MOFUTI-6 ~Red of purpose~
月明りが照らす暗い下水路の空き地にて、私は肩で息をしながら中央の木へとたどり着く。
「ぜぇ……ぜぇ……なんとか……帰ってこれた……」
「……ずいぶんと苦労したようだな。詳しくは聞かないでおこう」
「ああ、助かる……あれは……思い出したくない」
モフちぃの心遣いに涙が出る。私の本来の居場所はこのじめじめとした下水路かも知れない。
アニマの手によってマグマに落とされた後、私は必死で炎分身を習得した。
いいかい? いくら私が火耐性が高くてマグマの中でも生きられるからって全然嫌じゃないというわけじゃないんだよ? 服は燃えて全裸の状態でマグマ遊泳なんて罰ゲームだからね?
おかげで炎ドレスとかいう誰得技術を獲得したけど本当に使い道がない。城に服をとりに来た時、相棒に「……何やってんの?」と白い目で見られたのは本当に堪えた。
違うんだ相棒、全てはアニマが悪いんだ。
「まぁ、強くはなれたんだけどね……」
「そうか、それはよかった。こちらも動きがあったぞ」
どうやらミルクちゃんが気に入ったらしいモフちぃは、綿が詰まった腕を組む。
私が情報集めやマグマに突き落とされている間、モフちぃには勇者の集落の情報集めをやってもらっていた。
ぬいぐるみボディは意外と偵察に向いているのだ。
……野道をハムスタースタイルで走ったせいでだいぶホラーな容姿になっているが。絶対にミルダに怒られる。
「それで、襲撃はいつ行われるか分かったの?」
「ああ、分かったぞ。時間は二日後の夜。いわゆる夜襲だ。勇者も卑劣なことをするものよ、ご主人様は常に昼に勇者を迎え撃っているというのに」
「それとこれは少し違うんじゃないかな……」
魔王の場合は早起きが苦手だからね……。最近はお母さんに言われたおかげで八時に起きるように心がけているようだけど。
「それにしても二日後……か。早いね。私たちが準備に手こずっているのもあるけど、ギリギリという感じかな。……今からでも遅くないからさ、魔王や相棒にこのことを話してみない?」
「いや、心労をかけるわけにはいかぬ。ここは我らだけで迎撃する。それが身が朽ちた我にできる唯一の恩返しなのだ」
「そっかぁ……。私はあんまり勇者を相手したくないんだけどなぁ……。でも、魔王に情も沸いてしまったから見捨てるわけにはいかないし……」
花の絨毯に座りながら、私は自分のこれまでを考える。
私は、神龍だ。それは変わりないし、私の意思で変えることもできない。
私の正体は聖獣だ。いずれ、魔王と敵対しないといけなかった存在。
……でも、私はこの暮らしに満足してしまっている。
相棒と笑って、魔王と同じ食卓でご飯を食べて、ミルダの世話を焼いたり、魔王城の人のお世話になったり。
百年前に選ばれ、その時に思い描いた夢とは全く違う人生を歩んでいる。
本当のことを言えば、それは罪なのだろう。聖獣失格だ。
……私は一体、どうすればいいんだろうね。
「……レヴィよ。貴様に問いたいことがある」
「なに?」
私が感傷的になっていると、モフちぃが私の前にポテリと座る。
「生きるとは何か?」
「……はい?」
「我は……生きていると言えるか?」
「いや、死んでいるでしょ。アンデッドなんだから」
唐突に言われた質問に、私は吹き出し答える。
死んで、なおも現世にとどまっているのだからアンデッド。むしろ死なないとアンデッドにはなれない。この世界の常識だ。
しかし、モフちぃは真剣なパッチワークの目を向けて言葉を続けた。
「生きている者からしたらそう思うのだろう。……だが、我は死ぬときに『生きたい』と願った。故に現世に留まれた。……死してもなお、生きることが許されたのだ。それはもう生きていると言っても差し支えないのでは?」
「なんか、哲学的だね。そう思うとモフちぃが生きているような気がしてきたよ」
「……そういうことだ。レヴィよ」
「ん?」
私が首をかしげると、モフちぃはぬいぐるみから発せられているとは思えない渋い声で
「全ては見方によって変わる。他人から何を言われようがそれは見方の一つに過ぎない。……そして、その見方は他の見方を否定する理由にはならない。レヴィにはレヴィの、我には我の見方がある。ただそれだけという話だ。……だからレヴィよ。貴様は自分の都合のいい見方をすればよい。ひょっとすれば他人が貴様の見方を否定しようとしてくるかもしれない。その時は『そういう見方もある』という程度に留めておけ。いつぞやの魔女に言われただろう。戦場では自身を信じられない奴から死んでいくと。己は正しいと、自分を信じろ」
「……」
モフちぃから心を見透かされたようなことを言われ、私は押し黙った。
確か、同じようなことを前に言われたような気がする……そうだ。相棒と出会った日のことだ。
『大事なのは今だ。使命や未来なんてどうでもいい』
ふと、その時の情景が想起する
あの時の相棒の目は『自分が正しい』と確信した目だった。
私よりもずっと重い使命を背負っているはずなのに、それにすら抗おうとする相棒の強い目。
一体どんな人生を歩んだらそんな目ができるんだろうかと不思議に思ったのを鮮明に覚えている。
……道理で強いわけだ。もしかしたら『選ばれし勇者』として真っ当に生きた世界線の相棒よりも強いのかもしれない。
それなら────その勇者の相棒として、私も強くあるべきだ。
大事なのは今。私は神龍であると同時にレヴィという個人。
だから、レヴィとしての見方で行動しても罰は当たらないんじゃないだろうか。
「モフちぃ。ありがとう。憑き物が落ちたよ」
「ふむ、それは何よりだ。レヴィが勇者を殺すことをためらっているのは分かっている。我もそれを強要するつもりはない。……ただ、最善の行動を尽くせ。貴様は貴様が思っている以上に何でもできるのだぞ」
「うん」
私は立ち上がり、月明りを見上げる。
帰ろう。相棒も私を待っているはずだ。
「じゃあね。明日またここに来るよ」
「了解した。我は引き続き勇者の骨に罠を張らせておく。アンデッドに睡眠は必要ないのでな」
短く別れの言葉を交わし、私は相棒の元へと城に戻る。
月明りにが綺麗に輝く中、私は自分自身に誓う。
「相棒、私はこの生活が好きだ。それに相棒は私が神域にいた時、気づいていたはずなのに決して自分が私を残して外に出るという選択肢を出さなかった。それも、嬉しかった。……だから、私は相棒たちを守りたい。幸せでいるために」
絶対に成功させる。それが私の決意だ。
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