魔王の生贄
飛翔のような跳躍。
巨体が消えた、と認識した瞬間には、すでに頭上だった。
振りかざされた巨大な斧。
「ブモッ!」
直撃は避けた。だが、斧が大地を断った次の瞬間、地面に叩き込まれた力が爆発的に拡散した。
岩盤が剥がれ、破片が巻き上がり、衝撃波が貫く。
そして――唐突に音が消えた。
遅れてくるはずの、爆音は届かない。
沈黙場。
空間が、音を媒介することを拒絶した状態。
俺に対するあらゆる状態異常は通じない。だが、場を書き換えられれば話は別だ。
音が奪われた空間では、詠唱も、音声をトリガとした魔法プログラムも機能しない。
ここでは俺の戦術は、半分を奪われたも同然。
だが――エルマは違う。
無詠唱で術式を編む、師匠の得意分野だ。
『空間⭐︎湾曲』
空間を引き延ばすエルマの無詠唱魔法で、モレクとの距離を空ける。
「至れ、我が工房。顕現せよ、魔道具二十番!」
沈黙場の干渉が落ちるのを見計らい、俺は魔道具を呼び出す。
これは、対象の位置を連続測定し、接続魔弾へ追尾情報を送信する――ホーミング魔法弾。
弾幕展開。
魔弾が軌道を折り曲げ、モレクへ殺到する。
モレクは機敏に反応して、斧で数発を撃墜。
だが複数が着弾し、爆発した。
しかし巨体は止まらない。
分かっている。これは前座だ。
「オーバーライド オンヒット コール トランスファー 魔道具八番」
俺は魔法弾の処理の一部を置き換える『オーバーライド』で、衝突時の処理を変更する。
これで、魔法弾の衝突時に魔道具八番『魔法サーキュラーソー』が出現するようになった。
魔王向けにタングステンで魔改造した魔法サーキュラーソーは威力抜群。しかも事実上のホーミング。
次々と呼び出される凶悪な円刃が、モレクの四肢へ食い込んだ。
「ブモォォッ!」
肉と骨が同時に断たれ、巨体が揺らいだ。
このまま押し切る。
だがモレクは退かない。踏みとどまったまま、無造作に近くの丑人の首根を掴み上げた。
「モ、モレク様……や、やめて……」
丑人の声は最後まで続かない。逃げることもできず、魔力が奔流となって流れ込む。
「生贄……」
肉が内側から膨張する。骨格が軋みながら伸び、皮膚がはち切れた。膨張した影が地面へ落ちる頃には、そこに立っていたのは――モレクだった。
「あれが、生贄、か……」
エルマが呟く。
俺も理解した。
他者の肉体へ魔力を送り込み、自身の存在で上書きする。それがモレクの能力だとしたら、全ての辻褄が合う。
モレクが鉱山と遺跡に同時に現れた理由。
一体を討ってももう一体が現れた理由。
つまり、器が尽きない限り、奴は終わらない。
目の前に、同じ魔王が二体。
「あの暴力の塊を、二体同時に相手するのは、儂にはさすがに厳しいのう」
エルマがいつになく弱音を吐く。
二体のモレクが、同時に動き出した。
一方をエルマが空間ごと引き延ばし、強制的に間合いを空ける。だが、もう一体には対処できない。
俺は再び、オーバーライド済みのホーミング魔法弾を解き放つ。
着弾処理はすべて魔法サーキュラーソーへ転送。命中と同時に切断刃が顕現する。
惜しまず消費した回転刃が肉と骨を断つ。
だが――
モレクはさらに別の丑人を掴んだ。
怯えきった瞳。逃げ場はない。
また一体、モレク。そしてまた一体。
見れば、先ほど斬り刻んだ巨体は、既に元の丑人の体に戻り、力尽きていた。
「仲間まで使い捨てかよ……」
丑人たちの動きはすっかり鈍っているように見えた。
自分が次の生贄になるかもしれない。そんな怯えに囚われている。
モレクは自分たちが仕える魔王でありながら、恐怖の対象でもあるのだ。
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