第6章 胎動(8)
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オーヴェル要塞は厳戒態勢であった。
前もって王都からの連絡を受けていたハン・ウー将軍は、オーヴェル要塞の各要塞門と、次元門を設置する広場に兵士を配置してその時に備えていた。
「ハン・ウー将軍、堅牢なる守備隊を配置いただきいたみいる。万が一の時の備えとは言え、ここまでの用意であれば、我々も心強いというものだ」
ルシアスが形式ばった挨拶を投げる。
「はっはっは、おやめくだされ。王からの書簡である程度は聞いておりますが、おそらくこの程度では足しにもなりますまい。気休めにしかすぎず誠に申し訳なく思っておりますぞ。どうか、ご無事にご帰還されることを祈念申し上げます」
ハン・ウー将軍はそう言ってルシアス一行をねぎらった。
領土確定戦より以前から、このオーヴェル要塞の指揮官としてこの地を守ってきた彼だが、彼のこれまでの相手は人間だった。
だが、目の前の男はそれより以前から「人ではないもの」と戦い、陰ながらこの王国を守ってきているのだ。
その肩にのしかかるものは自分の数倍以上のものであったろうことを、容易に理解できない武人ではない。
ガルシア国王からの信任の厚さは、前国王から引き継がれたことも理由の一つであるが、この人柄によるもののほうが大きい。
私はこれまでいろいろな土地を回ってきて、一つ思う事がある。
この国の人たちはみんな本当にいい人たちばかりだ。あまり気にも止めていなかったことだが、思えば不思議なことである。私が出会った人たちは皆、おおらかで明るく、人にやさしい。そのくせ、気兼ねしている様子もなくみな、自然にふるまっている。
たしかに、酒場では冒険者という見慣れない風貌の私たちを嫌厭するものもいるにはいるが、それにしても、からかう程度のものである。
それはいわば酒の席でのことであるが故ともとれる程度だ。
そう考えれば、相手をだましたり、陥れたり、人のものを奪ったり、ましてや人を殺したりするものは見た記憶がない。
こういう国であるのも、ガルシア国王とそれを取り巻く従者たちの功績といえるのだろう。
と、そこまで考えてふと思い出したことがあった。
「あ、一人いたな――」
そう思わずつぶやいて視線を右下方に移動させると、すぐわきにいる少女と目が合った。
「なんだよ、アル。ウチのこと見てるのか? 恥ずかしいじゃないかよ」
そう言ってにかっと笑うこの女の子、チュリのことだが、そういえばこいつっていったい、なんであんなことやってたんだろうか?
初めて会ったとき、こいつは私に追いはぎを仕掛けてきたんだった、といまさらながらに思い出し、思わず可笑しさがこみあげてきた。
「ふふっ、なんでもないよ。ただお前ってそういえばどこの出身だったっけっておもってさ」
私は思ったことをそのまま口にした。
「ふん、いまさらかよ? アルはウチのこと興味持ってくんないからな? そういうのちょっと、傷つくんだぜ?」
チュリはそう言ってむくれた。
「あ、ああ、すまない。そんなつもりはなかったんだ、気にしないでくれ」
私は慌ててそういって取り繕った。
結局その時は、この話はそこまでになってしまった。
ルシアスとハン・ウー将軍の最後の打ち合わせが終了した。
帰還地点はこの場所になる。
首尾よくいけば、半日後には帰ってきてるはずだ。
もし万一それ以上帰りが遅くなった場合でも、一定の期間厳戒態勢を解かないでオーヴェル要塞は一行の帰還に備えることになっている。
「では、まいろうか」
ルシアスがそう声をかけた。
「総員――! 敬礼――ぃ!」
ハン・ウー将軍が号令をかけると、広場の周辺に配備されている衛兵たちが、一斉に手に持った槍を高く掲げた。
「直れぃ! ――御一同、どうかご武運を」
そういって見送るハン・ウー将軍に一同は静かに頷いた。
ゼーデが詠唱を始めると数秒後に広場の中央に渦巻く空間の穴が出現した。
「いこう!」
ルシアスの合図をきっかけに、ゼーデ、ルシアス、アリアーデ、レイノルド、ケイティ、チュリ、そして最後に私がその渦の中へ飛び込んだ――。




