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ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■2章-ただ守りたいものを、守れるように-■■
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2章-時きたりて、緊迫す

シュテンに告げたように、ルイは最初に殺気を向けた事への謝罪を口にして、

自身が、ここにいる理由、そして目的を伝える。


時折、不快に眉根を顰めるような素振りを見せ、微かな怒気を纏わせた。


姿無き声の主の目的が、明確になった事と、この場にいる理由も納得出来たためか、

ルイの言葉に耳を傾けている、警戒が和らいだようにも見えた。


"待っていて下さい"とシーラは、唇を動かせた。


それを見て取ったルイは、小首を傾げながらも了承すると告げると、

シーラは、怯える女性たちに近づき刺激しないように、優しい声音で語りだす。


「あちらの檻と出入り口に近い端まで、私が近づいて様子を見て置きますから、

 皆さんは、あちらの隅で少し横になられたらどうでしょう……。

 気休め程度でも、少しは気が安らぎ、疲れもとれるかもしれませんよ」


そう他の女性陣を誘導して、ルイとシュテンの檻から遠ざけた。

ふと、視線だけをルイに投げかけたシーラの真意に気付き、ルイは思わず苦笑した。


(…あはは、うまいな自然に1人になる理由作って誘導しちゃったよ)


「お待たせしました」


「その程度の声でも、気付かれないと思いますが、

 もう少し小さい声でも、僕は聞き取れるので下げても大丈夫ですよ」


ルイが待つ檻の端へ近づいてきたシーラは、視線をシュテンの檻へと向けて口を開く。

周囲に響く程の声量ではないが、念には念をと、ルイはそうシーラに伝えた。


「……この程度でも、聞こえますか?」


「はい、平気です。改めて、初めましてシーラさん、僕の名はルイ。

 "夜毎、虚空に数多浮かぶ魔力の胎動、その悉くに手を伸ばさんと抗う同腹よ、

 この出会いに感謝を。(よろず)に揺蕩いしは黄金、我は願う、汝に祝福を"」


リズィクルから、もし別の魔族(アスモディアン)と出会い友好を示したい時に、

口にすると良いと、教えられた言葉を、記憶から掘り起こして口にした。


「――っ」


「ちょっ、ちょっとシーラさん、落ち着いて下さい。

 自然に振る舞ってくれないと、怪しまれます。皆を危険に晒したいんですか」


黄金を湛えた大きな瞳を見開き、見えもしないルイに向かって、

何か言葉を発しようとパクパクと口の開閉を繰り返すシーラ。


そんな豹変ぶりに、驚いたのはルイの方で女性陣たちが不審がっていないか、

慌てて目を向けながら、シーラへ少し語気を強めて抗議する。


漸く、その言葉で、シーラは冷静さを取り戻したのか、

姿勢を正し、再びシュテンの檻に視線を向ける。


ただ、その瞳は、心の動揺を示すようにゆらゆらと忙しく揺れていた。



リズィクルから教わった言葉を、間違って伝えたのではないだろうかと、

記憶にある言葉と、口にした言葉を比較するも、間違いらしき物は見えたらない。


ルイは驚かせてしまったのなら申し訳ないと断った上で、シーラに問いかける。


「…えっと、もしかして僕の挨拶、何か間違えましたか?」


「いえ、誤りなどは……。つかぬ事をお尋ねいたしますが、その御言葉を、

 ルイ様にお伝えした魔族(アスモディアン)の御仁とは、どの様な御関係なのでしょうか?」


恐る恐る、訪ねてはならない事を訪ねるように、言葉を紡ぐシーラの姿に、

ルイは若干、疲労を浮かべ中空を見上げ苦笑を漏らす。


(してやられた……魔族(アスモディアン)に何か伝える符丁の言葉になんだ。悪戯が過ぎるよ、教授(リズィクル))


「――はぁ……。何かしらの符丁が、挨拶のつもりで僕が安易に口にした言葉に、

 含まれていると言う認識で良いですか?申し訳ないけど、意味は知らないんだ」


シーラは、小さく頷く。


やはり何かしらの符丁があったようだとルイは肩を落とす。


「その人との関係は、悪戯好きの困った師匠と、今まさに困らされている弟子」


()()()のお弟子様……お姿こそ見えませんが、声がいささか…お若いと言うか」


「あの方ですか…なるほど、魔族(アスモディアン)の特有の口上を符丁にしてるのか…。

 声が幼いのは、仕方ないですよ。僕まだ六歳ですから」


「――っ!? ちょっと、ちょっとだけお待ちください……」


そう慌てて口にしたシーラは、眉根を揉みながら俯いたり、

天井を仰ぎ見たりを何度か繰り返す。


無理もない、救いもない檻の中で、姿無き存在が突然語りかけてきて、

古くから魔族(アスモディアン)に、関わり深い特殊な魔言(コード)が込められた符丁。


それも、リズィクル・ルクシウス・パルデトゥータの名。


更に、姿無き者は、6歳と言う幼き身空でそんな英雄の弟子だと名乗った。


符丁をルイが口にして無ければ、一笑に付す程度も笑えない冗談と取っただろうが、

()()()()()()()()()()のだから、信じる他ない。


あれこれと、疑問を持ったところで意味がないと、

シーラは自分へ滔々と言い聞かせて、気持ちを整理し、落ち着かせて行った。


「御察しの通り、先ほどの挨拶は、ルイ様の師が自分が誰であると示す物です」


幾分の時間を擁したが、すっかり冷静さを取り戻したシーラが静かに告げる。


ルイは、落ち着いたシーラに安堵するが、その言葉に、少し疑問を感じた。


「……あれ?可笑しいな」


「どうされました?」


「それは、符丁でリズィクル・ルクシウス・パルデトゥータだと僕が名乗ったと?」


「ええ」


「……なんで、それで信じるんです?僕は子供だし、男ですよ?」


「ああ、そうでしたね。これは魔族(アスモディアン)ならではの事なのですが」


シーラは、何故自身がルイの口にした符丁で信用したかを説明した。


ルイが口にした符丁は、構成する文章を作成した者が、特有の魔言(コード)を組み込み、

一種の魔道具化させた特殊言語、それがこの符丁の正体。


効果としては単純で、作成者の許可の有無で口にする事も出来れば、

文言が幾ら頭でわかっていても、発言する事が出来ない。


親が子を友人の下へ送り出す時や、

戦争が多かった時代には伝令にも用いられた特別な符丁なのだシーラは言った。


「僕が勝手に聞きかじっただけでは、口に出来るはずもないと……。

 それにしても魔言(コード)の気配なんて分からなかったな…奥深い」


「ふふ、さすが研究者と名高い彼のお方のお弟子様ですね」


「あっ、ごめん。悠長に考えごとしてる場合じゃなかった。

 もう知られたなら、わざわざ伏せて話すは必要ないね。

 この野営地に乗り込んで来たのも、教授(リズィクル)たちからの指示なんだ」


ルイは改めて経緯を説明して行く、ここの全員を脱出させる算段と手段があること、

そのためには、彼女たちを上手く誘導しなければ、危険が及ぶと告げ、

出来ることならシュテンと同様に、協力してくれないかと口にした。


「……微力ながら、お手伝いさせて頂きます。ルイ様」


「呼び捨ててもらっても良いんですが……」


「ふふ、彼の方のお弟子様に、その様な真似は、出来かねます」


種族の違いなのか、彼女がこういう性格なのかはルイには分からないが、

やんわりとした微笑みに、確かな拒絶の意思を浮かべるシーラの勢いに屈した。


シーラへ、そして去り際にシュテンへ、短い別れと再会の約束を口にして、

ルイは、簡易牢獄と化した天幕を後にした。


先行きの不明瞭さに、暗澹たる思いの中での邂逅ではあったが、

ルイにとって、2人との出会いは、まさに行幸と言えた。


ここに、後からセリーヌが加われば更に心強い。


仮に、あの女性たちが、恐怖に打ちひきがれて動きを止めたとしても、

彼らと協力すれば、多少強引な手段を取る事にはなるが、速やかに行動に移れる。


貴族の子女たちの心配は、然程ルイはしていない。


彼女たちは、子供とは言え貴族としての教育がなされているはず、

何よりこの野営地へ向かう間、シュナイゼルとセリーヌが励ましているだろう。


不意に2人の姿を想像して、口元に笑みを湛えるルイ。


頭を数度振り、再び緩みかかった気持ちを締め直し、本部がある巨大天幕を睨む。


イジート子爵が、待ち構えているであろう天幕へ向かってルイは歩を進めた。


――

―――


ルイが、大天幕へと迫っている頃、


眉間に深い皺を作り、じっと出入り口を眺めている男がいた。


時折、区切られた衝突の向こうから、兵へと檄や指示で声を張り上げる声が響く。


この男の下にも、先ほど伝令の兵がやってきた。


兵が伝えたのは、あと半刻足らずで、両殿下と貴族の子女たちを引き連れた一行が、

この野営地へと到着するという旨の内容だ。


今頃、野営地の全部隊が、忙しなく受け入れの準備と、

逃亡、そして奪還部隊を警戒して動き回っている事だろう。


「……時間が、もう本当にないぞ」


幾ら待っても姿を見せようとしない"待ち人"。

虚空に空しく投げかれられた問いかけは、中空で霧散した。


"時間が無い"そう自分で口にした言葉に、触発された焦燥感がその身を焦がす。


いつになったらやって来る。

もしや何か予想外の事態にでも巻き込まれたか。

そもそも、あの"待ち人"はこの野営地に、気付いているのか。

よもや、道半ばで斃れたのか。


焦れば焦る程、男の脳裏には都合の悪い想像ばかりが占拠する。


「早く来い…早く来い。このままでは、手遅れになるぞ」


怨嗟の如く吐き出す言葉は再び中空に消え、焦燥感が襲う。

もう何度こんな事を繰り返しているか男にも分からない。


男は、天井を見上げ嘆息して呟く。


「もう来ないものとして動くしかあるまい……傭兵と兵の確執を悪化させる。

 だが、どう火をくべれば良い……兵の総数は350にも膨らんでいるんだ。

 もっと大きな混乱を生まねば……何か、何かないかっ」


頭を抱え込み何度も何度も乱雑に頭を掻き毟る。


"待ち人"が来ないのであれば、何が何でも打開策を手繰り寄せねばならない。

その気持ちだけが先を駆け、その場に捨て置かれた思考がぴくりとも動かない。




「―― 悪いけど、余計な事しないでいいよ。作戦の邪魔だから」




苦悶に歪む男の耳を鋭く打つ様な声が叩く。


「――っ!」


声に驚き顔を跳ね上げるも、その主らしき者の姿は何処にもない。


「……いるのだな、私の側に」


「ええ、姿を見せないのはご容赦を。それとも一度、姿を見せましょうか。

 要らぬ問答で時間を無駄に消費したくないのは、お互い様なので」


「いや、貴殿が来てくれた。それだけで十分だ。姿も消したままで良い」


幾度か目を細めてみたり、瞬きを繰り返しもしたが、

近くで声はすれど"待ち人"の姿は、全く目には映らない。


そんな男の心情を悟ったのか、"待ち人"はやや呆れた口調で言い放つ。


「貴方に、姿を発見されるの実力なら、こんな厳重な天幕はもちろん、

 野営地の中だって、騒ぎを起こさずに、歩き回れる訳ないでしょう?

 本題の前にひとつ確認を……晩餐会で貴方が僕に見せた、

 ()()()()()()()()、あれを僕に見せろと言ったのは、どこのどなたですか?」


「察しているのだろう、陛下だ。疑うのならば、こう伝えろとも言われている。

 "僕がそれを見せるよう指示した意味、自慢の生徒である君なら分かるよね"……、

 と仰っていた。その手信号と言うものを理解している訳ではないんだ。

 ルーファス様が、何度も手本を見せてくれたものをそのまま見せれば良いと……」


「不安そうにせずとも……()()()()()()()()()()よ。

 先生(マサル)先輩(ルーファス)らしい大仰な伝言遊びですね。それでも、俄かには信じられない。

 まさか、貴方が先生先生(マサル)用意した協力者だったんですね。()()()()()()


"待ち人(ルイ)"は目を細めて、ルイを待ち続けた男、イジートを見据えた。


晩餐会でイジートが、ルイに対し激高を装いグラスを叩きつけた際に、

呪詛の様な怨嗟を漏らし、頭を掻き毟る指の動きにルイは、違和感を覚えた。



違和感の正体はすぐに分かった。



何度も何度も同じ事をルイに伝えようと、繰り返される指の動きは、

ルイが幼い頃から、良く親しんだ指の動き。手信号だった。


「冒険者ギルドの件は済まなかった。心から謝罪と感謝を」


「…謝罪は分かりますが感謝ですか?」


イジートは、作戦に背く私兵や問題が多い私兵を引き連れハンニバルで暴れさせた。


当初は、衛兵に捕まえさせてしまおう画策したが、どこで誰に絡もうが、

そこかしこにいる冒険者達の手によって、衛兵を呼ばれるまでも無く鎮圧された。


商業区でルーファスと遭遇した際は、本当にただの偶然であった様で、

マサルの用意した協力者だと自分から、伝える事も出来ず死を覚悟したと笑った。


その後、冒険者ギルドでマサルと接触を測る手筈だったので、

良い機会だと、ついでに騒ぎを起こして鎮圧される様に仕向けた。

だが、見るからに子供であるルイが立ちはだかったため混乱したと語った。


「……納得はしてないけど、理解はしたよ」


「それで構わない。私の事はどこまで聞き知っている?ああ、一般的な噂などの事だ」


「忠臣であった父を誅殺した愚かな子爵。謀略、奸計、陰謀きな臭い噂には、

 必ず名を連ねる子爵。自尊心が強く傲慢。個人の武は平均並み、

 傍若無人な部下たちを率いて増長する小者貴族……まだ必要?」


「いや、充分だ。概ねそう言う扱いをされていると思ってくれ。

 ただ一つ訂正するのならば、父は忠臣などでは、無かった」


「……自分語りは手短に」


「心得た」


イジートが治めるニックロ領は、小さな町がひとつと複数の寒村しかない侘しい場所だ。

周囲を治める他の貴族たちからも、見向きもされない様な痩せた土地。


だが、高低差に飛んだ地形と、空気の薄い標高の高い場所にあるため、

ニックロ領で育った若者は、精強ぞろい。

戦時となれば、イジートの父である、先代のニックロ領の領主カータル前子爵は、

若者たちを引き連れ、数々の戦場で武勇を轟かせた。


先王デオスタからの覚えめでたく、領民にも好かれた優れた領主だった。


そして、口癖のように、土地が痩せていようとも、民が宝だと笑っていた。


だが、そんな繁栄の時代も長くは続かない。

グラウス大陸は、戦争どころではなくなり壊滅の危機に瀕した。


そして、現れたのが後にルイの師となる英雄たち。


先王デオスタ政権後期には、もうカータル子爵の武勇など忘れ去られ、

新たな英雄たちの活躍に、大陸中が歓喜に包まれていた。


そして、そんな英雄の一人である現王マサルの政権となり、

世界は危機から脱し、その立役者である英雄たちが抑止力となり、

ついには戦争そのものが、起きない時代が到来した。


「結果、父は壊れた。争いごとが無ければ自身にも、精強な民も価値はない。

 残るのは、何の特産品もない、作物も育たない小さな町と寒村だけ。

 自領への愛も薄れ、毎晩のように酒に溺れ、荒れ(すさ)み、

 私も含めて家族たち皆が、父の暴力に恐れる日々が続いた」


「……だから、殺したと?」


「いや……それくらいならば、私は幾らでも耐えられたさ。

 そんな父も老いる、気付けば幾ら殴られても、最後には痛みすら感じなかった。

 私の父は、戦える者をかき集め、内戦を起こそうとした。

 それも愛していた自領の民の家族を人質にして、強制的にだ」


少し遠い目をしたイジートの瞳が少しだけ揺れた。


「その事を知った私は、絶望のままに父の首を切り落とした。そこから記憶が曖昧だ。 

 気付けば、マサル陛下の前で膝をつき、父の首を携え、私の首を差し出していた」


「そこで、許された?」


「捨てる命ならば、忠義のためでもなく、正義のためでもなく、国のために捨てろ」


「……確かに()()()()()()()です」


「その時から、今の今まで、私は、命を救って下さった陛下のためではなく、

 国の未来のために、汚れに汚れ、ありとあらゆる手段を使って、

 耳にした謀の全てに加担して、その全てを内部から崩し阻止してきた。

 だから、年若い君から信用も信頼も必要ない。ただこれまでと同様、手を尽くす」


「……ええ、わかりました。僕は信用も信頼もしません、イジート子爵。

 だから、私の救出作戦に手を貸してください」


「ああ、如何様にも使ってくれ」


「では、取り合えず人質になってもらいます」


そうつぶやいたルイの声を掻き消すように、周囲が騒がしくなった。


兵たちから、漏れ聞こえる言葉の中に"殿下"と言う単語が、幾つも姿を見せる。


イジートに作戦概要を伝えながらも、この野営地についに辿りついたであろう、

シュナイゼルとセリーヌの無事を小さな胸の中で祈っていた。

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