第5章 解放(6)前編
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――ティ、――ケイティ、
誰かが呼ぶ声がする。
ケイティが気が付くと、そこは大聖堂のいつもの大広間だ。
目の前にたたずむエリシア神像はいつものごとく水の流れる音を奏でている。
私は……、いつ大聖堂に帰ってきたのか?
それとも、これまでのことがすべてうたたねの合間の夢だったのか?
エリシア神像の前で跪き、この水音を聞くのが好きだった。どうして私は大聖堂を離れなければならなくなったのだ? 大聖堂で修行をつんで、故郷のテルトーへ帰ったら、みんなを手助けする司祭になるんだと心に決めていたっていうのに……。
そうだ、私には魔素の封呪の魔法がかかっていると誰かが言っていた。それを解呪するためには魔法の訓練をしないといけないのだ。
魔法なんてこれまで一度も発動したことなんてないのに、魔素というがそれすらどのように見えるのかわからない……。
(――イティ、ケイティス・リファレント)
ああ、さっき私を呼んでいた声。あなたは誰なのです?
(あなたには、やらねばならぬことがあるのです。いつまでもここに居てはいけません。さぁ、目を覚まして――。大丈夫です。あなたの仲間たちがきっとあなたを導いてくれますよ――私の元へ――)
あなたは誰なのですか?
(……たしは、まって……ます……、……ティ、さあ、目覚め……のです)
だんだんと意識がはっきりしてくる。覚醒の感覚が大きくなっていく。
まだ、まだ聞きたいことがあるのに、待って――!
「――ティ! ケイティ! 大丈夫か? 目が覚めたか!?」
完全に覚醒したケイティは自身の目の前にある少し年上の男の子の顔が誰なのか一瞬わからなかったが、すぐにその顔を思い出す。
ち、近い!
慌ててきょろきょろと周りを見渡す。旅の仲間たちが皆私をのぞき込んでいる。
「よお、嬢ちゃん。お目覚めかい」
調子のいい男の人が私に向かって片目をパチンとやる。レイノルドさんだ。
「ケイティ、よかったわ! このまま目が覚めないとどうしようかって気が気じゃなかったわよ?」
綺麗な銀髪のロング、アリアーデさん……。
「とりあえず、外傷はなかったのだ。姉上は心配しすぎなのだ」
同じく銀髪の綺麗な顔立ちの男性が、そういいながらも薄く微笑む。ゼーデ様。
「フフッ、さすがの俺も今日の君には驚かされたぜ? 気分はどうだい、巫女さん」
ルシアス・ヴォルト・ヴィント卿。
「よかった……、どうだい? 立てるかい?」
アルバートさんが、優しく声をかけてくれる。このひとってこんなにやさしい声だったんだ――。いつもどちらかというと、あまり話さないから、どんな人なんだろうって思ってたのにな――。
そういえば私はいつ気を失ってしまったのだろう?
アリアーデさんの声を聞いて、逃げないとと思って――。
などと考えていたが、どんどん周りの状況がはっきりしてくるにつれて自分の状態に気が付く。足が浮いている。膝の裏あたりに力強い感触、それから、背中から脇にかけても……。
――――!
「は、はい!! あ、歩けます! すいません! おろして――!」
ケイティは顔を真っ赤に上気させて必死に叫んだ。
私は、驚いて慌ててケイティを降ろした。
そんなに、嫌がられる? こないだのあいつもそうだったが、やっぱり女の子ってよくわからない。
その後一行は、魔巣の駆除を確認した後、帰り支度の準備をしているであろうカッターの場所まで戻り、また一時間ほどかけてデリュリウス監視塔へ戻った。
監視隊隊長には、隕石の類だろうと説明しておいて、問題はないと報告しておくとルシアスが一行に説明してあったので、それで証言をあわせておいた。
明日の朝の定期便で、また海路を戻るかという打診も受けたが、この際だから、陸路で戻ろうということになった。出発は明朝ということになり、今晩は監視塔の宿舎を借りて体を休めるということにした。
宿舎の広間にはテーブルがいくつか並べてある。そのうちの一つに、ルシアス、アリアーデ、私、ゼーデが集まっていた。
レイノルドは海風にあたってくると言って塔の外へ出ていった。ケイティは宿舎について夕食をとった後、すぐに眠気を発して、今はもう自室で休んでいる。
「ケイティのあれは、何だったんだ?」
ルシアスが切り出す。
「おそらく、無意識的に彼女がやったのだろうと思われるが、そもそも彼女はそんな魔法を扱えるほどの魔素量を宿していないのだ」
ゼーデが答える。
「そうね。彼女自身はそれだけの魔素量をまだ宿していない。なのに、あれだけ強力な魔法を発動させることができた。しかも、無意識で」
アリアーデが次いで意見を述べる。
「一つ考えられることがあるとしたら――」
「触媒体質――だろうな」
ゼーデが後を受ける。
魔素とはそもそも、生体が発するエネルギーであることは魔素を知るものはもう知っていることだろうが、そのエネルギーはその体内にとどまらず、時間とともに放出されていく。基本的に生体の内部で生成され、放出されるものなのだが、この生成と放出のバランスが年齢、つまり老化とともに変わってゆく。
通常の生命体なら若い者は生成の方が多く、体や知能の成長になる。年齢を重ねるとともに放出の方が少しづつ大きくなりやがて死に至る。これがいわゆる老衰死だ。
だとすれば放出された魔素はどこに行くのだろうか。この件についてはエリシア大聖堂でもいろいろと研究を進めているがいまだに解明されていない。
魔法に長けている竜族もこの点についてはわからないという。そもそも竜族が魔法の扱いに長けているのは、その体内に宿す魔素量が、人族や他の生物に比べて圧倒的に多いからであり、その魔素を制御する必要に迫られているからなのだ。なので、生まれながらにして魔法をある程度扱えるのである。放出された魔素のことなど気にする必要すらないのだ。
だが、稀に先天的に魔素量が低い個体もいるという。そういう個体はやはり竜族の身体を維持することは難しく、多くは生まれてすぐに死亡してしまう。その中に奇跡的に生きながらえる個体がいるという話があるらしい。
「それが触媒体質だ。この性質をもつものは、自身の体内で生成できる魔素が限られているため、周囲から魔素を取り込むことができるという」
ゼーデが説明を切る。
「でもね、それはほとんど神話のような話なのよ。少なくとも私が知る限りもう数千年以上もそういう個体は現れていないわ」
アリアーデが説明を付け加えた。
「あ、あのう……、前にエリシア大聖堂へ行った時の話なんですが、周りの木々や森の小動物から放出されたと思われる魔素は大聖堂の方へと集約されているような、そんなふうに見えましたけど、それってなにか関係があるんでしょうか?」
私は、放出された魔素の話で気になっていたことを投げてみた。
「たしかに、あの聖堂に充満する魔素の濃度は異常に高かった」
ゼーデがつぶやく。
「何かしら関係があるのかもしれないけど、今は何とも言えないわね」
アリアーデも相槌を打った。
「で、その触媒体質だったとしたら説明がつくということなのか?」
ルシアスが核心をついてくる。
「魔巣の中には、魔素が充満していた。さらに、複数の敵を打ち倒したのも相まって、それなりの濃度があったはずだ。彼女が触媒体質なら周囲の魔素を集約して一時的にあの結界を発動させた、という説明は可能かもしれん」
ゼーデは一つの仮説として結論づけた。
「なるほど……。そうなると、今後の彼女の成長には気を配らないといけないだろうな。制御ができない量の魔素を集約させてしまえば、彼女の身に危険が生じる恐れもあるということだろう……」
ルシアスはそしてこう付け加えた。
「しっかり、見てやってくれ」と。




