第五章 プロローグ
玉座に座るプラティナス皇帝は、いつも通りの穏やかな態度で客人を迎えた。
対する相手もまた、礼節をわきまえて静かに向き合っている。
無駄のないラインで仕立てられた、この世界では珍しい黒いスーツ。存在を誇示することなく、それでも場の空気をわずかに引き締めている。
「陛下。お声をかけてくださり光栄です」
あくまで友好的な謁見。
少なくとも、表面上はそう見えた。
「先々代の皇帝とは良好な関係を築かせていただいておりましたが、先代の皇帝とは……残念ながら、良い取引ができませんでしたので」
「そうであったな。だが余は、長くこの地を守ってくれたそなたとは、良い関係を築いておきたいと思っている」
プラティナスの声は柔らかく、そこに探る様子はない。
「それは嬉しいお言葉ですね。私の使命は、この地を守ること。『ヴォルスパの予言書』に記された世界の終末に抗う――私は、そのために創られた存在です」
男の言葉を受けるように、謁見の間の奥から白い髪の少女が姿を現した。
儚げな外見とは裏腹に、空間を歪めるほどの魔力が、彼女の周囲に満ちている。
「私も、一度会ってみたかったの。ミッドガルドの門番とも呼ばれる大天使、ヘイムダル」
「私もです。あのノルンと直接言葉を交わせるとは光栄です」
ウルドがわずかに口元を緩めると、ヘイムダルは恭しく頭を下げた。その姿勢のまま、問いを投げる。
「さて、お二人は、私とどのような取引をお望みでしょうか?」
プラティナスは微笑を崩さず、即答した。
「良い関係を築きたいと考えている。そなたの目的にも役立つ力を用意しよう。我らのヴァルハラ計画は、必ず役立つ」
続けて、ウルドが淡々と口を開く。
「この国の多くの人々の魔力を搾り取れば、巨神にさえ対抗できる。そして私も、力を発揮できる。過去を書き換え、終末への対策とすることができるでしょう」
声は静かだった。
だが、ヘイムダルは、説明されずとも、その裏にある犠牲の大きさを察した。
「膨大な魔力を自在に操り、運命の女神の力さえ扱える……確かに心強い。反面、多くの民が犠牲となるかもしれませんが、世界の終末を防ぐことと比べれば、取るに足らない問題と言うこともできるでしょう」
その視線が、わずかに鋭さを帯びた。
「ですが、それでも安心はできません。世界の終末が何によってもたらされるのか、その可能性は一つではない」
ヘイムダルは、一つ、また一つと名を挙げていく。
「ミッドガルドからの虹の橋侵攻。ニブルヘイムで進む極限の冬。ヨトゥンヘイムの巨人の進軍。ムスペルヘイムの炎の巨神……気になることはいくつもあります」
謁見の間の空気が、静かに沈んでいく。
「気は休まらぬな、ヘイムダル。だが、いかなる事態になろうと――我らが揃えば、道は開かれる」
プラティナスは、疑う余地もないように、そう断言した。
ヘイムダルの視線が、まっすぐに玉座の奥を捉える。
「それにしても、見事な采配ですね。プラティナス皇帝――いや、ニーズヘッグ殿」
その瞬間、穏やかさの奥に張りつめていたものが、わずかに姿を見せた。
「かつては世界を蝕む存在と恐れられていたあなたが、今では国民の絶対的な信頼を得て、大国に君臨している」
それは皮肉ではなく、称賛だった。ヘイムダルは、さらに言葉を継いだ。
「……しかし、あなたほどの力をもってしても、あの魔王――リバティ・クロキは、従えられなかったようですね」
「ああ……都合よく過去を書き換え、奴の望むものはすべて与えたつもりだったが、それでも、奴はなびかなかった」
答えた瞬間、プラティナスの表情に一瞬だけ影が落ちる。
だが、それはすぐに、穏やかな笑みに覆い隠された。
「だが、手に入らぬものはもうよい」
その言葉は、自らに言い聞かせるような調子だった。
「奴の生み出した技術は、すでに余の手中にある」
二週間ほどお休みをいただきましたが、第五章がはじまりました。引き続きよろしくお願いします。
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