囚われの女神
ヴァルハラ内部は、先ほどまでの激戦が嘘のように静まり返っていた。俺は青白い光を放ち続ける中心部の扉へ歩み寄り、ゆっくりと押し開けた。
そこには、幼い外見の白い少女が囚われていた。少女を拘束している檻の底から、青白い光が放たれている。
「嘘つき。魔導管なんて……一つもないじゃない」
俺の姿を見、ウルドが呟いた。
「ああ。取り外せる部品なんて、このヴァルハラには存在しない」
「じゃあ、さっきのあれは……」
「転送魔法で抜き取ったように見せた魔導管は、創造魔法で作った偽物だ。大体、部品を外せるならヴァルハラの核を持ってくるだろ?」
転送魔法は万能ではない。目に見えている物や、川の水のようにある場所に満ちているものならともかく、見てもいない空間から都合よく狙った一部だけを引き抜くことなどできない。
俺の魔道具が取り出せるのは、工房の中で番号順に配置し、座標を固定しているからこそできることだ。
「つまり、ヴァルハラが止まるというのも、全部でたらめだったと……」
「ああ。最初から、ヴァルハラを止めるより重要なことがあった。魔王たちより……いや、大魔王よりも厄介だったのはウルド、お前だ。過去を都合よく変えられていては、俺たちに勝ち目はない。だから、お前専用の檻をあらかじめ用意しておいた。魔道具二十二番『反転魔法檻』。その檻を呼び出す魔法陣を、あの扉の隙間から滑り込ませ、内側に仕掛けておいた」
「それで、私はまんまと罠にかかった……中を見なければヴァルハラが停止したか分からない、なんて言葉に誘導されて……」
「ああ。それが賭けだったんだ。ヴァルハラを守るために手段を選ばないお前なら、きっとそうすると考えた」
もちろん確実ではなかった。だが、常にこちらを観測し、不都合な過去を改変してきたウルドだ。ヴァルハラ停止の可能性がある状況を、見ずに放置するはずがないと考えた。
「それで、この檻は何なの? 動けないのだけれど」
「反転魔法檻の底には、魔法や能力の作用を反転させる革新魔法の魔法陣が刻んである。お前はおそらく過去へ遡り、干渉し、書き換える。過去のニブルヘイムで俺が見たウルドは今のお前と同じ姿だった。当時、人の形をしていなかったはずのお前がだ」
「過去のニブルヘイムじゃと?」
それを聞いたエルマが不思議そうな顔をした。
「革新魔法で能力の効果を反転させれば、お前が過去に遡ろうとしても、未来に行くことになる。だが未来を書き換える力は、お前にはない。つまり、この檻の中にいる限り、お前は過去を改変できない。檻から出ることもできない」
「だからいくら能力を使っても、私はこの檻の中だったわけね」
檻に閉じ込められたウルドを尻目に、俺はヴァルハラの中心核へと近づいた。
「さて、ヴァルハラを止める時だ」
「待って……」
ウルドが檻から腕を伸ばす。
だが俺は躊躇なく念動魔法を放ち、ヴァルハラの中心核を打ち砕いた。魔力の奔流は行き場を失い、流れが途切れた。
これでもう、アースガルドの人々から魔力が吸い上げられることはない。
だが、ふと考える。ヴァルハラに蓄えられた膨大な魔力は、これまで何に使われていたのか。
ヴェルダンディは言っていた。ノルンの力が使えるのは百年に一度くらいだと。それほどの魔力消費を伴う。
それなのに、ウルドはこの短期間で何度も過去を書き換えている。
ヴァルハラが、あの力の供給源だったのではないだろうか。
だとすれば、これでもうウルドは自由に過去を変えられない。
檻の中の少女は初めて視線を伏せた。
俺たちは、三人の魔王とウルドを制し、ヴァルハラを停止させた。
だが、これで事態が収束するほど甘くはないことを、すぐに知ることになる。
『面白いかも!』『続きが気になる』と思った方、ブックマーク登録や↓の『いいね』と『★★★★★』をポチッとしていただけたら、それだけで作者は歓喜に満ち溢れ執筆の励みになります!




