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第3章 ルーキー(3)後編

6

 テルトー村に到着したのは夕暮れ時だった。


 それほど大きくもないこの村だが、街道沿いということもあり、それなりの宿場施設は一応存在する。


 ただ、王都から北に行っても、この村とソルスがあるぐらいなので、行き交う人はさほど多くない。せいぜい、王都から北の遺跡に向かう収集班がごくたまに、ここを寄宿地とする程度だ。


 収集班の人数もせいぜい10名程度までなので、宿屋はあるものの、巨大な宿泊施設というものはない。酒場と呼ぶのがどうかという程度のダイニングと併設されている宿があるので、私たちはそこに宿を取る。


 今晩はそこで宿泊して、明日朝、目当ての者に会いに行くと、ルシアスが言った。


 実はその宿に泊まるのは、私は2回目になる。前回泊まったのは、ソルスを出たその日の夜のことだ。


 あれももう半年以上前のことになる。いささか懐かしさを感じながらその宿屋の門をくぐる。


 宿の玄関から中に入ると、すぐにカウンターがあり、左右に通路が伸びている。右手が宿泊施設、左手がダイニングとなっている。カウンターには常時誰かがいるわけではない。カウンターの上に小さい木槌が置いてある。


 ルシアスはこれを手に取って、受け皿に2回叩き付けた。


 カンカン! 

と、木の音色が響き渡ると、数秒後、ダイニングのほうから中年の中肉中背の男が姿を現した。



「誰が来たのかと思ったら……、ルシアスか!」

その男が感嘆の声をあげる。



「よお、ドルレアン。久しぶりだな。今日は厄介になるよ。」

ルシアスがいつもの調子で挨拶をする。


「まったく、いつも急だな、あんたは。部屋が空いてなかったらどうするつもりだったんだ?」

ドルレアンと呼ばれたその男がこの宿の主人だ。


「はは。この宿がいっぱいになることなんて一年に2日もありゃしないだろう? そんなとこに、早便を送ってあらかじめ連絡なんてする方が、無駄って話さ。」

と、ルシアスが返す。


 「早便」というのは手紙や文書を配達するサービスのことだ。急用の時は、これで手紙を送ることができる。しかしながら、馬を使うため、その料金は結構割高になる上に、軽いものしか受け付けない。シルヴェリア王国では馬は貴重な生き物なのだ。個体数が少ないうえに、体もそれほど強くない。


 ランデルなら、そのあたりの森に生息しているのだが、こいつの体は小さいため、乗用に使うことはできない。



「ふん。相変わらずの減らず口だな、元気そうで何よりだ。お? もしかして、あんちゃん、前回ルシアスと一緒に来た若いのか?」

ドルレアンは私に目を止めて声をかけてきた。


「あんときは、ひどい顔してたが……。そうか、だいぶんルシアスに鍛え上げられたと見える。いい顔つきになった。」

彼の気遣いが、気恥ずかしさとともに温かさを感じさせる。


 私は思わず苦笑いを返し、お世話になりますと返答した。


「で、そっちのあんちゃんは新顔だね。ルシアス、どんどん供が増えてるじゃあねぇか、なに企んでやがる。」


「人聞きの悪いこと言うなよ。こいつとはただの因果だよ。」

とルシアス。


「今日はお世話になります。レイノルドです。元は王都の衛兵でしたが、親分、あ、いや、ルシアス殿に憧れて子分、あ、いえ、従者にしてもらってます。」

なにを焦っているのかわからないが、レイノルドが言葉に詰まりながら自己紹介をする。


「なにが、ルシアス殿、だ。お前はいつも通りでいいんだよ、こっちの調子が狂う。」

ルシアスが、レイノルドをからかう。


 なかなか面白い奴だ、部屋に荷物を置いてきな、そのあと食事にしてやる、ダイニングへあとで来なよ、今日は、そうだな、前に来た時にも出した、新鮮な“アルティベリ”がちょうどあるから、そいつを用意してやる、若いのはそん時の味などおぼえちゃおらんだろうからな、などといいつつ、ドルレアンはダイニングのほうへ去って行った。


 数分後私たちはダイニングのテーブルにつき、アルティベリの塩焼きと、ダイコンのスープを頂いた。


 「アルティベリ」というのは、この村のすぐ東にある湖の固有淡水魚だ。その身は白身で、味は淡泊であるが、それ故に塩との相性が抜群に良い。水のきれいなこの湖にしか生息していないため、泥臭さは微塵もなく、身はホクホクでたまらない。


 ダイコンは野菜の名であるが、シルヴェリアでは広く一般に栽培されている根菜で、輪切りにしたものをぐつぐつと鍋で煮て食べるのが主な食べ方だ。スープの味がよくしみこむため、大抵どんな味のスープにでも相性が良い。今晩のはスパイシーなコンソメ味だ。これも抜群の味付けで、魚の塩味とダイコンスープのピリッとしたスパイス味の取り合わせが絶妙である。


「アル。今日はちゃんと味わって食べてるか? この間は、それどころじゃなかったからな。ドルレアンの言うように、ここの食事の味など、全くおぼえちゃいないだろ? ははは。」


 私は、そう言ってからかってくるルシアスに適当に合わせながら、この夕食を堪能した。確かに、前回来たときはなにを食べたのか、全く記憶になかったのだ。なるほど、ドルレアンの言った「ひどい顔」という言葉にも納得がいくというものだ。


「マジかよ? お前こんなに旨いもの食べておきながら、全く覚えてないって、どんだけ思い詰めてたんだよ?」


 そう言って、ケラケラわらうレイノルドに適当に返しながらも、その時のことを少し思い出して、これまでのことを思い返したりしていた。


 

 確かに、あれから半年以上たって、今では、少しは気が落ち着いてきている。ルシアスと行動を共にして、これまでいろいろなものを見たり、奴らの眷属にも対峙してきたが、幸いにしてあの時の「大鬼」と同じぐらいの獲物には出会っていない。


 剣術の方の腕前もしっかりと成長しており、今ではルシアスと模擬戦闘するときには、5本に一本は取れるようにもなっている。


 奴らと対峙するときも、もう気後れや油断などしない。それ以上に、ある意味剣術の訓練の成果を試せる絶好の機会とまで思えるぐらいの余裕が今はある。


 あの日から、父母にも出会っていないが、父は片腕でどうしているのだろうか。そう思う時もないわけではないのだが、不謹慎なことかもしれないが、ほとんどの瞬間、父母のことは頭の片隅に追いやっている。


 旅や訓練、戦闘は実際過酷であった。が、私にはそれ以上に、ルシアスとともにいることで自身の戦闘技術や知識、身体能力がどんどん向上しているのを実感できる喜びの方が大きかった。



「ところで、ルシアス。ここへは何の用で来たんだよ?」

ダイニングの奥、厨房の入り口から出てきたドルレアンが無作法にルシアスに聞く。


「んん。明日、あいつに会ってくるよ。」

そうルシアスは返し、

「話次第では、明日の晩もここで泊めてもらうつもりでいる。明日の夕食も期待してるぜ。」



 それを聞いたドルレアンは、一瞬、驚いたような表情をしたが、

「そうか。やっとその気になったか。あいつは今もお前を待ってるよ。俺もたまに様子を見に行ってるんだぜ?」

そう言ったのち、宜しく伝えといてくれと付け加えた。


 ドルレアンも、その人物のことを知っているようだった。


 それ以上に、ルシアスとの関係に何らかの因果があるようにも聞こえたが、それを掘り下げるのは何となく気が引けたので、私とレイノルドは聞き流すことにした。

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