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勇敢な追跡者の物語  作者: tori
美月編
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羽化

 ダークウッドの南西に二対の漆黒の塔がそびえたっている。まるで同じ形、同じ構造を持つその双子の塔を私ははっきりと覚えていた。

 かつて私が存在した空間から、時空の裂け目を通じて、初めて降り立ったのがここだった。まさか再び舞い戻ろうとは夢にも思わなかった。


 ガランドは美月を抱えて、最上階まで続く長い螺旋階段を上がっていく。

 腕の中の少女はぐったりとしていた。儀式は美月の肉体に大きな負担を与える。

 弱いとはいえ、二時間近く魔法を浴び続けなければならない。エルフの血を濃く引いてるから耐えているが、並の人間ならとうに狂い死にしているところだ。それでも目を覚ますまで半日はかかるし、連日のこと故、蓄積した疲労もかなりのところまできている。


 ガランドは死んだように眠っている美月をそっとベッドに横たわらせると、傍らに腰掛けて、その顔を見下ろしていた。複雑な表情だった。

 娘を自由な躰にするためやむを得ないとはいえ、日に日に弱っていく姿に心が揺れているのだろう。

 亡くなった母親もこんな表情で美月の寝顔を見ていたことを思い出した。彼女も娘の行く末に言いしれぬ不安を感じていた。いつか誰かが美月を奪いにくる、そんな心配を姉さんに話したことがあった。その時に自分が居ないことも彼女は知っていた。形は違えど、どんなことをしても我が子を守りたいという二人の心情は同じだ。


 娘を助けるためなら、ガランドは協力してくれるかもしれない。

 私は眠っている美月の意識を注意深く水底に沈めると、瞼を開いた。

 ガランドは少し驚いたが、すぐに父親の眼差しに変わった。

「君は疲れている。もう少し眠った方がいい」と彼は言った。

「それがそうもしてられないんだ」

 口調だけでなく、声も変わっていたと思う。

「お前は誰だ?」

 立ち上がったガランドは後ろに飛びのき身構えた。

「お前たちが魔獣の王と呼んでいるものさ」

「ほう、ようやく姿を現したというわけか。お前にふさわしい依り代も用意してやっているというのに、なぜ私の娘のから出て行かない?」

 ガランドから父親の表情が消え、歴戦の魔導師の顔になった。


「それをお前に伝えるために私は現れた。私と美月は意識の深層で繋がっている。もはやそれを分かつことなどできない。無理に儀式を続ければ、美月は肉体を失うことになる」

「でたらめを言うな!お前はこの子の魂の片隅に閉じ込められたのだ。封印を施されてな。お前がこの子の魂に干渉することなどできるはずがない」

「それができたのだよ。お前の師は私を氷の牢獄に閉じ込めた。しかし、養母とその娘の愛は厚い氷すら溶かしてしまった。私の封印などとっくの昔に解かれていたのさ」


 親も子もない私たち魔精気は肉親の情などとは無縁の存在だ。

 しかし、私はたしかにそれを持っているのだ。家族と一緒に居ることの温もり、やさしさ、幸福。

 母を失ったときの身を切られるような哀しみ。そして、こんな世界にまで危険を顧みず妹を助けに来てくれた姉の愛。それは美月だけのものではない。私のものでもあるのだ。


「なんてことだ……私の娘が魔獣と心を共有しているなどと……リアナ、哀れなリアナ……許してくれ」

 ガランドは頭をかきむしり、床に崩れた。

「私一人が消え去ることで、美月を救えるならそうしてやりたい。だがそれではだめなんだ。私が消えれば彼女の心に大きな穴が空く。人として生きていくことが不可能なほどの穴がな」

「では、お前はこの子を助ける意思があるのか?」

「当たり前だ。この身を犠牲にしたって助けてみせる」

 偽りのない気持だった。

「なにをすればいい?お前が俺の前に姿を現したのは、させたいことがあるからだろう」

 ガランドは縋るような表情で言った。

「このまま儀式を続ければ、美月は死ぬ。それを止めさせるだけなら、私が力ずくでそうすれば良い。美月の中に居てもその程度はできる。何しろ彼女にはエルフの血があるからね。その魔力を利用すれば良い。だがそれだけでは済まない事情が生じた」

「事情?」

「ここに来てから、背中に焼きごてを押し付けられたような痛みをたびたび感じる。しかも、その間隔が縮まってきているんだ」

 ダークウッドに降臨した王たちの念のようなものがこの森には残されているのだろう。それが王である私の羽化を促しているのだ。


「羽化が始まっているのか?」と、ガランドは訊いた。

「そうだ。このままでは美月の心は死ぬ。止める方法を見つけたい。協力してくれ」

 彼なら何か知っているかも知れない。私は一縷の望みを託した。

 ガランドはしばしの逡巡の後、静かに切り出した。

「羽化した王をそれ以上成長させない方法がある。ひょっとしたら、それを応用すれば羽化を止めるかもしれない」

 ガランドは驚くべきことを言った。私が依り代に取りついて、最初に取る姿は羽化した幼女だ。この段階ではまだ依り代の負の側面を魔精気は十分に利用できない。生まれたばかりの雛鳥と言っていい。そこから段階を経て成長し、真の魔獣の王となる。

 ガランドは雛鳥のまま留めておくことが可能だというのだ。


「ほんとにそんなことが可能なのか?」

「教会の連中がそれを可能にした。となりで寝ていた依り代を知っているな?」

 私はうなずいた。

 山のような大男だった。躰のあちこちにムカデが這ったような傷があり、暁の使徒のものには見えなかった。

「あの男は名高い盗賊の頭だ。何年もの間、討伐の手をかわし悪行の限りを尽くしてきた。教会は聖騎士団の精鋭を使って奴を捕らえた。そしてライナル島に連れて行き改造を施したんだ」


 なぜ教会がそんなことを?しかもどうやって? 私の混乱をみてとり、ガランドは続けた。


「ライナルは国中から集めてきた孤児を神の戦士に仕立て上げる場所だ。教会は男に神への忠誠を叩き込んだ。薬や拷問、或いは偽の愛すら用いる。連中はそういう方法には事欠かない」

「しかし、その程度の方法で王になることを止められるとは思えない。いくらそいつが強固な信仰を植えつけられたところで、いずれは私に取り込まれる」

「もちろん、彼らもその程度のことはわかっている。しかし、成長そのものを止める触媒を見つけたのさ。男はそいつが効果を発揮するまで時間を稼げばいい」


「触媒だと?いったいどうやってそんなものを作り出したんだ」

「元は暁の使徒が持っていた知識だった。だが、彼らは肝心なものを持っていなかった」

「肝心なものとは?」

「魔獣の王の心臓だ。そこには王の魔精気がごくわずかだが残っている。そいつに強い魔力をあててやることで増幅することができる。増幅された魔精気は、このダークウッドにある王の成長を促す力を錯覚させることができるのだ。つまり王はすでに成体となっていると騙すわけだ」

  「そいつを教会が持っていたというわけか。たしかにその方法なら、羽化そのものを抑止できるかもしれない。だが、心臓はどうする?まさか、どこかにまだあるということなのか?」

  「俺が仕えたトーマス公は先王の側近だった。彼から聞いた話では王宮の地下に王の屍体が保管されているらしい。問題はそれをどうやって手に入れるかだ。俺はここを離れるわけにはいかない。業を煮やした教会が娘になにをするかわからないからな」

   

  あの枢機卿の様子からして、ガランドの心配はもっともだ。おそらくガランドとの約束を守っているのは触媒を増幅させるために彼の魔力が必要だからだろう。

  彼が消えれば、連中は美月の肉体を破戒してでも私を引き出そうとするはずだ。

  魔精気を大量に消費すれば、それだけ羽化は早まる。しかし、リスクは覚悟しなければならない。

 

  私は立ち上がると、ガランドの肩をつかんだ。

 

  「私がやろう」

 


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