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【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる  作者: 筑紫隼人
第1章:沛県起業と棚卸し無双

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第6話:社内インサイダーの緊急監査――「身内のバグは本日中に強制決済します」

誰も口を開かなかった。


馬車の車輪が軋む音だけが、夜道に響いている。


蕭何は。


張良が差し出した、血塗られた竹簡を見つめていた。


前世でも、何度も見た。


不正会計。


横領。


競合への情報漏洩。


会社を内部から腐らせる「バグ」の気配を。


そして今。


その腐敗は、創業したばかりの劉邦軍を蝕んでいた。


「項羽の刺客、か」


劉邦が低く笑う。


だが。


いつもの軽薄な笑みではない。


人間の本質を嗅ぎ分ける、創業者の目だった。


「蕭何。どうする?」


「このまま進めば、俺たち、咸陽に着く前に身内に殺されるぞ」


「慌てないでください、CEO」


蕭何は衣を整えた。


声は冷たい。


「どれだけ巧妙な内部不正でも、数字には歪みが出ます」


「人は嘘をつく。ですが、消えた物資と帳簿の差額は嘘をつきません」


「本日中に緊急監査を実施します」


蕭何は即座に樊噲を呼んだ。


「樊噲。全軍停止」


「これより棚卸しを行います」


「はぁ? 行軍中だぞ?」


「兵どもが騒ぐぜ?」


「却下です」


蕭何は即答した。


「これは我々の生存に関わる監査です」


「従わない者は、全員解雇します」


樊噲は頭を掻いた。


「……お前、ほんと怖ぇな」


だが。


文句は言わず、外へ出ていく。


戦時中の緊急監査。


現代で言えば。


全社システムを止め、徹夜で全勘定を洗うような狂気だった。


だが。


やらなければ死ぬ。


蕭何は張良を見る。


「張良殿。あなたの採用可否は、この監査結果で決めます」


「知っている情報を、すべて開示してください」


張良は楽しそうに微笑んだ。


「刺客は単独ではありません」


「楚軍と連携し、我が軍の兵糧を監視するグループがいます」


「すでに物流中枢へ深く入り込んでいるはずです」


「なるほど」


蕭何は頷く。


「情報漏洩だけではない」


「兵糧横領も兼ねているわけですね」


馬車の中へ。


大量の竹簡が運び込まれる。


戸籍。


兵糧台帳。


輸送記録。


消費一覧。


ここからが。


CFOとしての地獄だった。


23:00。


荒野の陣幕。


一本の蝋燭だけが揺れている。


蕭何は竹簡の山と格闘していた。


「……まただ」


前世の記憶が蘇る。


監査法人。


三日連続の徹夜。


辻褄の合わない貸借対照表。


心臓の痛み。


それでも数字を追い続けた夜。


「……これか」


蕭何の手が止まる。


「碭郡で編入した新兵二千」


「その兵糧支給量が、毎日三十石、過剰計上されている」


張良が目を細めた。


「横領ですか?」


「逆です」


蕭何は別の竹簡を開いた。


「帳簿の数字が、多すぎる」


「つまり、存在しない兵員が登録されている」


「幽霊社員です」


張良が静かに笑う。


「なるほど」


「架空人員で兵糧をプールしている、と」


「ええ」


蕭何は馬の移動記録を広げた。


「さらに、深夜だけ不自然な輸送履歴がある」


「行き先は東」


「楚軍先遣隊の方向です」


劉邦が暗闇から現れた。


酒ではない。


抜き身の剣を持っている。


「主犯は分かったか?」


「ええ」


蕭何は冷たく答える。


「この兵糧支給を承認できる人間は、一人しかいません」


「沛県時代からの古参役人」


「新兵管理を任せた男です」


02:00。


丑三つ時。


輜重隊の天幕が乱暴に開かれた。


中にいた男が、慌てて竹簡を隠そうとする。


「夜分遅くに失礼します」


蕭何が入る。


後ろには、巨大な斧を担いだ樊噲。


男の顔色が変わった。


「し、蕭何様……?」


「何か御用で……」


「緊急監査です」


蕭何は竹簡を机へ叩きつけた。


「あなたの兵糧勘定に、説明不能な差額が発生しています」


「エビデンスを提示してください」


男の額から汗が噴き出す。


「し、知らん! 私は正しく――」


「無駄です」


蕭何は遮った。


「架空兵員二千人分」


「計九十石の使途不明」


「さらに」


張良が後ろから竹簡を掲げる。


「楚軍密偵との契約書も、確保済みです」


男の顔が崩れた。


「……俺は悪くねぇ!」


「項羽様の方が勝つ!」


「劉邦なんかについていったら全滅だ!」


男が小刀を抜こうとする。


その瞬間。


蕭何が冷たく告げた。


「身内のバグは、本日中に強制決済します」


次の瞬間。


樊噲の斧が、一閃した。


鮮血。


竹簡が赤く染まる。


静寂。


「……終わったな」


樊噲が武器を収める。


蕭何は。


倒れた男を見ない。


血のついた帳簿だけを拾い上げ、静かに拭った。


「これで不採算部門の整理が完了しました」


そして。


張良を見据える。


「張良殿」


「あなたの情報提供は有効でした」


「正式採用します」


「我が軍の最高戦略責任者として、その企画力を使ってください」


張良は優雅に一礼した。


「光栄です」


「ここまで監査が厳しい組織は、初めて見ましたよ」


こうして。


劉邦軍は内部の膿を切除し。


再び咸陽へ向けて進軍を開始した。


だが。


蕭何は理解していた。


今回の事件など、序章に過ぎないことを。


巨大な利権。


裏切り。


謀略。


それらが、この先で待っている。


数字の辻褄を合わせるたび。


寿命が削れていく。


それでも。


電卓を叩く手は止まらない。


「……よし」


蕭何は新しい竹簡を開いた。


「今期の緊急決算、終了」


そして。


深く息を吐く。


「では、次の残業を始めましょう」


馬車が揺れる。


進捗率。


まだ数パーセント。


過労死ループは、始まったばかりだった。


第6話:了

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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また、歴史ものである本作とは別に、魔剣を手に戦う王女の復讐劇も書いており、戦記物としての熱量はそのままに、ファンタジーならではの逆転劇を描いています。


『魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜』

https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n9418lx/

王女セリスと魔剣ノイエジールの戦いも、あわせて応援いただけると嬉しいです!


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