侍女ランのさらなる苦悩
「ビャグンの都は、綺麗だし、街の人も上品ですね」
マジョリーの両親が住むビャグンの街は、歴史を感じさせるいかにも中世ヨーロッパ風の建物が並んでいた。走る馬車の窓から風を感じながら街を眺めると綺麗な町並みに感動しながらも、タモンには、あまりにもファンタジーな創作物にでてきそうな街そのものだったので、変な笑顔になってしまう。
マジョリーは、旦那様が何を笑っているのかはよく分からなかったけれど、この街のことが気にいってくれたのだと思って隣で微笑んでいた。
「マジョリー様、おかえりなさいませ!」
「タモン様!」
馬車を降りた二人を見て、街の人たちからは一際大きな歓声があがった。
ただ、今までの街とは違い、珍獣をひと目見ようと群がってくる雰囲気はなかった。この街の人もそういった興味がないわけではなさそうだけれど、領主の新しい娘夫婦として歓迎しようと綺麗に整列して讃えてくれる。これはこれでちょっと怖いと思いながら、タモンは笑顔を作って手を振りながら歩いた。
(これも……いかにも謁見の間って感じだな)
タモン夫婦が案内された場所は、ゲームやアニメで王様に謁見してお言葉をもらうような建物だったので、またタモンは感動しつつもちょっと口元が緩んでしまった。
(でも、ちょっとこぢんまりしているかな)
あくまでも、大きな会議室というくらいの空間の先に領主夫妻が座って待っていた。
「おかえり。我が娘よ。そして、ようこそ。夫となる『男王』よ」
宝塚の男役と娘役のようなきらびやかな服装で、大げさな仕草でタモンたちを出迎えてくれた。そして少し年をとった娘役といった感じの奥方が声をかけてくれる。頭に載せたティアラも含めて、宝石をいくつも身につけていてきらきらと眩しい服装で、夫婦そろって輝いていた。タモンは思わず細目になる。
(なるほど、女性ばかりの世界だとこうなるのか……でも、これも服装こそちょっと華美だけれど、いかにもゲームで魔王討伐に依頼を受けそうな感じ……)
『伝説の剣でもくれたりしないかな』とタモンは自分がゲームの世界にでも入ったかのような気分のままで、領主との会見は行われた。
「男だけれど、ずいぶんと頼りなさそうな子だったわね」
会見が終わったあと領主の奥方は、まだ派手な宝石を身にまとったドレス姿のままで、椅子に座ると不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
ランは、奥方の言葉を直立不動でただただ頷きながら聞いている。
(なんで、私までこんなところに呼ばれているの?)
ルナに呼び出されるままについていくと、そこはまさかの領主夫妻の私室で、領主夫妻とルナの密談に参加させられることになってしまい、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
(お嬢様や、あの城の報告を聞きたいのでしょうけれど、こんな平民の私なんかがこの場に……)
普段どおりの冷静な表情は崩さなかったけれど、実際には内心では怯えまくっている。
「実際のところあの男とマジョリーとはどうなの?」
「は、はい。今は、かなり仲良くされております。お嬢様も心を許している感じがいたします」
奥方から直接質問されて、ランはびくりと反応しながらそう答えた。
「夜の生活もうまくいっているのかしら?」
「え、うまくいっている……と思います」
奥方からの予想以上に突っ込んだ質問にランは、困惑してしまう。
「ふむ……もっと調べておいてもらわないと困るわね。何のためにマジョリーに付けているのだかわからないわ」
(私はお嬢様の身の回りの世話をしているだけなのですが……)
ランは、申し訳無さそうに頭を下げながらも、ムッとしていた。内偵みたいな仕事をしろとは言われていない。どれだけ、あの我がままなお嬢様の面倒を見るのが大変だと思っているのか。そんなことを思いながら、隣に立っているルナの方をちらりと見たけれど、目を逸らされてしまった。
「でも、あの娘のことだから一月もしないで、あんな田舎は嫌だとか言って帰ってきてしまうかと思ってこんな会見を用意したけれど、大丈夫そうでなによりだ」
領主様が、楽しそうに笑いながらそう言ってくれたので、部屋の雰囲気は少し優しいものになる。ようやく、ランもほっとしながら顔を真っ直ぐ上げることができた。
(そこは自分の娘のことをよく分かっているのね……)
「やはり、これも噂の肉棒の魔力というものでしょうか」
ちょっとほっとしたのもつかの間、奥方のあまりにも露骨な言葉に、ランは耳を疑いつつ勘違いではなさそうなので引きつった顔になってしまった。話を振られた領主も、『あ、ああ。うん』と言葉を濁した返事をして目を逸している。
どうしても、この地方は『男王』と言えば、暴虐王ノベ王と略奪王カド王の印象が強い。国を力ずくで奪い、夜も女性を強引に抱いて従わせる。二人の王で業績は少し違うけれど、そんな強引なエピソードの多くが広く伝わっていた。
「どんなものだか、ちょっと試してみたいわね」
奥方が、舌舐めずりしてそうな表情でそう言って笑っていた。
(娘の相手を奪うつもり?)
ランは何とか雰囲気を悪くしないようにと引きつった笑いをしようとしたけれど、さすがに嫌悪を感じて厳しい目つきになる。
「まあ、まあ、マジョリーが気に入っているのなら、あの娘のためにも長く一緒にいられるようにしてあげるのがいいわよね」
奥方もさすがに自分のパートナーの前で、娘の旦那をつまみ食いする話はどうかと思ったのか、変な雰囲気になった部屋の中で、さきほど話はなかったかのように軽く咳払いをすると本来の話題に戻していた。
(でも、キト家の狙いはどのみちそれなのよね……)
ランは何も言わずに、ただ領主夫妻とルナのタモンを種馬として確保しようとする計画を聞いていた。
「例の化け物二人は、ついてきていないのよね?」
ふいに領主夫妻は、ランの方を向いて確認してきた。
「はい。別の武官が一人護衛についてきています」
「今の護衛は大して強くはありません。拘束することは容易でしょう」
ランの返事に、ルナが自分の計画がうまくいっていることをアピールするかのように説明を付け加えた。
(ロラン様だって弱くないです。まあ、ミハトさんみたいに数人相手でも蹴散らせる人と比べたらあれですが……)
訓練しているところを見たことがあるだけに、反論をしたくなったランだったけれど黙っておくことにした。
「ふむ……。でも、やはりこの街にとどめておくのはやめた方がいいわね。お前たちが提案してくれたアウント-スタの別荘にずっといてもらうことにしましょう」
「そうだな。アウント-スタでモントの地方も含めて管理を任せているという形にするのが、名目上も一番いい」
領主夫妻の言葉に、ランは頭は混乱していた。
(あれ? 私も提案したみたいな話になっている? まあ、それはどうでもよくって、もう具体的に計画が進んでいる?)
優柔不断なところがあるこの領主にしては、珍しいことだ。領主個人がどうとか言うわけではなく、ビャグン領そのものが色々決断しにくい土地になっているとランですら常々感じている。しかし、今の何も考えていないかのように積極的に動いているのが逆に不安だった。
「あの……別荘にずっと留まって帰らなかったら、モントの城にいる『男王』の部下たちが黙っていないんじゃないでしょうか。それに、エトラ家からも……」
ランは片手を小さく上げて質問する。
「あなたなんかが心配しなくても大丈夫よ。エトラ家はもうじきヨム家が心配でそれどころじゃなくなるから」
そっけなく見下した態度だったけれど、奥方はランに向けてちゃんと説明してくれた。
「モントの城は大した兵はいませんし。『男王』からの手紙でも送っておけば大丈夫でしょう。リーダーがいなければ、所詮は元山賊の集まりです」
ルナがランの隣でまたアピールするように計画を補足していた。
「そんなわけだから、お前は『男王』とマジョリーの動きを見張ってなさい」
領主夫妻から、直接そう言われてしまえば、ランとしては不安や不満はあっても『はい』と承諾するしかなかった。
ランは、ぶつぶつ言いながら主人がいる部屋へ向かって廊下を歩いていた。
(さすがに甘くないかな……あの城にいる人たちはかなり強いのに。エリシア様が指揮すれば……いや、でも、確かに時間が経ったらあの人たちバラバラで、従わないかもしれない……)
この一月ほど、モントの城で暮らして見て強さも実感していた。ただ、それと同時にルナがいるように元山賊の集まりだということも身を持ってよく理解していた。
(ヨム家……とも繫がっているという口ぶりだったし……。今が好機……か。本当の本当に実行しそう……)
うまくいくか。どうなるかはともかく、色々企みはしていても実際に行動にはでないのではないだろうかとランはたかをくくっていただけに、先程の話は意外だった。キト家が他の家とも連携をとっているなんてついさっきまでは、とても想像できないことだった。
ランからすれば、タモンが別荘に監禁されて、種馬のごとくキト家の女性たちに搾り取られるのはどうでもいい。
(ただ、マジョリー様はどうだろう……)
遠くにはいけないかもしれないけれど、綺麗な別荘で何の心配もなく過ごせる方が幸せと思うだろうか。それとも、あの田舎の城で、苦労しながらもエトラ家のお嬢様と張り合ったりしつつも、タモンと自由に過ごせる方がいいだろうか。
「分からない……」
どこかで、マジョリー様とは話しあわなくてはと思う。ただ、まだキト家の計画のことを詳しく伝えるわけにもいかない。
(私が計画を漏らしたことばれたら、捕らえられてどこかに拘束されてしまうでしょう……)
悩んでいるうちに、キト家の屋敷にある主人の部屋までたどり着いてしまった。軽く息を吐いて気合いをいれながら、扉を開けて中へと入る。扉自体は、普通の部屋にある扉なのだけれど、中はかなり広かった。奥には天蓋からピンク色のカーテンがぶら下がっている大きなベッドがあり、モントの城にある後宮とよく似ていた。ただ、あくまでも広い子供部屋だった。可愛らしい人形がまだ隅っこには並べられていたりするのを見つけてランは笑顔になる。
「お嬢様。戻りました」
ランからすれば、ルナやメイとともに十年以上、マジョリーお嬢様の面倒を見た部屋だった。まだ一月も経っていないけれど、懐かしい日々を思い出しては、マジョリーの姿を見つめた。
「おかえりなさい。ラン。ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけれど」
「え?」
ランは自分の目を疑った。主人の服装が今まで見たこともないような軽装だったからだ。
港町の娘でもなかなかいないようなショートパンツにシャツを着ただけの格好で、髪は後ろで乱暴に縛っているだけだった。
「な、何をしようとしているんですか?」
「ちょっと旦那様と抜け出して夜の街に行こうかと思って」
ウィンクをしながら、そんなことを言う主人の笑顔に、ランは思わず可愛かった子どもの頃に遊んでいた時のことを思い出していた。
「いやいや。え?」
そんな思い出に浸っている場合ではない。この深刻な事態が分かっていない主人を何とか止めなくてはとランは詰め寄った。
「デートに行ってくるから、ランにはこの部屋でロラン様と一緒に私たちのふりをしておいて欲しいの」
「ええ!?」
全く聞き耳を持たない自分の主人にランは軽くめまいを感じて、天井を見上げるしかなかった。




