微笑の悪夢
微笑の悪夢――メリーの白い髪がふわりと持ち上がった。
風ではない。魔王と呼ばれるに相応しい魔力が内側から吹き上がり、髪に満ちているからだ。
「私の邪眼は派手ではありませんが……なかなか強力なんですよ」
瞳孔が、針のように細まる。
金と紫を溶かした虹彩が静かに揺れ、焦点が定まった瞬間、エルマの呼吸が乱れる。
「……いかん、この眠気は……」
声が鈍る。がくんとエルマの膝が沈み、肩から力が抜けていく。
眠りの状態異常か。
だが、『状態異常無効(極)』の加護のある俺には、眠りの状態異常も効かない。
「至れ、我が工房。顕現せよ――魔道具七番、改!」
俺は改造したヒトジゴク、魔王さえも捕えるマオウジゴクを呼び出した。
強力な引力が解き放たれる。
メリーはそれに取り込まれぬよう、ひらりと身を翻し、俺たちと距離を取った。
邪眼がマオウジゴクに遮断され、エルマの意識がかろうじて引き戻される。
「あらあら。私の『魔夢邪眼』は、魔王さんでも抗うのは難しいのですけれど……魔科学術師さんには効かないの、残念ですわ」
メリーは念動魔法でマオウジゴクの引力を打ち消しながら、複数の魔法陣を空中に浮かべた。
彼女もエルマと同じ、多重魔法の得意な優等生魔法使いタイプか……
「助かった。儂としたことが、危うく眠りに沈むところじゃった。厄介な眼よの」
エルマも呟きながら体勢を立て直す。
メリーの邪眼の効果は『眠らせる』という、ただそれだけだとしても、戦場で眠った瞬間、勝敗は決まる。
魔王でさえも抗えないとしたら、確かに恐ろしい邪眼だ。
そこでふと思い出す。
磔にされているリリィとグリン。あの二人も眠りに落ちている。
あれもおそらく、メリーの能力によるものなのだろう。
メリーはマオウジゴクの外縁を正確に見切り、間合いを崩さない。
周囲の丑人たちも動き出した。
槍と斧を一斉にこちらに構え、こちらに近づいてくる。
「裏切り者は炙り出せたが……状況は最悪じゃの」
エルマの声は静かだが、重い。
「こちらは儂とお主のみ。あちらは魔王二人に丑人の群れ。しかもモレクの底は、いまだ見えぬ」
数で劣っている上に、相手は俺たちの対策を他にも仕込んでいるに違いない。
正面から踏み込めば、遺跡のときよりも不利になる。
だが、磔台に括られたリリィの命がかかっている以上、退くという選択肢もない。
ならば、どうやって、この包囲を崩す――。
「お兄ちゃんっ……すみません……お待たせしました……!」
まさにその時だった。
張り詰めた戦場に希望を灯す、その声が飛び込んだ。
ミーアだ。
肩で息をしながらも、その瞳は冴えている。
そして、彼女の背後に広がるのは、武装した亥人の群れ。
怒りと覚悟の滲む幾百の視線が丑人へと向けられている。
「ミーア、無事だったのか!」
「はいっ」
ミーアは胸に手を当て、乱れた呼吸を押し込んだ。
「先の戦いで、仲間の皆さんは次々と眠ってしまって、私もあと少しで沈みかけました。でも……このままでは終われないと思って、自分の尻尾で自分を弾き飛ばして……逃げました……すみません、すみません」
よく見れば、ミーアは傷まみれだった。自分の痛みなど顧みず、戻ってきてくれたのだ。
「それで……グリンさんが捕らえられたって……皆さんに伝えました! そしたら、亥人の皆さん、来てくれたんです!」
助かった。
これだけの亥人がいれば、丑人の群れは抑えられる。ミーアの戦力も無視できない。
「それにしても……あの眠りの力が、メリーさんだったなんて……」
動揺を押し殺しながらも、ミーアの瞳が怪しく閃く。メリーに向け、石化邪眼が走る。
メリーはふわりと身を翻し、石化の光が空を掠めた。
すかさずメリーも魔夢邪眼で応戦する。亥人たちが、一人また一人と眠りに堕ちていく。
眠りと石化の視線が空中で交差する。
この状況で俺たちが切り崩すべきは――本丸。モレク。
俺たちが意識を向けた、その瞬間だった。
モレクが踏み出す。
岩盤が沈み、足元に放射状に亀裂が走った。
次の瞬間、視界から消えていた。
『面白いかも!』『続きが気になる』と思った方、ブックマーク登録や↓の『いいね』と『★★★★★』をポチッとしていただけたら、それだけで作者は歓喜に満ち溢れ執筆の励みになります!




