亥人の覚悟
モレクは三体に増えていた。
並び立つ黒い巨躯。この絶望を、どう崩す?
だが、おそらくモレクの力も無尽蔵ではない。この力の維持には必ず相応の代償が必要なはずだ。
「もはやまともに受ける相手ではないの」
倒しても増える。正面から挑むのは悪手だ。
エルマは空間湾曲の魔法を解くと、転送魔法でモレクたちから距離を取った。
モレクたちはそれを悟った瞬間、三体同時に向きを変えた。今度は近くの亥人の隊列の方へ。
俺は即座に転送魔法でモレクの先へと滑り込む。そこには、亥人を指揮するミーアがいる。
「ミーア、気をつけろ、三体のモレクが迫っている。さらに数が増える可能性もある」
「わ、わわ……これは本当に地獄絵図ですね……」
地響きを上げながら迫り来る巨人を見て、ミーアは慌てて姿勢を正す。
「あいつは仲間を生贄にして自分を増やす。だから、これ以上増えないように、丑人たちを石に変えられないか?」
「……やってみます。石にしてしまったほうが、丑人さんたちからしても安全ですからね」
言い終えるより早く、俺たちの間へ白い奔流が割り込んだ。液体のようにうねる槍。だがこれは液体ではない――毛の束だ。無数の白い繊維が束となり、槍のように突き出される。
「あらあら、私をお忘れですか? そんな都合のいい話、見逃すわけがありませんわ。」
魔王メリー。背後で幾筋もの毛束が生き物のように蠢いている。
ミーアの石化邪眼が煌めいた。
だが白い毛束が壁のように重なり、視線を受け止める。
「眠らせて差し上げた後、沈黙の巨蹄さんの生贄になっていただきますから」
メリーの瞳が怪しく明滅した。
「ならば、お主の相手は儂がつとめよう」
一歩、エルマが前へ出る。
彼女を囲うように魔法陣が重なり合い、邪眼に対する幾重もの防御を展開していた。
エルマの多重魔法を基盤とする空間制御に対し、メリーは多重精霊魔法で応じた。炎と風を重ね合わせた渦を放つ。
その間にも、モレクは止まらない。三体が同時に踏み込み、その一体が、最前列の丑人へ腕を伸ばした。
自分が生贄だと悟った瞬間、丑人の顔に恐怖が広がる。
「――石化邪眼!」
だが、モレクの手が触れる直前、ミーアの視線により、丑人は石に変わっていた。
モレクが石像を掴み、魔力を流し込んでも反応はない。
ミーアはそのまま次々に丑人たちを石に変えていった。
これで、モレクはもう分身を増やせない。
次の瞬間、三つの視線が同時にミーアを射抜いた。次の獲物を定めた獣の目だ。
モレクたちは向きを変え、一直線にミーアに迫る。
「蛇は我らの守り神! ミーア嬢のところへは通さぬ!」
すると、ミーアを囲む亥人たちが動いた。
一体のモレクにつき、五体の亥人が同時に踏み込み、腕に絡みつき、動きを阻む。
大きさはモレクには及ばぬとはいえ、亥人もまた巨人だ。五体が絡めば、魔王もさすがに一息では振り解けない。
しかし、モレクの腕が荒々しく動き、亥人の一人を鷲掴みにした。
「生贄……」
低い唸りとともに、魔力が込められる。次は亥人を自分の器にするつもりか。
「ミーア嬢、やってくだせえ!」
掴まれたまま、その亥人は叫んだ。恐怖よりも覚悟が勝っている。
ミーアは即座にうなづいた。
『石化邪眼!』
冷光が走り、モレクに取りついていた亥人たちが、その姿勢のまま一斉に石へと変わった。
石化によって質量が大きく増す。絡みついた数体分の石像の重みでモレクは地に膝をつき、動きを封じられた。
動きの止まったモレクの一体へ、ミーアは視線を据える。
『――石化邪眼!』
直撃。巨躯の表面が灰色に染まりかける。だが次の瞬間、凄まじい魔力が噴き上がり、石化の効果が弾き飛ばされた。
やはり魔王そのものには通らない。
しかし、放出された魔力が限界を超えたのか、骨格が歪み、モレクの輪郭が崩れた。残ったのは、力を失った丑人の肉体だった。
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