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ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■2章-ただ守りたいものを、守れるように-■■
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2章-只人であればいい

野営地の本部、巨大な天幕。


作戦本部として拓かれた空間は、忙しなく立ち替わり入れ換わり兵が出入りする。


野営地内外を巡回する部隊から齎された報告や定時連絡が飛び交い、

ナーノルッタへの出立へ向け、行動予定や部隊再編に将や兵長は、頭を悩ませる。


熱気を帯び動き回る有象無象を、冷めた視線を向ける1人の男。


パブタス・ナナスタト侯爵擁す、ナナスタト家の筆頭執事ザフラマ。


既に、ナーノルッタ入りを果たしたパブタスの代理、そして見届け人として、

パブタス麾下の兵200と共に、今回の部隊となる野営地入りした。


ナーノルッタには、シュナイゼルの身柄確保の報がそろそろ届く頃だ。

パブタスと共にナーノルッタへ入った兵は2000強。


王都から、シュナイゼル奪還の声明が出され、派兵に至るまでの間に、

シュナイゼルの王位継承宣言を発布。

周辺貴族から、兵を集める大義名分が整えば、戦力は雪だるま式に膨らむだろう。


何もかもが、パブタスの思惑通りに事が運んでいる。

だが、ザフラマはそれを苦々しくおもっていた。


祖父の代から、パブタスの生家であるナナスタト家に仕える家系。

当然、何の疑問も抱かずにザフラマは執事となり、父から継ぎ筆頭となった。


だが今となっては、その頃は確かにあった忠誠心は欠片すらない。


最愛の奥方を亡くし、徐々に狂い壊れて行く主人。

その傍らに在り続けた日々は、今では悔恨しかない日々。


ついには、シュナイゼル殿下を無理矢理、

継承に立たせんがために悪逆非道な計画を立てたと知った時は、眩暈すら覚えた。


そして、パブタス代理として200の兵を委ねられ、出発時に発せられた命令。


―― くくっ、食べ頃だ…セリーヌ殿下を丁重に持て成し、私の下へお連れしろ。


下卑た笑み、醜悪に濁った瞳。


ザフラマの中で、何かが音をたて砕け散った。


野営地へと辿り着くまでの間も、辿りついてからも彼の脳裏には、


シュナイゼル、セリーヌを、傷ひとつなく無事に王都へ連れ帰る。

そして、誰にも知られることなく、この国を離れ行く。


それ以外は、考えられなかった。


そんな彼が、作戦を実行指揮するニサスカ、イジート、バドナタ、ボィミスらと、

不毛な作戦会議に参加していた最中、吉報を耳にした。


初期から遭遇の可能性の高いと示唆されていた、救国の英雄。


エドガー・ルクシウス・ワトール、そしてレオン・ルクシウス・オーペル。


それに加えて、リズィクル・ルクシウス・パルデトゥータまでもが、

辺境都市に滞在している事が、明らかになったのだ。


ニサスカを筆頭に、渋い表情を浮かべて唸り声をあげていたが、

ザフラマだけは、その場で小躍りを披露したい気持ちすら感じていた。


音に聞こえし彼の者たちの武勇たるや、仮に、千や万の部隊が迫ろうとも、

容易に跳ね返し、シュナイゼルとセリーヌを守ってくれるものと疑わなかった。


(英雄たちは、一体何をしていたんだっ! …くそっ)


だが、そんな彼の想いを裏切るように、容易にシュナイゼル擁立派の手に落ちた。


そして、シュナイゼルとセリーヌを回収に行った部隊が帰還したとの報が、

先程、この本部に伝令が届けて来たばかりだった。


思惑がはずれてしまった今、これといった打開策など見つかってはいない。


自身の命など、疾うの昔に捨て去る覚悟は済んでいるとは言え、

無策で動いては、救出などできるはずもない。


明日、セリーヌ殿下及び、貴族の子女達が、あの醜い主人の餌として献上される。


(なにか…なにかないか…くそっ! このままではっ)


頭に浮かぶ、おぞましい光景が、ザフラマを苦しめ続けた。



「シュナイゼル殿下をお連れ致しました」



声に顔を向けると、パブタス麾下の兵長に連れられ、シュナイゼルの姿があった。


ひと目で、その姿がない事には、ザフラマも気付いてはいたが、

縋る様な気持ちで、兵長の背後などに視線を向けるも、やはりセリーヌの姿はない。


(セリーヌ殿下は、やはり一緒ではないか。檻に王族を……こいつも狂ってる)


表情に出さずに耐えながら、兵長へと胸の内で強く悪態をつく。


「…御苦労さまでした。指示があるまで、待機していて下さい」


事務的にそう口にしたザフラマに、一礼して見せ、兵長は踵を返して去って行く。


(お前は、この国の兵長なのだぞっ!何もこの状況に感じないのかっ!反逆者めっ)


表情は、薄く笑みを纏っているが、胸の内で、呪い殺さんとばかりに呪詛を吐く。


「……」


そんなザフラマの顔を、やや怪訝な顔をして見ているシュナイゼルに気付き、

ザフラマは、素早く膝をつき、臣下の礼をとる。


作戦室で喧々諤々としていた者たちも、思い出したように慌ててザフラマに倣った。


(反逆に加担してるような者たちが、臣下の礼とは笑わせる。

殿下はそう思っているだろうな、俺でもそう思う)


「立て、顔をあげよ」


そう自嘲してるザフラマの頭上から、硬い声が降ってきた。


顔を直視する事なく、横に避けシュナイゼルから発言の許可を待つ。


視界の端で捉えたシュナイゼルの容姿に、思わず息を詰まらせた。


醜く壊れ人を止める前のパブタスの供で、

拝顔した事が幾度とあった、先王デオスタの血を、色濃く感じさせる精悍さ、

意思の強そうな瞳は、まるで生き写しと言える程だった。


(あの慈王陛下の大切な忘れ形見に…なぜだ)


のしかかるように、ただここに在るという事実が、余計にザフラマを苦しめる。


やり場の無い葛藤を持てあましていると、

周囲の兵たちがこちらに視線を集めているのに気付く。


いつまで経っても、発言の許可を口にしない事を訝しんでいるのだろう。


シュナイゼルの許可を待たずに、発言する事に抵抗があったが、

悪戯に時間を無為に捨てることにも抵抗がある、覚悟を決めて口を開いた。


「ナナスタト家、筆頭執事ザフラマでございます。陛下におかれましては……」


「よせ、口上に興味はない。時間の無駄だ、さっさと連れて行け」


ザフラマに目すら向けず、ぴしゃりとそう言い放ったシュナイゼル。


想像していなかった辛辣な対応に、ザフラマは驚き目を見開く。


それは叱責に近い口調だった事に驚いた訳ではない。


心の何処かで、まだ幼いと侮って見ていたシュナイゼルが、

今置かれている状況を正しく理解し、それでいて毅然としている事に驚いた。


シュナイゼルの評価を、ザフラマは、数段階引き上げる。


シュナイゼルを王へと担ぎあげ、都合の良い飾りの王を生み出さんとする、

シュナイゼル擁立派の目論見は、看破されていると見て良い。


くだらない演出や、悪趣味な脚本は、完全に無意味。

必要以上に、嫌悪されては堪らないとのニサスカ達の思惑が、完全に水泡と帰した。


これは痛快と胸が弾み、油断して少し顔の筋肉が動いてしまう。

慌てて律して、表情を取り繕う。


しかし、その諭さよりもザフラマを感嘆させしめたのは、

敵地のど真ん中で孤立無援の状態に晒されてもなお、この毅然とした振る舞い。


(……恐怖や困惑を感じて無いはずなど無いのでしょうに)


先程感じた喜色すら、健気さを見せるシュナイゼルの強がりに萎えしぼむ。


だが、シュナイゼルはそもそも、そんなに健気な気質でなどはない。


()()()()()()()()()()()()()()()。お前たちのしたい様に、させたら良いだろ?

 ここまで、派手な茶番を用意した()()()()()に、俺も報いないといけねーよな?!」


大きな声を張り上げ、悪し様にそう言い放ち、場の者たちを睥睨するシュナイゼル。


騒がしかった作戦本部が、水を打ったかのように静まりかえった。


なかでも、立場のある将や兵長等は顔を赤らめ悔しそうに顔を歪める。


(ははっ、啖呵も一級品とは恐れ入った。…まだ見縊っていたのだな、俺は)


胸の内で非礼を詫び、ザフラマは先んじて歩き始める。


「ご案内いたします、どうぞこちらへ」


「……」


返事こそなかったが、背後からきちんと付いて来る気配を感じた。


幾つかの衝立を過ぎ、漸く兵の目が届かない区画に足を踏み入れた。

そこで、意図的に歩く速度を緩めつつ、シュナイゼルに声が届く距離に詰める。


「……ここは、逃亡防止も兼ねて、迷路のように衝立が複雑に立てられています。

 無理に道順を覚えようとはされないで下さい」


「…ちっ」


「ふふっ、咎めてなどいませんよ。衝立の右下の角の低い位置をご覧ください。

 おそらく、殿下の膝から腰程の辺りに、やや目立つ、擦り傷があるはずです。

 わかりますね。それを追えば、遠巻きにですが、人目に付く事なく裏に至ります」


「お前…何を言ってる」


「独り言ですよ、殿下。……続けます。突き当りの天幕の布は、

 見た目では分かりませんが、容易に破れるよう細工が施されています。

 少し強めに体当たりでもして頂ければ、即座に外に出られます。

 頭の片隅にでも、留めておいて頂ければ結構です」


「……どう言うつもりだ、貴様」


シュナイゼルは足を止め、剣呑な雰囲気を纏い、低く硬い声音で問いかけた。


「どういうつもりか…ですか。どうもこうもありませんよ、殿下。

 この王国で生まれ育った私には、王族を拉致して傀儡の王にしようとなどと、

 本気で夢想しているあいつらは、ただの反逆者、ただの狂人。

 私は、反逆する気も、狂人に堕ちたくないんですよ。…それだけです。」


シュナイゼルの問いに、そう答え、振り返ったザフラマの顔に、違和感を感じる。


感じた違和感の正体、それは薄化粧。


目の下には、うまく隠されているが、くっきりと色濃い隈。

頬は角度によっては、目を疑いたくなるほどに、こけていた。


「祖父の代から数え、ナナスタト家の執事は、私の代で三代になります。

 パブタス様は、本当に立派な方でした。だが、もう壊れてしまって久しい。

 それでもいつか戻って下さると私も共に手を汚して参りました……。

 だが、待っていたのは更なる狂気。あの方はもう貴族ではない…人でもない」


痛々しさすら感じるほど、無感情で揺れる事の無い瞳。


絶望、悲観、シュナイゼルの頭に浮かぶどの言葉よりも、凄惨さを感じる。

おそらく自分程度が悩んだところで、この域に達したこの男の気持ちは分かり得ない。


「主を替えたいのか?それならば、俺ではなくマサル様に言え。

 嬉々としてまともな貴族を紹介してくれるぞ。お前は能力が高そうだからな」


容易に同調するような言葉は、この男に告げるのは失礼だと感じたシュナイゼルは、

同情や憐れみなど捨て去り、事務的に、冷静に男を評価し、そう口にした。


世辞などは幾分も込めない淡々と、男と話、男から感じた正当な評価。


衝立の細工ひとつ取っても、昨日今日思いついた訳であろうはずもない。


300は下らない兵の目を掻い潜り、自身の裏切りを誰にも悟らせず、

これだけの細工を、誰の手も借りず、独りで成してみせた。


全ては、シュナイゼルを、セリーヌを救わんがためにだ。


侯爵家へ、三代に渡り尽くした家系。そして、この男個人の能力は有能だ。


そんなシュナイゼルの評価に、憐れみの残滓すら感じない。

本心からの言葉であると、ザフラマもしっかりと受け止めていた。


「……ふふふっ、ははは」


シュナイゼルの気遣いが、そして自分のこれまでを評価してくれた事が、

そして、何よりそれを嬉しいと感じている自分が可笑しくて堪らない。


我慢できなくなり、張り付けていた表情を脱ぎ去り涙を浮かべて笑った。


「ははっ、全く末恐ろしいお方だ。素敵な提案ですが、ご遠慮させて頂きます。

 主人だ忠義だといった物とは無縁の日々を過ごしたい。

 自分で成す事を見つけ、自分の力で成す。そう、私は人でいたいのですよ」


「はははっ、そうか。お前も只人になりたいと言うかっ!」


「……"お前も"ですか?」


「俺とリーヌは、お前が今、その口にしたやつになりたいんだ。

 自分で成す事を見つけて、自分の力で成すってやつに!」


「…王族なのにですか?」


「なんだよ、お前は王族になりたいのか?」


「い、いえ、滅相ない! あっ、失言でした」


慌てて失礼を謝罪をしたが、シュナイゼルは、ただ笑って首を横に振った。


「リアス兄様は、次代の王になって、色々したい事が沢山あるって言ってた。

 俺やリーヌは、小さい頃から、ずっとその夢を叶えるために、

 すごい努力してきたリアス兄様を見てきた」


「努力をですか?皇太子なのですから…それ程、王になるのに努力など…」


「馬鹿野郎。ただ王になるんじゃないんだよ父様よりも、マサル様よりも、

 歴代の誰よりも、凄い王になるために、リアス兄様は、頑張ってんだよ。

 勉強なんて、まじで病気だぞ。家族だけの食事の時なんて、いつも本片手だ。

 いつもニコニコしてるけど、めちゃくちゃ強い! 親衛隊の連中なんて、

 毎日ぼろぼろになるまで訓練に付き合わされて、離脱者すげーのなんの…」


しばし、シュナイゼルの兄弟愛が炸裂し続けるのを聞いていると、

ザフラマは、自分勝手に王族と言うものを、想像し作り上げていたのかと、

自身の傲慢さを恥じいる気持ちになった。


「でもよ、俺とセリーヌは、兄様だけじゃない、王族でも貴族でもない。

 それでも、敵わないくらい立派な人たちがを沢山いるのを知ってる。

 だから、俺はそんな人たちみたいに、お前が言ったやつになりたいんだ」

 

ザフラマは、真っ直ぐに見つめるシュナイゼルの瞳から、目が離せなくなっていた。


「お前の事は知らない。初めて会ったし、自分で手汚したって言うくらいだ。

 ロクな事をしてこなかったんだろうな。すげぇ悪い奴なのかもしれねー。

 だけどよ、お前がやりたくてやったんじゃないんだろ?

 主人のために手汚しただけなんだろ。仕方なくやったんだろ?」


―― 嗚呼、やりたかった訳じゃない


息がつまり、声にはならなかったがザフラマは、胸の中で訴えた。


「父様…いや、デオスタは、戦争したぞ。たくさん、死地に民を送ったぞ。

 だが、デオスタは、一度だってやりたくてやった事なんて、一度もないぞ。

 リアス兄様は、先王が人知れず、涙を流していた背を見て育った。

 俺達はそんなリアス兄様の背を見て学んだ。

 だから、俺がお前を許す。只人になれ、全部許す。

 お前は今、この時、俺やリーヌのために成せる事を成してる。立派な只人だ」


(只人…殿下が仰るとまるで英雄だと、言われているような気にすらなる…)


「セリーヌ様と、他のお嬢様達は、パブタス様の下へ届ける事になっています。

 ご安心を、不肖このザフラマ、この身に代えても必ずや王都へ…っ!」


そう宣言し、平伏しようとしたところを後頭部を小さな拳で殴りつけられ、

ザフラマは、目を白黒させてシュナイゼルを見つめる。


「全然、駄目だ!。お前、只人になんだろ? そういう仰々しいのは英雄の台詞だ。

 誰かを救うのは、英雄になりたいやつか、結果、英雄になっちまうやつの仕事だ」


「…ですが、このままではっ!」


「ははっ、任せておけば良い。全部、解決してくれるさ。()()()()()()()()()がな?

 だから、命なんざ捨てるな。捨てるくらいなら、立派な只人になって見せてくれ。

 それで、俺とセリーヌになり方を教えてくれよ、只人見習い(ザフラマ)


そう言うなり、シュナイゼルは先へと歩みはじめる。


小さな背に帯びるのは、威風堂々とした力強い気勢。


「…はははっ…なんですか、只人見習いって」


弱々しい小さな声でそう漏らし、ザフラマは、天井を仰ぎみる。


それだけでは、漏れだしてしまいそうな、熱を帯びた目頭を、

強く強く、その震える指で、しっかりと押さえつけた。



そんな、ザフラマを置き去りにずんずんと先に進む、シュナイゼル。


早々に、分かれ道にぶつかり、右へ左へと忙しく顔を向けている。


振り向き、ザフラマに問おうとしたが、まだ遠くにいるのに気付き、

苛立ちを隠そうともせずに、腕を組んで睨みつけた。



「なに泣いてんだよ。大人だろ、ザフラマっ!そんなんじゃ、只人になれねーぞっ!」

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