選ばれし勇者の独白
俺は、何者なんだろうか。それが俺の命題だ。
選ばれし勇者という点で人類の希望で、魔王の家族という点で人類の敵。この背反する肩書を持つのが俺だ。
しかし、俺は人間大陸で過ごしたことで「いままでの俺」に自信が持てなくなった。
何が嘘で、何が本当で、俺を築き上げてきた過去が全て虚構かもしれないという意識が芽生えている。
本来あるべき情景────────人間の家で人間の家族と住み、人間の食べ物を食べ、時々人間の友達と一緒に人間らしく遊んだり話し合ったりするという日常。
その風景の中にいる自分こそが本当の自分で、これまでヒルダ達と過ごしてきたの自分は偽りの姿なんじゃないか? そんな疑念が生まれているのだ。
キリやサリア、帽子男と過ごしている時は、正直俺は気を使っている。ヒルダ達たちと話す時ほどの軽さで話すことはないし、会話にユーモアや砕けたジョークをはさむこともない。素の自分ではないと断言できる。
……だが、俺はこうも思ってしまうのだ。この人間大陸での俺が「本当ならこうあるべきであった俺」なんだと。
先代に攫われることなく、人間の常識で育った俺なんだと。
ヒルダ達には悪いが魔族大陸の自分が偽物のように感じてしまう。
勇者としての俺……それが気を使う俺。
今の俺は生まれて一番勇者らしいグレイなのかもしれない。
ある意味、素の俺が今の俺。
────ならばこそ、俺は……グレイは、どのように生きていくのが正しいのだろうか。
俺は俺、それは変わらない。だけど、出来るだけ俺にとっての最善な俺でありたいとは思う。
「……バカげてるよな、この歳になって二十年間貫き続けてきた信念が揺らいでいるなんて。本当に情けない話だ」
混沌とした心をゆっくりと自分の言葉で整理していく。
勿論、全てを言い表しているわけではない。本当はもっと複雑で、ぐちゃぐちゃで、俺が先延ばしにしてきた年月相応の絡まり方をしている。自分でもよく分からない。
「……」
そんな俺の懺悔にも似た独白を、モンゴリアンはベンチに座り黙って聞いていた。
怒るわけでもなく、同情するでもなく、淡々と。
「……なぁ、グレイ君」
長い沈黙の後、モンゴリアンが口を開いた。
その声色は普段より低く重いものである。
「君はどうしたいんだ?」
「だから言ってるだろ。自分でもよく分からないって。……でもまあ、今のままでいいとは思ってないな。何らかの形で決着をつけたいとは思っている」
「そうか……。……私は君ではない。私には計り知れない事情を君は持っているのだろう」
モンゴリアンは俯いたまま静かに言った。
「以前、私が別の世界から来たと言ったと言っただろう」
「ああ、ヒョロガリとかいう魔王がいたらしい世界だろ? うさん臭い話だ」
「そうだ、その世界だ。……私は、その魔王を倒すために体を鍛え、筋肉のすばらしさを世界に伝え、最終的に世界を救う筋肉を手に入れた。本来、私の筋トレの意味と言えば……それだけだった」
「……」
「しかし、私は気づけば魔王を倒した後も筋トレを続けていた。目的のための手段としていたはずの筋トレが、私の人生の目的となっていた。勇者としてではなく、モンゴリアンとして体を鍛えている……形は違えど、それはまさに君の選択肢の一つと言えるのではないか?」
顔を上げたモンゴリアンの顔は、どこか清々しいものだった。
ごめん、全然意味がわかんない。何が言いたいんだモンゴリアン。
しかし、俺の思いとは裏腹にモンゴリアンは続ける。
「私は思うのだ。君が魔王と一緒にいたのは私の筋トレと同じ理由、『それが当然だったから』だ。私の人生に筋トレがあったように、君の人生には魔王がいた。それは疑いようのない事実であり君の中の常識だ」
「……」
「別に私のすべてが君に当てはまりうるとは微塵も思っていない。どっちの決断が最善かも分かりかねる。……だが、君は『当然』をどうとらえる。当然とは周りに依存するのか? それとも自分に依存するのか? どう思う」
────────そんなの、分からねぇよ。
俺は頭が悪いから哲学的なことは考えられない。むしろ、この問いに答えられるなら、ベンチに座って悩んではいない。
俺は、俺自身の人生とは何なのか? ヒルダとの暮らしが俺の当たり前。そして、人間の生活も俺にとっては当たり前なはずである。
ならば、どちらを優先するべきなのだろうか。
「……分からない」
俺は正直に答えることにした。
それに対し、モンゴリアンは
「そうか……難しい問題だったな。意地悪な質問をしてすまない。……では唐突だが、私が一つ話をしよう。私の過去の体験談だ。その話を聞いたあとにグレイ君がどう思ったかを素直に教えてくれ」
「……ああ」
俺は短く返事をし、モンゴリアンの話を聞くことにした。
返事というよりは自暴自棄。投げやりに近い。
荒れた心で、モンゴリアンの話に耳を傾ける。
「前の世界の話なんだが……、私は一つのバーベルを持っていた。2.5キロという今の私が持つにはあまりにも小さなバーベルだ。だが、私が買った初めてのバーベルの一つがその2.5キロのバーベルだった」
モンゴリアンは懐かしむような表情を見せた
「最初、私はそのバーベルを『重い』と感じた。だから、私はその2.5キロの重りを毎日上げ続けた。来る日も来る日も────その重量を苦しく感じなくなるまで。時には他のバーベルと併用し、体が鍛えあがるたびにどんどんウェイトを重くしていった。……そしてある日、私は自分が2.5キロのバーベルを使っていなくなっていることに気づいた。ずっと自宅の定位置に収まっているのだ」
俺は黙って聞いた。
何も言わず、ただ、じっと。時々相槌をうちながら。
「私はその時『2.5キロのバーベルは自分の体の一部となったのだ』と感じた。このバーベルは常に我が筋肉と共にある。正真正銘、己の糧になったのだ、と」
「……へぇ」
「だが、ここで一つの問題が生じた。いらない物は捨てなければならない。もう使わないものを自宅に置くほど私は寛容ではない。プロテインの袋や鶏肉の皮と2.5キロのバーベルは同じ物だ」
モンゴリアンはそこで一旦言葉を切った。
そして、俺に問いかける。
「これを君ならどうする。もう使わないと分かりきっているものを、君はいつまでも自宅において置くか?」
「……」
俺は、何も考えずに、直感で答える。
「俺なら……捨てない」
「なぜ?」
「確かに……そのバーベルはもう使わないのかもしれない。……けれど、そのバーベルがあることで俺は頑張ったと自覚することができる。常に自分の体と共にあると分かっていても、実物があるのとないのでは雲泥の差だ。実用性の問題じゃない、築き上げてきた思い出にバーベルに価値がまだ残されていると思う」
「……ふっ、そうか」
モンゴリアンは小さく笑みを浮かべた。
「私も同意見だ。結局、私はそのバーベルを捨てることができなかった。このバーベルを手放した瞬間、私の筋トレのなにかが変わってしまうと思ってな。……さて、グレイ君。私には今の答えが君の悩みの解決になると思えてしょうがないのだが……どうだ?」
「えっ……あっ」
俺は、モンゴリアンの言葉を何度も反芻させ、ようやく気づいた。
そう、俺はきっとバーベルを捨てない。使わないと分かっていても、自分と共にあると分かっていても。
それは、ヒルダ達との思い出にも当てはまることだ。
実の家族と過ごせるしても、俺はやっぱりヒルダ達を捨てない。
さっきの答えこそ……勇者だとか魔王の護衛とかを考えない、本当の意味での素の俺だ。
「あぁー」
俺は大きく息を吐いた。
「……ありがとう、モンゴリアン。なんか吹っ切れた気がするわ」
「礼には及ばない。私は君に判断を促しただけのこと、決めたのは君自身だ」
「そうだな……」
これは、俺にとって必要なことだったんだろう。
モンゴリアンは俺のことを考えて、あえてこの質問をしてくれたのだと感じている。
「……わかった、決着をつけてくる。もう、迷わない」
「ああ、うまくやるがいい。脊柱起立筋のようにまっすぐな」
「……やっぱわからねぇよ、その例え」
苦笑いを浮かべ、ベンチを立ち上がる。
────────その時だった。
「ところでグレイ君、あの黒い流星はなんなのだ? どうやら城に向かっているようだが」
「えっ……?」
俺は振り向きざまに空を見上げる。
そこには、ものすごいスピードで一直線に突っ込んでくる黒点が見えた。
そして、次の瞬間には……ドォオオオン!!!! という轟音が町に響き、城の一部が崩れる。
「なっ……!」
正体不明の存在に城が襲われる瞬間を目の当たりにした人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。
(おいおい、まさか……)
俺は嫌な予感を覚えた。
不安が、心当たりが、心の中で次々に生まれる。
「お兄様ッ!」
「ちょっとあんた! 何をボケッとしているのですか! こういう時こそあなたの力を使う時でしょうが!」
キリとサリアが息切れをしながら走ってきた。二人もこの事態が異常だと気付いている様子だ。
「……行け。国の人たちは私と弟子たちが何とかしよう」
「すまねぇモンゴリアン! ちょっと行ってくる!!」
俺はキリとサリアの首元をすれ違いざまに掴み走り出す。
向かう先は……城の中。
俺の予想通りなら、そこにあいつがいるはずだ……。




