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これから

 眩しい。瞼に日の光を感じ、わたくしはゆっくりと目を覚ましました。


「お嬢様、お嬢様! 気が付かれましたか」

「ハン、ナ」

「ああ、無理に喋らないで下さい。お水をお持ちいたします」


 心配そうに覗き込む老齢の世話役ハンナが、わたくしと目が合うと少しだけ安堵するように息を吐いた。

 ハンナは幼い頃によくわたくしの面倒を見てくれた世話役の女性で、年齢の事もありわたくしが十歳になると同時にここを辞め、確か娘夫婦の元へ行ったはず。

 この記憶があるという事は……


「丸一日熱にうなされていたのです。もう私は心配で心配で。よっぽど怖い思いをされたのですね、お可哀そうに」


 男に殴られた頬を見て痛ましげに顔を陰らせたハンナに、ああそう言えば誘拐されたのでしたわ、と思い出しました。

 それにしても、あれから丸一日も眠っていたのね。少しばかり半生を振り返っていただけのつもりでいたけれど。

 ゆっくりと身体をお越し、渡された水を零さないように少しずつ口に含んでゆきます。

 喉が潤い、体に沁み渡っていくのが分ります。ああ、生き返りますね。


 わたくしの場合、物の例えではなく、本当に生き返ってしまったようですが。


「奥様達に伝えてきます」


 よっこいしょ、と立ち上がったハンナは歳を感じさせない軽やかな足取りで部屋を出て行きました。

 彼女が消えた扉をぼんやりと眺めながらもう一口水を飲む。


 コップを持つ小さな手。二十年後のわたくし。

 十五年もの歳月を遡ってしまったと思うわたくしと、十五年後には死んでしまうのね、と少しばかり驚いてしまうわたくしが混在していて、どっちがどうとは言えません。


 二十年の記憶を持ってしまったわたくしは、純粋に子供としての無知で無垢なままではもういられません。そして五歳に戻ってしまったわたくしは、以前の二十年は記憶としてまざまざと思い出せても己の経験とは少しばかり切り離してしまう。

 それがわたくしの現在。


 色々な知識と記憶、そして感情を取り入れて、妙にこまっしゃくれた子供になった、という所かしら。

 まぁ別にどっちがどうでも構わないけれど。


 わたくしはただ、どこの誰だか知りませんが与えて下さったチャンスをちゃんと活かして、この世界を綺麗に綺麗に滅ぼせたのなら、それでよろしいの。


 さて。前回はわたくしの力及ばず、王都の一部を崩壊させるだけで終わってしまいました。

 ですので今度はもっときちんと準備をし、わたくし自身も力をつけて挑まねばなりません。

 きっと、わたくしが虎視眈々と備え、事を成し遂げるだけの力を手に入れるには五歳まで遡らなければならなかったのでしょう。


 では準備とは一体何をすればいいのかという事なのですが。

力を付けるとはいえ、わたくしは見ての通りか弱い少女。腕っぷし鍛え上げる事は出来ません。

 生まれた頃より公爵家の者として、誇り高く美しい子女たれと厳しい教育を受けているわたくしが、自ら剣を握り振るうなど許さないのです。

 そんな事をしようものならお母様に往復ビンタの刑に処されてしまいます。


 それに、自分の能力については自身が最も良く分かっております。わたくしの身体は、どんなに鍛錬を積んだとしてもさほど使い物にはならないでしょう。結果が伴わない事に割く時間はわたくしにはありませんもの。


 わたくし自身嫌ですしねぇ。ドレスから覗く肩や二の腕が筋肉でガッチリしてしまうのは。女性が身体を鍛える事を否定するわけではありませんのよ。これはただ単に個人の好みの問題と言いますか。


 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、と称えられたわたくしは、華奢でありながらしなやかで凛とした美しさを保たねばならぬのです。わたくしの美貌と言ったらもうこの国の宝と言っても過言ではないのだから。


 まぁ本当は続きがあるのですが。


 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、しかしその中身はトリカブト


 と仰ったのはどこの何方だったかしら。

 あらお上手、と思わず拍手してしまったものです。


 あら話が逸れましたわね。身を守る術は会得しなければなりません。となれば魔力に頼るしかないでしょう。とは言え、わたくしに内在する魔力は微々たるもの。せいぜい、軽い物を少し浮遊させたり、手の平の上で小さな炎を出すだとか、その程度です。

 まぁそれでも、使い方によっては役に立ってくれるでしょう。この弱小な魔力の上手な使い道を考えるのが今後の課題ですわね。

 正直、わたくし自身の能力は大したことありませんので、この程度が精一杯です。


 だから、世界を滅ぼす為にわたくしは、他の方を巻き込まなければなりません。

 既にその候補は絞られております。


 まずは何と言っても、光の精霊ウィスプとその巫女トモヨさん。

 世界の命運を担う救世の存在を、消す若しく無力化しなければわたくしの願いは成就されません。


 その為には彼女の回りの戦力から削ぐ必要があります。そう、わたくしの守り人でありながら一番辛い時期にいてくれず、彼女達を主に鞍替えをした方々。


 国の命令だとか、彼らの意志だとかは知りはしません。ウィスプ達の守り人となったその事実が重要なのです。


 その彼らとは、長年わたくしの護衛を務めたオズワルド、そして王子の信の篤い騎士団団長イーノック、魔術師団団長ランベールのお三方。

 彼らがウィスプたちの守り人となる事を阻止する、これが必須条件です。


 オズワルドはこの屋敷で、わたくしの一番近くにいるのですし、彼の性格も熟知しておりますもの。何とでも対策のしようはあります。イーノックも親しいとまでは言わなくとも、守り人となる前から面識があり人柄くらいは知っています。彼もどうにかなるでしょう。

 問題はランベールです。彼の事は正直、殆ど分らず終いでした。巫女と守り人として暫く共に居たのですが、事務的なやり取りのみで、はっきり言って彼についてはほぼ情報はないも同然です。

 彼については、弱点を知る所から始めましょう。


 そうそう忘れてはいけません、魔王シメオンですわね。

 この人については全くと言っていいほど、何も分からないのですが……あの時、牢獄の中でわたくしに手を差し伸べて来た彼ならば、協力関係になる事も可能ではないかと思うのです。

 何が目的でわたくしに近づいてきたのか分りませんが、利害関係は一致していたのでしょう。

 ならば今度はわたくしから彼に近づいて、利用できるかもしれません。


 後は……そうね。我がヘルツォーク公爵家の地位も思う存分使わせていただくと致しましょうか。


 わたくしがジェイドと出会って巫女になるのは十四歳の時。今から九年後のお話。

 タイムリミットは多分そこ。それまでにわたくしは先程言った全員と渡りをつけ、どんな卑怯な手を使ってでも彼らを無力化し、この世界を滅ぼしやすくすることを目標に掲げましょう。


「入りますよ、ルルーリア」


 わたくしが目下の目標を定めたのと同時に、ピンと背筋を伸ばした年齢不詳の女性が入って来ました。お母様ですわ。

 元々はこの国の第三王女でしたが、降嫁と言う形でこのヘルツォーク家へ嫁いできた方です。


 自尊心と誇りの高い方ですが、親としての愛情も常識と良識も人並みに兼ね備えていて、わたくしは結構尊敬しております。

 我が家族の中ではまともな部類に入ります。


「心配致しました。……頬に痣が出来てしまっていますね……可哀そうに」

「大丈夫、すぐに治ります」


 お母様が痛々しげに、そっとわたくしの頬に触れる。笑いかけると、少しだけ表情を和らげて下さいました。


「全く、わたくしの可愛い娘に手を上げて傷つけるなど、許せる所業ではありません。あの人も騎士団に預けるなどせず、わたくしに引き渡して下されば良かったものを」


 あの方、というのはきっとお父様の事でしょう。成程、あの誘拐犯は騎士団に連行されたのね。


 きっと我が家へ引き摺られて来ていたなら……いえ止めましょう。これ以上考えるのは。今のお母様の顔にはっきりと書かれています。「簡単に殺すものですか」と。


 わたくしは確実にこの方の血を受け継いだのだと今確信致しました。


「やぁルルーリア、お見舞い持って来たよ」


 ひょこ、と入口から顔を出したのは、シーザーお兄様でした。


「ありがとう、お兄様。けれど、フルーツの中に玉ねぎを入れるのはやめて下さい」

「そんな事しないよ。ドリアンだよ」

「お兄様が食べて下さいましね」


 やだー、と笑うお兄様をジトリと睨みます。まぁ、シーザーお兄様は笑っているのがデフォルトなので、別に会話を楽しんでいると言うわけではないと思われます。

 嫌がらせはかなり楽しんでいるのでしょうが。


 さらりとした金髪と、穏やかに微笑む美少年のお兄様の外見に、誰しもが最初は騙されるのです。しかし彼は、現在九歳にして最早大人もたじたじになる程頭が切れ、その回転の早さを何故か他人への嫌がらせに使用するという残念さを発揮するような人なのです。


『屈辱に歪む人の顔ってのは、どうしてあんなに面白いんだろうねぇ』


 と、お兄様が呟いているのをわたくしは知っている。こんな方がこの公爵家を継ぐのかと思うと恐ろしくてなりません。そうなる前に、やはりこの世界を壊してしまうのが正解でしょう。


「あ、心配しなくてもルルーリアを誘拐した奴の黒幕はちゃぁんと突き止めているからね」

「そうですわ。だから後の事は母達に任せて、貴女は何も憂えず、ゆっくりと療養しなさいな」


 これが憂えずにいられるでしょうか。犯人が何方かは存じ上げませんが、終わりましたよ。もちろん人生が。一族郎党、根絶やしにされかねませんわ。


 黒幕とやらは相当お馬鹿なのでしょう。選りにも選って、この国の筆頭公爵家に噛みついたのですもの。


「姉様、痛い?」


 ぽて、とわたくしのベッドの端に顔を置いて尋ねて来たのは、弟のアルーシュ。

 あらあら、わたくしの弟だけあって可愛らしい事この上ない。


「平気よ、アル」


 頭を撫でてあげると、気持ち良さそうに目を細めました。猫のようだわ。

 現在この子は二歳。可愛い盛りです。これがもう少し大きくなって、色々と物事が分り出すともうダメ。わたくしの事を呼び捨てにするわ、わたくしの行動にいちいち文句をつけて来るわ……

 お兄様には決して逆らわないのに、わたくしだけやたらと目の仇にしてくるのだから。


「ではそろそろ行きましょう、シーザー、アルーシュ。あまり長居してはルルーリアが休めないわ」


 思った以上にわたくしが平然としている様子を見て安心したのか、お母様達はあっさりと退出しました。

 まぁ二回目の出来事ですし、この後の人生でもっともっと恐ろしい目に遭っていますので、そこまで精神的な衝撃を受けませんでしたので。


 とはいえ、本調子ではないのは確か。わたくしはまた横になり目を瞑りました。


 そうだわ、オズワルドにまだお礼を言っていなかったわ。次に起きたら、ね。



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