メリーの迷い
塔の外へ出た瞬間に目にした光景は、巨大な樹木に吊るされている鎧の少女たちだった。
元万能メイドのヴァルキュリエたちだ。
樹木に絡め取られ、ヴァルハラからの魔力供給も絶たれ、身動きが取れないようだ。
「力及ばず……自らの不甲斐なさに呆れておりますわ。ヴァルハラさえ守れず……」
「ヴァルハラを任されているからヴァルキュリエなのです。ヴァルハラがなければ、ただのキュリエですわ」
ホワイトが唇を噛み、グリーンが乾いた笑みを浮かべる。
「それにしても……リバティ様をお支えするはずの私たちが、なぜ敵対する形になっているのでしょう」
「リバティ様のお考えですもの。何か理由がおありのことと推察しますわ」
「そう考えれば……私たちのこの結果も、実は間違いではないのかもしれませんわね」
弱々しい声だが、良かった。全員、無事だ。彼女たちが優秀な助手だったことは疑いようがない。
「手強かったが、まあオレが本気を出せばこの通りさ。魔科学術師も上手くやったようだな」
横でグリンが槍を地に突き立てていた。
これで、俺たちに刃を向けるものはもういない。ヴァルハラは、完全に制圧された。
さて、ここで話しておきたい相手がいる。
俺は『マオウジゴク』に囚われたままのメリー・バフォメットの前に立つ。
「メリー。なぜプラティナス側についている? 未人たちのために魔王になることを選んだんだろう? なのに、未人と敵対する戌人の魔王、ガルムと手を組んでいるのが、どうにも納得できない」
メリーの裏切りによって苦しめられたことは事実だ。だが、それでも俺は、メリーが根っからの悪人だとは思えなかった。
「あらあら、私が蒼月の牙王さんと手を組むことなどございませんわ。私が仕えるのはただ一人、大魔王ニーズさんです」
メリーは静かに首を振り、迷いのない声で答えた。
「ニーズさんがニブルヘイムに現れてから、未人と戌人の争いは収まりました。それまで一方的に狩られていた未人は、捕らえられても毛を刈られるだけ、という取り決めがされたのです。私が配下に入ることと引き換えに。ですから私は、未人を守るためにニーズさんに従っております」
メリーは真っ直ぐに言い切った。
「お前が従わなければ、本当に未人は守れないのか?」
問いかけると、彼女はわずかに視線を落とす。
「ニーズさんの加護がなければ、ニブルヘイムで未人は生き延びられません。いずれ戌人に滅ぼされる。それが定め」
「だったら、そこまでニブルヘイムに縛られる必要はないんじゃないか?」
俺は問いかけた。
「いいえ。未人があの地を離れて暮らした記録など、ございませんわ。大体、どこへ……」
「例えば、ここアースガルド」
その名を口にした瞬間、メリーの瞳がわずかに揺れた。
「私たち未人は弱い種族です。アースガルドに来たところで、結局他種族に狩られるだけでは……」
「そんなことはない。アースガルドの前身、アースベルでは様々な種族が共に暮らしている。子人と寅人さえ、肩を並べてな」
「……噂は聞いたことがあります。あの小さな子人と、獰猛な寅人が共存しているなんて、とても信じられませんが……事実のようですね。そして、そこに未人も加えていただける、ということですか?」
「ああ。アースガルドにはまだ未開の土地が多い。住む場所も、畑も、共に作ればいい」
メリーは言葉を失い、視線を落とす。
「私は……あなた方を欺き、罠に嵌めようとしました。そんな私に情けをかけるのですか?」
「ああ。あの時は危なかった。ヨトゥンヘイムで全滅していてもおかしくなかった。だから完全に許すとは言わない。だがこれは、お前一人の問題じゃない。未人全体の問題だろう」
その言葉に、これまで崩れなかったメリーの表情に、わずかな後悔が滲んだ。
「私に、その申し出を受け入れる資格があるとは思えませんわ。それに……未人がニブルヘイムを離れるなど、皆が納得するはずがありませんわ……」
言い淀むメリーに、俺は短く付け加えた。
「アースガルドには野菜もたくさんあるぞ」
一瞬、メリーの白い毛がふわりと逆立ったように見えた。
しばしの沈黙の後、彼女は恥ずかしそうに顔を上げる。
「……熟慮の末……未人はアースガルドへ移るべきだと判断いたします……」
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