侍女ランの役得
「お館様。少なくとも私は護衛についていった方がいいのではないでしょうか?」
ロランはその引き締まった体を少し縮ませて、心配そうというよりは、とても困りきった顔でタモン夫婦に至極当然な提案をする。
「話を聞くとすぐ近くみたいだし、用事が終わったらすぐ戻ってくるよ。四人とかで移動する方が目立ちすぎるかな」
タモンなりに考えた末で夫婦二人で行った方がいいという結論になったのだろうと、ロランは察して理解はした……けれどやはり不安は拭えなかった。
「大丈夫。僕だって弱くはないし」
「え?」
ロランはつい本気でびっくりして、タモンに不機嫌そうな視線で睨まれてしまった。
「確かに弱くはないかもしれませんが……」
ロランには、もし衛兵に囲まれたりした時に何とかできるとも思えなかった。大きな体でどう説得したものか、うろうろしてしまう。
「そうです。旦那様は強いですから、大丈夫ですよ」
マジョリーがそう言うと侍女のランとしてはいっそう渋い顔になってしまう。
(お嬢様の方は、絶対に、二人で抜け出すのが楽しそうというだけですよね……)
「そう。ミハトたちが強すぎなだけ」
珍しくまだ不機嫌そうな主人に真面目なロランは何も言えずに戸惑うしかなかった。
「まあ、多分、向こうに行きさえすれば帰りは安全だと思うよ」
タモンは不意に真面目な表情に戻って、ロランの不安を解消しようとする。何なのかは教えてくれないが、それなりに根拠があっての行動なのだということは伝わってきた。
「そう言われるのでしたら、私としては従うしかありません」
ロランのいかにも忠義な騎士という態度に、ランとしては自分だけが文句を言う雰囲気ではなくなってしまった。
(主人が悪いことしたら、怒鳴ってでも止めるのが普通だと思ってました……でも、お嬢様ももう子どもではありませんし……)
そうは思いながらも、やっぱり目の前のマジョリーは子どもの時以上にいたずらを楽しんでいるようににしか見えなくて、頭が痛くなってしまう。
ただ、タモンは色々考えた上で、マジョリーお嬢様を連れていきたい理由があるのだろうということは察せられたので、ランは何もないことを祈るだけで大人しくするつもりだった。
「でも、そうだね。入れ替わった方が安全かもしれない」
タモンは、頭半分くらい背が高いロランを見上げたあと、ランの姿も上から下までじっくりと眺めて考えこんでいた。
「よし。脱いで」
ロランは、タモンの言葉に一瞬で赤くなりつつ驚いていた。ただ、『主命』と言われれば、従うしかないと覚悟を決めてシャツのボタンに手をかける。まるでお城のように豪華で広くはあるけれどあくまでも家の中なので、軽装の防具などもつけておらずキト家から与えられたシンプルなシャツとブリーチズといった服装だった。
(こんな可愛らしいロラン様の表情は、貴重なのでは……)
ランは横目で、大きな手でシャツのボタンを外していくロランをどきどきしながら眺めていた。完全に意識がそちらに集中していて、目の前に自分の主人が近づいていることさえ気がつけなかった。
「ラン。何をしているの? あなたもそのメイド服を脱ぐのよ」
「え?」
ランからすれば、子どもの頃からずっと側にいたけれどこんなに楽しそうなマジョリーお嬢様の笑顔は見たことがないと思った。自分に向けられた邪悪な要求がなければどんなに嬉しい日だろうと思いながら、渋々服を脱ぎ始めた。
「それじゃ、行ってくるわね」
メイド服姿になったマジョリーは、ランに向かって明るい笑顔でそう言いながら手を振った。ランはというと、主人の高そうな服を身につけるのは気が引けたので、下着姿の上に寝間着用のガウンを羽織っていた。
「ごめんね。ロラン。すぐ戻るから」
タモンの方も、ロランが着ていたシャツ姿に着替えていた。高貴なお客には確かに見えないだろうけれど、タモンの方がやや小柄なのでシャツがだぶついている姿などはちょっと可愛らしくて、強そうな武官という感じにも見えなかった。
「正面から出ていって大丈夫でしょうか……?」
ロランは心配そうにドアから出ていった二人を見送った。
ロランの方は大人しくタモンの身代わりになっていた。今回のタモンの服装は、キト家にあわせた洋装だった。キト家の領主みたいに派手な装飾などは付けていないけれど、しっかりした作りで上品に感じさせるマルサ渾身の作だった。
「王子様みたいですね……」
ランは思わず声に出してしまった。タモンよりもずっと似合っている気がして見とれてしまう。
「え?」
「い、いえ。なんでもありません。そ、そうお嬢様は昔からこの屋敷の抜け道を色々知っていますから。大丈夫だと思います」
ランは大慌てで両手を振って、そんな説明をする。ロランはその説明に納得したけれど、ランがどうしてそんなに大慌てなのかはさっぱり分かっておらず戸惑った顔で見つめていた。
「そうですか。それなら、大丈夫そうですね。大人しく替え玉になって帰りを待ちましょう」
ロランはそうは言いながらも心配そうに爪をかんで、ベッドへと歩いていく。ベッドには天井からカーテンが降りているので、部屋の中を覗かれても顔までははっきりとは見えない。ドアからの視線を確認しながら、ロランはベッドに腰をおろしてただ座っていた。
ランもロランの意図は分かったので、カーテンをめくりベッドでロランの隣に腰掛けた。
(あれ? これはまるで恋人みたいですね……)
静かな部屋の中、ベッドの上で格好良い武官と並んで座ってしまったランはそんなことを考えてしまい慌てて首を振った。『そんな妄想をするなんて、恥ずかしい。少女じゃないんですから』と自分に言い聞かせつつ、ロランの様子を窺った。その瞬間、はっきりと視線があってしまい、お互いに慌ててしまう。
(ロラン様も照れてくれているのは、ちょっと嬉しいような。申し訳ないような……)
ランは、そんなことを思いながら、ちょっと顔がにやけてしまっている。
「お互い大変ですね。自由な主人を持つと」
一呼吸して冷静になるとランは、静かにロランに話しかけた。
「でも、お館様は全くの思いつきに見えても、実際は熟慮した上での行動だったりするのですよ。今回のもきっと何か深い理由があるのだと思います」
「なるほど……うちのお嬢様とは違いますね」
ランとしては、真剣にタモンに対する部下たちの信頼の高さに感嘆していた。その上での素直な言葉だったのだけれど、ロランはその発言にどうリアクションしていいのか分からず引きつった笑いを浮かべているようだった。
「大丈夫ですよ。私たち侍女はみんなマジョリーお嬢様のことが好きですよ。好きなんですけれど、時々お説教したくなります」
ランの笑顔に、つられるようにロランもやっと微笑んでくれた。
ランはちょっと安心した。それに、前から、色々話ができればと思っていたのだ。今以上の好機はないと頑張って話を続けようとする。
「そう言えば、ロラン様はヨム家の出身なんですよね」
「そうですね。三代前くらいから、ヨム家に仕えてきた武官なのですが……。私が家を継ぐにはふさわしくないということになり追い出されてしまいました」
「ロラン様のような優秀な人を追い出すなんて、考えられないです。何かヨム家に事情があったのでしょうか」
(さっきの領主夫妻の話を聞いたあとだと、まるでヨム家の事情を内偵しているみたいですね)
聞いたあとでそんな後ろめたい気持ちにもなってしまったけれど、ランからすれば本当にロランのことは優秀な武官だと思っているので不思議に思っているのは本心だった。
「まあ……そうですね」
ロランは珍しく歯切れの悪い。ランから見た横顔も悲しそうだったので、やっぱり余計なことを聞いてしまったという気持ちになってしまった。
「そう……なのですが、大殿は『タモン殿についていってあげなさい』と言ってくださいました。今はとてもいい主君に仕えられてヨム家にも感謝しています」
笑顔になって、そう前向きな言葉を並べるロランに、優しくうなずきながらもあまり理解できていないランではあった。
(『大殿』ってどなたでしょう。それに……あの田舎のボロい城で仕えていて満足なのでしょうか)
武官の人の考えることはよく分からない。大きく伝統のある家でそれなりの階級の家だったら、そっちの方が絶対にいいのにとランのような平民の侍女は思ってしまう。
コンコン。
広い部屋の中で、遠く離れたドアを叩く音がして、ランとロランはびくりとしながらベッドの毛布の中へと潜り込んだ。
「お嬢様。お休みのところ申し訳ありません」
キト家の侍女の声が廊下から聞こえてくる。
「城から使いの者が参っております。お嬢様? いらっしゃいます?」
「多分、メイからの連絡ですね。何かあったのかもしれませんが、急ぎ呼び出されることではないと思います」
「では、なんとかこの場をやり過ごしましょう」
ランとロランは小声で毛布の中で重なってお互いの耳元で囁きあう。
カチャッと部屋の様子を窺うように、侍女がわずかにドアを開けた音がした。姿を見ることはできなかったけれど中に足を踏み入れたのだろうか、ちょっと無作法な侍女に教育がなっていないとランは怒りを覚えた。
「ラン殿。すいません。声をあげてください」
(声? え? 何?)
ロランはそれだけを言うと、寝ているランの上に覆いかぶさった。
(んー!)
鼻と鼻がぶつかる近さで、上から見下ろすロランはちょっと困ったような顔をしたあとで、申し訳なさそうに片手だけで体を支えてもう片方の手をランの胸を撫でるように這わせてきた。
「え? あっ」
(ああ、声ってそういう声ですね……)
思わず声が出てしまってから、やっとロランのやりたいことを理解する。夫婦の情事中の演技をすれば、さすがに近寄ってきたりはしないだろうということだった。
「あ、ああ、気持ちいいです。旦那様。も、もっと」
意を決して、そんな声を出してみたはいいけれど恥ずかしすぎて真っ赤になってしまった。どちらかと言えば、演技が下手すぎる自分について恥ずかしいという思いの方が強くて死にたい気分だった。
ロランに顔を見られたくなくて、ちょっと顔を斜めに傾ける。もう片方の腕にすり寄るような姿勢のままなんとかもう一度、恥ずかしい演技をしようと頑張っていた。
(ロラン様の腕ってさすが、すごい固いです。でも、乗っかっている胸は柔らかいですね。私より豊満なのでは……)
そんなことを考えている間に、ランの胸を包み込んでいたロランの手は下腹部へといつの間にか移動してランの敏感な部分を撫ででいた。
「あっ、ひゃん」
指先で強く押されると、謎の声が出てしまい恥ずかしさはもう極限を迎えていた。
(も、もう、どうにでもして……)
荒い息のままロランに抱きついた。ただ、その瞬間には『お、お邪魔いたしました。また後で』と侍女が小声でそう言った声が聞こえた。そっと、侍女は部屋から出ていってドアを閉めていた。
「あ、え、ええと。すいません。そういった経験がないものでして、演技ができなくて……」
侍女は勢いでロランの首に回した手をほどきながら、なんとか冷静さを取り戻そうとする。
「こちらこそすいません。で、でも、最後の声は可愛らしかったですよ」
糞真面目な武官は、上からおおかぶさったままで、脚を撫でていた手をどかしたりすることも考えずに、まずはなんとかフォローしようと至近距離で微笑みながらそんな言葉をかけた。
「あ、あれ? ら、ラン殿? どうしました? 大丈夫ですか?」
「も、もうだめ」
こういったことに免疫の少ないランは、完全に頭がショートして何もできなくなってそのまま寝込んでしまった。




