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ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■2章-ただ守りたいものを、守れるように-■■
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2章-隔離された殿下、囚われの殿下

「ひどく滑稽な茶番だ」


間近に迫る野営地を見つめながら、シュナイゼルは、苦々しい想いを吐露する。


ルイからは、余計な軽口や挑発めいた態度を事を禁じられていたが、

つい、そう口にしてしまう程、趣味の悪い寸劇を見せつけられ、辟易としていた。


今から半刻程前、その頃、囚われのシュナイゼル達を乗せた馬車は、

王都へと続く街道から、大きく西に逸れた、道なき道を駆けていた。


セリーヌは、馬車の行方は、ナーノルッタに向かっているのではと口にしていた。


しばらく駆けていると、馬車が速度を落とし停止した。

次第に、外から聞こえる襲撃者たちの様子が、慌ただしさを見せ始める。


脳裏に、ルイが救出に来たのではとの考えが過ぎったものの、

事前の打ち合わせでは、恐らく待機しているであろう別動隊と合流させた上で、

ルイが救出にやって来る手筈となっている。


では、何事かと首を傾げていると、遠くから複数の蹄の音が聞こえてくる事に気付く。


外からは襲撃者らが「逃げろ」「数が違い過ぎる」などの叫ぶ声をあげているが、

どの声からも、少しの緊迫感すら感じない。


ああ、ルイが言ってた小芝居かと、シュナイゼルは呟いた。


シュナイゼル擁立派が、攫われたシュナイゼルとセリーヌを、

如何にも、自分たちが助け出したと言う演出を施すはずだと言っていた。


セリーヌもそれで間違いないと頷き、外の様子に耳を傾ける。


夥しい数の蹄が地を蹴る音が、間近に迫った頃には、

馬車の外からは、誰の声もしなくなり、少しだけ感じられた気配も無くなった。


その内、蹄の音がゆっくりと歩くものに変化し、

馬上から数人が降り立った事が、音と気配で分かった。


それらが、ゆっくりと馬車の近くへ近づいてくると思いだしたかのように、

「追えっ、逃がすな」「鍵が掛かってるぞ」「鍵をさがせ」と叫び始めた。


不審者を追いたいなら、せめて走って来いよと思わず、本音が漏らすと、

セリーヌから、ついうっかり口に出すと面倒だから控えろと釘を刺された。


それからややあって、馬車へ入って来た者たちが、シュナイゼルとセリーヌを見て、

「まさか、殿下ですか」と狼狽えて見せ、臣下の礼を取った。


そして、シュナイゼルだけが、鍵付きの馬車から解放され、

セリーヌは、引き続きその馬車に留め置かれた。


なるべく感情を出さずに、理由を問えば「先程の妖しい一団と通じている恐れが」と、

大真面目な顔で、そう口にされた時は流石に怒鳴りたくもなったが、

セリーヌに、釘を刺されたばかりだったので、なんとか我慢した。


シュナイゼルが案内された馬車は、またもや鍵付きの馬車だったが、

先程までとは違い、外の様子を見る事も出来るので黙って従った。


馬車が進み出すと、この部隊を率いる将と思われる兵が、

パブタス麾下の部隊だと名乗り、イジート麾下の部隊と合同で軍事演習中で、

このすぐ近郊に、野営地を構えているので、まずは、そこに向かうと言われた。


これでシュナイゼル擁立派は、ハンニバルで発生したシュナイゼル誘拐事件を解決、

救出したと大手を振って、ナーノルッタへ凱旋する気なのだろう。


対して盛り上がりもしない茶番劇を、測らずも脳内で再演してしまい。

シュナイゼルは、苦々しい表情を浮かべて、頭を振って記憶から追いやった。


「さてと」


何気なく、騎兵の後方へと視線を向ける。

無駄にずらずらと縦に長い隊列のせいか、40騎ほどから後ろが全く見えない。


あの場で逃げたとされている()()()()()()()()()()()()()()()()()は、

暗がりの向こうから、こちらの目に触れぬよう、

気を配りながら付いてきているのだろう。


「はっ、くだらねえ」


あからさまに、無駄な間延びした隊列に、そう悪態をついて視線を前へと戻す。

少し先には、無数の篝火に囲まれた野営地が見える。



―― 僕が行くまで、無茶しない



「ああ、分かってるよ、無茶しないで待ってれば良いんだろ。我慢するって」


脳裏に蘇ったルイの顔と言葉に、憮然としながらシュナイゼルはそう口にする。


その後も何度か、やり場の無い怒りと、自制心の鬩ぎ合いを、繰り返していると、

漸く、野営地の出入り口へ到着し、馬車が速度を落とし、やや離れた場所で停止する。


様子を窺っていると、20人程の部隊が警備する出入り口に、

部隊の長から、声をかけられた、一騎の騎兵が、駆けて行く。


「開門要請、所属はパブタス隊」


「予定より、早い帰還ですが、何か問題が?」


「報告、夜間巡回の訓練時に、我々の部隊は、こんな夜も遅い時間に、

 移動する妖しい一団を発見。警告を発して停止を促すも、その一団は全員逃走。

 辺りが暗い事もあり、捕えるに至らなかったが、その一団が放棄した馬車を、

 数台鹵獲。その中の一台の馬車にシュナイゼル殿下を発見、保護した」


「殿下をだと、それは一大事。至急、中へ」


「逃亡した賊の目的が、殿下の身柄だったかは不明だが、

 賊が、奪還にやって来る事も考えられる。全力で警戒されたしっ」

(……まさかの茶番に、二部があると思ってなかったぜ)


薄ら寒い第二幕も閉幕したところで、馬車が再び動き出す。


(野営地ってより、軍事拠点だな。こりゃ…)


強固な防護柵に混ざって、逆茂木(さかもぎ)等の囲いの内側には、

無数の篝火に照らされた、夥しい天幕群が見える。


ゆっくりと野営地の中を中心へと向かって馬車は進む。


天幕群を縫うように進んで行くと、あちらこちらから、

格好こそ正規兵らしく統一されているが、

決してそうは見えない兵が、やたらと目に止まる。


(この感じ悪いやつらが、傭兵か。……にしても、傭兵だけで何人いんだよ?)


事前の想定では、ルイが対峙するであろう戦力は最大で100。

傭兵らしい者たちだけで、その数はありそうだ。


もちろん、傭兵だけじゃない正規兵らしき部隊の姿も見える。


(300じゃきかねーぞ、嘘だろ……)


先程まで、微かにも感じていなかった不安。

じわじわとシュナイゼルの心を蝕むように、広がって行く。


(ルイが死んでしまったらどうする…)


王に即位させようと思惑がある者たちが、シュナイゼルを手にかける事はまず無い。

次いで、セリーヌもシュナイゼルを意のままに操るための大切な人質だ。


(危険だ、ルイに逃げろと伝えなければ…)


巻添えになった貴族の子女たちは、どうなるか分からない。

心苦しさが無いと言えば嘘になるが、ルイが無事ならば、その犠牲も止むを得ない。


どちらか選択を迫られたならば、ルイの身を選ぶ。

それは、セリーヌだって一緒のはずだ。


一度、着火した不安の火種は、悠々とシュナイゼルの導火線を燃え進めて行く。


不安に支配された心は、次第に焦燥感を煽りはじめ思考をも停止させて行く。


(ルイ、ルイを止めねーと!どうする…叫ぶか…何考えてんだ、駄目に決まってんだろ。

下手に動いてみろ…そのせいで、ルイが死ぬかもしんねーんだぞっ!)



「シュナイゼル殿下には、こちらで降りて頂きます」



その声に、驚き顔をあげると怪訝な顔をした兵が、()()()()()()()()()()()()

シュナイゼルには聞き取れなかったのかと勘違いした兵は、同じ言葉を繰り返す。


(いつ馬車は止まった? いつ馬車の扉は開いた? いつこいつはすぐ側にきた?)


兵に促されるまま、馬車から降りたシュナイゼルは折れかけていた。


地を踏んでいるはずなのに、妙な浮遊感を感じる。

視界が歪みはじめ、吐き気まで込み上げてきた。


「セリーヌ様と、他の皆さまは、あちらに見えている天幕で、お休み頂きます」


兵が何かを口にしたが、シュナイゼルの耳には届かない。

ただ、何処かを指し示したので、その先に顔を向ける。


何処となく不気味さを感じる天幕が目を引きつけて止まない。


呆然と周囲を見渡すと、何故か、再び走り出す馬車と、追随する兵たちの姿。


「――っ」


突然、叩きつけられる様な殺気を感じ、その方向へ視線を向けた。


襲撃犯たちに連れられていた馬車の僅かな隙間から、

セリーヌが顔を覗かせ、こちらを睨みつけていた。


シュナイゼルが、視線に気付いた事が伝わったのか殺気は霧散する。


最後に、唇を動かし首を傾げてセリーヌを乗せた馬車は、離れ見えなくなった。


―― ルイを信じて待つのでしょう?


シュナイゼルへ、セリーヌから送られた叱責する言葉であり、叱咤する言葉。


「シュナイゼル殿下、こちらへ」


セリーヌの檄は、しっかりと効果を見せる。


視界が透明度を増して行き、不快だった浮遊感も消えた。


(助かった…悪い)


胸の内で、愛しい妹へ感謝と謝罪を口にする。


「ああっ、何処へでも連れて行けっ!」


兵の言葉に、高々と宣言してシュナイゼルは巨大な天幕の中へと消えて行った。


シュナイゼルが、最後に声高に叫んだ声は、しっかりとセリーヌの耳にも届いた。


安心したように笑みが込み上げるも、それを堪えるように頬を膨らませる。


(しっかりして下さい、ゼルお兄様。もう……本当に、世話が焼けますっ!)


胸の内で、再度シュナイゼルへ叱咤を叩きつけ、ふぅと息を吐き出す。


不安定な状態になった兄の様子に、少し焦りを覚えたものの、持ち直した。

もう、兄の心配は必要ない。思考を切り替えセリーヌはルイの行動を予測する。


(事前に、聞かされていた幾つかの対応策。現状、私と兄様は敵の手にある。

これは、あの晩餐会の場に、ルイに匹敵する実力者が複数いたと言う事……。

この馬車を追えたのなら…いや、時間的に難しい。それなら後詰の部隊を…。)


淡々とセリーヌは、ルイの行動を予測して組み立てて行く。


そんな彼女からは、不安も焦燥感も微塵も感じない。


(リグナット殿や、ご家族(名無し)の動き第では、すでに…ここにいる可能性も高いのでは?)


シュナイゼルとは違い、彼女は、想定より多い兵の規模に然して、何も感じなかった。


この程度の雑兵が、仮に更に倍いたとしても、あの夜が見た朱華の方が怖い。


そんな朱華と、少しの恐れも感じさせずに対峙し続け、ボロボロになりながらも、

何度も何度も立ち上がって見せたルイが、この兵等に、遅れを取るとは思えなかった。


(()()()()()()ですからね。ここにいる前提で考えねば、いざという時に動けません)


方針を決めるのを待っていたかの様に、馬車の速度が落ちて行く。

隙間に顔を近づけ様子を窺うと、厳重な警備が敷かれた天幕が目に止まった。


先に停車した馬車から、一緒に運ばれた子女たちが、

1人1人、順に拘束を解かれ、別の兵が天幕の中に順番に誘って行くのが見えた。


―― トントン


「失礼します。セリーヌ殿下、馬車から下りて頂きい」


入室許可を口にする前に扉を開けられ、流石のセリーヌも少しだけムッとしたが、

表情になんとか柔和な笑みを湛えたまま、頷いて見せて、馬車から降りた。


どうせ天幕へと入れと言われるのだからと、指示を待たずに天幕の中へと歩み入る。


やや遅れて、慌てた兵の一人が追って来たが、セリーヌは構う事なく進んだ。


足を踏み入れた天幕の中は、想像していたよりも薄暗い。


(ふふっ、牢抜けの訓練に、無理言って参加した甲斐がありましたね)


込み上げて来る笑いを抑えつけて、ゆっくりと暗がりに目を順応させて行く。


(檻が3っですか…)


ひと際、大きな存在感を示す、檻には子女達の姿がある。

何かに戸惑っているようにも見える。だが、すぐにその原因に気付き苦笑した。


(まるで、人形遊びに使う箱庭)


胡乱な目つきで、一瞥して無価値と判断し、他の檻へと視線を向ける。


ひとつは、吊られた状態で痛めつけられた男性。特徴としては、額に角が生えてる。


もうひとつは、20人はいないくらいが囚われている。こちらは全て女性だろう。

どちらの檻にも、人種(ヒューマン)らしき種族はいない。

その事から、彼と彼女たちは、誰かに対しての貢物であると推測した。


(ルイが想定した中でも、飛びきり厄介な展開ですね。

問題は、ルイが、この方達が囚われてると知ってるのか、どうか……)


ふと視線を感じ、そちらに顔を向けると、吊られた男と目があった。


(何かを、訴えたいのかしら…)


注意深く見つめていると、唇が何度も同じ動きをしているのに気が付く。


それを何度か見つめ、自身でも同じ唇の動きを再現する。


(うい? うい……あ、ルイ!)


何度目かで正解に辿りつき、真意を察したセリーヌに男は、微かに頷いて見せた。


(角の方のお陰で、ルイが、既にこの野営地に潜入していると確信できましたね…。

となると、もしかして…あちらも?)


一度、女性陣の檻へと顔を向け、再び吊られた男を見る。


角の男もまた、セリーヌの意図を察し、再び微かに頷いて見せる。


(やっぱり…あちらの女性の方々ともルイは接触している)


想定外の虜囚達の存在は、危機感こそ感じたものの、すぐに不安が解消された。


ここへやって来たルイは、確実に何かしらの手段を講じている。

そうでなければ、ルイが角の男や女性の檻の誰かと、接触する理由がない。


もう確認する事などない、やることも明確になった。

セリーヌは、歩む速度を早め、箱庭に自らの足で進み入る。


そして、鍵を閉める様子を窺いながら、階級が一番高そうな兵を見据える。


「ここは退屈そうだから、皆さんとお話しするくらい構わないですね?」


「…ええ、構いません。何を話したところで、檻からも、天幕からも、

 この野営地からも逃れられませんからな」


鷹揚に、そう口にして頷いて見せた。

セリーヌは、笑みを絶やす事なくその言葉を受け、良かったと手を叩いて見せる。


怯える気配の無いセリーヌに少し苛立ちを感じたのか、

兵は踵を返し、振り向く事なく、脅しの言葉を口にした。


「ただ、明日の早朝に出立するため、いつまでも、めそめそ泣き声を響かせていると、

 助けがやって来るどころか、粗野で命令も聞かない暴れ者等が、

 怒鳴り込んで来るやもしれません。くれぐれも絶対に来ない助けを呼ぶのならば、

 胸の内で静かに呼ぶ事をお薦め致しますよ、セリーヌ殿下」


「ふふ、親切ねっ。素敵なご忠告をありがとう」


これでもかと言う程、素敵な笑みを意識して作った、偽り感謝の言葉を告げる。


流石に、この嫌味は効果があったようで、

苦々しい顔を残し、部下を連れ立って離れて行った。


その背をずっと見つめて、天幕から全員が去るのを待った。


「……ご期待に、添えなくて残念ですが、助けは来ちゃいますよ?」


そう小さく呟き、セリーヌは目を閉じてひとつ深い深呼吸をする。


「……()()()()()()()()()()()()が、貴殿らに()()()()()()


静かにしっかりとした口調で、貴族の子女たちを見つめ、命じると告げる。


数人が遅れた者のすぐに全員が膝を付き、臣下の礼を取った。


「必ず、貴殿らを親元に帰してやる。親に無事会うまで、歓声も悲鳴も許可しない。

 そして、我からの指示に即応しろ。我の言葉を疑うな。…皆、できるな?」


膝をつき、顔を伏せたまま全員が強く頷いて見せた。


「では、もう泣いても宜しいですよ。あっ、でもなるべく静かにしてくださいね?」


王族の仮面を外したセリーヌが、そう優しい言葉を投げかけると子女たちは、

声を殺して涙を流し、近くにいた者たちと抱き合い頷きあっていた。


そんな、彼女たちの様子を、満足気に微笑み見守るセリーヌ。


「……リーヌ姉様、励ましに少し顔を出したんですが、必要なかったようですね」


不意に、耳を打つ柔らかな声音。

少し驚きはしたが、表情に出す事はない。


「あら…ふふっ、必要はどうかは別として嬉しいですよ?」


「ははっ、良かった。……すぐに終わらせます。もう少しだけ、ご辛抱を」


「可愛い弟の頼みですから、辛抱してあげます」


去り際に、肩に小さな温もりを感じた。

小さな温もりの残滓に、自身の手を重ねセリーヌは目を閉じ微笑んだ。

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