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6/28完結【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる  作者: 筑紫隼人
第3章:九章律と内部統制の罠

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17/22

第17話:「漢王朝」の設立登記――個人商店から超巨大グループ企業への移行

「本日をもって、劉邦商店は解散する」


劉邦は、群臣を見渡した。


「これより――『漢王朝』の設立登記を執行する」


紀元前二〇二年、二月。


汜水のほとり。


巨大な壇上の中央で、劉邦は新たな礼服をまとい、玉座へ腰を下ろした。


歓声が、大地を揺らす。


一介の侠客上がり。


地方の寄せ集め勢力。


それが今や、中華最大の支配者になった。


歴史的な瞬間だった。


だが。


壇下に立つ蕭何の耳には、歓声ではなく、“組織の軋み”が聞こえていた。


「めでたいじゃねえか、蕭何!」


曹参が酒杯を片手に笑う。


「ついに天下統一だぞ。俺たちのベンチャーが、世界最大企業になったんだ」


「……まだ終わっていません」


蕭何は静かに答えた。


彼の手には、大量の竹簡。


新国家の組織図だった。


「これまでは、“打倒・項羽”という単一プロジェクトで動く個人商店で済みました」


蕭何は竹簡を広げる。


「ですが、これからは違う」


「数千万の民を抱える巨大組織です。税、兵站、法、官僚機構。全部を恒久運用しなければならない」


蕭何は知っていた。


急成長企業が、なぜ崩壊するのかを。


前世。


監査法人時代。


市場を制圧した企業ほど、内側から腐っていった。


創業者依存。


属人化。


権限不明。


そして、社内政治。


外敵を失った組織は、必ず内部崩壊を始める。


「今の漢の最大リスクは、“組織構造の歪み”です」


蕭何は算盤を弾いた。


問題は、論功行賞だった。


韓信。


彭越。


英布。


楚漢戦争を勝ち抜くため、劉邦は彼らへ巨大な領地を与えている。


言い換えれば。


“独立採算の子会社”だ。


今さら全部返上しろと言えば、確実に反乱になる。


だが放置すれば、将来の競合企業へ成長する。


「なら、どうする?」


曹参が聞く。


「折衷案です」


蕭何は答えた。


「関中など本社直轄エリアは、完全な中央集権」


「一方で、韓信らが支配する東側は、当面は自治を認める」


「……郡国制です」


それは妥協だった。


だが同時に、“時間を買う制度”でもあった。


蕭何の本音は明白だった。


――今はまだ、正面衝突する体力がない。


だから、まずは安定化。


インフラを整え。


税制を整備し。


中央のキャッシュフローを太らせる。


そして。


十分な資本を確保した後に、地方諸侯の権限を少しずつ削る。


完全直轄化。


それが最終目標だった。


そのためには、“法律”が必要だった。


数日後。


長安。


未完成の新本社。


蕭何は、一人で竹簡を書き続けていた。


『九章律』


新国家の基幹システムである。


「秦は厳しすぎた」


蕭何は古い法典を見つめた。


「納期遅延で死刑。現場が疲弊し、最後は爆発した」


だが逆に、劉邦の「法三章」だけでは緩すぎる。


巨大国家を回せない。


だから蕭何は、秦の制度を再設計した。


不要な苛烈さは削る。


だが統制は捨てない。


税。


兵站。


物流。


戸籍。


労務。


中央集権。


それらを一本のシステムへ編み込んでいく。


「……これでいい」


深夜。


蕭何が最後の竹簡へ署名した時だった。


扉が静かに開く。


入ってきたのは韓信だった。


「――蕭何殿」


かつての大将軍。


今は“楚王”。


だが、その豪奢な衣装は、どこか牢獄の囚人服にも見えた。


「韓信殿。どうされました」


「新しい法律を作っていると聞きましてね」


韓信は机上の竹簡を眺めた。


そして、小さく笑う。


「私は最近、この会社が居心地悪くて仕方ない」


蕭何は黙っていた。


韓信は続ける。


「戦争中、私の戦術は“最大の資産”だった」


「だが天下統一した瞬間、役員会は私を“最大のリスク”として見始めた」


核心だった。


成長期に必要な天才は、安定期には危険物へ変わる。


組織論の宿命。


「考えすぎです」


蕭何は淡々と返した。


「あなたには楚国統治という重要任務があります」


「……本当に?」


韓信が一歩近づく。


その目が鋭く細まった。


「蕭何殿」


「あなたの法律には、“有能すぎる社員”をいつでも謀反人に変えられる穴が、最初から仕込まれているんじゃないですか?」


蕭何の指先が止まる。


前世でも同じだった。


M&A後。


真っ先に切られるのは、“優秀すぎる人材”だった。


経営陣にとって制御不能だからだ。


「私はただ、組織を維持しているだけです」


蕭何は低く答える。


「規律を守る限り、誰も処分されません」


「……なら、いい」


韓信は寂しげに笑った。


「私を推挙してくれた恩だけは、忘れていません」


そう言い残し、闇へ消える。


その背中は、戦場最強の英雄ではなかった。


巨大組織に飲み込まれ、静かに窒息していく“天才クリエイター”そのものだった。


数日後。


長安。


劉邦が戦後処理から戻ってきた。


彼は蕭何の提出した制度案を見て、大きく笑う。


「上出来だ」


「これでようやく、国の形になった」


「お前を相国にした俺の目に狂いはなかったな」


「恐れ入ります」


蕭何は頭を下げた。


だが。


彼の視線は、机の端に置かれた“黒い竹簡”へ向いていた。


密告書だった。


劉邦はニヤリと笑う。


「ああ、これか?」


「面白い報告が来てな」


彼は竹簡を指で叩いた。


「韓信の野郎。鐘離眛を匿ってるらしい」


蕭何の呼吸が止まる。


鐘離眛。


元楚軍の重臣。


漢にとっては最重要危険人物。


「これは立派なコンプライアンス違反だよな?」


劉邦は笑った。


その目だけが、まったく笑っていない。


「蕭何」


「お前が作った法律だ」


「お前のシステムで、お前が採用したあの天才を――綺麗に処理してみせろ」


蕭何は沈黙した。


法律。


制度。


統制。


国家を守るために作ったはずのシステム。


だが今、それは。


かつて命を預け合った戦友の首を絞める“処刑装置”へ変わろうとしていた。


外敵が消えた組織は、必ず内部粛清を始める。


それが。


国家であれ。


企業であれ。


巨大化した組織の、逃れられない本能だった。


第17話:了

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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『魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜』

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王女セリスと魔剣ノイエジールの戦いも、あわせて応援いただけると嬉しいです!


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