていて、色とりどりの衣装が整然と並んでいる。
「まずはこれからだな」
端にあった衣装を掴み、手渡してきた。
「まさかそれ全部着るの?」
「わかんねー」
「は? どういうこと?」
しまったという顔をするより姉。ん~?
「いいからいいから! とりあえずそれに着替えてくれよ」
なんか怪しい。でも衣装を見る限り特に露出が激しいわけでもなく、むしろ可愛らしいくらいだ。
「ちゃんと個室の更衣室があるからよ。こっちだ」
より姉の言うとおり、部屋の隅には服屋さんでも見かけるような個室が3つ並んでいる。右端の部屋のカーテンを引き、中をチェック。特に変わったところはない。
「なにを見てるんだ?」
「なんか怪しいから隠しカメラでもあるんじゃないかと思って」
「ばか。そんなことするかよ。見るなら堂々と覗くっての」
それはそれでどうかと思うよ?
「覗かないでね?」
「善処する」
本当に大丈夫なのかなぁ。
いつまでも警戒していても仕方がないので、手早く着替えることにした。
「可愛い……」
シアー素材のバルーンスリーブワンピ。色はアイボリー。足元は白の厚底スニーカー。
なんだか元気なイメージで、ひよりにも似合いそうだ。
「着替え終わったかー」
そう言ってカーテンを遠慮なく開けるより姉。絶対わざとだ。
「着替え終わってなかったらどうするつもりだったの?」
「拝んでた」
拝むな。
「バカなことばっかり言ってると帰るよ?」
「冗談だってば。怒るなよ」
冗談の割には躊躇なくカーテン開けてたよね。
「次やったら怒る。そんなことよりこの服どぉ? 似合ってる?」
スカート部分を掴み、片足でターン。
「可憐だわね」
突然知らない声が聞こえて飛び上がるほど驚いた。誰!?
「あら、すごい跳躍力」
男の人だ。でもなんだか話し方が……。
「より姉、この人は?」
そう言ってより姉の方を見ると、お腹を抱えてうずくまっている。震えてる?
「飛んだ……めっちゃ飛んでた……。腹痛い……。猫……、猫ぉ……!」
笑ってやがった。
ツボにはまったのね。腹筋崩壊、手伝おうか?
「だめだこりゃ。会社の方ですよね? 申し遅れました、依子の弟で悠樹と申します。いつも姉がお世話になっています」
自己紹介をして深々とお辞儀。より姉の働く会社の人に失礼をするわけにはいかない。第一印象は大切。
「これはこれはご丁寧に。所作がキレイね。ダンスのおかげかしら?」
うーん、ひょっとしてこの人……。
「わたしはレイ。こちらこそ依子さんにはお世話になっているわ」
おネェだ! そうじゃないかと思ったけど、話しながらくねくねしてるし間違いない。
は、初めて見た……。
「なんだか珍しいものを見るかのような目ね。わたしのようなキャラは初めて?」
こくこくと頷いて返事をする。けっこう衝撃的だったので言葉が出てこない。
あれ? わたしもそんなに変わらない? ……考えたら負けだ。
「ってより姉、いつまで笑ってんの!」
うずくまるより姉の背中を叩いた。
「いてぇ! 何すんだよゆき~」
「何すんだよじゃないよ! 会社の人放置していつまで笑ってんの!」
「あぁ、レイさんな。この人はカメラマンだ。今日はよろしくお願いします」
頭を下げるより姉。
ん? カメラマン?
「いえいえ。こんなに可愛い子を撮らせてもらえるなんて、こっちがお礼を言いたいくらいよ」
撮らせて? はぁ?
「わたしの自慢の弟なんで、めいっぱい可愛く撮ってあげてくださいね」
「任せて。腕が鳴るわぁ」
なんか話が勝手に進んでいく。
「ちょっと待てーい!」
我慢ができなくなったわたしはより姉に詰め寄り、肩をがっしりと掴んだ。
「どういうこと? わたし何にも聞いてないんだけど!」
「揺さぶるなぁ~。わかった。説明する、するから離せって!」
掴んでいた手を離した。ガルルルル。
「いやー今度発売されるファッション誌のモデルが足りないって相談されてさー。ちょうど極上のモデルがうちにいるって言ったら、連れて来いって話になっちまったんだよ、あははは!」
……。
はい~?
「笑ってる場合かぁー! 今初めて知ったよそんな話! なんで先に言っておいてくれないの!?」
「だって先に言ってたら来てくんねーだろ」
騙したなぁー!
「帰る」
「ちょ、待て待て待て。そんなこと言わずに、な? お姉さまを助けると思ってモデルやってくれよ。目をつぶってる間に終わるから!」
言い方がオヤジ臭い! 目を瞑ってたらモデルにならんでしょうが!
「それにもう衣装来ちゃっただろ? タダで可愛い服着たんだから、写真くらいいいじゃねーか」
「それって何て言う詐欺?」
そんなわたし達のやり取りを聞いていたレイさんが噴き出した。
「あはははは! あなた達本当に仲がいいのね。夫婦漫才を見ているみたいだわ」
「そんな、夫婦なんてー」
頬を朱に染めるより姉。照れてる場合か。
「ゆうきさんが本当に嫌なんだったら無理強いはしないわよ。強要できるようなことでもないしね。わたしとしてはこんな可愛い子、是非撮ってみたいけどね」
うぅ……これはより姉が騙しただけで、レイさんには何の責任もないからなぁ……。
「他のモデルっていないんですか?」
「モデルをやってくれていた子が風疹になっちゃってねぇ。しばらくは出れないし、他に候補も見つかっていないのよね」
困ったような顔で笑うレイさん。
そんな表情に弱いんだよなぁ……。
「でもわたし男ですよ? 男が女性向けファッション誌のモデルなんてやっていいんですか?」
「そんなの関係ないわよ。可愛いは正義なんだから。ゆうきさん、やってくれるの?」
目を輝かせるレイさん。そんな期待に満ちた目をされたら断れないよ。
「あ、ゆきでいいです。他にいないなら引き受けますよ。悪いのはより姉なんで、後で責任とらせます」
「まぁ! ありがとう、ゆきさん」
「なんであたしが責任とるんだよー」
お黙り。
「貸していただいたこの衣装でいいんですか?」
「まずはその衣装で大丈夫よ。準備するからちょっと待っててくれる?」
ご機嫌になって機材の準備を始めるレイさん。
「今日の晩御飯はより姉の嫌いなものばっかりにしてやる」
「はぅっ」




