2章-敵は、暗澹たる域外に。
すみませぬ…また長くなったので二分割。後半は18時くらいにあげられると思います。
「坊っちゃん、ここから更に、西へ向かいます。着いて来て下さい」
「えっ、どうして西?王都は北でしょ?」
大門は、まだ開く気配は見せないが王都は、ここから北に伸びる街道の向こうだ。
後詰の一団を待たずに、このまま域外に降りて北へと先回りをと言うのならば、
理解出来るが、西に向かう理由が良くわからない。
「坊っちゃんを待っている間に、ご家族のお一人が俺のところいらっしゃいまして。
ええと…失礼、名前が。坊っちゃんも付けてる片眼鏡がお似合いの…」
「サミュル姉様?」
「そうです、サミュル殿が、俺の事を見つけて下さり、立ち寄ってくれたんです。
それで例の二名と坊っちゃんと朱華殿が交戦中だが、
しばらくしたら、坊っちゃんがこちらに向かうはずだからと伝えてくれましてね」
その際に、ルイへの伝言と合流する様に伝えて欲しいと、
サミュルが、リグナットに頼んでいったと言う。
「西に向かう道すがら、ご説明致します」
そう言って駆け出したリグナットを追い、ルイも地を蹴り駆け出す。
それなりの速度のはずだが、ルイが容易に並走するのを見て取り、苦笑を漏らす。
時折、休息を挟みながらリグナットは、サミュルからルイへと託された情報を、
自分の解釈や、注釈を挟みながら噛み砕いてルイへと伝えた。
ルイの師匠であるひとり、リズィクルが使者となり名無しに届けられた書状。
そこには、シュナイゼル擁立派がハンニバル滞在中のシュナイゼルとセリーヌ誘拐を、企てており、その護衛としてルイが対応する旨が書き記されていた。
ルイが護衛するまでの経緯、この誘拐騒動は、マサルが敢えて誘発した事。
誘発するに至った理由、考えられるシュナイゼル擁立派の動き等、子細記されていた。
その上で、使者であるリズィクルの口から、
名無しへの協力要請があり、名無しはこれを快諾。
あの苛烈なルイの里帰りもまた、その依頼に含まれていたと言う。
ルイを含め、シュナイゼル、セリーヌが名無しの本拠地に宿泊した翌日から、
頭領で朱華の指示の下、全名無しの構成員が、ハンニバル内外部の調査を開始。
その中で、ハンニバル域外を捜索していた者たちから、興味深い報告が上がった。
王都リクスパスタクとハンニバルをつなぐ街道から、
やや西へ外れたところに、複数の天幕と武装した集団を発見。
豪奢な天幕も存在する事から、
今回の件と無関係では無いと判断した名無しは、継続して調査に当たった。
当初は簡易的な野営地そのものだった拠点は、日に日に増強されて行く。
最終的には、逆茂木等の防御機構、その他の罠が張られ、
野営地に集う武装集団の数も膨れ上がり、簡易的な軍事拠点の様相を呈すまでに至る。
そして今日の未明の事、野営地が突如慌ただしい動きを見せる。
散漫な出立ではあったが、野営地にいた半数以上の武装集団が野営地を離れ、
ややそれに遅れる事、数刻。ニサスカ、ボィミス、バドナタ、イジートの出立を確認。
野営地の監視を継続する者を置き、別動隊を編成。
追跡を続けると、主犯格と思われる4人全てがハンニバル入りしたのを確認。
また、陽が暮れはじめ間もなく大門閉門の時間と言うところで、
イジートが乗車しているであろうと思われる馬車が、北の大門を通過。
その馬車が、野営地に入りするのを確認。
その後、野営地を歩くイジート本人を、監視していた構成員が目撃した。
一刻程の時間、移動と休憩を挟みつつリグナットは、全てを伝え終えた。
「大門の開門を待つ連中も、野営地に向かうと考えて、まず間違いないでしょうね。
もうこんな夜更けです。連中と両殿下を連れ出した者たちと合流して、
そのまま何処かに向かう…と言うのは無理があります。現実的ではない」
リグナットは、そう補足して汗を拭う。
収納から、コップと水筒を取り出し、ルイに差し出した。
そもそも、シュナイゼルとセリーヌ、そして子女達を運ぶための馬車もある。
少なくても野営地で待つ部隊を合わせて、3つの部隊が合流してもすぐには発てない。
馬車を引き連れ移動するとなれば、部隊の再編成も必要になる。
少なくとも今晩のところはその野営地で逗留する必要が出てくるだろう。
ルイが飲み終えたコップを返すと、リグナットはそれに水を注ぎ一気に呑み干す。
ふぅと息を吐き出し、それらを収納に仕舞うと再び口を開いた。
「聞きかじった程度なので、正確ではありませんが、
野営地の場所から、パブタスの野郎が治めるナーノルッタは然程、遠くは無い。
朝、出立すれば、馬車は速度が出ないと言っても、日が高い内に辿り着ける距離です」
ナーノルッタは、謂わばパブタスの庭。
商業都市と呼ばれるだけあって、かなりの資金力を自由に使えるため兵も多く、
傭兵ギルドの支部は、その規模も大きさは王都より勝るとも言われている。
シュナイゼルの身柄を押さえ、シュナイゼルを擁立すると高らかに宣伝出来れば、
大義名分も整い、円滑に周辺の貴族からも増援を得る事も可能だろう。
「王都に連れ帰っても、すぐ先生たちに奪還されるのは目に見えてるし……。
ナーノルッタに身を置く可能性のが、断然高い……。」
ルイは、それまで聞いたサミュルからの情報とリグナットの補足を聞き、
シュナイゼルとセリーヌが、野営地に向かっていると確信した。
だが、だからと言って、それがもし的はずれだとしたら。
そんな不安がルイの脳裏をかすめる。
「そんな顔せんで下さい、坊っちゃん。そう心配せずとも、間もなく目的地です。
送り届けたら、俺が北の大門まで戻って、さっきの奴らを追いますよ。
もしこれで裏をかかれたとしても、大丈夫です。必ず助け出しましょうや」
不安に押し潰されそうな暗澹とした気分を晴らすかのように、
リグナットは笑い、ルイの背を叩いた。
「ははっ、やっぱり、兄弟子は凄いよ」
笑ってそう恥ずかしげもなく口にしたルイの称賛に、
逆にリグナットの方が、気恥ずかしい気持ちになり頭を掻き、苦笑した。
改めて気合を入ったところで休息を終え、2人でしばらく駆けると、
ルイの気配察知に、ここに居るはずの無い人物の気配が掛かった。
「よく来たな、ルイ。無事なようだな。リグナットも御苦労だった」
暗がりから姿を現せたのは、巨躯の偉丈夫、レオン・ルクシウス・オーペル。
「え……レオンさん?なんでここに」
見違えるはずの無い師の一人の突然の出現に、ルイは首を傾げる。
そんなルイを一先ず置いてレオンは、リグナットに近づき握手を交わし、
労いと感謝の言葉をかける。
「後は任された、ルイの案内に、使い走りの様な真似をさせて済まなかったな」
「いえいえ、お気になさらずに。では、坊っちゃん、あちらはお任せを。
シュナイゼル様とセリーヌ様の事、よろしくお願いしますね。レオン様もまた」
リグナットは、ルイに激励の言葉を送り、レオンへ一礼した後、
北の大門へ向け、今来たばかりの道を駆けて行った。
「それで、リグナットから概要は聞かされたか?」
「はい」
ルイは、レオンからそう問われ、リグナットから聞き得た情報を、
自分の中で整理しながら、要点を抑え、簡潔にレオンへと伝えた。
「ちゃんと理解しているようだな」
「それで、レオンさんはどうしてここに?冒険者ギルドは、大丈夫なんですか ?」
レオンの大きな手が、ルイの頭をすっぽりと掴み、
優しく撫で回すのを受け入れながら、ルイは疑問を口にする。
「エドのやつが、やり過ぎている可能性を聞いているのなら不安しかないが。
言葉通りに冒険者ギルドの心配をしているのなら無用だろう」
「…思ってもなかった不安が、沸いて出てきた気分です」
「くくっ、それからここに居る理由だが、ルイに頼まれた物を届けに来たついでに、
見送りを兼ねた送迎と言ったところだな」
「えっ、あんな無茶言ったのにもう用意してくれたんですかっ?」
ルイは思わず喜色を浮かべ、レオンの顔を仰ぎ見る。
レオンが口にした届け物とは、初めてレオンに懇願した物に他ならない。
「ああ、ちゃんと仕上げておいたぞ」
自由になるお金を持ち合わせていないルイが、余程悩んだ末に頼みに来たのだろう。
恥を忍んでお願いがありますと、酷く真剣な表情で口にした時は、
何事かとレオンも身構えたものだが、
いざ聞いてみるとさして手間の要らない頼みだったため、レオンは快諾した。
レオンが手渡した依頼の品を大事そうに、
影に収納してルイはもう一つの疑問を思い出したかの様に口にする。
「あれ?送迎ってなんですか?」
「件の野営地まで、ルイと散歩に付き合おうと思ってな。なに大した事ではない。
では、早速行くとしようか……と言いたいところなんだが、ルイ」
「はい?」
「何故、執事服のままなんだ。域外に出るのにそのままと言う訳にいかんだろ。
すぐに装備を身につけろ。……そもそも何故、身につけていないんだ?
晩餐会の会場は、戦闘なしで切り抜けたのか?」
レオンからそんな質問を受け、ルイは硬直する。
実際、質問されるまで、何故、装備を身に着けなかったのかと、
そんな疑問すら今更になって抱いた事も含めてルイは正直に口にした。
何をどう言い繕ったところで、叱られる事は変わらないと諦めて謝罪を口にした。
「ルイは、特異能力を使って防具も付けられるのか?」
軽く叱りつけられ、反省している様子のルイにふとそんな事をレオンは訪ねた。
エドガーから、ギルド職員の制服から訓練着へ着替えるのに、
しばしば物影に隠れて、やってるから機会があったら見てみろと聞かされていた。
ルイは、少し得意気に頷いて見せると、影に優しく語りかけた。
「…百舌、防具つけてくれるかな」
主の呼びかけに、歓喜するかのように蠢き、
ルイの足元から這い上がりながら膨張して行く影。
「ほぉ…、影に覆われたところで換装されるのか……便利なもの…だ……な?」
レオンは、ルイと影の様子を興味深そうに観察しつつ、
笑みを浮かべ、感心の言葉を口にし、称賛していたのだが、
影の変化が、予想とずれて行くにつれて、複雑な表情を浮かべはじめた。
最終形態と言わんばかりに、ルイを丸々飲み込み、球状へと形成された影。
中心に、ルイの顔をぴたりと張り付けた有様は、異様の一言に尽きる。
球体の内部では、着々と換装が進行しているか、その布擦れの音や、
かちゃかちゃと硬質な音が複数、漏れだしてくる。
それが、また妖しさと不気味さに拍車をかけていた。
そして、なにより、本人に害意がある訳ではないのだろうが、
露出したルイの顔は、一切の表情が無く。レオンの不安を助長させる。
「便利なのは、わかるが……もう少し、この…どうにかならんのか?
例えば、その顔を出さずにするとかだな」
黒い球体の表面に漂うルイの顔が、かくんと横向きになる。
影の中で首を傾げたのだろうとは、レオンにも察しはついたが、
うっかりこれを見た者は、魔物と勘違いし襲うかもしれないと要らぬ心配が過ぎる。
当人が、得意気にレオンに披露している手前、強く否定するのも心が痛む。
レオンは、なんとか打開策はないかと模索し、葛藤する。
そんなレオンの葛藤をよそに、張り付いたルイの顔が影に潜り、再び浮き上がる。
「顔まで覆うと何も見えないだけじゃなく、気配察知も魔力探知も出来ないですね。
師匠からは、誰かの目があるところでは控えろって言われてるので、
顔を覆うと周囲の確認が出来なくなっちゃいますね」
誰にも見せるなと言ったエドガーの気持ちが、痛い程わかる。
出来れば、自身も見たくなかったと、
レオンは、余計な情報を与えてくれたエドガーに、怨み言を募らせた。
そんなレオンが見守る中、ルイの思考錯誤は続き、
影ごと地面へと沈み込み、顔だけのぞかせる言う新技を編み出すも、
あまりの不気味さに、レオンは二度と使用するなと釘を刺した。
やや経って、影の中から聞こえていた音が止まり、影が黒い煤へと変わる。
黒い靄の中から、レオンが用意した装備を身につけた、ルイが歩み出た。
「良く見せてみろ。……ああ、こことここ。ベルトの締めが緩い。
初めは、きつく感じるかも知れんが、ここを緩めて遊びを作ると音が鳴る上に、
動かす度に違和感を感じて、そのうち不快に感じてしまうはずだ」
きちんと装着出来ているのか確認が丁寧に見て行くと、
両腕の同じ部分に緩みを見つけ、そう指摘した。
ルイは、試しに指摘された部分を動かしてみると、微かだが、確かに音がする。
指摘のあった違和感も、すぐにそれだと感じるものがあった。
手を何度か動かすと、微細な遅れだが防具がやや後から動きを追うような感触。
極微細な違和感だが、確かに一度気になると気になってしまう。
これが、後に不快に感じると言った意味をルイも理解できる。
「なるほど…付け方ひとつでも、色々変化があるものなんですね」
ルイは、しげしげと自分の防具を見てそう零した。
すると、ルイの足元から影が這い上がり、
レオンが指摘した両手を覆い、すぐに霧散した。
「あっ、直してくれたんだ。ありがと、百舌」
ルイは、そう影に言葉をかけて、両手の感触を確かめる様に腕を動かす。
レオンは、ルイの動きから影が成した修正に問題が無い事を見て取り、
脳裏を埋め尽くす程の疑問と格闘していた。
(状況から考えて、あの影は、俺とルイのやり取りを理解しているとしか思えん。
理解した上で、思考し、行動にうつし、修正した。…意思を持っている?
能力が? いくら特異能力だとは言え、そんな事あり得るのか……)
特異能力とは、それを得た個人特有の能力、唯一無二の能力として知られている。
過去に存在したとされている能力や、そうではないかと推測された能力などが、
極少ない文献などに、記述されてはいるが、
レオンの知る限り意思を持つ道具ならばまだしも、能力など耳にした覚えがない。
マサルがルイに施した査定で、あの影がそう言った道具などではなく、
特異能力である事は確認されている。そこに疑う余地はない。
ルイは、影に意思がある事について別段、気にしてはいないようにも見える。
だが、レオンはそれを楽観視出来ない。
何故ならば、意思があると言う事は、ルイの意思に反して暴走する可能性も、
ルイ自身に害を齎す可能性も存在すると言う事だ。
それを指摘し、注意を促す事が必要だと考える反面、
これから、シュナイゼル達の救出に向かうと言うこの直前で、
わざわざ不安の芽を植え付けて良いものかとレオンは自問自答を繰り返す。
「どうかしましたか?」
余程、険しい表情でもしていたのだろうか。
レオンの顔を見上げるルイは、不安の色を浮かべている。
レオンは、頭を振り大した事ではないと口にして、ルイの頭に手をやった。
意思を持った特異能力である可能性が高い事や、そのため将来発生し得る不安要素。
軽く想像しただけで頭の痛くなる問題が多い。ここで無理に糸口を見つけるよりも、
エドガーたちに一度、この件を報告し皆で相談するべき事案だと結論づけた。
ルイ「黒マリモに顔だけルイ。とか遊んでるから、文字数増えるんですよ」
レオン「リグナットの辺りで、真面目な展開にぐったりしたせいだろうな」
ルイ「いやいや、ただの病気ですよ。文字数、やたら増える病」




