雪山のふもとにて
しんしんと降り積もる雪の中、俺たちは豪雪山羊の馬車ならぬ山羊車にのって雪男達の集落へと向かっていた。
この辺りは魔王大陸の中でも特に開拓が進んでいない秘境である。危険も多い。
しかし、温泉やここでしか味わえない食材もあるので俺は好きだ。
「はるばる来てくださってありがとだ。最近は海の方で不思議なことが二つも起ってだからオラたちも心配してただ。でも杞憂に終わってうれしいべ」
「あ、ああ……」
山羊車の御者をしているブリザドが客席にいる俺たちに振り向いて言う。
ま、まぁ……理由が理由だしな。一つは解決したけどもう一つの理由が最悪の形になるのが目に見えている。
今のうちにヒルダのご冥福を祈っておこう。
ヒルダよ、永遠なれ。
俺とミルダとレヴィがそっと目を伏せて手を合わせ、それをカーラが不思議そうに見る中、山羊車は雪の中をかき分けて進む。
「ねぇ勇者さん。もうそろそろこの地域に何があるのかを教えてくれてもいいんじゃないかしら?」
「ああ、詳しくは言えないが、ざっくりとしたことは言っておこう。多分向こうの大陸にいたら即刻大惨事になる魔物と戦うことになる。覚悟を決めろよ」
「それはどんな魔物かしら?」
「……言えない。というか口に出すことすら禁忌視にされているくらいなんだよ」
「へぇ」
アイツは本気の化け物だ。初代魔王が滅ぼせなかった理由も納得の強さ。
現在は禁足地に封印されているが、それでも年一で復活するのである。
「ははぁ、なかなか面白そうじゃない。初代魔王といえば初代勇者に打ち倒された最初にして最凶の魔王でしょ? 初代魔王が滅ぼせない化け物は興味があるわ。……そういえば、今の魔王やそこの妹もその初代魔王の血筋なのよね。伝説の血筋が目の前にいるなんて、意外と私は幸運なのかも」
「まぁ、ミルダ達はそんなことはあんまり気にしたことはありませんけどね。祖先がすごい人だの血筋がなんだの言うのは人間の悪い癖です」
「フフッ、人間の貴族たちに突き付けてあげたい言葉ね」
「でも、そこから婚約破棄や追放モノの創作物が生まれるのはミルダにとってはメシウマです。不遇からのざまぁはキュンキュンしますから。ぜひとも人間には人間らしく醜く泥沼な争いを繰り広げていてほしいですね」
「……」
ミルダが無邪気に笑う。
おい、最後の一言はすごい余計だっただろ。三秒前はまともだったのに。
「グレイ、もうすぐ集落だべ。ゆっくりしていってべな」
「おう。ありがとな」
「あ、そういやこの前霞イチゴが豊作だったんだべ。食べるべか?」
「マジすか。ありがとうございますブリザド様」
っしゃオラァ! これでシルフィーナにマウントがとれる!
選ばれし勇者たる俺があの残念吸血姫ごときに負けるわけにはいかねぇんだよ!
「すっごい器が小さい。そういうなら前にケーキ屋に行ったときに相棒もケーキを食べればよかったじゃないか」
「アホか。現地で食べたほうが新鮮でうまいに決まってるだろ。それにお前は知らないだろうが、霞イチゴが高級食材と言われる理由はその輸送の難しさだ。少し傷がつくだけで霞になって消える。でもここでは値段は高いが目が飛び出るほどではないぞ」
「そうなんだ」
あの噛んだ瞬間にプチッとした歯ごたえと共に芳醇な甘みを纏った霞と果汁が口いっぱいに広がるのがたまらないのだ。
七歳の時の記憶だが、今でも残っているから相当なものである。
────と、山羊車の揺れが止まった、どうやら集落についたらしい。
「よいしょっと」
膝下まで積もった雪を潰して下りた先には木で作られた屋根の急な家が中央の道を挟んで並んでいる。
家と家の間は広くとられており、俺の背丈ほどもあろうかという雪の山が形成されていた。城下町ではみれない光景である。
そこから、雪の上をすべるように駆けてくる白い少女が一人。
「あっ! グレイさんだべ! 出迎えに遅れてしまって申し訳ないだ。こんなに早く来るとは思わなくで」
「おう、フラッペ。久しぶりだな」
俺が手を振ると、ブリザドの幼馴染で雪女のフラッペが頭を下げる。
フラッペはしっかり者の性格で、この集落の宣伝部長みたいなことをやっている。俺たちがここに来るときはいつもこうして出迎えに来るのが恒例なのだ。
俺の返事に、フラッペは赤い頬をゆるませてにこっと笑うと────すぐさまブリザドを見て目を鋭くする。
「……ブリザド、まさかお客さん達に失礼なこどはしてないだろうべな?」
「いくらオラでもしでないべよ」
「どうだがな。ブリザドは昔っから抜けてるところがあるべ。いぐらグレイさん達が優しいどはいえあんまり粗相をするものでは無いべ」
「なんで何もしでないのにオラが怒られなければ……」
「怒ってなんかいないべ。いづもの忠告だべ。……ささ、体も冷えだでしょう。ここの温泉にでもづかっでゆっくり旅の疲れを癒しでいっでください。夕食はすぐにうぢの腕自慢どもに作らせますから楽しみにしででな」
「わーい! フラッペ、いつものお汁粉も用意しててくださいね!」
「承りましただ」
フラッペが言葉を言い終わるやいなや、ミルダがレヴィに荷物をぶつけて集落へと走る。
雪にきれいなレヴィの魚拓ならぬ竜拓がとられた。
「うう……どうして私だけこんな目に……」
「まぁ、ミルダもそれだけ子供ってことだ。さっさと体を起こしてお前も温泉に行け。多分温泉に入るのは初めてだろ」
「ふふん、それがそうでもないんだなー相棒。実はあの私がいた聖域には温泉が湧いていたんだよ。それもとびきり効能のあるやつがね。だから温泉には一家言あるんだ」
「そうか、それならあの聖域にまた行って温泉水を根こそぎ回収すればいい金になるかもな」
「それはやめてよ相棒……、私が百年間温泉に毎日つかり続けたから私の残り汁みたいになってそう……」
「やめてよ、絶対」と念を押して、レヴィもミルダの後を追って集落へと歩く。
ミルダの荷物も持っている分おもそうだったが、それでも足どりは軽かった。
「……お前はいかないのか?」
俺がその場で動かず薄ら笑みを浮かべているカーラに話しかけると、カーラは
「あら、勇者さんはお優しいのね。もちろん私も行くわよ。人間大陸でも温泉は貴重なものだったから」
「へぇ。人間大陸でも温泉は大切なモノなんだな」
「ええ、温泉はいいものよ。効能による湯治もさることながら、潤沢な魔力を含んだ龍脈から湧き上がる鉱水はいい魔力媒体になるの。特に魔王大陸には人間大陸では採れないような希少な鉱石があるし、きっといい素材になるはずよ。楽しみだわ」
「お、おう……」
どこかずれた視点でコメントしたカーラは雪に足をとられないように横にした杖に腰かけて浮かぶ。
「じゃあ私も先に温泉に行ってくるわ。勇者さんは色々やることがあるだろうし、ここで一旦解散ね」
「そうだな……くどいように言うが、怪しい真似はするなよ」
「分かってるわよ」
カーラはまたクスクスと笑い、たまに足で雪をなぞりながら道の奥へと消えていった。
さぁて、俺も久しぶりに温泉につかりますか。
「────ふふっ、いい触媒にいい素材。研究がはかどるわね」
読んでいただきありがとうございます!
もし気に入っていただけたら下にある☆☆☆☆☆を埋めてくれると作者としては非常にテンションが上がります。
ついでに投稿モチベも上がり、作品がより良いものになるかも知れません。作者は素直な子なのです。
気が向いたらでいいです。ぜひ評価の方を




