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ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■2章-ただ守りたいものを、守れるように-■■
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2章-囚われの妖人族シュテン、魔族シーラ


いつまでも、いない者相手に、怨嗟をぶつける様にぶつぶつと呟くルイ。


そんな軽い現実逃避をしつつも、ルイは必死に最善を模索し続けていた。


(あくまでも救うべく優先順位は変えない、ゼル兄様とリーヌ姉様が最優先…)


視線を向けたのは、箱庭めいた檻。


ティーカップやソーサーなども複数個あるのは確認した。

中に入って確かめた訳ではないが、幾つかある棚も、その全てが空とは思えない。


複数あるソファも、1人や2人をここに入れる事を想定するのであれば、多すぎる。


(恐らく……いや確定だ)


ここは、セリーヌと貴族の子女たちのために用意された檻だと、ルイは断定した。


それならば、シュナイゼルを何処に拘束するか。


これについても、ルイはある程度、自信を持てる考えを持っていた。


事前に、マサルが幾つか提示してくれた想定の中に、

シュナイゼルへの対応を示唆する物もあった。


あくまでも、シュナイゼルを擁立し次代の王へと担ぎ出そうとしている連中が、

例え、一時的とは言え旗頭であるシュナイゼルを拘束、または投獄など、

後に、終結するであろう貴族達の耳に入ると派閥に亀裂を生み出しかねない。


そのため、ここには収容せずに本拠地で、兵たちの目に触れさせる必要がある。


故に、シュナイゼルは拘束されずに、複数の監視がついた上で、

外へ出る事は難しくとも、ある程度の自由が許されると、ルイは考えていた。


そこまで考えたをまとめたところで、思考の海から脱却し、二つの檻に目を向ける。


囚われの者たちの数は、20そこそこ。

元々、考えていた救出作戦に、彼らを加えたところで作戦自体に支障はない。


厳密には、移動手段は確保しなければならないと言う手間はあるが、

それを踏まえても支障はないとルイは言い切れる程の自信がある。


だが、支障はなくとも、困難であるとも同時に考えていた。


最大の障害は、囚われた彼らがルイの言葉を信用して従うか。


事情を説明しても、ルイは自分の外見に説得力が無い事を理解している。


こんな幼い子供が、のこのこ1人で目の前に現れて、

貴方たちを救います、従って下さいと言われて即応するはずがない。


大人を連れて来いとなどと怒り叫ぶ者もいるだろう。

せっかく助かるかもしれないと希望を得た矢先、

助けに来たのが、ルイだけと知り絶望し半狂乱となる者だっているはずだ。


そもそも、ルイが安易に、その姿を見せただけでも、

騒ぎが起こるのは、容易に予想出来る。


その途端、外で出入り口を警戒している者たちが駆け込み、良くて遭遇戦。

悪くすれば、ここを発端に、騒ぎが激化。

忽ち野営地の全ての兵を敵を相手取り、大立ち回りを演じねばならなくなる。


それは、救出作戦としては最悪に近しい事態。

当然ルイは、そんな事態を巻き起こす訳にはいかない。


(だからと言って、いざ逃げるって時に「さあ逃げますよ」って言っても無理がある)


事態が飲み込めず呆然とする者が大半だろう。

もたもたしている間に、機を逃す恐れも出てくる。


そうなると彼らだけではなく、シュナイゼルとセリーヌ、子女たちにも危険が及ぶ。


さて、どうしたものかと考えるルイの目に、角男の姿が止まる。


(……まあ、取り合えずは、暴れそうも無い人から接触してみるしかないか)


幸い角男の牢と、女性たちの牢も離れている。

この暗がりだ、多少の変化があっても気取られる可能性は低い。


仮に騒がれたとしても、ルイが姿を見せず、気配も断っていれば、

拷問で気が触れた角男が、痛みからか、恐怖からか1人で乱心して騒いだと、

駆けつけた兵たちも、受け取らざる得ない状況に見えることだろう。


音も無く角男の牢へ近づく。


万が一、こちらに気付く者が、女性たちの中にいないとも限らない。

彼女達に変化がないか様子を、常に確認出来るよう、視界に留めておける位置に立つ。


(意識があると良いんだけどな…)


出来るだけ、角男へ指向性を持たせるつもりで、ルイは強い殺気を視線に込める。


―― ピクッ


顔は伏せたまま、角男の身体が反応を示した。

気絶していなくて良かったと安堵するも、すぐに気を引き締め圧力を漂わせる。


「……声を出すな、反応を示す必要もない。そのまま、声に耳だけ傾ければ良い」


意識的に無機質で感情を感じさせ無いように努めて、再びルイは囁きかける。


身体がピクリと反応を示したが、ルイの求めに従ったのか、

探る様な動きも見せず、以前と俯いたまま身動きひとつ取らない角男。


ルイは、その反応に思わず小さな拳を握りしめ喜色を浮かべた。

纏っていた圧力を霧散させ、普段の声音で語り始める。


「不躾に高圧的な態度を取って申し訳ありませんでした。

 僕は、貴方やあちらで囚われている方々には危害を加えるつもりはありません。

 しばらくすると、誘拐された僕の大切な2人と、その誘拐に巻き込まれる形で、

 攫われた貴族のお嬢様たちが十数名、誘拐犯たちに連れられ、やって来ます。

 僕が、ここへ足を運んだ理由は、その救出のためです」


誘拐と言う言葉と、貴族の子女の数に、少しだけ身体が反応を示した。


何故、ルイが救出のために来た事を告げた時には、反応を示さなかったのか、

ルイは少しだけ首を傾げるが、言葉を重ねて行く事にした。


「信用しろとは言いません。ただ僕は目的を果たせればそれで良い。

 そこで、貴方もあちらの方々も、その方たちと同時に逃がす算段と手段があります。

 ここまで、僕の話を落ち着いた上で理解が出来たのなら、

 どの指でも構わないません。痛みがあってお辛いでしょうが、動かして頂けますか」


手枷が、手首に食い込み見るからに痛々しいが、ゆっくりと指が動くのが見えた。


「今から僕の能力で、回復薬(ポーション)を貴方の口に流し入れるから驚かないで、

 慌てずに飲んで下さい。良く効く回復薬(ポーション)も手元にはあるんですが、

 不自然に、傷の治りが早いと警備の兵に怪しまれるのも困ります。

 申し訳ないですが、今は、これで我慢して下さいね」


角男の指が肯定を示し、少しだけ笑みを浮かべたのが分かった。

気にするなと言いたいのだろう。ルイは角男の真意を受け止め、ありがとうと呟く。


慎重にルイは影を操作し、角男の口の中に()()()回復薬(ポーション)をゆっくりと流し入れた。


「げほっ…げほっげほっ…」


順調にゆっくり嚥下していたが、口内か喉も痛めていたのだろう。


角男が咽るように咳込んだ。


突然、静寂を破った角男の咳に、女性たちから、小さな悲鳴が幾つか響く。


申し訳なさそうな雰囲気を見せた角男に向けて、ルイは大丈夫と一言だけ告げる。


すかさず、広域に展開していた気配察知(サーチ)の範囲を、

この天幕の警備いる者たちに集約させ、動きの有無を探り始める。


向こうの檻から、すすり泣く声も響く中、数分の時間が経過したが動きはない。


あの程度の悲鳴や、すすり泣く声は日常的な物と化しているのか、

警備の者たちが駆けつけるには至らないのだろうと結論づけて、

ルイは、気配察知(サーチ)を再び広域に切り替えた。


「……安心してください。警備は来ないようです。幾分も楽になりましたか?」


肯定を示す指の動きが滑らかになった。

痛みが全て消えた訳ではないだろうが、まずは一安心だとルイは胸を撫でおろす。


「唇から少し漏れだす程度の声でも、僕は充分に聞き取れますから、

 少しだけ声を出して見てもらえますか?」


「あ…ああ…うんっ、これでいいか」


何度か小さく空咳をして、角男はそう口にした。

想像していたより高い声は、見た目の逞しさとの差異を感じルイは少し驚いた。


ルイが呆けていると、返事が無い事に疑問をもったのか、角男は再び口を開いた。


「……ありゃ、ちと小さすぎたか?」


「いやいや、ごめん。きちんと聞こえてるから、最初くらいの声でお願い。

 無理させて申し訳ないけど、もう少しだけ付き合ってくれるかな」


少し音量を上げた角男に、ルイは慌ててそう伝える。


「お安いご用さ、なに見た目ほど酷くない。だいぶ楽になったぜ、ありがとよ」


かすれ漏れるような弱い声音ではあるが、しっかりとした口調で感謝を口にした。


相変わらず、伏せたままなので、さすがに表情は読みにくいが、

瞼の酷い腫れも引いたようで、切れ長な瞳が窺える。


「んで、姿が全く見えないが、幽霊の旦那は、何が聞きたいんだ?」


「幽霊って…ふふ、僕は、ルイだよ。よろしく角男さん」


角男からして見れば、姿も気配も無いのにそこに在るルイの存在はまさしく幽霊だ。

だが、そんな言いまわしが、つい可笑しくて、

ルイは小さな笑い声を漏らして、そう名乗った。


「は…ははっ、角男って。これは一本取られた。ルイの旦那、俺はシュテンだ」


シュテンと名乗った男は、口元をにいと歪めて痛々しく笑った。


互いに名乗りあったルイとシュテン。


シュテンは、知ってる事なら何でも話すと快く申し出た。

ルイはそんな彼に感謝の言葉を伝え、ここに捕えられた経緯も含めて訪ねていった。


シュテンは、自身が妖人族(スペクトル)と言う種族の鬼人種という存在だとルイに語った。


妖人族(スペクトル)(スペクトル)とは、種族としての括りは存在するが、同種族間でも共通性がほぼ無い。

元来、そう言う種族名すら無い者たちを、一纏めに妖人族(スペクトル)と呼称したのが起源となる。


そして、その中でも鬼人種は、種としての歴史は古い文献にも記載されている程に、

長い歴史を持つものの、その個体数がとても少ない事で知られている。


諸説あるが、その血肉を食らえば力が増し、長い時を生きると言うお伽噺を

間に受けた者たちが、非情にも乱獲したのではと言われている。


そんな希少種のシュテン故に、唯一の男でありながらも、

殺されずに捕えられていたのだろうとルイは、シュテンの話を聞き結論づけた。


「ニサスカ領で、ハンニバルで暴徒が反乱を起こすと義勇兵を募集してたんだ。

 給金も良くてよ、暴徒を倒すってのも良いなと思って行ってみたら、これだよ」


義勇兵の一人として街を出立して、数日経ったある日、

仲間と思っていた者たちに襲われ捕囚となったとシュテンは語った。


その際、募集時に、人種(ヒューマン)だらけの義勇兵応募者の中に、

魔族(アスモディアン)の女性を見かけ、互いの他に他種族の者がいなかったのもあり、

一言、二言話す仲にはなったが、その女性もまた、同時期に襲撃され、

捕囚となって、別の檻にいると聞かされた。


「ん…魔族(アスモディアン)の女性?」


ルイは、思わずそう聞き返す。女性たちの中で、ただ一人毅然と在り続ける魔族(アスモディアン)

先ほどルイが目に止めた彼女の事ではないかと、ルイはシュテンに特徴を伝えた。


「その、顔見知りの魔族(アスモディアン)って、黒に近い髪の少し大きい瞳の人?」


「そうだ、見た目は優しそうだけど、ちょっと芯が強そうじゃなかったか?

 何人か魔族(アスモディアン)がいたが、たぶん旦那が言ってるのがもシーラだ」


他の女性たちに関しても訪ねたが、別の経由で連れて来られた者達らしく、

偶然、ここで一緒になっただけで面識が無いとシュテンは言った。


「あっち側のやつらに声かけるんなら、シーラにしといたが、いいぜルイの旦那。

 あいつは肝が据わってるから、ちゃんと話を聞いてくれるはずだ」


「接触してみるけど…その旦那っての止めない?」


「無理だな、恩人には敬意だ」


「まだ、恩人は気が早いよ。…そう言えば、初めから僕の事、侮んないのはなんで?」


シュテンに事情を話した時に、感じた違和感を思い出しルイは、その質問を口にした。


「あ?ああ、だってルイの旦那つえーだろ。理屈じゃなくて俺にはわかんだよ。

 だから、なんでと聞かれても困っちまうよ。ルイの旦那にもないか?

 勘が、絶対そいつには関わっちゃいけねーとか、こっちの道はあぶねーとか」


「…身内に似たような事を良く言うふざけた大人がいるよ。

 …んー勘ね、義勇兵の時に働かない勘なんて、信じてもいいの?」


「…その身内がどんなヤツかは知らないけど、そんなきつい言い方しないでくれよ」


思わずエドガーの事を思い出し、機嫌が悪くなったルイ。

理由は知らないが、八つ当たり気味に、

反論しづらい、耳の痛い指摘され、シュテン苦い顔を浮かべた。


ルイもそんなシュテンの反応に大人気なかったと反省して謝罪を口にする。


「じゃあ、シーラさんに接触してみるよ。シュテン、申し訳ないんだけど、

 10、数えたら、少し大げさに傷が痛むような真似してもらっていいかな」


「それなら、演技する必要ないぜ。実際、すげー、痛い(いてー)しな。だから任しとけ」


「後で、ついでに助けてあげるから、軽口叩いて怪我増やさないようにね」


「ああ、じっと体力ためとくぜ。ルイの旦那、気をつけてな」


最後に、どうしても痛みが辛くなったら自力で瓶を握り締めろと伝え、

回復薬を移し替えた小さな小瓶を影を使って握らせて、ルイはシュテンから離れた。


(5、4、3……)


足早に女性たちの檻に近づき、魔族(アスモディアン)のシーラの姿を探し、ルイはその背後に回る。

脳内で、シュテンに伝えた時間を数え、その時を待った。


「あ゛ああーっ、(いて)ぇ…糞ッ…」


決して大声ではないものの、静まり返った天幕に、シュテンの声が響いた。


囚われの女性陣は、その小さなうめき声に身体を硬直させる。

その内、何人かは小さな悲鳴をあげ、泣き崩れる者もいた。


必要な事とは言え、怖がらせてしまった事を、胸の内で謝罪してシーラの姿を見る。


唯一、苦痛に声をあげたシュテンの檻を見つめ、心配そうな表情をシーラは見せる。


シュテンの時と同様、ルイはシーラの背に向けて殺気を込めて睨みつけ、

淡々とした口調で、必要な言葉だけを告げた。


「こちらを向くな、シュテンから事情は聞いた。シーラ、過度な反応をするな」


痛めつけられていたシュテンとは異なり、

シーラは声の主を探そうと、顔を左右に振る。


「お前が余計な真似をすると、シュテンが更に辛い思いをするぞ」


二度目の言葉は、シーラに冷静さを取り戻すのに抜群の効果があったのか、

唇の端を噛み、悔しそうな表情を浮かべ小さく頷いた。


ルイは、落ち着きを見せ動揺が消えたシーラは、一度放置して他の者の様子を窺う。


幸いな事に、突然声をあげたシュテンに気を取られているためか、

シーラが見せた挙動不審な態度に、近くにいた者ですら気付かなかったようだ。


(ふぅ…ひやひやしたけど、一番の難所はこれで突破出来たかな…)


ルイは胸の内でそう零し、努めて平坦な声音を作りシーラに向かって囁く。


「脅した事は謝罪する。今から順を追って説明する。

 だから、周囲に不審がられるような挙動だけは遠慮してくれ。

 シュテンには、少しばかり回復薬も飲ませたから安心して良い。

 先ほどの唸り声は、注意をひいてくれとのこちらの頼みを聞いてくれただけだ」


そう一息に、告げたルイの言葉を咀嚼する様に一度、目を閉じたシーラ。


少しして開いた大きな瞳には、狼狽や動揺の色は消え去り、

シュテンの檻を、静かに見つめ、安堵の色を浮かべた。


ルイの方を見る事なく、顎を少し引いて肯定を示し"わかりました"と、唇を動かして見せた。


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