2章-怒れるルイを想い、4人は語らう―①
(まんま、ちっちいエドじゃないか。普段、文句ばっか言ってる割には、
一番しっくりきたぞって、からかったらどんな顔すんだろ……)
「……怒りそうだから止めとくか」
元虜囚達が、取り囲むルイの変貌ぶりに、この場でただ1人、楽しげな笑みを浮かべるシュナイゼルは、好奇心を抑えるために、そう口にした。
そんな兄と、荒々しい気勢を纏い、挑発的な笑みを浮かべるルイを、交互に見ては溜息をついたセリーヌは、額に手の甲を当て、呆れ顔で口を開く。
「何を考えているかまでは、分かりかねますが……どうせ、ロクでもない事でしょうね。
さて、そんな事よりも、何をどうしたらこの様な事態に陥るのでしょね?
"お兄様にルイを頼みますね"と伝えたはずですよね? それに、こちらのお2人も……。
速やかかつ、丁寧な状況説明と釈明を」
ちらりと、セリーヌが横に視線を向けると、地に膝をつき、"なぜ、どうして"と、悲しげに呟き続け、項垂れる魔族の女性。
そんな彼女の背後で腕を組み、憤怒に顔を染め上げ、ルイを睨みつけるシュテン。
(この魔族の方は、ルイが接触したと言っていたシーラと言う方なんでしょうね。
彼女以外に、魔族の方は見当たりませんしね。まあ、彼女はともかく、
問題はこっちですね、あれほど、ルイに熱をあげていたのに……)
ルイと兄に良い友が出来たと喜んでいただけに、まだ話してもいないシーラはともかく、
このシュテンの雰囲気は、セリーヌにとっても望ましい物ではない。
些か曇ったセリーヌの表情と視線から、シュナイゼルは、シュテンをちらりと見て、小さく嘆息して頭を掻いた。
「んー……、とても一言では、語り尽くせないと言うか……」
「一言で収めろとは、言った覚えはございません 」
何をそんなに渋る必要があるのか、言い訳めいた言い方をするシュナイゼルの言葉を素気無くセリーヌは切り捨てる。
「……おっ! ほら、そうだよ! そっちのお譲さん達が、士気をあげたってのにさっ!
わざわざ、つまんない話を聞かされて士気下げるのも、悪いだろ?」
セリーヌのやや後方で、まとまっていた子女達の姿に反応し、如何にも今思いついたと言わんばかりの、言い訳を並べたてるシュナイゼル。
そんな兄をじっと見つめていたセリーヌの顔から、表情が抜け落ちた。
「……私は、お兄様と少ししっかりとお話しなければならないようです。
場合によっては、ここもルイ達のように、戦闘に発展する可能性がございます」
「いや、ねーよ。そん可能性ねーよ」
―― スリンッ
軽やかにセリーヌは、腰の剣帯から細剣を抜きシュナイゼルへ突き付けた。細剣に施された蜥蜴の赤い双眸と、細められたセリーヌの双眸が、妖しげな輝きを放つ。
「……貴女達は、向こうに離れていて下さい。あちらの雰囲気からして、こちらと同様、
間もなく、戦闘が始まることでしょう。ルイの実力の一端を知れる良い機会です。
さあ、私に構わず行きなさい。……すぐに決着をつけて、合流致します」
苦笑して両手を上げるシュナイゼルに、静かに細剣を突き付けるセリーヌの背に、
子女達は口々に、ご武運をなどと言い残してセリーヌの言葉に従いこの場を離れて行く。
2人の兄妹喧嘩も興味がないと言えば嘘になるが、より子女達の強い関心を引くのは、自分達を単独で救出に来たルイが、一体どの程度の実力なのか。
高い知性と教養を感じさせる言葉遣いと、老練さすら感じる丁寧で流麗な所作を持ち合わせた、元奴隷の小さく幼い執事。
それがどうだ。何故、この様な事態に陥っているのかは知らないが。
元虜囚達と思われる者たちに取り囲まれたルイは荒々しい暴威を放ち、かかって来いと挑発の言葉を吠え、嘲笑を口元に浮かべている。
そのあまりの変貌ぶりに声を失い、いつ爆ぜてもおかしくない。それ程までに膨らみ続ける緊張感に、息を呑んだ。
すっかり、こちらへの関心がない事を、子女達の様子から感じとったセリーヌは、細剣を腰の鞘に戻して、茶番は終わりだと言わんばかりに、シュナイゼルを睨みつける。
「何を渋っているのかは、存じませんが。茶番を続けるならお一人でやって下さい。
私も忍耐強い方だとは思っていますが、何事にも限界と言う物は在るんですよ?
なんなら今から、ルイを取り囲む者達の首でも刎ねてまわりましょうか?」
言下に、"話す気がないのなら、あの場に乱入して、ルイから直接話を聞いてくるぞ? だが、それでルイから不興を買おうものならば、その時は覚えておけよ"との最後通告だ。
同色の瞳が、本気だぞと言わんばかりに、すっと細められた。
「セリーヌ、分かった降参だ。お前たちも、どこ見てても良いから、良く聞いておけ。
お前たちには、きちんと言っておきたい事がある。聞きたい事もな」
声音こそいつもと変わらないシュナイゼルだったが、2人を見る目には、拒否する事などは許さないと強い意思がありありと窺えた。
シュテンが、それでも逡巡するように、難しい顔をしていると、セリーヌが、膝をついて呆然とするシーラの傍らに身を寄せ、優しく肩に手を触れると顔を覗き込む。
シーラは、漸くそこでセリーヌの存在に気付いたのか、慌てて頭を下げた。
「はじめまして、私はセリーヌです。貴女の事はルイから聞き及んでいます。
シーラとお呼びしたいのですが、よろしいですか?」
狼狽えつつもシーラは、頭を下げたまま首を縦に動かし肯定した。
そんなシーラに、ありがとうと告げ、セリーヌはなおも逡巡するシュテンに顔を向ける。
「何があったかは、これから聞くので当然、私には分かりませんが……。
第二王子としての言葉ではなく、ゼルとしての言葉で、
話を聞けと告げた意味を理解出来ない貴方ではないですよね、シュテン?」
セリーヌに真っ直ぐ見つめられそう問われたシュテンは、短い息を吐き出し、気まずそうに頷いて見せた。
「はい、さすがは男の子ですね。……さぁ、シーラもですよ。
こちらで私と一緒に聞きましょうね? ゼルお兄様、さあどうぞ、お聞かせ下さい」
「……ったく、頼りになる妹を持つと、兄貴は苦労知らずで助かるけどさ。
立つ瀬がないがないぜ。リーヌ睨むな……、睨むなって。ちゃんと話すからっ!」
シュテンに対しての言葉とっても、シーラへの配慮も敵わないなとセリーヌを称賛したつもりの軽口であったが、セリーヌのお気には召さなかったのか、シュナイゼルを睨む視線が、どんどん危険な気配を漂わせはじめたので、シュナイゼルは慌てて説明を始めた。
シーラ達と合流後から、今ここに至るまでの間、誰がどんな発言をし、行動を取ったか。
実際、武器を手渡すまでは、特に問題は起きなかったのだが、勝手に取捨選択すると、子細説明するように求めたセリーヌに、何を言われるか分かったものではないので、殊更意識して丁寧にシュナイゼルは、説明していった。
内容が、ルイが怒りを露わにしはじめた場面に差し掛かるとシーラが身を硬くした。
セリーヌは、そんなシーラの背を優しく摩りながら、視線だけシュテンに向ける。
先程までに比べれば、多少鎮まったようだが、その目にまだ怒りを滲ませている。
(リーヌも、2人がどうしてこんな状態なのかは察したみたいだな)
そんなセリーヌの様子を、語り部を務めながら窺っていたシュナイゼルは、その表情から2人が何を何を想い、何を分かっていないのか、セリーヌには分かったのだろう。
それを裏付けるように、セリーヌの強い視線が先程からシュナイゼルを刺し貫く。
(わかってる、わかってるっての。ちゃんと俺が話せば良いんだろ。睨むなっての)
シュナイゼルが苦笑しつつ、そう胸の内で訴えるとシュテンとシーラに一度、目を向け、セリーヌに視線を戻す。
視線の意図が正しく伝わったのか、セリーヌは満足に頷いてみせた。
「……と、まあ、んな事があって、ぷちエド状態のルイがやる気満々になった」
「その呼び名、ルイに言わない方が宜しいですよ」
「……分かってる」
「言おうと考えたは良いけど、考え直したと」
「兄の心を読むな。……なぁ、シーラ、シュテン。俺の説明で何か間違いあったか?」
ルイに視線を送り続け、説明の最中、一度も視線をシュナイゼルに向けることがなかった2人だが、話はきちんと聞いていたようで、2人は首を横に振って答えた。
「ルイが、あそこまで怒ってる理由。シーラ、シュテン、お前ら分かってるよな?」
シーラは俯き、シュテンは顔を顰める。
(かたや、嫌悪された理由をわざわざ口にすると、苦しさが増すのが嫌で口にしたくない。
かたや、口にすると鎮めた怒りが再燃しそうで、それが嫌で口にしない…って、とこか)
2人の様子から、そう推測したシュナイゼルは構わず続ける。
「これは、俺の勝手な予想だけどな。シーラはまず間違いなく、ルイが怒っている意味を、
履き違えていると思ってる。一緒に囚われていた奴らを、まとめあげられなくて、
結局、騒ぎになって、ルイの信頼に答えられなかった。
それで、ルイがシーラに対して怒ってると思ってるだろ?」
その言葉に、シーラは弾かれたように顔をあげる。その表情には違うのか? という心情がありありと浮かんでいた。
「ほら、やっぱ履き違えてたな。んで、シュテンは、どうなんだ? シーラと一緒か?
ルイは、あの馬鹿どもを、まとめあげられなかったシーラを責めていると?」
シュテンは口こそ開かないものの、首をしっかり横に振り否定する。
「……シュテン。お前と俺は、友人だと思ってんのは、俺だけなのか?」
「―― っ!」
シュナイゼルの言葉に反応を示し、振り返ったシュテンは、何かを伝えようとするも、上手く言葉に出来ないのか、それとも、言葉はあれど口にしたくないのか、ただ唇を噛みしめて、眉根を顰めてみせた。
「まあ、ダチだと思ってくれてないのは残念だけど。お前は俺とルイより年上だろ?
いつまでそんな、愚図ったガキみたいな真似、続ける気だ?」
そんなシュテンに、シュナイゼルは困ったように苦笑しつつ、軽い調子でそう問う。
口調は軽さを感じさせるものの、シュテンの瞳を射抜くような鋭い視線。
シュテンは、その強い叱責を伴う視線から、逃れるように目を逸らし頭を掻く。そして、ややあって観念したと言わんばかりに、大きな身体を曲げて頭を下げた。
「……悪かった。ゼルも兄貴も、ダチだと思ってる」
「あら、私は仲間はずれなんですか?」
「ちゃんと、リーヌもそうだと思ってるよっ! ……ガキみたいな態度とって悪かった」
セリーヌが茶化すように笑うと、シュテンは少し声を荒げて噛みつくものの、すぐにその勢いを弱め、再度謝罪を口にした。そして、小さな声でセリーヌに感謝の言葉を伝えた。
それは、セリーヌが、悪ふざけして軽口を叩いたのは、シュテンがシュナイゼルと自然に話せるように、配慮してくれたのだと気付いたからだ。
シュテンの雰囲気が、和らいだことでシュナイゼルも強めた視線を元に戻す。手間のかかるダチだなと笑って口にすると、シュテンも面目ないと力なく笑った。
「じゃあ、そろそろシーラに聞かせてやれよ。なんでルイは、シーラにキレたんだ?」
シュナイゼルが改めてそう、先ほどの質問を繰り返す。
早く答えが知りたいシーラは、シュテンに縋る様な表情で見つめる。シュテンは、どう伝えたら良いかと難しい顔をして、あーとか、うーと唸って腕を組んで頭を悩ませた。
「上手く要点をまとめたり、言葉を選んであげる必要はないですよ?
感じたまま、素直な言葉で、シュテンが口にすれば、きちんと伝わるはずです」
そうセリーヌが出した助け舟に、シュテンは、そういうもんかと首を傾げ、しばし目を閉じて、シーラに告げたい言葉を口の中でぶつぶつ唱えはじめる。
漸く、納得いく言葉が浮かんだのか、シーラをしっかりと見据え、口を開いた。
「シーラはよ、兄貴とした約束って、ちゃんと覚えてっか?」
シュテンにそう問われ、シーラは思い当たる事がないのか、首を傾げる。そんなシーラに、おいおい、しっかりしろよと嘆息してシュテンは言葉を続ける。
「しっかりしろよ、自分を大切にしてくれって、兄貴に言われたろ? 」
「約束などと言うから何かと思えば、その事ですか。ええ、当然、覚えていますよ。
ルイ様からは、"嫌いになりたくないから、自分を大切にしろ"と。
私は、"嫌われるのは寂しいので、大切にしますね"と、答えましたね。
それが、何か? それと、私が叱責される事と関係があるんですか?」
ルイの言葉と自身の回答を諳んじたシーラは、何故そのような事を聞くのだと首を傾げる。シュテンは、シーラの言葉に不快感を露わにして眉根の皺を深くした。
「シーラ、お前。それ本気で言ってんのかよ……」
そう漏らしたシュテンの言葉と、それまでの表情から、ルイの機微をそこまでは分かっている事が確認出来たシュナイゼル。
このまま任せ好き勝手言わせると、今度はシーラとシュテンが、喧嘩になりかねないと考えたシュナイゼルは、2人の間に割って入り、シーラに笑いかける。
「そうその約束をした直後、まだ舌の根が乾かないうちに、突き付けられた穂先に、
どうぞ貫いて下さいと言わんばかりに、踏み込んでった馬鹿がいてな?」
シュナイゼルの嫌味混じりの言葉に、ルイの約束を反故にする行動を取った事で、ルイを怒らせてしまったのだと、表情に理解の色を灯す。
だが、次第にその表情は険しいものへと変わっていった。
「でもそれは……あの時、皆を落ち着かせようとしたん――っ」
「そうかもな。だけど、そうじゃないんだよ、シーラ」
シーラの中では、約束の反故など些細な事。それが、あの痛烈な叱責の原因であるのは、理解は出来ても、納得は到底出来ない。
思わず声を荒げそうになったところ、シュナイゼルが言い聞かせるように言葉を遮った。
宥めるシュナイゼルの言葉すら、感情的になっているシーラは、聞く耳を持たない。
「なにが、そうじゃないと仰るんですっ! ルイ様は、状況を理解してらっしゃったはず!
約束を反故にしたと言っても、優先されるのは、ここから皆で脱出する事。
そのような些細な事で――」
「随分と勝手な物言いですね?……約束を反故にした貴方が、言うに事欠き、
些細な事と仰いましたか?」
それまで、シーラの件に関しては、全く口を挟まないでいたセリーヌが、感情的になっているシーラの前に立ち、冷ややかな口調でそう問う。
口元に嘲笑めいた笑みすら浮かべて挑発的なセリーヌの態度に、触発されたシーラもまた怒気を纏いセリーヌを睨みつけた。
そんな、シーラを、セリーヌは小馬鹿にしたように、失笑を漏らした。
「私は、ただの口約束を反故にしただけ。逼迫した状況下である事を、
理解しているはずのルイともあろうものが、そんな些細な事で、無駄に激高したと?
私に否はなどない、悪いのは狭量なルイの方だと、仰っているのですか?
貴女が正気かどうかも含めて、私は、そう訪ねているのですが?」
明確な殺意を込めた視線。
普段の温和さなど全く存在しない、ただ怜悧な視線と冷笑。
直接、中てられたシーラだけでなく、シュテンすらその気配に思わず身構える。




