第15話「生意気少年たちと大人様」
二人がドアを開けると店内には古いアーケードゲーム機、スロット台、パチンコ台が通路を作るようにびっしり並んでいた。店はお世辞にも広いとは言えない。史たちの通う学校の教室とさして変わりはしない。壁には古いロックミュージシャンだろうか。モノクロのポスターが何枚か貼られ、その他にも外国映画のポスターが何枚か貼られている。どれも一様に古い。ゲームのポスターなんて一枚もない。店内の至る所にアメリカンテイストの雑貨や電飾が飾られ、ジュークボックスまである。ここは本当に日本のゲームセンターか。そんな雰囲気だ。
二人は入口にしばらく立ち尽くし店内を見渡していたが、すぐに”どんなゲームが置かれているのか”に頭は切り替わり、ゲーム機で作られた通路へと進んでいく。
見たところゲームの種類は一様に古いものばかり。史にはそれが解り、進むにつれテンションは下がる一方だったが、勝也はというと目に入るゲーム全てが目新しくて楽しいらしく、ゲーム機からゲーム機へ飛び移るように移動している。
「へぇ…色んなのあんじゃん」
そう言うと、ゲーム機のコントローラ近くに書かれてある操作方法が書かれた説明書きとコントローラを目で何往復もさせた。しかし理解に苦しむ内容だったらしく、モニターに紹介動画が映るとすぐにそれに目移りし、合わせてスティックを激しく動かしてみたり、ボタンを連打したりした。習うより慣れ。実践あるのみといった感じだ。
「おい松本!いろんなのがあるぜ!」
(こいつ金もってんのかな…いや…絶対持ってねえよな…)
こちらに向かって目を輝かせる勝也に、史はそうだなといった表情で愛想を返しながらもそんなことを考えた。その予想は書くまでもないが当たっている。
「こっちにゃ何があんだ〜?」
史の心配を他所に勝也は違う通路へとまた移動していく。
(しかたねえな…)初めて入ったゲームセンターの散策に、史もまんざらでもない様子ではあるが、もう一人のはしゃぐ男には敵わない。勝也の感動に付き合う為にも追いかけるようと史も通路を曲がる。するととっくに先に進んでいるであろう勝也に、角を曲がったすぐ先でぶつかってしまった。
「!?……おい…どうした?」
史の問いかけにも答えない。「おいどうしたよ?」再び問いかけながら覗き込むと、その顔はここではないどこかに意識が行ってしまっているようで一点を見つめて動いていない。
「たくっ…さっきまでの元気はどこ行ったんだよ?」
おい、返事ぐらいしたらどうなんだ、そんな雰囲気の史にも勝也は反応しない。
勝也が立ち止まったそのレーンは、パチンコ台やスロット台が並べられた場所。明滅するパチンコ台を見つめているその少年は、少年が少年になるもう少し前、記憶を辿って幼き頃まで一人、旅をしていた。それは父との記憶の旅でもあった。
そこは田舎のパチンコ屋、広い駐車場にいっぱいに止まった車は”どこからこんなに人が集まってきたのか””この町にこんなに人がいたんだろうか”地元の人間にはそう感じさせる。
店先は車ばかりで殆ど人気を感じないが、パチンコ屋の前に置かれたベンチに座って駐車場のアスファルトや車が蜃気楼で揺れるのをずっと見ている少年がいる。少年の手にはボロボロの怪獣フィギュア。炎天下の中ずっとそこに座っているのだろうか、汗だくで髪まで濡らしている。表情を見ると頭がぼーっとしているのか、目が少し虚ろになっている。少年は足が届かないベンチから片足ずつ地面に降り、暑さに耐えきれなくなったのか店内へと入っていく。店内に入ると中は少年の小さく薄い鼓膜などすぐに破ってしまいそうなほどの騒音が少年を歓迎する。少年が片方の手で耳を塞ぎながら顔をあげると、そこには少年の肩ほどの高さの椅子に座り、パチンコに興じる大人たちが店内にびっしり並んでいた。店内に充満しているタバコの煙を吸わないように腕で口元を抑える少年。怪獣の為にも耳か口、鼻のセットどちらかを犠牲にしなければならない。そして慣れない足取りで通路の所々に積まれたパチンコ玉ケースを避けながら店の奥へと進んでいく。半分あたりまで来ただろうか、少年はヨレヨレの薄汚れた黄土色の作業着、無精髭を顔にまとった男の横で立ち止まった。男の顔をジッと見つめ何かを訴えている。人形を強く握りしめていたのか、手の平は薄いピンク色に染まり、恐竜のウロコの跡が付いている。作業着の男は少年を一度見たきり無視を続けている。男の服をクイックイッと引っ張り注意を惹かすと、男は”あっちに行ってろ”と少年に向かって顎をしゃくった。少年はもと来た通路を戻り、店内の椅子に腰掛ける。煙たく咽せるが、外は蜃気楼でゆらゆら揺れる。これ以上外にいれば頭の中が蜃気楼のようになるかもしれない。そんなことを考えていると、店員の一人が駆け寄ってきた。「何度言ってもダメなものはダメだよ!」そんなことを言っているようだ。
店の外へと閉め出された少年は店先のベンチでまた恐竜を握りしめている。それはさっきよりも強い力で。
「おい!聞いてんのかよ!」
勝也が我に帰ったのは史が五度目の声をかけた後だった。
「…なんだよ?」
「なんだよって…さっきから呼んでんだよ。大丈夫か?」
「…なんでもねーよ」
この時、史は明るくなった店内で勝也の顔を今日初めてまじまじと見ることになった。朝迎えに来た時も勝也の顔に注視するどころではなく、ここへ来る時も勝也は自分が運転する自転車の後ろに乗っていて、そのことには気づかなかったのだ。
(こいつ、昨日より傷増えてねーか…?)
店内には一人黙々とやっている史のゲーム音だけが聞こえている。勝也はというと、史の隣でゲーム機に背を向けて座っていて、史のプレイ画面さえ見てはいない。
「やる?」「ああ」
誘いに対してもそっけない気の無い返事。
そんな様子をどうする事も出来ず、史はコンテニューの問いにボタンを連打し、ゲームオーバーを選択した。その時だった。ガタッと椅子を引く音が店内に響いたのだ。音の主は勝也ではない。勝也と目が合った史が二人でパチンコ台の通路の方に目をやると、通路から黒いゴツいブーツを履いた足が覗いてきた。
「あ〜くそ、昨日調整したばっかだろ?」
「んだよ〜なんで夜が開けたら戻ってんだよ…」
「…もしかして…この台なんか取り憑いてんじゃねえだろうな…」
「でも憑くならホラー系の台だよな…ホラー系の台は夜恐ええから置いてねえし、これ少年漫画系だし…」
奥からマシンガンのように聞こえてくる独り言に再び目を合わせた二人は”行ってみよう”とお互いの意思を確認し合い、通路の方へと足を向けた。勝也の表情はそのマシンガンのような独り言のおかげでいつもの表情に戻っている。どんなへんな奴がいるんだ?ワクワクしている。
二人が角を覗き込みながら曲がると、やはりそこには一人の中年男がパチンコ台に座ってパチンコをやっていた。長髪にブーツ、皮パン、皮ベスト。その下にTシャツを合わせたオヤジが口にはタバコを咥え、目にしみるのか顔を歪ませて打ち込まれていくパチンコ玉をずっと見ている。レーンから勢いよく飛び出したパチンコ玉は台の上の方の釘に当たって下へ流れていく。そのオヤジは時折パチンコ玉を当てる場所を変えては「あ〜くそ」「なんでだよ〜」と独り言を言っている。信じられないことにまだ二人の存在に気付かない。
ニヤニヤしながら二人がずっとオヤジを観察していると、オヤジもここでやっと二人の存在に気が付いた。
「おわぁ!!びっくりしたぁ!!」
拍子に椅子から転げ落ちたオヤジを見て勝也は遠慮なしに笑い飛ばした「ハハハッ!なんだこのオヤジ!変なの!」
「あ?」
さっきまであんなに間抜けそうに見えたのに凄んだ途端、人が変わったようにそのオヤジの貫禄が増した。
「あ、いや…」貫禄に押された史に代わって勝也が割って入る。
「あ?」
「あぁ?!」オヤジは大人気なく倍返しの勢いだ。
「ま、まあまあ…」
二人を止めねばと史が仲裁に入ったが、二人は睨み合いをやめようとはしない。
「フンッ…」大人気ねえ。そう言いたそうに勝也が先に離れた。
「クソガキが…」立ち上がって睨見下ろしていたそのオヤジも、椅子に座ってまたパチンコを始めた。
史はオヤジに聞こえないように「おい、あんま熱くなんなよ」勝也にそう助言した。
「ふんっ…別に熱くなってなんかねーよ」
「けっ…なんなんだ、そのガキゃあ」オヤジがまた顔を歪ませてこっちを見ている。聞こえていたようだ。
「クソはテメーだよ、平日のこんな時間からパチンコなんかしやがって、大人は働けこのヤロー」
「あ?こりゃおれの仕事なんだよ。それに世の中には平日休みの仕事ってのもあんだよ。よく覚えとけこのクソガキが」
「へーパチンコがお仕事?ますます頭腐ってんな」
「なんだあー!このくそガキが!」”お仕事””腐っている”のワードでオヤジがまた立ち上がり勝也に噛み付く。史は二人の間にまた割って入らなければならなくなった。
「ばかやめろって!すみません!」
上等とばかりにオヤジに向かっていこうとしている勝也。オヤジの方からはさすがに手は出してこないだろう…そう思った史は危険な勝也のほうをとりあえずオヤジから引き離していく。
「おいっ!あのひと多分店長か何かだよ!」
「え?そうなの?」
耳打ちした途端急に勢いを無くし、全く気づいていなかったような様子を見せる勝也に今度は史がキレる「は?……わかんなかったのかよ!?会話の流れ聞いてりゃフツーわかんだろ!台のチョーシとか見てんじゃねえの?さっきからそれらしいこと言ってるし、やってるし!それにこんなとこ来ねえだろ!休みでも!大の大人が!」
「こんなとこぉ!?︎」
「あぁいやそういう意味じゃなくて…(めんどくせえな…この二人…)」
「ケッ!どーせガキばっか相手で金になんね仕事だよ!てか大体オメー等も学校だろーがよ、その顔みたところ喧嘩に負けて恥ずかしくて学校行けねえとかか?」
「あぁ!?俺らは百人相手に喧嘩したんだよ!しかも負けてねーし!」
「いや負けたし、それに五十人くらいだったし…」
「その顔は負けてんだろが!どーみても!」
内容はともかくとしても初対面でこの二人はよく喋る。史の訂正も聞こえちゃいない。
「けっ!なんだ店長かよ…てか儲かんのかよ?こんな寂れた商店街の一角のこんな店。こんな仕事だけはしたくねえわ〜」
勝也はまだ中学生になったばかり。まだ言っていい事と悪いことの区別が付かない。特に対大人は経験不足である。史が止めに入ろうとした時、オヤジは今までより低いトーンで喋り始めた。
「おい、お前に俺の仕事のなにがわかんだ?中坊になったばっかだろ?仕事もしたことがねえオメーに仕事ってもんがそもそもどんなものかわかるのか?今のお前の状態を当ててやろうか?きっと熱中出来る事もねえ、でも気に入らねえことと力だけは余るほどある。だからそれを発散するために暴れて周りに迷惑をかけてる。それが今のお前だろ?そんなお前に俺の仕事のことバカにすることが出来んのか?」
「…うるせー…」
対抗する言葉が一つだった勝也にさらにオヤジが畳み掛ける。
「大体…親のスネかじってるクソガキがエラそーなこと言うなってんだ。一人で生きられもしねえ分際で大人様に文句垂れてんじゃねえよ。甘えん坊は甘えん坊らしくしとけっつんだ」
「…オメーに何がわかんだよ?…」
勝也の声の調子も変わる。オヤジもそれに気づいて勝也を伺うように見ている。
「おれは甘えちゃいねー…!あんなクソヤローに…ゼッタイに!」
オヤジをおちょくっていたさっき迄の勝也の雰囲気とは違う。
「取り消せコノヤロー…!俺はあんなやつに甘えてなんかねー!」
「おい近藤…」
勝也には史の言葉ももう耳に入っていない。何かを汲み取ったようにオヤジは大きく息をついて、勝也を説得するように言った。
「…ああ確かに俺にはわかんねえよ、でもオメーも同じように俺のことなんかわかんねえだろうが。自分のことばかり、何処まで行っても自分…それが甘えてるっつってんだよ。」
「クソがっ!松本!出ようぜ!こんな店!気分わりー!」
近くにあった椅子を蹴飛ばし、ドアを勢いよく開けて出て行く勝也。史は追いかける前にそのオヤジに軽く頭を下げた。すみませんなのかありがとうございますなのかその時どういう気持ちで頭を下げたのかは史自身でもよく分からなかったが、オヤジはそんな史に軽く口角をあげて笑ってくれた。その目は少し潤っていてまた来いよ、そんな風に言っているようにも見えた。
「ダァ!クソ!ムカつくオヤジだ!」
荷台で暴れる勝也にハンドルを取られないように自転車を制御しながら史は、STARSのオヤジが言ったことについてぼんやりと考えていた。それはなにかそうしなければいけない気がしたからだ。だがいくら考えても”自分が今考えるべきこと”も”やるべきこと”も何もわかりそうにない。
いまは後ろの友達がどうすればいつもの調子に戻るのか。とりあえずはその問題に頭を使うことにした。
二人の少年のざわついた心を乗せた自転車は次の行き先が決まらない。自転車は商店街から脱出するように出口へと向かって行った。




