第10話「今いるその世界から抜け出すためにまずは抵抗から始める」
教室に戻った史に小さな世界の住人たちは早速話かけてきた。
まずは難波、森谷。
「おい史ちゃーん、最近休み時間はどこ行ってんですかー?俺たちとも遊んでくれよ~」
(今いるその世界から抜け出すためにまずは抵抗から始める)
親しげに肩に手を回してくる難波の手を払い退けるときっかけはすぐに生まれた。「何だてめーっ!」その難波の大きな声にクラス中が反応する。
「…うるせえな」
史、小さく強く。対して難波は熱量が高まっていく。
「何だてめーっ!」
「だからうるせえっつってんだよ、それしか言えねえのかよ」
難波は顔に怒りを滲ませながらも”ここは教室”が頭の中をよぎり、一つ息を吐くと「おいっ」と森谷に合図を送った。難波の顎はF組の方をしゃくっている。
森谷が合図を理解したのを確認すると、難波は史に「こいよ」とだけ言い放って先に教室を出て行く。史も決心を固め難波について行く足を一歩踏み出す。そして頭の中でもう一度繰り返す。
(今いるその世界から抜け出すためにまずは抵抗から始める)
教室を後にする三人を見送ると、溜まっていたクラスのガヤは一気に噴出す。ガヤの奥ではいつも頬杖をし窓の外ばかり見ている中も頬杖を外し、三人が出て行った教室の入り口を見つめていた。
「おい、てめーいい加減にしろこら!」
胸ぐらを掴んでボディを入れてくる難波に対して、史は体を僅かにくの字にさせるも、今日はすぐに同じボディ打ちを返し、難波はみぞおちのあたりを押さえながら膝からうずくまった。
「てめー!おっ…おいっ藤森」
自転車駐輪場の隅で三対一。難波が倒れ二対一になった戦況で藤森に助けを求める森谷はもはや戦力外。残るは藤森と史となる。史は藤森に詰め寄り口火を切った。「全部聞いたぜ、近藤をあそこまでやった理由。相手が自分たちより強くて数も多いと何でも言うこと聞くんだな」
藤森は不敵に笑い、だから何だという表情。
「おい史!またフクロにしてやろーか」もはや森谷は観客席からガヤを入れる観客である。
「いいぜ、そうなったら次の日から順番に一人ずつ闇討ちしてやらぁ」
野球スタンドの外野席から守備中に野次られ、それに振り返って反応する外野手のように史は森谷に振り返った。そんな様子を見て藤森は笑い始める。集中力を欠いてしまったそんな選手の良いプレイはもう今日は見ることができないのだ。ようやく森谷から振り返ってきた史に藤森は聞きたいであろう内容を次々と教えてやった。
「お前の聞いたとおりあの日近藤の頭を後ろから殴りつけたのは俺だよ。近藤のやつ一発で動かなくなって良い気味だったわ」
「あのまま一生入院してりゃあよかったのによ。どーせまた入院することになるのに」
苛立ちの表情を浮かべながらも黙って聞いている史に対して、藤森は史が絡んできたことによって生まれたこの今の状況について説明してやることにした。
「お前、なんか吹っ切れた見てえな感じだけど相手は俺ら3人だけだと思ってのか?」
「…」
「俺はもう龍新會のメンバーなんだぜ」黙っている史とは対照的に「え、そうなの?」と森谷が間抜けな質問を入れる。しかし藤森と史は森谷の方を一切見ない。間は変わらない。淡々と話は進められる。
「交換条件だったんだんよ、近藤殺ったら龍新會に入れてもらえるって言われてよ」
「当然の選択だよなぁ。ムカつく近藤は確実に殺れるし、強え仲間は増えるしよ。」
「仲間?利用されてるだけだろ?」史が返すと藤森の顔がみるみる歪んで行く。
「オメーは…やっぱいちいちムカつくな…もっと早く殺しとくんだったよ」
藤森が内ポケットから何かを出す動きに対して「何が出してくるのか」に史はそれに捕らわれてしまい、攻撃を回避する動きを取れなかった。それがスタンガンだとわかった時にはすでに気を失ってしまっていた。
「一人で立ち向かってきやがって…勝てると思ってんのかよ!?あーっ!?弱え奴は強え奴に従う!あたりめえなんだよ!どいつもこいつもムカつくんだよ!クソが!」
駐輪場の砂利道に倒れこんでいる史の腹に何度も蹴りを入れる藤森の勢いは付き合いの長い森谷も圧倒されて止めることが出来ない。藤森が足で史の体を仰向けにひっくり返すと、あばらを踏みつけて折るために右足を振り上げる。史は変わらず気を失っていて、その顔は倒れた拍子に擦りむいてしまっている。藤森が勢い良くあばらを踏みつけようとしたその瞬間、また別の声がした。
「ウヒョー、中一でためらい無くスタンガン推し当てておまけにあばらまで折ろうとするとこ見るとロクな育ち方してないねこいつも、なあ龍ちゃん」
「お前のスタンガンだろ。あとお前は小6ですでに使ってたろ、しかも俺に」
「そうだっけ」
新はケタケタと笑いながら近づいてきて、気を失っている史を見ると藤森に次の指示を出した。
「おい藤森、こいつ連れてって計画通りやれや」
計画?なんだ?きょとんとする森谷に「あー、お友達の藤森くんは今日からこっちの人間になるから」と雑に説明する新。
森谷は事情が飲み込めていない。
「…さっさと行けっつってんだろうが!」
藤森の表情を何度か確認しながらも、森谷は逃げるようにその場を後にする。難波もみぞおちのあたりを押さえながらそれに続く。二人は曲がり角ですれ違った「ずっとその様子を見ていた中」に気付かないほど動揺していた。
「おーい松本ぉ!チャリンコ乗せろや!…ってあれ?」下校時間になると生徒たちが一様に部活へ繰り出す。そんな中、勝也はB組の教室に史を迎えに来ていた。そんな廊下側の窓から顔を出し教室内を見回している勝也に男子生徒の一人が答えてやる「松本くんなら5時間目からいないけど」「5時間目?」勝也の顔色が少し変わる。そういえば藤森も5時間目からF組で姿を見ていない。
「何だよあのやろ~帰りもタクシーしてもらう約束だったのに」
無論そんな約束はされてはいなかったが、チャリンコタクシーを諦めた勝也は下駄箱へ向かった。
「あ~めんどくせっ!あの道歩いて帰んの…学校やめようかな」大きな独り言を言いながら開けた靴箱には手紙が入っていた。「なんだあ?」そんな独り言に後ろからカットインしてくる男がいる。
「何て書いてあんだ?定番の呼び出しか?まさかラブレターじゃあねえだろ?」
声の主を確かめようと勝也が振り向くとそこには中がいた。中は勝也へ近づくとその手紙をひったくり「松本返して欲しかったら放課後一人で瀬戸橋の下にこい…まじかよこれ。漫画みてぇ」と中身を勝手に読み上げ、勝也の(知ってたのか?)の視線を感じると、中は先ほど目撃した事のあらましを次々に喋り始めた。
「ああ、昼休みに松本のやつよ、龍と新って二年生に連れて行かてたぜ、あの藤森って奴も一緒だよ」
「松本のやつ、スタンガン当てられて気絶したんだぜ。しかしどこで買ったんだよなあんなもん。」
「で?どうすんだ?こんな時助けに行くの?漫画みてえに。仲間ならよ」本人にもその意図はわからなかったが、中は半ば挑発するように喋り続けた。
挑発的な内容は聞き流し、情報だけを汲み取っていた勝也は、自分が史に言った「我慢し続けるのが正しいとは思わない」という言葉を思い出していた。(あいつ…抵抗したんだな)
言い返してこない近藤に少し冷静さを取り戻した中の口からはこんな言葉が出てきた。
「松本もお前にさえ干渉しなきゃこんなことにはならなかったのによ…」
その言葉に勝也は初めて反応する「あいつ…抵抗したんだ」
「は?」
「お前…ずっとただ見てたのか?」
「悪りーかよ、俺にはかんけーねぇか…」言い切りを待つこと無く勝也の拳が中の顎先を捉え、中はその場で尻もちをついた。
「どっから仲間とかそういうのは知らねーけど俺は関係があるから行くぜ。抵抗しろって言ったのは俺だからよ」
「あ、それから殴ったのはなんとなくお前がムカついたからだ。お前が関係あるとは思ってねーからよ」
下駄箱を後にしながら勝也は振り返ることなくそう言った。




