第3章 ルーキー(1)後編
2
日が落ちると人々は仕事を終え、それぞれ思い思いの場所へ向かう。
ここ、レッド・ジュース・ダイニングもその一つだ。
店内は、仕事帰りに一杯やるのが目的の労働市民たちでごった返している。
その一角のテーブルに、一際場違いな風貌の男二人が座っている。
一人は足元に中型盾を転がし、テーブルに鉄槌を立てかけて、目の前の若者に調子よさげに息巻いている。
そしてその前に座る若者は、ただ、銀色の鞘に納まった一振りの短剣のみを腰に差したまま、厚手の革製のスーツとズボンを身に着けており、目の前の男に煩わしそうな態度で応対している。
レイノルドと私だ。
まわりの人々は商店街の商人や工房の職人などで、皆、布製の上着やズボン、スカートなどを着ている。いわゆる作業用の服装だ。
作業用の服装なら、軽くて動きやすいほうがいいので、おのずと布製になる。革製の上下なんて着て、仕事などできない。暑いし、重い。
その中にそんな成りの男が二人いるのだから、明らかに「場違い」である。
「おぉ? これはこれは冒険者様方じゃないですかぃ。今日の獲物は鹿ですかそれともネズミ? ハハハ――」
「今度うちの女房の浮気調査でもお願いできませんかね? へへへ」
などと、絡んでくる。
そうなのだ。誰も魔巣や奴らのことを知らないのだ。
普段我々が何と戦っているのか。それは絶対に口外できない。
そのせいで、私たちのような風貌で、定職(つまり労働職)についてないような者は、彼ら労働者たちからは特異に見えるのだ。
彼らから見れば、定職にも就けない浮浪者で、いわゆる汚れ仕事を請け負っている奴らというふうにしかみえないのだ。
「あぁ、そうさ。今日は明け方まで地下墓地の大掃除だったよ。あそこの葬儀はまだ埋葬だから、臭くて臭くて仕方ねぇって感じよ。ほれ、まだ死臭が取れてねぇ。匂ってみるか?」
と、レイノルドが大声で言い返した。
そう聞くと、周りの者たちは私たちから距離をとって違うテーブルに移っていった。
「ハハハ、あいつら逃げていきやがったぜ? これで、静かに飲めるってもんだ。フランシス! おかわりをもらえないか――?」
レイノルドは3杯目のエールジョッキを追加注文する。
「おいおい、ルシアスが戻るまでつぶれないでくれよ? あんたがつぶれると、めんどくさいんだよ」
私はそう軽口をたたきながらも、軽く微笑む。
私はレイノルドのこういうところが好きだ。
周囲の人たちにあからさまな敵意を向けずに、うまく遠ざける。
こういう場合、私などは何も言い返すことができず店を出ることになるだろうが、この男のおかげで、そういう思いはせずに済んでいる。
「レイ! そういう事大きな声で言わないで! お客さんが帰っちゃうでしょ!」
この店の女将のフランシスだ。口ではそういいながらも、彼女の表情は柔らかく微笑んでいる。
「アル、ごめんなさいね。この人がいつも面倒掛けてない?」
そう言って彼女は私に声をかけた。
レイノルドと彼女は実はそういう仲なのである。彼らが恋仲なのはもうずっと前かららしい。彼ら二人は、エリシア大聖堂の北に位置する港町ポート・アルトが出身だ。そこで二人は幼少期を過ごした。その後、レイノルドは王都の衛士に志願した。フランシスは彼とともに上京し、この酒場で働くことになった。それから数年たって、この酒場の前の女将が高齢であることを理由にフランシスに跡を継がせたというわけだ。
「あぁ、それはもう、いつもいつも面倒ばっかり掛けられてるよ。昨日なんか、いざ地下墓地に入るぞって時になって、背中になんか虫が入ったとか言って、急に上着を脱ぎだしたんだよ? で、アル! アル! はやくとってくれぇぇ! ってもう今にも泣きそうな声で……」
私がそこまで言ったとき、レイノルドが叫んだ。
「あー! あー! それは内緒だって、言ったのにぃ!」
さらに続けて、
「だって、お前何が入ったと思う? ゲジヒルだぜ? もうぞわぞわ、ぬるぬる気持ち悪いったらなかったんだよぉ」
ゲジヒルとは、湿地や地下水道などに生息する多足動物で、大きさは人差し指ぐらいの生き物だ。日本でいうところのフナムシに似ている。
「あんた、仕事中でもそんなことになってるのかい? あんたの虫嫌いも筋金入りだからねぇ」
と、フランシスは相変わらずの笑顔である。
そんなことを話しながらフランシスが運んできたエールやら、ランデル肉のソテーやら、コッコ鳥の卵のオムレツなどをつまみながら食事を進めていた時、酒場の玄関が開いて、見慣れた顔が入ってきた。
「親分! こっちだぁ!」
いち早く気付いたレイノルドが声を張り上げる。
「ふぅ。ちょっと面倒な依頼が入った。あとで話す。まずは何か食わせてくれ」
ルシアスはそう言って、
「フランシス! 俺にもエールとソーセージをくれないか?」
そう言い終わると同時に私の隣に腰を下ろした。




