完全結界の内側
大きな窓から差し込む陽射しは、少しばかり熱がこもっていて、季節が春から夏へ移り変わろうとしている事を教えてくれる。
ごきげんよう。皆様ご存じ、絶世の美少女ルルーリア・ハン・ヘルツォークですわ。
シメオン・ファーレルを先生と師事し、彼と密約を交わして一年と数か月。
わたくしはあれから何をしていたかと申しますと、魔術師団で幾人かの魔術師の方々と親交を深めるだけでなく、同時に同年代の貴族ご令嬢やご子息とも仲良くさせていただきました。
前世では交友関係は限りなく無いに等しく、友人と呼べる方はレオナルド王子くらいでしたもの。
後は家族と、せいぜいオズワルドかしら。とはいえ、オズワルドだって、最終的にはわたしを見放した程度の縁でしたし。
少しでも運命を変える手は多い方がよろしい。となれば、出来るだけ前世とは違う行動を取った方が良いだろうと先生に助言をいただきまして。
しかし当たり障りなく友好関係を築くのは難しいことではないのですが、どうもヘルツォーク家に産まれた弊害とでも申しましょうか。他者に心を開くというのが出来ませんで……
王家と深い繋がりを持ち、国の全てに通じるヘルツォーク家には守るべき秘密が多過ぎまして、更に父は政敵に事欠かないときたら、人に本心を見せるという行為は命取りになると幼い頃より懇々と言い聞かせられているのです。
まぁそれ以前に、皆さんは正真正銘十歳前後のお子様、対するわたくしは見た目は十一歳ですが実は三十年は生きている成人女性。
それもあって、同じようにきゃっきゃと遊ぶのはしんどい。
こんな時に大活躍なのが弟アルーシュです。アルもわたくしの弟だけあって可愛らしい容姿をしているので、女子にとても大人気。アルーシュを出汁に使って効率的に他の子供達との距離を縮めております。
ふふ。そのような感じで、本音を曝け出す事に相当な抵抗がありますが、徐々にわたくしは「ご友人」の輪を広めているのです。
はいさて、日々大忙し麗しきルルーリア嬢でございますが。
わたくしが馬車で揺られる事丸数日。
お尻は痛いし退屈だしで、そろそろわたくしの我慢の限界がやって来ようかという頃合いになって、漸く目的地が姿を現しました。
「わぁ……!」
延々と田園風景が続き、その先にある山間から覗くのは、王都の城と比較しても遜色ないほどに立派な白亜の建物でした。
一体どのような構造になっているのか、建物の上部には巨大な十字がついていて、その天辺から建物全体を囲むようにして金色の金の輪が幾重にも宙を浮いている。
「あれが創設者が施した完全結界だね。認証されないものは羽虫一匹通る事が出来ないって話らしいけど」
わたくしの向かいに座っていたレオナルド王子も、窓を覗いて同じ建物を見ながら言いました。
はい、わたくしとレオナルド王子は今、一緒にお出かけ中でございます。
お出かけなんて言ったら何だか楽しそうな感じが致しますが、これはそんなお気楽なものではありません。
以前、魔術師団でのごたごた(前ページ参照下さいませ)のせいで、レオナルド王子とのお茶会に僅かばかり遅れてしまったわたくしを笑顔で出迎えて下さった王子でしたが、快く許してはもらえませんでした。
いえ、別に王子の心が狭く本当に時間の遅延に苛立たれたというわけではないのですが、それを理由に半ば強制的に今回彼の我が侭に付き合わされる羽目になったというわけです。
曰く、「魔術学園がどのようなものなのか、視察に行きたい」と。そう仰られたのです。
行ってくればよろしいではございませんか。ほほほ
というような簡単な話ではございません。行き先が行き先であるのもそうですが、行きたいと言い出したのがこの国の王太子であるという事がそもそも大問題なのです。
魔術学園は王都から遠く離れた、大陸の西はずれの山間に位置しております。
これは生徒達を守る為でもあり、又生徒達から国民を守る為でもあります。魔力のある者は闇堕ちして魔族に転ずる可能性がある。そんな者達を何百人と集めた施設が町の近くにあれば、魔力のない者達はおちおちと安眠する事すら出来ないというわけですわ。
魔力保持者は少なからず選民思考を持って魔力のない者を下に見て、魔力の無い者達は魔力保持者を魔族予備軍として恐れる。
愚かしい事ではありますが、これが大昔より人間の無意識下に根付いてしまっている心理です。
昔に比べればあからさまな差別はないのですが、それは表面的な部分に過ぎません。人間の根本的な深層心理など百年やそこらで変化するはずがありません。
闇堕ちする魔術師が後を絶たないのも、そこに原因があるのではないでしょうか。心を悪に落とし込まねばならぬほど追いつめられる要因は、己の置かれた周囲の環境によるものが大きいはず。
身を持ってそれを受けたわたくしが言うのですから間違いございませんわ。
ですので、王子が気軽にのこのことピクニック気分で向かうには、あまりにも魔術学園と言う場所は適さないのです。
守る側の身にもなってくれという話です。
ここに来るまでにもう三日も掛かっていますし、その都度立ち寄る町も宿も厳重警戒態勢が敷かれますし……
肩のこる事岩の如しでしたわ。
過去、あれはわたくしが五歳の時でしたわね。城下に行きたいと駄々を捏ねた幼い王子に、もっと分別がつくまではダメです。最低でもわたくしよりも大きくなってからにして下さいとお願いしたのを、皆様覚えておいでかしら?
わたくしは、王子から今回の話を聞かされた際に、その時の話をしたのです。
現在わたくしが十一歳で王子が八歳。将来あっさりと背丈は抜かされてしまいますが、今の段階ではまだわたくしの方が背が高い。
ですが王子はにっこりと笑って
「でもあの当時のルルよりは、もうとっくに大きくなったよ」
と。今度は屁理屈を捏ねやがったのでございます。
『わたくしよりも大きくなってから』の『わたくし』は、あくまでも当時五歳だった時の事を指していて、今現在のわたくしの身長など知らぬと。それは関係ないと。
いやいや……と言い返しても良かったのですが、珍しく同席していたシーザーお兄様が黙ったまま成り行きを見守っていた為に、無駄な抵抗は諦めました。
きっとこの件はもう決定事項なのだろうと気付いたのです。
そんなわけで、わたくし達は数日をかけて、この王都から随分と離れた山奥にある魔術学園までやって来たというわけです。
「レオナルド王子」
「良く似合ってるよ」
「王子」
「なに?」
「これは、どのような意味があるのでしょうか」
薄く笑う年下の王子を睨む。不敬罪? ふふ、このような事で怒る王子ではないと分かっているからこそです。王子もまたわたくしの反応を見越してのこの行動でしょうし。
それにしても、です。
わたくし達は先程学園内へと入り、学長方々から手厚く歓迎を受けた……までは良かったのですが。視察をするにあたり、何故かわたくしに丁寧に梱包された大きな箱が渡されました。
首を捻りながら箱を開けると中には、……中にはなんと、魔術師学園の女生徒の制服が。
楚々として現れた学長の秘書という女性に伴われて別室へと連れて行かれ、渡された制服に有無も言わさず着替えさせられ。
そして王子や学長面々相手にファッションショーをさせられているという、この羞恥プレイ。
項までキッチリとボタンでとめられたシャツに、首元には赤いリボン。
胸の下からのハイウエストなスカートは膝が隠れる程度の長さしかない。身体のラインを隠しもしないデザイン、しかし肌の露出は最小限に抑える為か、分厚めの黒いタイツを履くという、このアンバランスさは一体……
そして最後に上着を身に付ければ完成です。
あら不思議、あっという間に学園一の美少女子生徒の出来上がりですわ。
と、いう風に遊ばれたわけです。もうお兄様に良く似た薄ら笑いを浮かべるレオナルド王子を睨みつけても、それは仕方がないと思いませんか。
いつもとは違った雰囲気の服だって見事に着こなしてしまうわたくし! と鏡に映る自身を見て思わず大満足しそうになってしまいましたが、いけないこれでは王子に乗せられた事になってしまうと、気を引き締めました。
「なぜ、わたくしだけ着替えさせられているのでしょう? 視察でわざわざ生徒の制服を着る意味はあるのでしょうか?」
「ないね。着替えてもらったのは、ルルには暫くの間学園に体験入学してもらうためだよ」
「……はい?」
「あ、そのポカンとした顔、珍しいね」
ポカンでも、カポンでもよろしいですけれど。今わたくしがとても間抜け面している事は鏡を見なくても想像がつきます。
「入学? 暫くの間? 何を」
「大丈夫。僕も同じ期間だけここに滞在するから。でもほら、僕は魔力を有していないから、この学園の生徒になる事は出来ないでしょ」
「わたくしとて、微々たる魔力しか持ち合わせておりませんが」
ですので、魔力を保持する者が強制的に入れられるこの学園に入学する必要もなかったのです。もっと力があれば、わたくしもランベールと共にもうとっくにここの生徒になっていたはずです。
それを、今、わたくしにここで他の者達と共に魔術を学べと?
一体何の辱しめでしょう? わたくしが、れっきとした魔力持ちに混ざって落ちこぼれとなり、馬鹿にされろと仰るのかしら。
それを屈辱と思う程度にはプライドを持っているのですが?
「ルルなら大丈夫だよ、どこでだって逞しく生き残れるって僕は信じてる」
「信じていただかなくて結構なので、わたくしを王都に帰して下さいませ」
まったく、こんな可愛げのないこまっしゃくれた七 八歳児が世の中に居ていいものなのかしらね。
腕組みをして王子を睨みつけるわたくしを、学長その他面々がハラハラと見守っている。子供同士の喧嘩とは言え、片や公爵令嬢で片や王子ですものね。
「ルル、実はね。この学園の地下には未だ解明されていない古代文明の遺跡が眠っていてね……その謎を解き明かす為にルルの力を貸してほしいんだ」
「どうやらわたくしではお力になれそうもない類のお話ですわ、王子。ただの可憐でか弱く麗しき令嬢であるわたくしには荷が勝ち過ぎます」
何故それを子供のわたくしにさせようなどと無謀な手段に出たのか。
嘘を吐くにしたって酷過ぎますでしょう。なかなかロマンにあふれる作り話ではありましたが。
真剣に説き伏せようとする王子をジトリと半目で見やる。
すると王子はテヘとでも言いたそうに、肩を竦めました。ほっぺ抓りたい衝動に駆られました。弟のアルーシュにでさえ、こんな感情を持った事はないというのに。
「まぁまぁルル、今までの自分にない環境に身を置く経験は決して損はない。心を豊かにしてくれるって父上が言っていたよ」
王もまさか息子がこんな風に他人を騙し討ちするような場面でその有難いお言葉を持ち出してくるなんて、想像もつかないでしょうね。
王子とわたくしの意見が対立したまま平行線を辿り、このままでは日が暮れてしまうのではないかと思われたその時でした。
一石を投じたのは王子。
「ルル。ここには君の友人のランベール・ルイズ・ハロウズがいるよね? 彼とはもう長い事会っていないんだってね。元気にしているか気にならない?」
「…………」
「君がこの制服を着て突然現れたら、彼はどんな反応をするかな? 驚くかな、困惑するかな、パニックを起こすかな」
「…………っ。仕方ありませんわね、もう制服を着てしまっていますし、少しだけなら体験入学して差し上げてもよろしいわ!」
決して、決してランベールの顎が落ちんばかりに驚愕する反応を見て、「してやったりー!」と遊びたい一心ではなくってよ!
ただそう、興味があるのです。魔術の粋を集めたこの学園に。多少なりともここで学べるのであれば、それはわたくしの血となり糧となるのではと。
そ、それだけなのですからね!?
大方三年振りのランベールとの再会は、一体どんなシチュエーションがいいかしら? などと考えているわけではありませんからね!?
大変お久しぶりでございます。




