表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■2章-ただ守りたいものを、守れるように-■■
137/143

2章-知らぬは鬼ばかり

「兄貴」


「……」


「なあ、兄貴ってば」


「はあ……。なに、シュテン?」


ルイが"ルイの旦那"と呼ぶのを止めろと口にした事で、

端を発した呼び名問題。


ルイの機嫌が悪いとか言ってられない程の激しい攻防があったのだが、

最終的に"兄貴"と呼び呼ばれるとの形で、決着をみた。


ルイにとっては不本意な形ではあったが、

シュテンが、鬼人種は義理堅い種族だと強く主張。


種族の特性故との主張を繰り返すシュテンに、

頑なに拒んでいたルイも、ついには折れざるを得なかった。


「んとな、兄貴が助けに来た連中って、兄貴と知りあいなんだよな?

 "大切な人たち"って言ってし、命令で見た事もない知らない奴らを、

 救うって訳じゃねえんだ。それなら、シーラんとこ優先したが良くねーの?」


(おっ?)


ルイは少し、シュテンの評価を見直した。


何か、確固たる考えや確信めいた物があっての発言ではないだろう。

直感が切っ掛けだとしても、この状況下で何を成せば良いかが見えてる。


それは即ち、シーラと共に在る女性達の不安定さを危惧していると言う事だ。


「そうだね、シュテンが心配している通り、彼女達を落ち着かせるのは大事だよ」


「あ?じゃあ、やっぱあっちに先に行ってやった方が良いって事じゃねえか」


シュテンの意見に同意した上で、なおセリーヌの檻に向かって歩くルイに、

何言ってるんだと言う思いを隠す事なく、顔を顰める。


「じゃあ、ヒント」


「あ?」


「あの檻に囚われてるのは、()()()()()()全員、貴族の子女たちなんだよね」


指を立ててルイは試すように、そう口にしてシュテンに伝えた。


すぐに答えを教えても良いのだが、シュテンがどんな答えを出すか興味があった。


「んー……それは、少し拙いな。あっちの檻にゃ、人種(ヒューマン)はいねぇ」


「その心は?」


眉間の皺を深くしてそう呟いたシュテンに、その理由を問う。

と同時に、シュテンの辿りついた答えは正しいとルイは確信を持つ。


オーカスタンの王国貴族。

その8割強は、人種(ヒューマン)であると言う事は、

少し知識がある者であれば、他国の者でも知っている常識だ。


ネグレイシア法国や、ガザリュータン帝国などに代表される、

人種(ヒューマン)以外を、ひとと括りに"()()"()()()()する、絶対人種(ヒューマン)至上主義ではないが、

実際、王国貴族の中には、人種(ヒューマン)至上主義の考えに、傾倒している者も存在する。


ルイの師の1人である、マサルは下らない主義、主張と一笑に付す一方で、

偏見や差別は根強いものだと、真剣な眼差しでルイに語り聞かせた。


ルイに理由を問われたシュテンが、口にして見せた回答も表現こそ違うものの、

そう言った偏見や差別を持つ貴族がいた場合は厄介だと、的を射た物だった。


「まあ多分、大丈夫だよ。あそこで檻の外から話しかけている人と、

 檻の中で話してる人。あの()()()()()()()()()けど、心強い2人だから平気だよ」


「……貴族のやつらが、貴族じゃない奴らの話に耳を傾けるってのか?」


「まず、間違いなく」


ルイは、シュテンの問いに即答。


しばらく、首を傾げしのルイの言葉の真意を、自分なりに探っていたのだろう。

何度か唸っていたが、それをぴたりと止め肩を竦めて笑った。


「兄貴が確信持ってんなら、それで良いや。難しいこと考えるのは仕舞いだっ。

 元々、頭使うの苦手だしよっ。まだ拷問に耐える方が、よっぽど得意だぜ」


「……そんな物騒で、自虐めいた自慢話は聞きたくないよ」


胸を張るシュテンに、胡乱な目を投げ、呆れたと言わんばかりに溜息をついた。


「お、来たかルイ。おーおー、これまたでっかい御仁だな」


シュナイゼルが、ルイとシュテンの接近に気付き手を振って出迎えた。


しっかりとシュテンを捉えた瞳は、ルイと初めて遭遇した時のように、

まさに、新しい玩具を見つけたと言わんばかりに輝いていた。


「ゼル兄様、こちらはシュテン。後ほどきちんと紹介します。今は、リーヌ姉様達を」


ルイは、シュナイゼルとシュテンの名だけ告げ、セリーヌの下へ進む。


「良く来てくれたわね、ルイ」


「セリーヌ殿下、遅くなって申し訳ございませんでした」


ルイの姿を見て、僅かではあるが表情に安堵の色を浮かべたセリーヌ。

それに気付いたルイは、胸が掻き毟られたような気分になる。


だが、その背後には好奇な視線をこちらに向け、喜色を浮かべる子女達が在る。


ルイは懐からモノクルを取り出し、晩餐会の時とは服装が違うが、

晩餐会での執事は、自分だと伝わるように身につける。


顔立ちから察してた者も多かったようだが、それを見て、漸く気付いた者もいた。


「そして、皆様も。こうして御迎えにあがるのが遅くなり申し訳ありません。

 さぞ辛く、心細かった事でしょう。もう大丈夫です。よく御辛抱されました」


―― ロレナ様、顔色が優れませんが、痛むところはございますか

   ティキ様、怪我などしておられませんか、やや瞼が腫れておいでですが


全ての子女へ1人、1人名を呼び、顔を見て、ルイは労いの言葉をかけて行く。


セリーヌから泣くな、喚くなと命じられたから故か、

貴族として生まれた、その誇りが故か。


襲撃から始まり、辺境都市の域外まで連れ去られ、辿り着いたは、謎の野営地。

天幕のひとつへ入ってみれば、檻に囚われ虜囚の身。


そんな中、彼女達は常に、毅然で在ろうと心掛け、毅然で在り続けた。


彼女たちの前に、小さき執事だった子供が、戦装束を身につけ現れた。


王女であるセリーヌが、駆けつけると断言した小さな英雄。


王女の言葉故、否とは言えないまでも、胸の内では来るはずもないと、

微塵も信じていなかった者も、1人や2人ではない。


「この忌々しい檻を、退けてしまいますので、皆様は要らぬ怪我などなされぬよう、

 格子から離れ、手を触れぬようにして下さい。少し驚かせてしまうかと存じますが、

 何卒、大きな声などあげぬよう、お願い申し上げます。……百舌、お願い」


全ての子女へ語りかけ、最後にそうルイは口にして優雅に一礼して見せた。


物腰が柔らかく、流麗で無駄のない動き。

そして、何より強張った心を解きほぐすような優しい声音。


王女セリーヌが口にした通り、とても小さな英雄は、

現実に、彼女たちの目の前へと姿を現し、囚われの牢獄を消し去った。


王女の命が無ければ、きっと歓喜に沸いたことであろう。

子女たちは、声を出す事なく、近くにいた者たちと抱き合い、静かに涙を流す。



「ルイっ」



檻が消え、そう名を呼び、真っ先に飛び出したセリーヌ。

ルイはそれを両手を広げ優しく受けとめた。


ルイの小さな身体に顔を埋め、強く抱きしめ返すセリーヌは、

来てくれて、あれがとうとルイの耳元で小さく零した。


「きちんと良い子で待っていましたか?」


ふわりと良く知った柔らかな香りを感じながら、

一層優しげな声音でそうルイは口にする。


「言いつけは守りましたよ?」


そう口にしたセリーヌの声が少しだけ震えていた。


背に手をまわした手で、優しく何度もセリーヌの背を摩る。

微かに感じる、この小さな震えが、少しでも早く収まるよう願いを込めて。


「……リーヌ姉様が、皆様を支えてく下さって良かった。頑張りましたね」


「ふふっ、お姉さんらしいところを、見せられたのなら頑張った甲斐もあります」


震えが治まりルイを解放すると、セリーヌはそう言って小さく鼻を鳴らした。


「何処かのお兄様と違って、私はしっかり者ですからね?」


「ぐっ……ここを出たら、ちゃんと小言は聞いてやる。だから、後にしてくれ」


「ええ、それはそれは、たっぷりとお時間を作って頂きますね?

 そんな事より、ルイ。そちらの素敵な角の御仁を紹介してくださいな。

 ここに運ばれて、少ながらずあった不安を取り除いてくれた恩人なのですから」


ほどほどにしてくれと呟いたシュナイゼルを無視して、

セリーヌは、ルイの背後で黙して立ち続けるシュテンを見つめてそう口にした。


「恩人ですか?シュテン、リーヌ姉様が恩人に感謝したいって」


振り向いたルイがなんの事だと言う顔でシュテンを見る。


「あ?恩人ってなんだ……ああっ!」


ルイに問われたシュテンもすぐには、思い至らなかったが、

セリーヌが唇だけを動かしているのを見て声をあげた。


「あんた、俺の合図に気付いてくれた人かっ!」


「はい、お互い暗くて顔は良く見えませんでしたけど、何度も何度も貴方様が、

 徒労に終わると諦めずに伝えてくれたお陰で、心を強く保てました」


別の虜囚の存在をルイが知っている事、ルイが既にこの野営地にいる事。

更には、シュテンと接触を図ったと言う事は、脱出の算段があると言う事。


それらの状況を、シュテンの機転で知れたことで、どれだけセリーヌが救われたか。


セリーヌは嬉々と話し、シュテンに頭を下げて感謝した。


「おお、そんな事があったのか…角の人。貴殿の機転のお陰で妹の心が救われた。

 兄として、心から感謝を。本当にありがとう」


シュナイゼルもそう言って頭を下げた。


王族である2人が頭を下げたのだ、当然、子女たちもそれに倣って頭を下げる。


「おいおい、言葉だけで十分だっ!頼むから止めてくれっ!

 こう言っちゃなんだが、あんた達が、ここに連れられて来てくれたお陰で、

 こっちはついでに助けてもらうんだ。頭下げんのは俺の方だぜっ!

 つか、貴族のお譲さん達が、こんな俺に頭を下げないでくれよっ!」


大慌てで両手を振って、頭をあげてくれ、勘弁してくれと声をあげるシュテン。


ルイはそんなシュテンに、助けを求められるも、驚きの表情を浮かべ拍手し続ける。


セリーヌから聞かされたシュテンの機転は、素晴らしい効果を齎せた。


だが、それはこの薄暗がりでは徒労に終わる可能性の方が高い。


それでも、成すべき事を考え、成すべき事を成したシュテンを心から尊敬する。


「おいっ! 兄貴なんとかしてくれっ!()()()()()()()()()()()()()()()けどよ!

 流石に、こんな数の貴族に頭下げられたままは、まじーだろっ!」


ついには両膝を地面につけ、頭を擦りつけていたシュテンがそう悲鳴をあげた。


「ああ、言ってなかった。改めて僕から紹介するよ。こちらはオーカスタン王国、

 第二王子で在らせられる、シュナイゼル・オーカスタン王子殿下。

 そして、第一王女で在らせられる、セリーヌ・オーカスタン王女殿下」


―― ぴしり


そんな音がまるでしたかのように、

シュテンは、大口を開けて固まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ