表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■2章-ただ守りたいものを、守れるように-■■
122/143

2章-人食いどもが住まう街へ、ようこそ

「策はない…と言うよりも己が蛮勇を示すか、辺境伯」


ボィミスは落胆とも取れるそんな言葉を漏らした。

視線の先では単独で騎馬部隊を縦横無尽に引き裂くオルトックの姿。


初手で打ちこんだ弓兵の一斉掃射も、オルトックが単独で駆け抜け回避した事で、

30程の配下たちに手傷を負わせる事も出来なかった。


旗頭であるオルトックが単独で駆けたのを見て、すぐに辺境伯軍の騎馬部隊は、

孤立したオルトックを追撃し、包囲しようとするもオルトックの跨る軍馬の性能が高く。


馬脚の違いにまざまざと見せつけられ、翻弄される続けた。


オルトックの巧みな手綱捌きによる素早い切り返しや反転に、

徐々に隊列を崩され、その動きについて行けぬ者が、隊列からぱらぱらと抜け落ちる。


そこへ狙いすましたかのように、オルトック配下の騎兵が素早く襲いかかり墜とす。


その様子にオルトックを追う騎兵が激高しようと追うも、

あざ笑うかの様に離脱し、追うのを止めると距離を縮めて牽制した。


そちらにばかり気を取られると、オルトックが強襲。

将自ら単騎で幾つかの騎兵を落とすと、また速度に乗って自由に駆け回る。


この様な動きが何度か続いた事から、オルトックに単騎で囮と遊撃兼ねて自由にさせ、

隊列から逸れた者を他の騎馬で潰す魂胆である事は自明の理。


100近くいた騎馬隊も20程数を減らしている事に、並び立つ副官の表情も厳めしい。


「たかが、文官と侮ったものだな。そう辺境伯を決めてかかっていた我の失態。

 物事の本質を見ようとしない者達だと分かっているにも関わらず、

 そんな者からの言を間に受ける…滑稽。まったく耄碌はしたくないものだ」


平民あがりとは、元々王都で聞きかじった事はあったが、当時はさして関心もなく。

今回の件で対峙する事になり、ようやく関心を持った程度の存在。

パブタスやニサスカからは、貴族としての矜持も何も持ち合わせていないただの文官。

そう揶揄していたが、なかなかどうして現実に目にしたその姿は、まさに豪の者。


「……しかし、一人で100を落とすまで続けるつもりか?」


そう遥か前方で猛るオルトックへと問いかける。


ボィミスはすぐにオルトックの目的を察したが、あえて兵たちへ指示はしなかった。

何も手を打たずとも、結果がわかりきっていたからだ。


「そろそろだな、ここぞとばかりに追い立てろ」


副官が旗手に告げ、オルトックを追う騎兵隊へと指示を出す。


隊列が乱れる事などおかまいなしと言わんばかりに、

指示を受けた騎兵たちが躍起になってオルトックを追い回し始める。


二度、三度と切り返しや反転が続き、ボィミスが待っていた事態が漸く姿を見せ始める。


しばらくして、オルトックの馬の足が目に見えて鈍り始めた。


「どう凌ぐ…取り立てて焦りは見えぬが、策でもあるのかね?」


オルトックの手綱捌きが如何に優れていようとも、その馬がどんなに優れていようと、

当然、馬は生き物だ。それ故、体力も有限。

いつまでも全力の性能を維持出来る訳がない。


その事態は、オルトックの配下たちから見ても一目瞭然。

少し迷いを見せるも、オルトックの援護に動こうとする気配が見える。


「馬鹿野郎っ!こんなもの危機でもなんでもねーっ!いちいち狼狽えるなっ!」


配下たちの動きが見えている訳ではない。

恐らくそろそろ痺れを切らし出す頃合いだと、感じたのだろう。


オルトックが戦場に響き渡らせた怒号に似た檄が飛んだ。


「ずいぶんと戦慣れしておるな。……まさに精悍、好感すら持てる」


静かに称賛を言葉にしたボィミスの視線の先には、

その言葉に偽りなどないと体現するように愛馬の腹を蹴り、

待ち構える騎兵たちに、咆哮をあげながら突貫するオルトック。


些か鈍りはあるものの、オルトックの持つ剣が鮮やかな剣線を描く。


再び、オルトックの勇猛によって千切れた少数の騎馬を配下の騎馬隊が対処するも、

それを成した彼らの表情は晴れる事がない。


そんな配下の憂いを帯びた表情に、ボィミスが眉根を顰め息を吐く。


「武勇は評価できるが、部下にあの様な顔をさせるとは頂けないものだな。

 ……なるほど、部下が犠牲になるのは避けたい事情があるのか?

 いやそういう気質か……なんとも青臭い精神の持ち主のようだ」


「現王に推挙されるまでは、ただの冒険者だったとの噂を耳にした事があります。

 そのため冒険者が多いこの辺境を任されたと…あの武力があり、元平民。

 この地を治める者としては、適任だったかもしれませんが……」


「ほう、貴殿にしては肩を持つ言い方ではないか」


「戦場で対峙した相手とは言え、あの手の人間を嫌う者は少ないでしょう。

 閣下も今日は随分と雄弁であらせられます、ああいう御仁はお好きでしょうに」


副官が涼やかな声でそう断言する。ボィミスは少し笑みを深くするだけに留めた。


「ですが、ここは戦場です。私情に捕らわれる将など認められない」


そう厳しい口調で言い切った副官。

ボィミスは、それに応えることなく硬直状態が続く歩兵へと目をやった。


「あちらは目途が立ったとはいえ、こちらは些か面白くない状況か……」


見つめた先には20程の()()()()()全身鎧を身に付けた者たちが、

強固な槍衾を形成し、こちらの歩兵の進軍を牽制している。


流石は辺境都市ハンニバルの兵士と感じさせる異形の騎士然とした装備。

重装部隊が装備する全身鎧には、魔物の皮や爪らしき物が多く見受けられる。


金属のそれと違い、重装の者たちの動きは驚くほど機敏で、

歩兵たちが攻めあぐねているのがわかる。


身構えるタワーシールドと大長槍も独特な雰囲気を漂わせており、

見た目だけではなく、初撃に振らせた矢と魔法の弾雨は簡単に阻まれた。


そして、それら強固な砦と化した者たちを背後に控えさせ、

単独でただ一人、前面へ突出し歩兵と対峙する老齢の執事。


数人がかりに襲いかかるも、その攻撃の悉くを避け、時には細剣でいなす。


攻撃に転じる回数こそ少ないものの、容易に彼の者の前で隙でも晒そうものならば、

叱責するかの様な痛烈な突きが鎧の隙間を抉るように突き貫く。


負傷した者の多くは、後退させられ回復薬で治療を受け再度戦線に出ているため、

人的損壊はほぼ無いと言っても良いが、これと言った打開策も見出せず硬直していた。


「私としては、辺境伯よりもこの御仁の方が余程、恐ろしく感じます」


「見るに我とそう変わらないようだが、これ程の熟達者がまだいようとはな。

 それも執事の身についてるとは、この街の戦力はなかなか驚かせてくれる」


「だが…先の辺境伯の馬と同様。ずっとあの調子で動き続けるなど出来ぬでしょうね」


「あれがあの御仁の限界ならばな」


「どういう意味で?」


「貴様はただ歩くだけですぐ疲弊して寝込むのか?

 我の目には、あの御仁まだまだ少し身体を動かし遊んでおるだけに写ってるがな」


ボィミスの言葉に、慌てて再度目を老執事へと向ける副官。


「まあ、互いに硬直状態なのは確かなようだ。無理にこちらに噛みつこうものなら、

 あの御仁の体力も貴様の言うとおり尽きるのだろう。

 それ故に、ああしてじりじりと、こちらの()()()()()()()のだろう」


「心を砕く?」


「気付かんか?一度負傷し前線に戻った者を見てみよ。顔色が優れんだろう」


ボィミスの言葉に、先ほど治療していた者たちの顔を混戦の中から探し出す。

どれも苦々しい表情を浮かべ、動きも妙に硬くなっているのがわかる。


「何故…毒かなにか…」


「毒か、確かに毒やもしれんな。貴様もあやつらの身になって考えてみよ。

 執事服の老人に、自身の練兵そのものを根底から否定され続けるだぞ?

 治療し今度こそと立ち向かっても、出直せと、叱責され後方に追いやられる。

 そんなもの繰り返されれば、あの様な顔にもなろう」


「なんと恐ろしい…ならばっ!」


「どうしろと言う。こちらから無理を通せば膠着が崩れるだけぞ。

 …言うてる間にあれだ。指示を徹底しろ」


ボィミスはそう口にして眉間の皺を深くする。


蓄積した苛々と耐えかねる屈辱に業を煮やした一部の者たちが、

指示を待たずに、半狂乱に呑まれたまま気勢をあげて老執事に迫った。


「皆さま、掃射でございます」


それを見てとり、悠然とバイセルは片手をあげて、振り下ろす。


槍衾の背後でじっと指示を待っていた者たちが、一斉に牙を剥いた。


がむしゃらに突っ込んできた者たちは、弓や魔法の弾雨を身に浴びて狼狽する。

まだ降りやまぬ雨の中、バイセル笑みをすっと消し去ると弾丸と化して飛び込んだ。


「おい、ジジィもつっこんできやがったぞっ」


「嘘だろっ!」


「捨て身かっ!」


口ぐちに悲鳴や怒号が飛び交い、魔法や矢の弾雨舞う混乱の最中、

背後に迫る自陣からに目も向けず、老執事が殺到した愚者たちを屠って行く。


「…愚か者どもが。」


そう零すとボィミスはちらり背後を窺う。


「くだらぬ。退路など確認してなんとする……」


自身を小さく叱責すると、顔をあげ自分と年変わらぬ執事を見つめる。

不意に執事も視線をこちらに向けた気がした。


それまで静けさを漂わせていたボィミスは、獰猛な笑みを浮かべ咆哮した。


「全軍、我に続けっ!」


「全軍、閣下に続けっ!」


「「「応っ」」」


ボィミスを中心にした本隊も、高らかに咆哮をあげ遂に動き出した。


自陣から攻撃を容易く回避し、恐慌状態に陥って突撃してきた最後の一人を屠り去り、

バイセルは顔をゆっくりとあげ、相手側の本隊が後詰に動きだしたのを見て取る。


「重装隊、密集隊形を解除しつつ前進はじめ。ペアでお互いを補いあうのは忘れずに。

 掃射に参加した者で、兵科が弓の者はその場に弓は捨て置きなさい。

 重装隊の者たちと連携し、白兵戦に移行します。さて、今宵の正念場です。

 皆さま、きちんと生きて帰るために出しきりなさいませ」


「「「「応っ」」」」


朗々とよく通るバイセルの号令に大気を揺るがす程の気勢をあげて応える兵たち。

一切の無駄なく指示された隊列に移行し前進を開始した。


背後から感じる心強い気配に、バイセルは満足そうに笑みを浮かべ襟を正す。


「漸く後詰に来て頂けましたか、もう少し遅かったら危なかったですね。

 辛抱し続けた甲斐がございましたな?」


そんな届くはずもないバイセルの言葉が、まるで届いたかのように、

オルトックは愛馬の背を蹴り中空を舞い、接近していた馬上の敵を斬り倒した。


「馬から降りたぞっ!」


「かこめかこめっ!」


「なぶり殺しにしてやるっ!」


「その首級、俺がもらうぜっ!」


口ぐちにそう声をあげ、地に降りたったオルトックの退路を塞ぐように囲い込む。


「おい、あっちの騎馬隊が突貫してこねーかちゃんと見とけよっ!」


「ばーか、あんなとこから間に合うものか、さっさとやるぞ」


ボィミスの部隊たちの言葉通り、オルトックの配下たちは、

すぐに駆けつける事が出来ない程に離れている。


「お前たちが喧嘩を売ってきた、このハンニバルって街の名前の由来を知ってるか?」


遠巻きにぐるぐると馬を走らせ、少しずつその距離を縮める騎兵たちに、

呼気を静めながら、笑みを浮かべ語り始めるオルトック。


そんなものには興味が無いと数騎が、オルトックに突進し槍を突き入れる。

それを地を転がる様に避けオルトックは立ち上がり、言葉を重ねる。


「俺は若い頃に冒険者をやっててな、その頃に所属してた派閥(レギオン)があった。

 その名を引用してまだ開拓村だった頃から使われている名前でな。

 "あの勇者様"がいた世界の有名な物語に出てくる化け物の様な人物の名前らしい」


再び数騎が突撃し、地を転がりなんとか回避し肩で息をするオルトック。

汗にべったりと土埃を付着させて、そこには辺境伯としての威厳も霞む。


それを見て、嘲笑に顔を歪める騎兵たち。

なぶり殺しにすると言わんばかりに、襲いかかる騎兵は数を増し、

轢き殺そうと追いたてる、ほどなくして、限界がきたのかオルトックは地に伏す。


だが、それでも、そんな身になってもなお、

笑みを深くし嗤うオルトックは、語るのを止めはしない。


「…それがな"人食いハンニバル"っての由来なんだとよ。

 人を食ったような人物って柔らかい解釈で付けたと、皆笑っていたが…。

 ふふっ、俺にはたまに本当の人食いに見える事があってな。

 ああ、歓迎の言葉を忘れてたぜ、"人食いどもが(辺境都市)住まうの街(ハンニバル)"へようこそ、諸君。

 平民あがりだからな…礼節がなってないのは申し訳なかったが、()()()()()


そう言い切ると仰向けのまま、オルトックは手足を伸ばし目を閉じた。


それを観念したと受け、一斉に群がる騎兵たち。

そのどの顔も愉悦を浮かべ、己の勝利を疑わない自信に満ちた瞳をしていた。


彼らは何を聞いていたのか。

オルトックは確かに口にしたはずなのに、()()()()()…と。


刹那、一条の緋色に輝く閃光が音も無く駆け抜けた。


一拍遅れて、轟音と身を炙るような熱気が爆散する。


頭痛を感じる程の耳鳴りに顔を顰めてオルトックは目を開く。


目を閉じていても、激しい閃光の余波で視力がなかなか戻らない。

あーと何度か声を出し、聴覚の復調を確認するも、こちらもまだ時間が必要なようだ。


すると近くに何者かの気配がする。

咄嗟に身構えるが、突然の来訪者はどうやら敵意がないらしく動きを見せない。


その存在が誰か察しがついてるオルトックは静かに復調を待つ。

多少の違和感があるものの漸く、目と耳が機能を取り戻す。


首を動かし、敵兵の軍馬たちがその背に不気味な黒く燻った異物を、

載せて闊歩しているのを見て取り、ふうと安堵の息を漏らす。


「お見事ですとしか言えない精度ですね」


オルトックの復調に気付いたのか、月明かりを遮り人影がオルトックを覆う。


月の逆光でどんな表情しているかまではわからないが、

良く見知ったシルエットに、オルトックは称賛の言葉を贈った。


「全く、よくもこの妾に、こんな回りくどい真似をさせてくれたのものじゃの?

 小汚い顔して、ボロボロな姿にまでなって、馬が残った事がそんなに満足か?」


人影は、あからさまに不機嫌そうな声を出し、()()()()を揺らした。


その口調から、相当機嫌が悪いのが伝わり、表情が見えなくて良かったと、

胸の内で安堵し、オルトックは弁解を口にした。


「辺境は、国からの予算が少ないんです。"人から炭に積み荷を変えても動じない"。

 それほどまでに訓練された軍馬を、これだけの数揃えるのに幾らかかると……。

 迷惑料として、色気を出す気持ちをわかって頂きたいですよ」


「己が命どう使おうが知った事ではないが、貴様がいるのがわかってて魔法を、

 打ち込むこちらの身にもなるんだな。自死したいのならいつでも言え。

 新術やらなんやら幾らでもぶち込んでやるからな?」


建前を交えて軽い口調で答えたのがまずかったのか、命の危機に晒されるオルトック。

表情を引き締め、心の底から謝罪を口にする。


「…以後、この様な事は致しません」


「ふむ、最初からそう言えば良いのだ愚か者め」


今回の作戦を提案した際、リズィクルは当然、難色を示し叱責すらかった。

それでも、辺境の予算の話などを滔々とし、必死に懇願する事で漸く得た了承。


リズィクルには当然、オルトックの説得が建前だと言う事は気付いていた。

彼女が気付いて渋々、了承してくれた事もオルトックにもわかっていた。


オルトックが、無駄な流血を好まないのは、何も人に限った事ではない。


軍馬として育てられ、主人の勝手な思惑に従いこの場に在るだけで、

そこに善悪の判断など存在するはずもない。


可能であるのならば、簡単にその命を散らしたくはなかった。


「そうそう毎度、危ない賭けに勝てるなどと増長でもしてみろ……。

 次はその過信ごと貴様を炭屑にしてやるからな?」


そう酷い悪態をつきながらも、手を差し出したリズィクル。

胸にしっかりと刻み込んでおきますと苦笑を漏らし、その手を取る。


「どうだかな、お前は変なところで強情だからな」


それは皆さんも変わらない。と異論を唱えようとしたが、

すかさずそこへ熱湯を浴びせられ悲鳴をあげる。


続けざまに叩きつけるような烈風が、瞬時に衣服も髪を乾かしていった。


「ふん、小汚さがとれて色男になったではないか」


身綺麗になったのを軽く見て取り、悪びれもなくそう言い放つリズィクル。


この人たちには一生敵わないなと、オルトックは小さく笑った。

リズィクル「妾の時代到来

オルトック「えっ

バイセル「ふむ



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ