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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
五章 異神の島
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五章 異神の島(10)

 冬峰(ふゆみね)冴夏(さえか)へ目をやる。

 御門(みかど)家当主代行の地位にある千秋(ちあき)の母親を睨み付けた。

「それは、本当ですか」

「ええ、私も確認したわ」

「ふざけるな」

 冬峰はベンチから立ち上がる。

「冴夏伯母さんは自分の娘を自分の娘同様に可愛がっていた人の手に掛けさせるのか。俺は千秋が春奈(はるな)さんに傷つけられることも、春奈さんにそんな辛い事をさせるのも嫌だ。あまりにも救いが無いじゃないか」

 冬峰は一気に言い放った。彼にとって大事な者達が互いを傷つけ合う光景を見たくも無かった。

「ええ、そうね」

 冴夏の声は小さく沈んでいた。何時もは気丈に顔を上げ、冷徹に御門(みかど)家を切り盛りしていた彼女も自分の血を分けた娘の運命に動揺を隠しきれないようだった。

「私は、あの子、千秋に普通の人生を送って欲しかったの。だから、私はあの子と距離をとった。御門家の当主代行である私の(そば)に居れば、あの子も御門家の(ごう)に巻き込まれてしまう。それが怖かったの」

 冴夏はポツリポツリと独白(ひとりごと)を始める。それは娘の失うかもしれない恐れを抱いた弱い母親の告白に違いなかった。

「だからあの子は何時も(ひと)りだった。独りで耐え続けて疲れて、御門家を憎むようになった。御門家に私を取られたと思ったのかも知れないわ」

「でしょうね」

 冬峰は突き放したように答える。

 冬峰の脳裏に、千秋が御門家本家に身を寄せた時、彼女が春奈に怒りをぶつけた時の涙を流した顔が浮かんだ。千秋から見れば春奈はあまりにも恵まれ過ぎていたのだ。

 温かい家族と共に暮らしており、御門家の当主という地位と力を手にしている。そして(おのれ)の母親すら彼女と共にある。

 千秋が母親の元を離れて独り暮らしをするのは、そんな境遇から目を()らす為の逃避かも知れない。

「二年前、千秋が御門家から出て行こうとした時、あの地下室で千秋の記憶を奪ったよな。それも彼女を守る為か?」

「ええ、御門家の秘事が外部に漏れる可能性を、あの宗冬が許すわけがない。貴方とあの子を救うにはそうするしかなかった」

 冬峰の問いかけに冴夏は目を伏せて答えた。

「……ごめんね、冬峰」

 冬峰の脳裏に、記憶を失う前の千秋の声が甦る。 

「でも、あの子は御門家の巫女のひとりで、その能力から結局、争いごとに巻き込まれた」

 冴香の言葉通り、それから後は【K】や【不死の代行者】をはじめとする異世界の怪物が千秋の日常を打ち壊した。そして彼女は【K】の手に落ちて姿を消した。

朱羅木(しゅらき)と私は同期でな。朱羅木に頼まれて千秋殿の件を調べていた。今回は【高天原(たかまがはら)】でも関与している者は少なく、(すめらぎ)と御門宗冬(むねふゆ)殿で事を進めているようだ。ひょっとすると皇も宗冬殿の案を鵜呑(うの)みにするだけで、(はかりごと)は宗冬殿とその腹心で進めているのかもしれん。問題は、何故、千秋殿が必要か、だ」

 黒雅(くろまさ)が天門町を(おとず)れたのは、宗冬の指示で御門家を監視する事だったが、朱羅木と情報を交換する目的もあった。それは永遠に敵わなくなってしまったが。

「高天原内部でも宗冬殿の独断専行を問題視しているのだが、宗冬殿は先々代の皇の頃から【高天原】に属している最古参の幹部。誰も逆らうことが出来んのだ」

「宗冬の目的が何なのか、それは引き続き黒雅と私で調査します。冬峰、貴方は協力者と共に黒雅のヘリで横須賀へ向かいなさい。その協力者の伝手(つて)でルルイエまでの移動手段は確保緯できるかもしれないわ」

「協力者って?」

「貴方の知っている人です。ヘリは貴方達に奪われた事にするから、帝都からの春奈の迎えは一日、いえ、半日は掛かるでしょう。貴方達は先行してルルイエに向かい、あの子を……」

 冴夏は顔を伏せた。

 何故、皇は千秋の命を奪う事を()としたのか。そんな事態が起こることを予想していたのではないか。そして、それが起こってしまったのではないか。

「あの子を……救って」

 冴夏は濡れた瞳を上げて声を絞り出した。冬峰に命令では無く、母親として懇願(こんがん)しているのだ。

「春奈が、御門家の当主が千秋の前に姿を見せるまでに。千秋が、その能力(ちから)で取り返しのつかない事を起こす前に、あの子を見守り続けていた貴方の手で、あの子を救って」

「元からその心算(つもり)です。俺はその為に生きているのだから。でも、ひとつ聞きたいんだ。千秋の持つ力とは何なんだ」

 冴夏は眼を見開いて冬峰を見た。意外な事を聞いたとでも言う様な驚いた眼をしている。

「知らなかったの? 私は貴方が知っているから、千秋を守り続けていると思っていたのに」

「いや、全然」

 あっけらかんとして首を振る冬峰の姿に、冴夏は毒気を抜かれたように呆然として冬峰を見つめた後、寂しそうな、それでいて嬉しそうな表情で苦笑を浮かべる。

「そう、貴方は純粋に千秋を守りたいのね」

 すでに千秋に対しては母親として出来る事は無いのかもしれない。そんな寂しさを冴夏は抱いた。

「千秋も御門家に血を引くもの。異界の門を開き、手力てぢからを己、もしくは別の誰かに宿らせることが出来るわ。春奈はこの能力で(いにしえ)の御門家当主を己の身に宿らせた。千秋はそれに失敗して無能の烙印(らくいん)を押されたのよ」

「……」

 冬峰は三人に一礼してから踵を返した。もう聞くことは無い。後は一秒でも早くルルイエに向かい千秋を救い出すことだ。

「冬峰様、これを。丸腰では千秋様を救い出すこともままならないでしょう」

 時春は(うやうや)しく紫の風呂敷にくるまれた棒状のものを冬峰に両手で差し出した。冬峰はそのずしりと重いものを受け取り風呂敷を(しば)(ひも)をほどく。

 それは黒い鞘と柄の刀であった。鯉口(こいくち)を切り、(さや)から刀身を抜き出す。「二尺一寸八分、中反りで刃肉のたっぷりとした蛤刃(はまぐりば)です。中子の彫り物が途切れており、切先が大切先でしたが、おそらくは長物の古刀を邪魔にならないよう短くして()ぎ直したものと思われます」

 一六五センチとそれほど背の高くない冬峰にも扱いやすい長さだ。それでいて重い。波紋は大房丁子(おおぶさちょうじ)。大房丁子は折れやすいと聞くが、この刃厚ではその心配は杞憂(きゆう)であろう。

 冬峰は満足したようにうなずくと刀身を鞘に納めた。

「時春、有り難う。大した業物だね。気に入ったよ」

 時春は再び(うやうや)しく一礼した。

「じゃあ、行ってきます」

 冬峰は再び踵を返して、黒雅のヘリの停めてある郊外の雑木林へ向かって行った。

 その背を冴夏、時春、黒雅はそれぞれの思いを込めて見送った。

「本当に、姉思いの子なのね」

「そうですね。奴が本家に引き取られた時は、春奈様とうまくやっていけるのか心配でしたが、その点に関しては杞憂(きゆう)でしたな」

 同意する黒雅の言葉に、冴夏は表情を陰らせる。

「そうじゃないのよ、黒雅」

 けげんな顔をして冴夏を見下ろす黒雅と、冴夏の背後で同じように沈痛な面持ちで冬峰の背を見送る時春。

「そうじゃないのよ。私と白雪(しらゆき)、私達が犯した罪の代償をあの子達が払っているの。だから」

 冴夏は折れそうになる我が身を支える様に己の身を抱きしめた。

「二人が帰っていたら、本当の事を話すべきかもしれないわね」


 雑木林へ下る坂の途中で冬峰は市街地の外れ、己が春奈達と過ごした本家の屋敷を振り返った。ルルイエへ行く前に春奈に出かける旨を連絡すべきかどうかしばらく考えたが、結局時間が惜しくそのまま歩を進めた。

 このまま彼女との別れとなるかもしれない。冬峰にはある予感があった。次に向かうルルイエこそが最後の決戦場だと。

 ルルイエが【深き者共】や【不死の指導者】、【黄衣の王】並みの異形の怪物が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する地獄であってもおかしくは無い。むしろ【K】の(たてまつ)る存在が眠りについていた島だ。そうでない方がおかしい。

 更に冬峰と決着をつけると宣言したナイ神父、あの黒づくめの怪紳士も現れるだろう。

 前回の邂逅(かいこう)では何とか撃退に成功したが、それはナイ神父の気まぐれによるものだと冬峰は解っていた。ルルイエでの決戦は彼は本性をさらけ出して攻撃してくるだろう。どうすればあの魔人を倒せるのか。

 そして千秋。彼女の能力は異界の門を開くことだと。それが彼女に何をもたらしたのか。彼女を無事連れ出せるのか。

 ふと冬峰は自嘲気味に苦笑した。あれこれ悩んでも自分に出来る事は刃を振るい、立ち塞がるモノを切り伏せて千秋の前に立つ事。それ以外に何もないだろうと。

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