主従関係
更に二日が経ちました。
元気です。頬の痣もお陰さまでもう殆ど分らない程うっすらとして来ました。
というわけで本日はお出かけです。
誘拐事件があったあの日にわたくしは王城へと向かう予定になっておりました。
このヴェルダンディ王国の第一王子レオナルド様……とは言え、この国に王子は一人しかいらっしゃらないのですが。
そんな、今年で三歳になられるレオナルド様に会いに行くはずだったのです。
同じ年の頃の子供との交流も必要だろうという事で、わたくしに白羽の矢が立ったそうです。ただ顔合わせをするのが目的というわけではなく、大人達の諸々の事情もありそうですが、わたくしがあれこれ考えても仕様がありませんので気にしません。
しかし何と王城へと向かう途中でわたくしが攫われてしまうという大事件が勃発し、延び延びになってしまいましたが、本日改めて訪問する事になりました。
今は馬車にて移動中。
ぼんやりと外を眺めるわたくしの斜め前にはオズワルドが座っています。
これから先、わたくしが目的を達成する為に欠かせない彼について、少しお話いたしましょうか。
オズワルド・ユアン・ホフステン
名門ホフステン家当主の次男です。
領土を持つ貴族ではないのですが、政のヘルツォーク・武のホフステン、又は盾のヘルツォーク・剣のホフステンと言われる程、この国に欠かせない家の子というわけです。
百年戦争とも言われた先の隣国との大きな戦争で功績を上げたホフステン家はそれ以降、王家に重用されるようになり、いつしか国の中枢を担う一族へと発展していきました。
この国を守る主だった機関は、騎士団・竜騎士団・魔術師団の三つで、ホフステン家の者もその中に所属する者は多い。が、かの一族の神髄はそこではないのです。
王家直属の近衛、憲兵、独自の軍隊と平時から、より実践的かつ荒事に従事するだけでなく裏方も一手に引き受けているらしいです。要するに暗殺ですね。
この武器を持つ仕事は大抵ホフステンが熟していると言っても過言ではありません。
そんな、言葉を覚えるより先に剣術を叩きこまれると実しやかに噂されている一族直系の血筋の者と言えば、幼いながらも先日誘拐犯を瞬殺(殺してはいませんが)したのもな納得して頂けるかしら。
そんなオズワルドが、馬車の隅っこの方で存在を消すかのように黙ってチンとしておりますが、無駄に目立つ容姿のせいで全く気配が消せておりません。窓から降り注ぐ光が銀髪に反射してまるで輝いているよう。
チッ、わたくし以上にキラキラするなんて、どういうつもりですの。
ご当主であるホフステンのおじ様は、筋骨隆々で縦にも横にも幅がある、そして途轍もなく豪快な気質の方。オズワルドのお兄様もまた、おじ様と同じような感じですのに、何故この男は突然変異でも起こしたのかしらと思うくらい違う。
あと下の弟が二人ほどいるらしいけれど、わたくしは会った事がないのでどんな方々なのか分りませんが。
わたくしの舌打ちに気付いてこちらに目を向けたオズワルドにニコリと笑いかける。
よし、ここはきちんと分らせないといけないでしょう。わたくしが上であるという事を。最初が肝心と言いますしね。ヘルツォーク家に、わたくしに仕えるという事がどういう事か。きちんと知らしめてやりましょう。
刷り込みでわたくしに逆らえないと覚え込ませてやるのです。ふふ、ガツンとかましてやりますわ!
「オズ、コフッ」
甲高い子供の声。けれども少しでも威厳があるように聞こえないかとわざと低い声を出そうとして……失敗しました。思わず咳き込みました。
オズワルドは綺麗な夜闇の瞳をきょとんとさせています。やめてそんな目で見ないで。
「オズワルド」
何事も無かったかのようにわたくしはもう一度、今度は成功しました。彼も何もツッコミを入れる事無くコクリと頷きました。
くっ、幼い優しさのせいで余計に羞恥心が!
恥ずかしさを誤魔化す為に咳払いをし、わたくしは真っ直ぐオズワルドを見据えました。
「貴方がこれからヘルツォーク家に仕えるにあたって、厳守していただかなければならない事を伝えます。もし違えるようなことがあれば、貴方は勿論、ホフステン家も無事ではないでしょう」
盾と剣、対立こそしていませんが、相成れない立場であったヘルツォークとホフステン家が、歩み寄りをする第一歩としてオズワルドが我が家へ仕えるようになったのです。
まぁそんなものは表向きで、裏でどんなやり取りがあったのかわたくしは知りません。
とにかく立場として、オズワルドは我が家の面々の機嫌を損ねるような真似は出来ないという事ですわ。もしわたくし達の逆鱗に触れるような何かがあれば、ホフステン家にも影響が出ます。
かと言って、あちらも黙ってやり込められるような事もないでしょうし、最悪この国の二大勢力が分断されるなんて事態に発展したら……それはそれで面白そうですが。
まあ、オズワルドからすればそれだけは避けなければならない事態でしょうから、これからわたくしが伝える事は彼にとって最重要事項なのです。
ふふ、ヘルツォーク家の恐ろしさをとくと知るがいいわ。
「まずお父様ですが、仕事にばかりかまけてあまり家におりませんのでそこまで気にする存在ではありませんし、基本的には無害ですが、たまに途轍もなくどうでもいい事をネチネチ突いて来る事がありますので、それは要注意です。イラッとしたからと言って反論しようものなら、小言が倍増えるだけですので、適当にはいはいと流すのが一番です」
「適当、ですか」
「そうです、決してまともに取り合おうとしない事です。九割がた仕様もない内容ですから」
アレが始まると本当長くて。あまり感情を表に出さず、怒っているのかも微妙な抑揚のない口調で、ネチネチチクチクと細かい事をぶつくさ言ってこられるのは本当に鬱陶しいです。
「次にお母様ですね。逆らわない。これに尽きます。実質的に屋敷を取り仕切っている人ですので、お母様に睨まれると肩身の狭い思いをする事になりますよ。良識のある方ですので、理不尽に叱責をしたり辛く当たったりはしませんが、……ええ、あの方の機嫌を損ねぬ様細心の注意を払っておいて間違いはないわ」
「了解しました」
両家の命運はお母様を味方に出来るかで決まってくると言っても過言ではないでしょう。
徹底的に相手を潰すとなると、実家である王家を引き摺り出して来る事も厭わない、そのくらい徹底的にやると言ったらやる人です。敵に回したくない人ナンバーワンです。
「あとはシーザーお兄様ね。……お兄様……悪いことは言いません。関わり合いにならないのが一番です。あっちから近づいてくるとは思いますが」
ふううと深いため息が意図せず零れてしまいました。
前世ではオズワルドとシーザーお兄様は同い年という事もあってか、結構気に入られていました。
オズワルドはわたくしの護衛だというのに、勝手にどこかへ連れて出かけてしまう事もままありました。
帰ってくると疲れ切ってどこか暗い表情をするオズワルドに、どこへ何をしに行っていたのかと尋ねるて
『知らないでいた方が良かったと思う事が世の中には沢山あります、お嬢様。俺も今日初めて知りました』
と真剣に返されて、それ以上言及出来なかった覚えがあります。本当に一体どんな悪事に加担させられたのかしらね。
まぁですので、シーザーお兄様と距離を置けるなら、置いた方が見の為でしょう。恐らく出来ないでしょうが。オズワルドは優秀ですからね、お兄様の興味をすぐに引いてしまうに決まっています。
「お兄様のやる事為す事悪魔の所業ですけれど、あれでも一応人間ですので、いつか誰かの恨みで身を滅ぼすのではと思います。それまでの辛抱と諦めた方がいいかも」
「諦める……」
それこそ本当に悪魔と契約した人に呪い殺されてしまいそうだと常々思っておりました。
『綺麗ごとだけじゃ公爵家を継ぐなんて出来ない……。この家を守る為なら僕はこの手を黒く染める事も厭わないよ』
などと尤もらしく言っておりましたが、絶対楽しんでやってただけですよ、あの人。牙を向いてきた人のその牙をむしり取って、代わりに毒を捻じ込んでジワジワ死に追いやるような手法で相手を苦しめるのが大好きだって、わたくし知っているのだから。
「最後に弟のアルーシュね。あの子は、そうね……今が絶頂期よ!」
「何の、ですか」
「可愛さのよ! これから先はもうどんどん小憎たらしくなってしまうの……。姉であるわたくしを小馬鹿にしたような言動をするようになって、『姉様』と呼ぶ事もしなくなってしまうの」
「はぁ……」
わたくしの後ろを付いて回っていた頃は本当に目に入れても痛くないのではと思う程可愛らしい弟でしたのに、口を開くと憎まれ口ばかり叩くようになってしまって、お姉様は悲しいわ。
「で、何を気を付ければ」
「気を付けるというか、アルがそんな態度の大きい口の悪い子にならないよう、今の内にガツンと世の中の厳しさを教えてやってほしいの。上下関係というものを叩き込んでおかないと、将来苦労するのはあの子だわ!」
と、アルの為のような言い方をしながらも、わたくしはただ単にアルに偉そうな口をきかれたくないだけなのですが。
「それは、俺の立場では無理では」
「わたくしが言ったってもっと聞いてくれないもの! それにオズワルド、この世には年功序列という素晴らしい言葉があるわ。だからお母様に見つからないよう、上手くやっちゃって下さいまし」
「……では、そのやり方が思いつくまでは保留でお願いします」
逃げたわね。そうでしょうけど。
ああ、弟に苛められる不憫な姉から今世も脱却は叶わないと言うのかしら。なんて可哀そうなわたくし。
「どう? 上手くやっていけそうかしら?」
どうです、慄くがいいわ。なんて面倒くさい面々だろうと。
貴方は四六時中、この面子の機嫌を窺いながら窮屈な思いをして生活しなければならないのよ、お可哀そうに!
「精一杯務めさせていただきます」
どうだと、何故か少し偉ぶっているわたくしに、オズワルドは無表情のまま頭を下げました。
真面目か!
いえ、真面目でいいのですが、何だかこう……欲しかった答えと少し違ったと言いますか。
「それで、お嬢様は」
「わたくし?」
「お嬢様に対して、何か気を付けなければならない事はありませんか」
あら、そう言えば家族について語るのに夢中でわたくし自身の事をすっかり忘れていたわ。
ほら、わたくしって我が侭一つ言わない良い子なものですから。
けれど折角オズワルドの方から言ってくれているのですから、ここは乗っておくべきでしょう。
将来、光の巫女が現れ、彼女の守り人になるよう国に命令されても、簡単に彼が頷けないように。
わたくしが「嫌だ」と、「行くな」と頼めば踏みとどまってくれるような関係を築くために、まずしなければならないのは
「仲良くなりましょう、オズワルド」
わたくしの言葉に、ぱちくり、と目を瞬かせたオズワルドににこりと笑いかける。
「少しずつでいいわ、お互いの事を知っていきましょう。……他の誰にも壊せない絆が、欲しいわ」
紛れもない本心ですが、裏がある願い。ひょっこり顔を出しそうになる下心を全部笑顔の中に閉じ込めます。
暫く、オズワルドはわたくしの言葉をかみ砕いているのか黙り込んでいました。
あまり暗に隠している部分を探ろうとなさらないでーとヒヤヒヤしていると、オズワルドは座席から降りて、わたくしの足元に膝をつきました。
な、何事ですの!?
驚いていると、彼はわたくしの手を取り、自らの額に当てました。
ほんのりと温かさが伝わってきます。
「仰せのままに、ルルーリアお嬢様」
そしてオズワルドは、初めてわたくしに笑顔を見せました。
それは目元を少し緩めるだけの僅かな変化で、気づきにくいけれど、十年以上の付き合いになるわたくしには、彼が確かに穏やかに笑ったのだと分りました。
…………あれ? ガツンとかましてやるはずが、なんだか良い話風にまとまってしまいましたよ!?




