2章-万魔の女帝の真価と老将の意地
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「随分と画期的な魔法を開発したものですね、こんな魔法使っていませんでしたよね?」
入浴魔法、はたまた洗濯魔法とでも言うのだろうか、
オルトックはそんな事を考えながら、そう問うた。
過去、いろんな戦場に赴いた時にこんな魔法を使用していた覚えがない。
「ああ、名も無いし、魔法ではなく魔術に近いな。ルイが考えた」
「え」
素気無くリズィクルがそう答えたが、オルトックは自分の耳を疑った。
魔法を解析し、術式に起こし成したい事を成すには、
それこそ膨大な経験と知識が必要だ。
魔法の深い造詣がないオルトックでも、その程度の常識はわかる。
「弟子馬鹿と取られるやも知れぬが、あれは俗に言う天才じゃと妾は評してる。
発想が突飛で自由なのも好感を持てる。その上、笑えるほどに賢い。
今から研究者を目指したとしても一角の人物になるのは、容易に想像つくほどじゃ」
「…成り行きや運だけで貴方たちの弟子になった訳ではないと?」
「エドとレオの出会いに関しては、強運が作用したと言う見方は出来るのは否定せん。
だが、結果弟子と認めたのは妾とマサルである事は、ルイと言う存在だからこそじゃ。
まぁ、ルーファスは出自的に贔屓目はあるかもしれんがな」
「贔屓目で人を評価する人ではないのわかって言ってますよね」
「それがわかっているのなら、妾もマサルも、同情や興味だけで弟子を取らんとも、
わかりそうなものだがな。まあ、貴様が子供には子供らしくあって欲しいと、
思う気持ちもわかる。妾もたまにあれを見ていてそう思うからの」
「だが、勘違いするなよオルトック。ルイはルイが望み、妾を含めて師たち皆、
その手段を与えているに過ぎん。その優しき想いには好感は持てる…が、
ルイがそれ望まなければ、ただの大人のエゴを押しつけているに過ぎん」
そう断言したリズィクルの言葉に歯がみして押し黙るオルトック。
「今も何処ぞで張り切ってる弟子の事は、そろそろ置いておけ。
貴様の部下たちが、そろそろ迂回を終えたようだぞ」
一度ルイの事を頭から振り払いリズィクルの視線の先を見やると、
新兵たちが、相手本陣の背後に位置取り突撃に備え隊列を組んでいるのが見える。
「ふふっ、新兵とは思えんな」
リズィクルもオルトックの視線の先に目を向け、感心したと目を細める。
「自慢の兵たちですからね」
「主人がこうも頼りないと、兵はしっかりと危機を感じて成長せざる得ないのだろう。
ふふっ、お前の辺境伯ごっこもすっかり様になってきたのではないか?」
「情けない御仕着せの辺境伯も、あと数年で真っ当な方が引き継いでくれるでしょう。
それまでは、俺も兵も、もう少しの辛抱ってとこですかね」
そうオルトックは笑うと指笛を鳴らす。
リズィクルの攻撃に巻き込まれぬように、退避させていた愛馬駆けつけ、
オルトックに顔を寄せて鼻を鳴らした。
それに応えるようにオルトックは優しい手つきで馬体を撫でる。
「前線までお連れします、後ろへ」
慣れた手つきで愛馬に跨り、そう言ってリズィクルへ手を差し出すオルトック。
リズィクルは、いらんと素気無く返し、オルトックの愛馬の額を優しく撫でた。
「この美しい子の背に乗るのになんの否はないがな、今日のとこは妾が運ぼう」
そう口にしたリズィクルの足元に幾何学模様が浮かび上がり、
オルトックの愛馬ごと包み込む。
ぶるると突然の事態に鼻を鳴らす馬に、再び優しく触れ語りかけるリズィクル。
「ふふ、驚かせてすまないな。すぐ済むゆえ、今しばらく耐えてくれぬか?
そうそのまま、力を抜くと良い……"視認転移"」
発動言語が響き、周辺の景色が大きく揺らぎ崩壊する。
しばし浮遊感に襲われるが、すぐにそれも止み、景色が再構成された。
オルトックの愛馬は何度か足で地を叩き、安心したかのようにひと鳴きして見せる。
適正が少なく、高い難度を誇ると言われる空間魔法。
それを易々と操り、騎馬隊の下へと転移してみせるリズィクル。
出現場所で隊列を整えていた新兵騎馬隊の面々は、
突然眼前に姿を現せたオルトックと見慣れぬ女性の存在に困惑してざわめいた。
「久々にこの感覚を味わいました……いやぁ、やっぱり便利な魔法ですね」
「ほう…便利な足扱いとするようになるとは、辺境伯ともなると偉くなるものだな」
「い、いや便利な手段をお持ちだと言っているだけで…決して軽んじては…」
「ふんっ、今は貴様の事などどうでも良い。しばし口を開くなよ…"接続"」
オルトックに冷ややかな視線を一度だけ向け、リズィクルは発動言語を口にする。
「さて、辺境伯の兵の諸君初めまして、妾はリズィクル・ルクシウス・パルデトゥータ。
名を知らぬ者は、オルトック辺境伯の友人の一人だと認識してくれれば良い」
騎兵たちからどよめきが起きる、それは目の前に現れた魔族の女性が誰かを理解したからだけではなく、彼女の声が頭の中に直接響きだしたからだ。
「驚いている者も多いと思うが、特にバイセル老の近くにいる者たちは、
手を止めずにただ聞いてくれる事を望む。疑問も多々あると思うが清聴願う。
うむ、理解してくれてありがとう」
騎兵たちは自分たちに起こっている不可思議な感覚を、
今もなお戦線に身を置く同士たちも感じているのだと納得する。
「さて、妾と辺境伯は既知の中でな。このハンニバルで馬鹿な真似をしている輩を。
排する助力に妾はここへと赴いた。ここまでは、宜しいな?」
リズィクルと接続した兵たちの感覚が肯定しているのを感じ、
大きく頷いてリズィクルは言葉を続ける。
「さて、これから妾の傍らにいる騎兵の皆々が後方より相手の本陣に噛みつく。
白兵戦に挑んでいる者たちは、しばし待て心強い仲間が間もなく敵の悉くを払う。
そこでだ、妾が今から皆の支援に回ろう、貴殿。
ああそうだ、貴殿だ"騎兵の一"とさせてもらう…それから」
騎兵から3名、重装から2名、遊撃隊から7名リズィクルが指名して行った。
「これらは、妾の言葉を周囲に伝える事に徹してくれ。
申し訳ないが、今から貴殿らは妾の指揮命令に従ってもらう。
今あげた者たちからの視覚情報を元に万全な体勢を取ると誓おう」
接続した数名が疑問をもったのか、その思念がリズィクルは受けとめなお言う。
「ああ、何名か疑問を持った通り君たちの視界を通して妾はその全てが見える。
そんな妾が誰一人欠ける事なく勝利に導いてみせよう。
なに難しいことはない、勇者であるマサル・ルクシウス・コンドー。
そして妾を含め、全てのルクシウスたちは、こうして危機を覆してきた。
妾は、妾たちに出来て貴殿らに出来ぬとは思わん」
「「「「「……ぉぉおおおおっっ」」」」」
背後で待機する騎馬隊、そして前線の歩兵部隊からも、吹き荒れる高揚と歓喜。
当然だ、彼らがまだ兵になる前、幼い子供だった時分。
この大陸に迫った暗雲を払った生ける伝説の一人が自分たちと共に戦場に立つ。
あろうことが、実際指揮を取り勝利に導くと言ったのだ。
「うむ、貴殿らの心からの呼応受け取った。
そんな貴殿らに妾からささやかながらの贈り物だ受け取ってくれ"万魔軍の進軍"」
発動言語が響き渡り、瑠璃色の光が辺境伯の軍全体に降り注ぐ。
「ち、力が沸いてくる?これは付与か?」
「付与だとは思うけど、この付与ってなんの属性だ?こんな感覚はじめてだぞっ」
リズィクルの付与魔法を受けた、
新兵たちが仄かに発光する自分の姿をしげしげと眺め疑問を口にする。
声に出さないまでも他の面々も戸惑いは感じているようで、首を傾げる者もいた。
そこに再び頭の中に響く声。
「ささやかだが、全属性の同時付与を皆にそれから貴殿らの軍馬に施した。
大変申し訳ないのだが4時間ほどしか効果は続かんが容赦してくれ。
これより、先に妾が指名した者を除いて接続を切らせてもらう。
武運を祈るぞ?オルトック自慢の兵たちよっ」
「「「「「……ぉぉおおおおっっ」」」」」
再び、歓喜と興奮に酔い、雄叫びをあげる辺境伯軍。
半狂乱と表現しても差し支えない勢いで突撃を開始する。
だが、彼らがそうなるのも無理はない。
一般的な対人への付与魔法とリズィクルが成した物は大きく隔たりがある。
火属性ならば、攻撃力そのものと、能力値である力が上昇する。
同様に、その他の水属性、風属性、土属性、光属性、闇属性も、
それらに該当する能力を増加させる効果がある。
単体、多くて2種を繰る者は比較的存在するが、
リズィクルの様に全属性を同時かつ多展開などする者は皆無と言っても良い。
しかも、それを馬上で移動している者も含め、交戦している歩兵たちを含め、
100程の兵達と30の騎馬に対して同時展開。
リズィクルがその身に宿す圧倒的な空間認識力と経験があって初めて成せる技。
"万魔の女帝"たる一端を兵たちに感じさせるには十分な効果があった。
「怒られるかもしれませんが…負ける気がしません」
頭の中に響く声が止み、オルトックのすぐ背後を駆ける若い兵長が、
沸き立つ興奮を抑えるようにそんな言葉を漏らした。
オルトックは、そんな彼に少し振り返り笑いかける。
「誰もがそう思ってるよ。俺も久々だが君と同じ気分だよ。さあ行くぞっ!」
「はいっ」
オルトックを先頭に騎馬隊達が、ボィミス本隊へと駆けて行く。
それを笑みを浮かべ静かに見送ったリズィクルは、
バイセルたちへと視線を移し視認転移と呟いた。
「バイセル…もう若くないのだから、あまり無茶するな」
出現早々、バイセルに迫る者を鮮やかに蹴り飛ばし着地するリズィクル。
傍らで別の兵を静めたバイセルはリズィクルの登場に目を細め笑みを浮かべた。
「いえいえ、あまりも懐かしく、久しく感じた事のなかった加護と檄を受け
恥ずかしくも高揚してしまいまして、あと数刻はこの調子で働いてみせましょう」
そう言って一礼し、新たに迫った敵をひと突きで打倒し、おどけた様子を見せる。
それに反して、額に浮かべたひどい汗、呼気の乱れは悟らせぬよう取り繕っているが、
執事服の上からでも見てとれるほどに、激しく暴れる心臓の動き。
それらを見てとり、リズィクルは眉間の皺を深くする。
「いらぬ強がりなど、見せるなバイセル。何のために妾が出張ったと思っておる」
そう言い放ち接続したままの兵たちへと、それぞれに指示を投げかける。
そんなリズィクルの様子を懐かしげな表情で見守るバイセル。
自身に向けられた視線に気付き、リズィクルはバイセルに笑いかける。
「そこは特等席だ、ふんぞり返って見ていると良い。
あの愚か者たちに万魔の女帝の真価が如何ほどか、刻み込んでやろう」
「ふふっ、100程度の軍勢では貴方様の真価など推し量る事など出来るものですか」
「祭りが小振りなのは否めんが、相手が200程度の小者…ああ今ではほぼ同数か。
盛り上がりに欠ける分は、貴様らの新兵の若き力が埋めてくれるじゃろう…。
だから、上手く言いくるめて、自ら動こうなどとしてくれるなよ?」
歩み出そうとしたところで、リズィクルに見咎められ、バイセルは苦笑する。
「老兵と言えど、もう少し程度ならば、平気かと愚考致しますが?」
「ボィミス将軍はなかなか気骨者であると聞く。新兵の出番を削る事もなかろう?
そんなに祭りに参じたいのならば、急く事もない小競り合いもまだ続く。
ゆるりと今は、その悲鳴をあげてる心臓を休めておけばいい」
「そう言う事でしたら、年寄りらしく、ここは一時じっとしている事に致しましょう」
「ああ、そうしておれ…さてと」
リズィクルは接続した者たちの視界を自らの物として、状況の把握に努める。
自身の視界の端では、バイセルが、すっと前に立つのが見えた。
「この程度の相手が幾人来ようが、一人たりとて抜かせは致しません」
背を向けるバイセルに言葉に出さずに感謝を述べ、
全ての接続先の視界情報を自分へと集約する。
そこに映し出されたのは、状況を飲み込めず右往左往するボィミスの部隊の姿だった。
「正面右翼っ、敵の圧が急に増し陣形を食い破られますっ」
「背後へ移行した敵騎兵隊、突撃が止められませんっ」
伝令から次々とあげられるは悲鳴にも似た劣勢を告げる報告のみ。
ボィミスも愛用の戦斧を手に、先ほどから激戦の色濃い前線に馳せるも、
その姿を見るや否や辺境軍の兵は、一合もあわせる事なく引いて行く。
それに呼応する様に、ボィミスから一番遠い戦線が瓦解したと報が届く。
「まるで、軍そのものが一つの思考で動いている様な…なんとも歯がゆいな」
敵の侵攻がない前線を忌々しげに見つめボィミスは駆ける。
騎馬隊が敵性の魔法と思われる攻撃で消失してから、
目に見えて相手の動きが変わった。
いや、動きだけではない。そう胸の内でボィミスは呟く。
相手の兵の質の向上、そして仄かな発光から、何かしらの付与がなされたのだろう。
「この規模の兵をまとめてだと?ふふっ、長生きはするものだな」
劣勢にも限らずボィミスは笑う。
「随分と呑気な…楽しんでいらっしゃるところ不躾な事を尋ねますが、
どうされるおつもりで?」
副官が顔を青色に染めながらもそんな皮肉を口にする。
「我が出れば引くのだ、さすれば引けぬところにぶつかるしかあるまい?」
軍馬の手綱を引き停止させたボィミスは後方へと顔を向けそう口にした。
視線の先には騎馬隊を率いて、自軍の後方へと食いついたオルトックの姿が見える。
死に体だった先ほどまでと違い嬉々として、戦場を駆る姿にボィミスは笑みを零す。
「一度までならず二度も見誤るとは…我の目も曇ったものだ」
「老いは必ず誰しもがたどる道、諦めて下さい」
「ふっ…はははっ、なかなか言うではないかっ」
「最後くらいは、言いたい事は全て言わせて頂きますよ閣下」
副官は不敵な笑みを浮かべ、ボィミスより先にオルトックへと駆け出す。
「…我より先んじるとは、なんとも不敵な副官よ」
ひとしきり笑うとボィミスはそう呟き周囲の兵へと高らかに告げる。
「負け戦、その上退路もない。全力を持ってあがらえっ!なれど無駄に死ぬな。
相手を巻き込んで逝くも良しっ、降り再起をはかるも良しっ、あがらえっ!」
最後に、敵味方問わず、全ての兵の臓腑を揺らすかのような檄を飛ばし、
オーカスタン王国歴戦の勇、ボィミス・ボーティガ将軍は戦場を駆けた。




