三章 死の旋風(7)
一時間後、寄って行った全ての店にてサービスをうけた冬峰と千秋は、両手いっぱいの食材を抱えバス停で肩を並べていた。
「素晴しい」
「何がよ」
「今度から買い物には千秋を連れて行こう」
可愛い子効果ってのは偉大だな、いやこの場合美人効果だろ、などと考えつつ冬峰は今夜の晩御飯の豪勢さに思いを馳せた。
今夜は春奈達三姉妹に加え千秋と朱羅木、青桐達警護人と食卓を囲むことになるが、それでも食べ切れるかどうか分からなかった。まあ、余ったら明日の晩御飯が牛丼になるぐらいか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、何をするでもなくバスを待っていた。
「でも、意外ね」
「?」
千秋は何が面白いのか、いつもはツリ目でどこか不機嫌な睨むように冬峰を見るのだが、珍しくその目を柔和に細めて冬峰を見つめている。
「冬峰ならアルバイトの時と同じように、どこか面倒臭そうに買い物をするかと思ったけど、ちゃんと会話してるのね」
冬峰は千秋の言葉に苦笑を浮かべた。アルバイト先でそのように見られていたのは予想外で本人としては真面目に仕事をしているつもりだった。
「まあ、そうだな。自分独りで生きていくなら食事の用意なんて面倒臭いし、適当に買い食いしてるだろうね」
冬峰はそう言った後、口を閉ざし二人の前を通り過ぎる車をぼんやりと眺めていた。
千秋はその冬峰の茫洋とした横顔を眺め続ける。
千秋には、こうして買い物に付き合っている、いや、この数日間冬峰は警護する必要からか共に行動していると、彼の学校やアルバイト中とは異なる意外な一面が見えてきたような気がした。
いや、そういえば彼は以前から私を気にかけていてくれた様な気がする。
その心当たりを探るように冬峰の横顔を見つめ続けた。
何故か、哀しい思いを抱きながら見つめ続けた。
左側から天門町行のバスが野太いエンジン音を響かせながら二人の前に停まった為、二人はバスに乗り込み乗車口に一番近い席に並んで座る。二人の他の乗客は皆、六十以上の老人ばかりだった。
「僕も意外に思っている」
窓の外を眺めたまま冬峰の呟いた言葉の意味が、バスに乗り込む前に交わした会話の続きだと千秋が気付くのにしばらくかかった。
何事も無く本家に帰宅した冬峰と千秋は、豪勢な夕食の材料を冷蔵庫に納めてから一息ついた。
千秋が携帯電話で時刻を確認すると正午まで後三十分であり、二時間以上も買い物に時間を費やしている。
千秋は普段、買い物は必要なものを手早く買い集めてさっさと終らせる主義だったが、今日はひとつひとつ買わない食料でも手にとって眺めて楽しむ事を覚えてしまった。
「昼飯はどうする」
少し疲れたのか和室の座テーブルにもたれかかる千秋に、冬峰はエプロンを身に付けながら問い掛けた。
冬峰の動きはゆっくりと面倒臭そうに見えているが、意外とそつが無く手早く動く。
「んー、あまりお腹は空いていないから、どうしようかな」
「そうだな、チャイと作り置きのお菓子でも食うか」
チャイとは判りやすく説明すればアジア版ミルクティーであり、シナモンやジンジャー等の香辛料を入れて飲む。冬峰の入れるチャイは牛乳でなく豆乳を使うため、豆乳を温めた場合に出る豆臭さを消すため蜂蜜を入れるようにしていた。
「お待たせ」
千秋はテーブルに置かれたチャイの入れられたマグカップを手に取り口を付ける。
シナモン独特の辛さと甘くならない程度に入れられた蜂蜜が上手く組み合わさっており千秋好みの味に仕上がっている。さらにカップの隣に添えられたスコーンをひと齧りして驚いた様に目を見開く。
「冬峰、これって」
「当たり。マスター直伝のスコーン。日曜日に厨房を借りて作り置きしててね」
マスター直伝のスコーンとは二人のアルバイト先である喫茶【ラ・ベルラ】の人気メニューの一つであり、小麦粉と本葛粉を混ぜた後、米飴とりんご果汁で甘味をつけて天然ベーキングソーダで膨らました菓子だが、砂糖を使わない素朴な風味と一個百二十円といった手頃な価格が常連客に好まれている。
冬峰は身体の弱い夏憐の為、少しでも身体に害の無い御菓子を食べてもらおうとマスターに頼み込んでレシピとコツを伝授してもらっていた。
「……何よ?」
千秋の正面に腰掛けた冬峰の口元に珍しく笑みが浮かんでるのを目にして、千秋は照れを隠す為か憮然とした口調で問い掛ける。
「うん? いや、目を閉じて口元に笑みを浮かべているから、千秋の口に合ったんじゃないかって」
ちなみに本家の三姉妹も、美味しい物を食べると同じ様な反応を示す。
「悪かったわね」
目を逸らし、皿に盛られた山吹色のジャムをスコーンに塗り口に運ぶ。何となく悔しいが、このジャムも自分の好みに合っており凄く美味しかった。
「その柚子ジャムは春奈さんが作ったんだ。美味しく出来てると思うよ」
「……」
千秋はじっとスコーンの上に塗ったジャムを眺める。
凄く悔しいです。
冬峰と千秋は二人で軽い食事を済ませた後、紅葉と夏憐姉妹が学校から帰って来る迄の間、冬峰は自分の部屋で昼寝、千秋は地下室の蔵書から適当に見繕って読書をすることとなった。
すでに冬峰は食事の片づけが終了した時点で半分あちらの世界に旅立っていたようで、自分の部屋に向かう後姿の足下が明らかにふらついている。
「ああ、そうだ」
自分の部屋に戻ろうと廊下の角を曲がろうとした冬峰は、何かを思い出したのか足を止めて振り返った。
「地下の奥の部屋は老朽化がひどくて床板とか剥がしてるんだ。中で読書すると風邪をひくから入らないで」
千秋が玄関脇に置かれた木製の物置の扉を開けると物置の底が刳り貫かれ、底から地下室へ続く階段が覗く。
何故このような地下室が作られたのか千秋は母の冴夏に尋ねたのだが、冴夏は呆れたとも取れる苦笑を浮かべて「昔は二階に本棚があったけど、重すぎて床をぶち抜いたのよ」と返答が帰ってきた。
地下室の中は一〇畳程の広さで、壁際には千秋より頭一つ分高い本棚が並べられており、本棚の向かい側には物置と【修練場】と呼ばれる古い板張りの部屋に通じる引き戸が並んでいる。
【修練場】は神事が御門家以外の人目に触れることを避ける為、稽古や鍛錬を行う部屋として利用されており、千秋も幼い事にこの部屋で神楽の稽古に励んだこともあった。




