白と黒
悲鳴すら許されず、圧倒的な質量に叩き潰されたそれは、完全に地面に沈み込んでいた。
「あらあら……これではもう……絶対に、絶命」
メリーは変わらぬ穏やかな笑みを湛えていたが、そこには影も落ちていた。
丑人たちの視線は、彼女に集まっているが、誰も動こうとしない。
「最も欲しいと思えるものは、同時に、最も危険であるもの……」
磔台から目を逸らさず、メリーは自らを納得させるように続けた。
「可能なら、あなたとの旅を、続けてもよかった。そうすれば、私ももう少し『自由』であると錯覚できる時間を過ごせるでしょうから。でも……これは仕方がないことなのです。これが、私の使命」
メリーは胸の前で両手を組み、指を絡ませた。
「何がお前の使命なんだ?」
「何がって、それは、魔科学術師さんを――」
そこまで答えて、メリーの肩がわずかに跳ねた。
彼女の動きが完全に固まる。
そして、声のした方に、首だけをぎこちなく向けた。
その視線の先に立っていたのは、俺とエルマだった。
「そ、そんな……どうして……だって、さっき、確かに……」
「モレクに潰されたあれか?」
エルマが磔台の方を鼻で指し示す。
「あれは、儂の擬態の魔法で姿を似せた岩じゃ」
よく見れば、磔台に血の痕跡などはない。
メリーの呼吸が乱れた。
「さっきの丑人たちの反応……あまりに早すぎたと思わないか? まるで、転送の瞬間を、正確に知っていたような動きだった。そう考えると、メリー。お前のさっきの叫びは、注意を引くというより――転送開始の合図のようにも見えてこないか?」
メリーの合図と共に、磔台を中心に展開された丑人たちの即応結界と、モレクの一撃。
もうこれは、事前に計画されていたとしか思えない。
「そしてあの作戦は、お前の発案だ。この作戦を事前に共有できた者がいるとすれば――お前しかいない」
遺跡での戦いも同じ。
俺たちの動きは、完全に読まれていた。
内部に裏切り者がいると考えれば、すべて繋がる。
鉱山での壊滅も説明がつく。
魔王一対三におまけにミーア。この圧倒的な戦力差では、いくらモレクが強いとしても、こちらの完全敗北はさすがに考えにくい。
だが、仮に、その中の魔王一人が裏切っていたとしたら……
魔王ニ対ニとミーア。
戦力は一気に均衡する。
「やっぱり……お前が裏で糸を引いていたんだな」
俺は断定した。
メリーはすぐには答えず沈黙を続けていたが、やがて、観念したように、細く息を吐いた。
「あらあら……疑惑を検証するための芝居だった、というわけですか」
その瞬間、メリーの目から柔らかな色が消えた。
「ですが、もし私が本当にあなた方の協力者だったなら……あなたは、冥府の女王さんと金色の豪鬼さんを救える唯一かもしれない機会を、自ら潰したことになりますよ? どこで、そこまで私を疑われたのです?」
「ああ、それはな」
俺は迷わず答える。
「ミーアの説明の時だ。お前、『モレクとの力量差を悟って早々に離脱した』と言ったよな」
そこでほんの一瞬、メリーは視線を外した。
「ミーアは、魔王が相手でも真っ先に逃げ出すような奴じゃない」
俺はミーアのことをよく知っている。自己肯定感は低いが、決して臆病ではない。
だからこそ、その一言だけは嘘だと感じた。
だが、あれがメリーの嘘だとしたら、ミーアは今、どこで、何をしている……
「……そうですか」
メリーは静かに目を閉じた。
そして、再び開いたとき、そこにあったのは迷いを切り落としたような、澄んだ色だった。
「あなたは……思っていたよりずっと厄介でしたね。これまでは、あなたは魔王なのに善良で、人を疑うことなどしないと思っていました」
俺は淡々と答える。
「それは買い被りだ。俺はバグを潰すためなら、何だって疑う。エンジニアだからな」
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