魔改造した支配の首輪
そして彼女は渾身の魔力を込めた詠唱を始めた。
「我は開かん。世の果て北の極地より、万物を凍て付かせる白く輝く死の冷気……」
リリィの詠唱と共に、周囲の温度が急速に下がっていく。
『死の吹雪!』
その瞬間、放たれた冷気が周囲の空気を凍てつかせ、氷の結晶が空中で踊る。一瞬で凍りつきそうな程の冷気がリバティを包み込む。
ーー大気置換モジュール、起動します。
だが、再び複数の魔法陣によってその冷気は遮られた。
「暑くても冷たくても、空気を入れ替えちゃうから一緒なんだよな。さて、そろそろ決着を付けるか。近隣の川に至りて、水を導け!」
転送の対象が近くのものなら割と単純な詠唱でも機能する。リバティの転送魔法で、川の水を召喚すると、リリィの冷気でそれは瞬時に凍りついていく。氷はあっという間に大きくなって、二人の戦いの空間を密閉する壁となった。
「貴様、自ら退路を経ったのか?」
怪訝な顔をするリリィ。
「至れ、我が工房、顕現せよ。魔道具16番!」
続けてリバティは短い詠唱とともに、歪んだストーブのような物体をその場に出現させた。
「何だ、それは?」
「さぁ、何でしょうね?」
はぐらかすリバティに、リリィは怒りを露わにし、さらに冷気を強める。さすがに大気置換でも完全に無効化できなくなってきたらしく、つま先が凍り始めた。
ーーマスター、置換先の空間もかなり冷えてきているようです。あまり長くは持たないでしょう。
広大な空間である置換先の大気まで冷え切ってきたのだ。なんという強力な冷気。
「そろそろあれを試すか」
リバティは呟くと、空間に小さな魔法陣を生み出し、それを器用に操作してリリィの方へと飛ばしていく。しかし、リリィはその動きに気づき、すぐに反応する。
「今度は小細工か、小賢しい」
魔力の込められたリリィの爪が振るわれ、魔法陣は瞬く間に粉砕された。
「さすがにまだ無理か……」
リバティは時間を稼ぐための次の手を考える。リリィの目が鋭く光り、怒りに満ちた声で叫んだ。
「所詮はサル。身体能力の差は決して埋まらない。魔法が効かぬなら、私自らの手で、八つ裂きにしてくれる!」
リリィは驚異的な身体能力で瞬時に間合いを詰め、漆黒の爪でリバティを攻撃する。その速さは常人には到底捉えられないほどだ。
ーー緊急回避します。
だが、リバティの周囲に浮かんだ魔法陣がその動きに反応し、リリィの爪の一撃が届く前にリバティを勢いよく後方に吹き飛ばした。リリィの爪は空を切り、放たれた斬撃が壁を深く切断した。
「痛ッ……ヤバ。これ、当たったら一撃で死ぬやつだ。それに緊急回避の高速移動だけで結構ダメージ食らってる」
だが、リバティはなおその冷静さを崩さずつぶやく。
「そろそろ効いてくれないと困るな……」
その時、リリィは違和感を感じた。突然世界が歪み、足がふらつく。
「今度は何が……目が霞む……!」
その異変にたまらず膝をつく。リバティは淡々と説明した。
「効果が出てきたな。魔道具16番は『超不完全燃焼マシーン』。氷で閉ざされた密閉空間で不完全燃焼したらどうなるか……」
説明を聞いてもリリィには全く理解できないが、リバティはニャリと黒い笑みを浮かべる。
「一酸化炭素ってガスが充満し、それを吸うと酸素が吸収できなくなる。つまり呼吸ができないのと同じだ。魔王と言えど、生物だ。呼吸ができなければ長くは動けない」
「また奇妙なことを……では、なぜ貴様は平気なのだ?」
リリィの問いに、リバティは胸を張って答える。
「一酸化炭素は毒。俺に、あらゆる毒は効かない!」
「毒無効……極……」
リリィはついに動けなくなってしまった。
「さて、相手が動けなければ、正確な位置に合わせられるな」
リバティは先ほどと同じように小さな魔法陣を空中に操作し、それをリリィの首元にぴったりと重ねた。
「至れ我が工房、顕現せよ、魔道具18番!」
小さな魔法陣が輝くと、そこから現れたのは禍々しい首輪だった。それがリリィの首にぴったりと装着されている。リバティーは静かに安堵の息をついた。
「俺の、勝ちだな」
そして彼は超不完全燃焼マシーンと氷の壁を送り返して消し去る。すると、リリィの意識が徐々にしっかりしてくる。
「これは……まさか、支配の首輪か!?」
「そう、だが、俺が魔改造した支配の首輪だ」
リリィは怒りを露わにして叫んだ。
「魔王のこの私にそんなものが効くわけないだろう!」
リバティーは静かに首を振りながら答える。
「だから、魔改造したんだよ。魔王軍が使っている支配の首輪は、命令に従わないときに一定の強さの電撃が出るんだろ? 並の人間なら即死する程度の電撃。それで終わりだ」
リバティは少し間をおいてから、次の言葉を続ける。
「それだと魔王に対しては力不足だ。だが、この魔改造した支配の首輪は、命令に従わないとき、対象者の魔力を吸収し、その大きさに応じた電撃を放つ。つまり、対象者の魔力が大きいほど、電撃の威力も上がるわけだ」
リリィはその説明に目を見開く。
「……ま、ひとまず使ってみよう。魔王リリィに命令だ。今後、俺の許可なく、人に危害を与えようとするな!」
リバティが命令すると、首輪が微かに振動する。リリィの表情が一瞬で変わり、怒りと屈辱が入り混じった感情が目に浮かんでいた。
「この私に命令などできるものか! 今すぐ貴様を八つ裂きにし、殺してや――ギャァァーッ!」
リリィがリバティーに狙いを定めた瞬間、激しい電撃が体を駆け抜け、彼女の体が焼き焦げる。
「ハァ、ハァ……ちょ、ちょっと待て、この威力はヤバい……」
リリィは驚愕と痛みに顔を歪めながら、何とか自分を保とうとする。リバティは冷静に言った。
「まあ、それだけあんたの魔力が大きいってことだな。実験は上々。お前はもう俺に逆らえない。では命令の二つ目、俺のことは貴様ではなく『ご主人様』と呼ぶこと!」
「何をふざけた事を! 貴様をそんな風に呼ぶわけが――アァァーッ!」
またもや激しい電撃がリリィの体を駆け巡り、その場に膝をつくほどの痛みに彼女はただ耐えるしかなかった。
「これは魔王が俺の支配下に置かれたことを明確にするために必要なんだ。ほらほら、ご主人様と呼ばないと、死ぬよ?」
リバティの言葉には一切の躊躇がない。
「……ご、ご主人様……」
その瞬間、電撃はぴたりとやんだ。リリィは震える体を必死で支えながら、その言葉を吐き出す。
「魔王であるこの私が、な……何という屈辱……」
その声には、激しい怒りが込められている。
「決して許すまじきシン族の人間共。必ずや根絶やしにしてくれる……」
「言うことがイチイチ怖っ! じゃあ三つ目の命令、今後話すときは語尾に『にゃん』をつけること!」
リリィの目が再び烈火の若く光る。
「阿呆なのか? 私は虎だ。猫ではない。死んでも語尾に『にゃん』などつけるか! ギャァァァーッ!」
再び、容赦ない電撃がリリィを貫く。彼女は震えながら叫び声を上げだけで、体を動かすことはできない。
「私は、誰もが恐れる魔王、冥府の女王! ガァァァッ! そのような恥ずかしい語尾など――ぐわァァーッ! 口が裂けてもーーアァァァァー!」
「では、己の罪を後悔し、ここで果てるがよい!」
リバティは冷徹に言い放つ。
「……死にたくないにゃん」
リリィは声を震わせながらも、ついに言ってしまった。その目には涙が浮かんでいた。彼女は恐る恐る質問する。
「でも、どうして『にゃん』をつけさせるのかにゃん?」
「もちろん、これまでの行いを反省させる罰ゲーム的な意図もあるんだけど、それより、お前の話し方、いつも怖くて、このままだと主人である俺のストレスになっちゃうだろ? でも『にゃん』とかつけたら何言っても怖くなくなるかなって……あと猫耳だから」
リリィは体を震えさせて叫んだ。
「だから、私は断じて猫ではない! 虎だァ! ギャァァァ!」
「ほらほら、語尾に『にゃん』つけないと電撃ビリビリだからね」
リリィは、もはやぎりぎりの力で声を絞り出した。
「私は……虎だにゃん」
「まあ別にどうしても『にゃん』じゃなければいけないことはないけど、じゃあ語尾は『でゲス』とかに変えてやろうか?」
「語尾は『にゃん』でお願いするにゃん!」
こうして、愉快な魔王リリィが仲間に加わった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。次からは、なぜこのような事態になったのかを書いていきます。
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