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ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■2章-ただ守りたいものを、守れるように-■■
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2章-最強の名無し、仇花と朱華

装備の改修作業に使う素材もトントン拍子で事が運び、

出来る工程の全てを終え、レオンの手が空くとエドガーが酒だと騒ぎはじめた。


ルイたちも今日は安全な場所へ身を置いている事もあって、

珍しくリズィクルも少しの間ならば付き合うと参加を表明したため、

三人は、ギルド内の酒場に足を運んだ。


「そういえば、リグナットが大変だったと耳にしたが大丈夫だったのか?」


カランと氷の音を立てグラスを置いたレオンが、ふと脳裏に浮かんだ疑問を口にした。


日中、ルイの装備を完成させるため、工房へ籠りきりだったため。

今しがた、クロエからリグナットが大変だったらしいと初めて耳にしたのだ。


「ああ、報告は受けてるぞ。糞弟子が駆けつけて片づけたらしいぜ」


「ルイが?ゼルとリーヌが巻き込まれた訳ではないのだろう?」


「ああ、あいつらは関わってないらしい。

 異変を察知した時、お前が紹介した店にいたらしくてな。

 その店主に頼み込んで、あいつが離れている間、どうやら匿ってくれたらしい。

 ちょっと待ってろ報告書読んだがはえーな。シェラ!頼みがあるんだっ」


受付カウンターで、クロエと話すシェラの姿を見つけ、

エドガーは報告書を持ってくるように頼んだ。


少ししてシェラが、依頼書を携えてやってくる。

それを受け取り、悪かったなと謝罪を口にしてレオンに報告書を手渡す。


ひとつは、名無しからの報告書、もうひとつがオルトックのからの報告書。


名無しの封蝋の跡をちらりと確認し、報告書に書かれた内容に目を走らせる。

またリズィクルは、オルトックの物から目を通し始めた。


互いに報告書を読み終えると、手に持つ物と交換し再び目を落とす。


エドガーは、そんな2人の邪魔をしないように、

声を出すことなく、目が合ったハィナへ、身ぶりで三人の酒の追加を要求する。


「概ね、理解した。リグナットのお手柄だな。

 予想はしていたが、やはり傭兵ギルドが関与してきたか」


「まあ、想定通りだろ?めんどくせー能力のヤツを潰せたのは、確かにでけぇ。

 お手柄だって胸張りゃいいのに、この報告書見るからには、

 自分の失態を悔やんでんだろうな。真面目な野郎だ」


エドガーの言う通り、報告書を見るとオルトックの物にしても、

名無しからのものにしても、リグナットが失態としてあげている場面が多い。

その一方で、共通してリグナットの功績を褒める記述が多い。


「根が真面目故に、法国に良いように使われ騙され続けていたのだろう。

 ああいう手合いは信用出来る。ルイとも非常に良い関係のようだしな」


リグナットとルイが、夜と言ってもいい早朝から2人で訓練に勤しんでいる姿は、

三人も良く知っている。リズィクルの言葉に好意的に2人も笑みを浮かべる。


「…それにしても、最高のタイミングで顔を出してくれたものだ。

 仇花たちが合流していなければ、もう少し厄介な事になっていたかもしれん」


「たしかにな……、衛兵たちが先に到着でもしようものなら、

 ボィミス卿の名が出ただけで、生き残りを解放しかねぬとこだった」


「かかっ、あの小者野郎(イジート)が性懲りもなくちょこちょこ色々やらかしてるみてぇだしな」


呵呵と笑うエドガーの言葉通り、ルイと接触した際に、

危なく首を落としそうになった小者貴族(イジート)の名前が、

どちらの報告書にも、只管(ひたすら)に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

"まさに滑稽"と辛らつに、酷評されていた記述を思い返し、

レオンもリズィクルも苦笑いを浮かべる。


「でもよ、俺的には、オルトックの仕掛けが一番面白えっ。

 あいつやっぱ貴族むいてんじゃねーか?」


「最後の言葉はオルトックが、荒れそうではあるがな。"これはなかなか良い手"だ」


レオンが指し示した報告書の記述を目で追い、リズィクルも笑みを浮かべて頷いた。


そこに書かれた記述はこうだ。


―― 生き残りを引き渡すのは吝かではないが、

   身柄はすでに、冒険者ギルドハンニバル支部に移した。

   そちらから直接、問い合わせされたし。


バイセルやリグナットを前に、妙案があると口にした傭兵ギルドへの対策。

それは、ハンニバル支部への生き残りの移送と言う手段。


名目としては、冒険者と傭兵らしき者の間で重症者が出た事件の調査。


目撃者が多くいる中、武器を取りだした傭兵と思われる人物が、

冒険者数名を一方的に襲撃し、怪我を負わせた。


現場から逃亡した者と、今回捕縛した者が同一犯である可能性もあるため、

被害者である冒険者たちに引き合わせたいとの要望が、

"傭兵ギルドの要請よりも、冒険者ギルドからの要請が先だった"ため優先した、と。


当然の事ながら、そんな事件は、ハンニバルでは実際、起きてはいない。

オルトックが、傭兵ギルドへの当て付けのために描きだしたでっち上げの事件だ。


辺境都市ハンニバル(ここ)は、傭兵ギルドの支部など許可せんからな。

 当然支部がないとなると、近いのは王都からか?」


「相手がオルトックなら、護送してこいと言えても、

 冒険者ギルドに対して、そんな要求は通るはずもねえ」


実際、オルトック辺境伯に宛てた引き渡しの要求には、

辺境伯が護送の手配をするように匂わせる文言があった。


だが、すでに冒険者ギルドへ移送したと告げれば、

傭兵ギルドは改めて、冒険者ギルドに問い合わせを行い、

かつ、ハンニバル支部へとどこかの支部から人を出さなければ行けない。


貴様の足元に火がつくぞ。と脅せるのはあくまで貴族を相手にした場合。

冒険者ギルドと組織だって抗争をすれば、傭兵ギルドはただでは済まない。


戦争や略奪に力を奮う者たちと、冒険者たちが相容れる訳がないのだ。


そして、彼らは知っている。

自分たちをも狩るべき対象だと思ってる冒険者ギルドの中で、

最も警戒すべき相手がハンニバルにいる事を。

彼らがその気になれば、自分たちの組織が壊滅的被害を被る事を。


「馬鹿みたいに頭数揃えてやってきてくんねうかな。

 まとめてくだらない真似出来ねえようにしてやんのにな」


良く冷えたエールを喉に流し込み、"傭兵ギルドの天敵"は、呵呵(かか)と笑う。

追加の酒をテーブルに運んだハィナへ、

礼の言葉を告げた"残り2人の天敵"も、不敵に笑った。


ハィナも、そんな三人に様子に笑みをこぼし、なんだか楽しそうねと笑った。


そんな師たちが剣呑な雰囲気で酒を楽しんでいる頃、

ルイの物騒な里帰りは架橋を迎えていた。


「…はあ…はあ…」


御所に浮かぶ灯篭が、裂傷を纏い呼気を荒くするルイの姿を照らす。


その付近には、膝を付き苦悶の色に顔を染めるドリュンと、

その手に支えられ、ぐったりとしたマケニティ。


そして、他の柱の誰よりも苛烈にルイを攻め立て、

無数の手傷を負わせたオーリが、ルイを睨みつけ肩で息をしている。


そして、ルイや他の柱たちとは対照的に、多少の呼気に乱れはありはするものの、

油断なくルイの動向を警戒するサミュルとラミーエ。


涼やかな顔をしている2人だが、

その口下には自嘲する心境を表すかのように微かな歪みを湛えていた。


そんな彼らと疲弊が色濃くも、なお対峙するルイの姿を目にして、

御簾の奥で朱華は、震え立つほどの衝撃を受けていた。


(これ程までに…この幼い身空でここまで至るか)


もう止めねば為らない。

柱たちの猛攻に抗うルイを見て何度思っただろう。

もう止めて欲しい。

シュナイゼルとセリーヌからは、何度懇願されただろう。


だが、今に至るまで終ぞ止める事は出来なかった。

そして、止めずにいた自分を褒めてやりたいとも思った。


思い返すのはルイが、柱たちのその悉くに対応し成長していく姿。


――

―――


サミュルの宣言が響き、身構えたルイを鼓舞するように銅鑼がなった。


開始直後、先手を取ったのはオーリだった。

地に倒れ伏すような、歪な前傾姿勢のまま最高速でルイに肉迫する。


(ルイ、私が今度こそ守ってあげる)


あの夜、あの大聖堂の事をオーリは、今もなお悔やみ続けている。


ナノスリスに後塵を拝し、因りによって愛して止まない弟に、

自らの失態の尻拭いのため、手を汚させたと言う事実。


それは呪詛の様に、身の深くまで楔となって苛み続けている。


それまで以上に、オーリは自身を追い込み鍛錬した。

忌むべき相手(ナノスリス)が得意としていた独特な攻撃姿勢、

それすらも貪欲に欲し、ついには我が物とした。


その異質な挙動(オーリの新たな力)がルイを襲う。

小さなルイが低く腰だめに構えても、さらに低い位置からの攻撃。

咄嗟に、距離を取ったところで容易に距離を詰められる。


振るわれる剣線はぎりぎりまで、オーリの身体に覆われ読み切れない。

足に迫る刃を見て、なんとか足を動かすも傷を負わされた。


次いで、ドリュンが円盾を横凪ぎに振るい遅いかかる。

オーリに、気を取られて過ぎたせいかドリュンとの気配の距離を見誤った。

痛む足をこらえ跳躍したところに、マケニティが襲いかかる。


ドリュンとマケニティの得意な型に誘導された事に気付き、ルイは歯がみする。

振るわれたマケニティの大剣に、今日ここにきて初めてルイは短剣をあわせた。


ぎりりと短剣が悲鳴をあげたのも束の間。

背中から地面に叩きつけられる。


意識を手放しそうになるのを堪え、マケニティへ肉迫するルイ。

だが、それを狙い澄ましたかのようにオーリの蹴りとドリュンの盾が待ち構える。


鳩尾をオーリの爪先が捉え、ルイの反撃はドリュンの盾に封殺される。

あえなく地を転がるルイへ、ラーミエの追撃。


短槍から穿たれた突きは、ルイから見ても熟練の刺突。


回避しようと足に力を入れるも、その動きを強制的にルイは止めた。


回避しようと先には、待ち構える舞う踊る鉄鞭の姿を、

ルイは視界の端で捉えたからだ。


「気付きましたか」


感情を感じさせない平坦な声で、サミュルはそう呟きモノクルを指先で触れた。

刺突を繰りだすラーミエは、サミュルの言葉から、

これから、ルイが"どういう判断をとろうとしているのか"把握し、

"終わってくれるなよ"と笑みを浮かべ言下に告げ、口を開いた。


「と…なれば、私の刺突は受けてもらえるのだな」


迫る刺突と待ち構える鞭の風切り音。

痛みが伴う事は、どちらを選んでも決定事項。


ルイは身体と短槍の間に、短剣をねじ込み両手に力を込める。


だが、そこに覚悟していた衝撃は訪れない。


「えっ」


「残念だが、何事も思い通りとはいかない」


接触する寸前、()()()()()()()ラーミエの短槍は力なく失速した。

呆けた声をあげたルイが、力いっぱいぶつけた短剣は、

短槍を大きく弾くも、その反動で態勢を大きく崩す。


ラーミエの背後から低い姿勢で強襲するオーリ。

ラーミエは、身体をひねり跳躍しオーリへと道を譲る。


ガラ空きになったルイ腹部をオーリの拳が刺し貫いた。


呼気が止まり、動きが硬直したルイを更なる拳が襲う。


2撃目は頬を撃ち、3撃目は逆の頬を撃ち、4撃目は顎を打ちあげられた。

とどめと言わんばかりに、腹部を襲う足刀に膝を合わせ無理矢理、ルイは離脱した。


距離を取り、顔を腫らせ肩で息をするルイ。

柱たちは追撃する事なく、ルイを見つめる。


束の間の静寂。


それを破ったのは、御簾の奥から響いた悲鳴にも近い声。


「もういいだろっ!」


「やめてっ!ルイが死んでしまうっ、朱華様っ!止めさせてっ!」


声に釣られ、御簾の方へ視線を向けていたサミュルが、ルイを見つめ口を開く。


「頭領のお声はまだのようですが、そろそろ終わりにしますか?」


ルイへかけた言葉とは、裏腹にサミュルの表情は"もう止めろ"と告げている。

オーリも厳しい表情のまま、それでも終わりにしようと言う気持ちは感じた。

ラミーエは上出来だぞ?と笑い、ドリュンとマケニティは眉根をひそめ首を横に振る。


「…はっ…はっはは…」


ルイは、笑った。


別に、心が壊れた訳じゃない。


嬉かった、だから笑った。


エドガー達の下で、自分が強くなった実感はあった。


だが、先ほどまでの家族との模擬戦は、ルイの心を少しだけさびしくさせた。


―― こんなものかと


寂寥感すら感じていた。


だが、そんな物はただの増長だったと目の前の家族が教えてくれた。


いつまでも、どこまでも優しく気高く強い。

ルイは心の底から誇らしい気持ちでいっぱいになる。


「…ゼル兄様、リーヌ姉様。少しだらしないところを見せて申し訳ありません。

 だけど、もう少しだけ時間をくださりませんか?

 まだ、僕はこの誇らしい家族に成長した姿を全部見てもらってないんです」


「良い、好きなだけ見せると良い」


朱華は思わずそう口にしていた。


そして、その通りルイは柱たちの動きを学び、呼応するかの様に成長した。


朱華は、身の毛がよだつ程の歓喜を感じた。


――

―――


「ゼル、リーヌ。たくさん我慢させたあげく、こんな事言うのもなんだけど……。

 もう少しだけ、我慢していてね?」


涙を浮かべ、唇を噛みしめ何度も立ち上がるルイの姿を、

ひとつ残らず焼きつけようとしていた2人へ、

優しく、そして申し訳なさそうに、そう口にして朱華は音もなく立ちあがる。


その言葉に思わず顔をあげ朱華を見上げる2人。

眉根を寄せ、少し困ったような悲しい様な顔で2人を見つめる朱華。

それは、名無しの頭領としてそこに在った仇花ではない。


「私もね、2人と同じくらいルイが大切なの。

 そして、ルイもあなた達と同じくらい私たちが大切なの。

 だから、私もあの子の気持ちに応えてあげたいのよ?」


「死なせないって約束してくれ」


シュナイゼルは、赤く腫れた瞳で朱華を睨みつけそう口にした。


「絶対にルイは死なせないわ、今もこの先もずっと」


朱華は優しく微笑み強い誓いの言葉を口にした。


「ち、ちゃんとっ!ひくっ…ひっ…ちゃんと治療もしてくださいねっ!」


嗚咽混じりにセリーヌが叫ぶ。


「当然よ。ごめんね、セリーヌ」


「ルイが…ひくっ、ルイが一番見せたいのっ!朱華にだからっ!ひっ…ひくっ」


慟哭するように、言葉をひねり出すセリーヌを思わず朱華は抱きしめる。

そっと優しく背を摩り、ありがとうと耳元で囁く。


セリーヌを離し、再び御簾越しにルイを見る。


「どうせなら、感動するくらい凄いルイを見せてくれ」


シュナイゼルは小さな拳を朱華に向ける、朱華はその拳に自身の拳を合わせた。


「くすくす、なかなか痺れる激励ね?ゼルもリーヌも最高よ」


そして、朱華は()()()()()を心に纏う。


柔和さはかき消え、赤く爛爛と輝く瞳は怜悧な光を放つ。

黒き髪をさらりと揺らし、細くしなやかな足が御簾へと進む。

豊かな肢体は妖艶さを漂わせ、弾む様に震える。


側仕えたちが、御簾に手を宛がい開け放つ。


「さあ、末の子よ。私にもその力、存分に振るってみせるが良い」


名無しの頭領、その二つ名は仇花。


七人のルクシウスと呼ばれる、彼の英雄(化け物)たちを、

"たった一人で壊滅に追い込んだ"とされる()()()()()()()()()()()()


吹き荒ぶ暴威を散らし立ちはだかる、

最愛にして最強の家族を前にルイは今日一番の笑みを浮かべた。

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