表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる  作者: 筑紫隼人
第1章:沛県起業と棚卸し無双

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/17

第8話:項羽の遅れての入城――「資産目録の作成中につき、勝手な持ち出しは認めません」

「漢中への左遷……。終わった。完全に終わったぜ、俺たちの会社はよ……」


咸陽の夜。


漢王へ封じられた劉邦軍の陣営は、通夜みたいに静まり返っていた。


焚き火の前で頭を抱えているのは樊噲だ。


鴻門の会で命が助かった安堵は、一瞬で消えた。


代わりに残ったのは、「僻地への島流し」という現実だった。


「巴蜀に漢中だぞ!? 山しかねえ! 毒虫と罪人しかいねえ隔離病棟みてえな土地だ! あそこへ行けってのは、実質『死ね』ってことだろ!」


「せっかく咸陽に一番乗りしたのに、手に入ったのが岩山だけとか、笑えねえよ……」


兵たちの空気も重い。


天下の富という「ボーナス」が、目の前で消えたのだ。


現代で言えば、東証プライム上場を信じて激務に耐えていた社員が、突然「地方の限界集落へ転勤」と告げられたようなものだった。


大量離職が起きても、おかしくない。


「皆さん、なぜ業務停止したような顔をしているのですか」


暗闇から、冷たい声が響いた。


大量の竹簡を抱えたまま、私は焚き火の前へ歩み寄る。


樊噲が、心底うんざりした顔を向けてきた。


「蕭何……。お前、まだそんな薪の山を抱えてんのかよ。俺たちは漢中送りなんだぞ? そんな古いデータ、山奥で何に使うんだ」


「大いに使います」


私は竹簡を机へ置いた。


そして、眼鏡を押し上げる仕草をする。


もちろん今世に眼鏡はない。前世の癖だ。


「項羽から命じられたのは、本社移転と担当エリアの限定です。我々の法人格は消滅していません」


「それに――」


私は竹簡を軽く叩いた。


「私が差し押さえた秦の国家データベース。その所有権も、まだ我々にあります」


「これを持ち出せれば、漢中を最強のバックオフィスへ変えられる」


「……本気ですか、蕭何殿」


闇から現れた張良が、静かに羽扇を揺らした。


その瞳には絶望ではなく、思考を解析する光が宿っていた。


「本気です」


私は即答した。


「前世で見ました。不採算として切り捨てられた子会社が、独自技術だけ抱えて潜伏し、数年後に親会社を逆買収した事例を」


「今の我々は、その潜伏期間に入るだけです」


「逆買収、ですか」


張良が、小さく笑う。


「ですが問題があります。項羽が、そのデータを大人しく持ち出させるでしょうか?」


「彼は明日にも咸陽を焼き払いますよ」


「分かっています」


私は筆を握り直した。


「だからこそ、破壊される前に『資産ロック』をかけに行きます」


「……張良殿。付き合っていただけますね?」


「ええ、喜んで」


張良が不敵に笑う。


「天才の暴走を、監査で止める現場。特等席で見物しましょう」


翌朝。


咸陽は恐怖に沈んでいた。


地響きと共に、項羽率いる四十万の楚軍が入城したのだ。


「秦の残党を叩き出せ!」


「財宝は全部楚へ運べ!」


「逆らう奴は殺せ!」


彼らは軍隊ではない。


企業資産を解体して売り払う、巨大なハゲタカファンドそのものだった。


項羽は阿房宮の前で馬を止めた。


重瞳が、壮麗な宮殿を睨む。


「これが秦の象徴か。反吐が出る」


「範増。この街ごと焼け」


「秦の歴史など、一文字も残す必要はない」


「お待ちください、項羽様!」


範増が止める。


「まず財宝の精査を――」


「不要だ!」


項羽が怒鳴った。


「俺の武力こそ法だ!」


そして、松明を掲げる。


その瞬間。


「ストップです!」


広場に、私の声が響いた。


楚軍四十万が、一斉にこちらを向く。


白衣の私。


その後ろに立つ張良。


さらに竹簡を抱えた役人たち。


「……また貴様か」


項羽が顔を歪める。


その視線だけで、後ろの役人たちは震え始めた。


だが私は引かない。


前世で、何百億もの不正を隠そうとするワンマン社長の怒号を浴び続けた。


この程度の圧力で、監査は止まらない。


「現在、咸陽の国家資産は、我が劉邦軍による資産目録作成中です」


「手続き完了前の持ち出し、および破壊行為は認められません」


「……何だと?」


空気が変わる。


項羽の声だけで、大地が震えた。


「俺の戦利品をどうしようが、俺の勝手だろうが」


「誰に向かって指図している」


「指図ではありません」


私は竹簡を掲げた。


「内部統制です」


「昨日、項羽様は我々を漢王として正式承認した。そして、咸陽資産の管理業務を我々へ委託した」


「ならば、私の承認なしでの資産処分は、重大なコンプライアンス違反です」


「たとえ最高権力者でも、ルールを無視した組織は崩壊します」


「黙れ!」


項羽が巨剣を抜いた。


暴風が吹き荒れる。


だが私は、範増へ視線を向けた。


「範増先生。あなたなら分かるはずだ」


「今ここで地図と戸籍を焼けば、楚軍は今後、どこから兵糧を徴収すればいいのか、その根拠を永久に失う」


「それは、自ら黒字倒産へ向かうのと同じです」


範増の表情が変わった。


老参謀は理解したのだ。


武力だけでは、国家は回らない。


「……項羽。待て」


範増が馬の手綱を掴む。


「宮殿はいつでも焼ける。だが、先にデータを奪え」


「それからでも遅くはない」


項羽は舌打ちした。


そして、私を睨む。


「三日だ」


「三日以内に目録を完成させろ」


「遅れたら、お前らごと灰にする」


「承知しました」


私は頭を下げた。


「定時までに、完璧な引き継ぎ資料を提出します」


楚軍を抜け、文書庫へ戻る。


張良が、ようやく息を吐いた。


「……肝が冷えましたよ」


「まさか、項羽相手に社内規程を叩きつけるとは」


「数字とルールへの信頼です」


私は机へ向かった。


「張良殿。時間がありません」


「三日以内に、合法的な資産隠蔽を完了させます」


「隠蔽?」


「項羽へ渡すのは、金銀財宝だけ記したダミー目録です」


私は竹簡を並べた。


「本当に価値があるのは、戸籍原本と軍事地図」


「それらは全てコピーし、漢中へ運びます」


張良の目が見開かれる。


「……なるほど」


「価値の低い資産だけ見せ、本当の知的財産を隠すわけですか」


「完璧な情報操作ですね」


「リスクヘッジと呼んでください」


そこからの三日間。


私たちは一睡もせず、竹簡を書き写し続けた。


算盤の音。


筆の音。


竹簡が擦れる音。


それだけが、深夜の文書庫に響く。


胸が痛む。


前世で死ぬ直前の感覚が蘇る。


あと6%。


その数字を見たまま、私は死んだ。


視界が霞む。


指先が痺れる。


「……また、同じか」


脳内で警告音が鳴り続ける。


だが、今世は違う。


私の後ろには、あの無能なCEOがいる。


「お前がいるから負けない」


そう言った男がいる。


「終わらせる……!」


私は最後の竹簡へ、承認印を叩きつけた。


「完了!」


「国家資産バックアップ、100%終了しました!」


その瞬間。


外から爆発音が響く。


三日の猶予が切れたのだ。


咸陽が燃えていた。


項羽は約束通り、阿房宮へ火を放った。


黒煙が天を覆う。


数百年の帝国が、灰へ変わっていく。


楚軍は歓声を上げていた。


だが、彼らは知らない。


本当に価値あるデータは、すでに別の馬車で西へ向かっていることを。


「……酷い光景ですね」


炎を見つめながら、張良が呟く。


「歴史も文化も、全部焼くとは」


「いいえ」


私は静かに首を振った。


「これで勝負は決まりました」


西へ進む輸送馬車。


そこに、天下そのものが積まれている。


「項羽は目に見える資産だけ奪った」


「だが、データを失った組織は、必ず兵糧不足で崩壊します」


「我々が漢中でシステムを完成させた時。楚の滅亡は始まります」


「……行きましょう」


「我々の新しいオフィスへ」


劉邦軍十万の、西行が始まった。


険しい蜀の山道。


終わりの見えない移転作業。


その直後。


私は毎朝提出されるheadcount推移を見て、目を疑った。


「兵力、前日比マイナス500名。逃亡」


「士気指数、測定不能」


「……および、新規採用希望者、1名」


「新規採用?」


私は眉をひそめる。


「この崖っぷちの会社に入りたい狂人が?」


部下が、一枚の竹簡を差し出した。


そこには、異様なほど自信に満ちた文字があった。


『面接希望』


『希望役職:大将軍』


『私の軍略は天下無双』


『項羽の四十万など、不良債権に過ぎない』


「……何者だ」


私は馬車の外を見る。


険しい山道の先。


一人の青年が立っていた。


股くぐりの屈辱で知られる、元・項羽軍の最下層兵卒。


だが私は、まだ知らない。


その男が持つ、「軍事」という名の最大資産を。


男の名は――韓信。


漢王朝を世界最強企業へ変える天才執行役員が、今、最悪のタイミングで蕭何の前に現れようとしていた。


第8話:了

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


突然ですが、作者からコンサル的お願いがございます。


「ブックマーク・評価」という施策を打てていない読者様、費用対効果は最高です。ワンクリック・5秒・無料。これ以上のROIはありません。


次話の更新速度というKPIに直結しますので、何卒ご支援のほどよろしくお願いいたします!


また、本作とは別に、魔剣を手に戦う王女の復讐劇も書いており、戦記物としての熱量はそのままに、ファンタジーならではの逆転劇を描いています。


『魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜』

https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n9418lx/

王女セリスと魔剣ノイエジールの戦いも、あわせて応援いただけると嬉しいです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ