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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
四章 黒衣の魔紳士
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四章 黒衣の魔紳士(18)

 ふわりと巨人が宙に浮かぶ。

 吹雪(ふぶ)く白いカーテンが春奈(はるな)の視界から巨人を(おお)い隠した。吹雪で視界を(まど)わせ、風の音で聴覚を狂わせる。その間に奇襲をかけるのがこの白い巨人の好む狩りであった。

 しかし今、相対している獲物はそんな絶体絶命の状況にも係わらず平然と、眼下の巨人へ余裕めいた冷笑を向ける。

 巨人はその彼女の周囲に風が渦巻いており、吹雪から彼女を守っていることに気がついた。

「さて、こうも視界が遮られては戦い(にく)いですね。ここは切り開いてしまいましょう」

 そうつぶやいて春奈は右手を手刀の形にして頭上にかざした。

草薙剣(くさなぎのつるぎ)

 春奈が手刀を袈裟懸(けさが)けに振り下ろす。

 その手刀の通り抜けた空間に風が(はし)り、その呼び名の由来である焼津の草花の様に吹雪がザックリと切れると、その向こうの風景を露わにした。

 さらに巨人を覆っていた氷霧(ひょうむ)も切れて、巨人の全貌が明らかになる。

 それは巨大な骸骨ような頭部、肩、胸部、前碗、(すね)から下に(よろい)の様な白い外皮が(かぶ)さり、その間を黒い骨の様な機関が繋いでいる。頭部の骨格は後方へ長く伸び、体全体も細い。まるで空気抵抗を少なくする為に作られた巨大な人形のようだ。

 巨人が一声吠え、背後に飛び退いた。

 巨人の左手首から先が刃物にでも切られたかの様に滑らかな切断面を(さら)して無くなっているのは、吹雪により春奈が行動不能となっていると判断して捕えようと左手を伸ばしたところを、春奈の手刀の起こした風により切断されたのだ。

「逃がさない」

 横なぎに振られる手刀。

 巨人が咄嗟(とっさ)に上空へ飛ぶと、中庭の土壌(どじょう)が巨大な重機に掘り起こされたかのように真一文字に(えぐ)れる。

「あら、庭師に怒られるかも」

 春奈はぺろりと舌を出してから空気のはためく音を残して飛び上がり、巨人を追撃する。

 黒髪とコートをなびかせて巨人を追う姿は、普段の彼女と違う(りん)とした美貌も相まって悪鬼を払う神々しさを備えた女神のようで、青桐(あおきり)見惚(みほ)れて息を漏らした。

 巨人は追いつかれると判断したのか、春奈へ向き直りその巨大な鋭い爪を絶妙なタイミングで彼女の頭上に振るい叩き落とそうとする。

 ふわりと白いコートが(ひらめ)いて、春奈の身体は螺旋(らせん)を描いてその掌をかい(くぐ)り、キリンの首の骨ほどもある右手の指先を細く可憐(かれん)な右手で(つか)む。

「捕まえた。【火之迦具土(ほのかぐつち)】」

 巨人は己の右指先を掴んだ春奈の掌が熱を帯びたので咄嗟(とっさ)に引き外そうと身を引いたが、時すでに遅し、熱は彼女の手から巨人の下腕に伝わり内側から炎を吹きだした。

 春奈から距離をとって着地した白い巨人は、そのまま地響きを上げて両膝を着く。

 巨人の右手は焼け崩れ、肩から先を失っている。対して春奈は無傷。

 一見、頼りなげな良家の御嬢(おじょう)さん風の彼女だが、その戦闘力が眼前の巨人を凌駕(りょうが)していることを誰が予想したであろうか。

「これまでのようですね。何処(どこ)の誰かは存じませんが、私の家人の命を奪った以上、それなりの落とし前はつけさせてもらいます。まあ、大人しくしてくれるなら滅ぼしはしませんけど」

 宙に浮かび巨人を見下ろす春奈は勝者の余裕めいた笑みすら浮かべている。

 白い巨人はその燃える目で春奈を見上げてふわりと巨体を宙に舞わせた。しかし、ここから去る様子も無く、春奈と同じ高さまで浮かび上がり相対する。

「どうやらこの場で滅びる覚悟があるようですね。それとも逆転の一手を持っているのかしら」

 小首を傾げる春奈に向けて、白い巨人はその(あぎと)を大きく開いた。その黒い穴の前の空間が少しづつ輝き始め広がっていく。何かが反射して瞬いているのだが春奈はそれが凍りついた大気だと気がついた。

絶対零度(ぜったいれいど)。これは草薙(くさなぎ)で切り落として防ごうとしても、逆に凍りつかされるかも。火之迦具土(ほのかぐづち)でも防げるかどうか」

 全てを凍りつかせる息吹を前に、流石(さすが)の春奈も口元を引き締める。

 死をもたらす輝きは巨人の口腔内(こうこうない)で膨れ上がっていき、空気の凍りつく音さえ聞こえてきそうだ。

 春奈はその輝きに対して右掌を突き出しただけだった。

 掌ひとつでそれを止める自信があるのか、春奈の表情に怯えや恐怖は一切見られず、凛として白い巨人を見返している。

 遂に巨人の咢から輝きが溢れ、次の瞬間、薄いガラスの割れる様な音と共に春奈に向けて吹きつけられた。

 その美しく目を奪われそうな輝きに幻惑(げんわく)されたのか、春奈は避ける素振りさえ見せず正面から受け止める。

「【天岩戸(あまのいわと)】」

 春奈の声に(こた)えるかのように、春奈の眼前に黒曜石(こくようせき)のように輝く障壁(しょうへき)が出現した。

 その表面に激突した絶対零度の息吹(いぶき)は、それを突破することが出来ず氷の花の様に開き散らされていく。

 その余波を浴びたのか春奈の足元にそびえる葉桜の広がった枝や葉が凍りつき割れて落ちる。

 下から見上げる青桐からは、飛び散る凍りついた空気で春奈の姿は見えない。ただ己の当主が無事であることを祈るしかなかった。

 ついに数秒間続いた光の奔流(ほんりゅう)が途絶えた時、春奈と春奈を守るように出現した黒い壁は攻撃を受ける前からの姿勢を崩すことなくそこに留まっていた。

「無駄な事。神代(しんだい)にあってこの世の全てから太陽を覆い隠した岩戸を(つらぬ)けるものなどあるわけないでしょう」

 春奈が手を下ろすと天岩戸と呼ばれた障壁が消え失せ、代わり燃える炎のような眼光を動揺するように瞬かせる白い巨人が残された。

 動揺を隠すかのように春奈の周囲に吹雪が巻き起こるが、彼女に対しては何の効果も無い事は、それを行っている巨人が一番よく解っているだろう。

「さて、この地に足を踏み入れ我が家人を害した罪。その猪首(いくび)を頂いて帳消しとしましょうか」

 春奈は半眼となり両手を広げて肩の高さまで上げた。

「我は皇御孫命の命持ちて【神の威】を狩るもの。荒ぶる神達をば末打ち断ちて祓い清め給わん」

 音を立てて彼女の胸前で両掌が組み合わされる。

 白い巨人には彼女の両掌が組み合わされる直前に、何らかの力が生じて両手に挿み込まれるのを見てとった。

 春奈の組み合わされた両手が頭上にあげられ、白い巨人はその白くたおやかな掌に抱かれたひと振りの剣を幻視(げんし)する。

 それは細く長い刀身を持った剣であった。青白い光沢を持った刀身に刃は付いておらず、代わりに人物の顔をかたどった様な模様が浮かんでいる。奇怪な事にその模様は細かく(うごめ)いており、時折(ときおり)、震えては大きさを変えていった。

 その模様からは常に(きり)の様なものが吐き出され白い巨人に絡みついて来る。

「神殺し【十拳剣(とつかのつるぎ)】」

 その模様が吠えた。春奈の名乗りに合わせる様にいっせいに吠えた。

 いや吠えたのではない。苦鳴を上げたのだ。模様の様に見えるのは様々な形をした何者かの首で、それが己を見つめて怨忌(えんき)の声を上げているのを白い巨人は見てとった。

 苦しいと、この苦しみ、己以外の者に味わわせてやりたいと。

 白い巨人が、本来持ち合わせてない恐怖をその剣に感じ取った時、風を巻いて春奈が突進する。

 その砲弾の様な速度での一撃のもたらす結果に、白い巨人は戦慄(せんりつ)した。

 春奈の両手が振り下ろされ地に着地した時、その場には春奈ひとりが(たたず)んでいる。

 白い巨人は己の巻き起こした吹雪もろとも、間一髪で一撃をかわし何処かに飛び去ったのだ。

 春奈は虚空を見上げていた顔を伏せ、軽く息を吐き構えを解く。

 青桐は春奈に駆け寄って、己が主に異常のない事を見てとってから控えめに「逃しましたか?」と小声で尋ねた。

 青桐の眼にも白い巨人が消え去ってから、春奈がその位置で両の手を振り下ろした事が見てとれたのだ。

 対して春奈は逃した事にさほど痛痒(つうよう)を感じていないのかあっさりと首を振った。

「いいえ、これでいいんです」

「はあ、春奈様が良いのならいいのですけど」

 釈然(しゃくぜん)としない口調で青桐はそれ以上の問答を打ち切った。主の機嫌を損なうことを恐れたのだ。

 春奈は地面に()したもう一人の護衛、朱羅木の傍らに歩み寄り目を閉じた。

「青桐。朱羅木は勇敢(ゆうかん)でしたね」

「はい」

「頭首として、これ以上、犠牲(ぎせい)は出せません。分家の者達に千秋さんと冬峰さんの行方を注意して探す様に下知(げち)してください」

「承知しました」

 恭しく首を垂れた青桐に背を向けて、春奈は母屋の玄関の戸を(くぐ)った。拳を軽く握り締める。

 両親を失ってから、ずっと胸の内で見知った顔を失う事を恐れていた。

 これ以上は許さない。

 あの白い巨人がこの町に災厄(さいやく)をもたらした彼等に対しての宣戦布告だ。春奈はそう胸の内でこの戦いに身を投じることを決心していた。


 雪煙を身に纏い、白い巨人は日本の天門町(てんもんちょう)から遠く離れたカナダの森林地帯に着地した。

 後を振り返る事も無く全力でこの地まで駆けて来たのだ。

 (いにしえ)の戦いにてこの星に追い落とされて以来、この様な敗走を味わう事などなかった。

 己を窮地(きゅうち)に追い込んだ少女の姿を思い起こす。

 己と同様に風を操り宙を浮かぶだけでなく攻撃の手段として用いている。さらに炎や空間遮断の術を自在に操っているのは驚嘆すべきことだろう。

 そして最後に見せた美しくも禍々(まがまが)しい剣。実体のない幻のような剣であったが、それを目にした途端、本来知るはずもない恐怖を味わった。

 あの剣は一体? 

 そう疑問を浮かべた己の視界が急に下方へ流れ横倒しとなった。

 転倒したのかと、手を動かそうとするが身体はピクリと動かずに元の姿勢を保っている様だ。

 視線を(めぐ)らす。

 視界に見慣れた己の身体が、首を失った状態で両膝をついて伏せている。

 それに驚愕する間も無く、氷山が崩れる様に右腕、胸部が徐々に崩れ消え失せていった。

 そして原型を(とど)めぬほどに胴体が崩れるのを見届けた後、その首も燃え上がる炎のような両眼を閉じて胴体の後を追うように崩れ消え去っていく。

 数十秒後、その地に異形の巨人がいた形跡などなく、ただ無人の森林が広がるだけであった。

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