↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

第十七話 銀の枝

施設の外へ出る朝、イリスはいつもより早く身支度を終えていた。


 ここまでに知った未来は、白い壁と医療機器、廊下の先にある食堂までだった。その外にも人間が暮らしている。窓から見ていた場所へ出るのだと思うと、座って待つ気にはなれなかった。


「準備できた?」


 ヴェリスが扉から顔を出した。細身のパンツに短いジャケットを着ている。普段着なのか外出のための服なのか、イリスにはまだ区別がつかない。


「はい」

「ほんとに?」

「何がですか?」

「緊張してない?」

「少しは」

「してるんじゃん」


 イリスは答えず、自分の服へ目を落とした。施設側で用意された簡素なものだった。左袖だけ短く処理され、肩の接合部に干渉しないよう調整されている。右耳には翻訳用のイヤーピースが収まっていた。


 レアが後ろから肩を覗き込む。


「痛くない?」

「大丈夫です」

「擦れたらすぐ言って」

「分かりました」


 ローザは扉の外で待っていた。


「早く行こうよ!」

「走らないでください」

「走ってないよ」

「今、走っていました」

「ちょっとだけ」


 ヴェリスが言う。


「ローザの方が現代に慣れるの早いね」

「そうかもしれません」


 イリスは小さく息を吐き、二人の後に続いた。建物を出ると、天井のない明るさが目に入った。


*


 手配された車で街へ向かう間、イリスは窓の外を見ていた。


 施設の周囲に広がっていた土地が、次第に建物へ変わっていく。道路の幅も、流れる車の数も増えた。見知った空の下に、知らないものが途切れず続いている。


 街で車を降りてからも、その広がりはすぐには掴めなかった。建物が道に沿って連なり、遠くにもまた建物が見える。これだけの人間と車が動いているのに、思っていたほど音は大きくなかった。


「もっと、うるさいものだと思っていました」


 レアが顔を向ける。


「何が?」

「車です」

「ああ」


 彼女は道路を見た。


「昔より静かだからね」

「昔?」

「二十年くらい前とか」


 イリスは少し考える。


「それも、私から見れば未来ですが」

「まあね」


 ヴェリスは端末を見ながら歩いていた。画面に短い映像が次々と流れ、指が動くたび別のものへ変わる。


「それは何をしているのですか?」

「動画見てる」

「今ですか?」

「今」

「歩きながら?」

「見えるから平気」


 レアが言った。


「そのうちぶつかるよ」

「ぶつからない」


 直後、ヴェリスが半歩ずれた。案内板の支柱が、ジャケットのすぐ横を通る。イリスは何も言わなかった。


「今の見た?」

「見ていません」

「優しいね」

「そういうことではありません」


 レアが笑う。その向こうで、建物の壁いっぱいに映像が流れていた。人が近づく前に扉が開き、手を触れなくても案内板の表示が変わる。人の流れに合わせて床の光が切り替わり、店頭には人間ほどの大きさの広告像が立っている。


 何を見るべきか決められないまま、イリスは何度も足を止めた。ローザも隣で止まり、ヴェリスが少し先で待つ。レアは急かさず、イリスの視線の先を見ていた。


 ある店の前で、イリスは透明な板状端末を指した。


「これは?」


 ヴェリスが一瞥する。


「古いタブレット」

「古い?」

「うん」


 指が触れると、文字も絵も動いていた。映像まで出る。薄く、片手で持てる。それでも古いらしい。


「これが、ですか?」

「まだ使ってる人いるんだね」


 レアが言った。


「使えるならいいでしょ」

「でも古い」

「ヴェリスは何でも新しい方がいいだけ」

「新しい方がいいじゃん」


 イリスはなお端末を見ていた。


「……私には十分、魔法に見えます」

「それ言うと技術者が嫌がるよ」

「なぜですか?」

「頑張って作ったのに魔法って言われるから」

「では、すごい機械ですね」

「それなら喜ぶ」


 イリスは少し笑い、もう一度、薄い端末を見た。


*


 最初の服屋は、ヴェリスがVITRIONの若い社員から聞いてきた店だった。


「この辺、今人気なんだって」

「ヴェリスが選んだのではないのですか?」

「ちゃんと会社の若い子に聞いた」

「ちゃんと?」

「ちゃんと」


 レアが小声で言う。


「そこ強調するんだ」


 店へ入ると、店員が近づいてきた。ヴェリスはイリスを指す。


「この子に似合うの、二、三セットお願い」


 店員が一瞬止まった。


「どういった雰囲気がお好みですか?」

「かわいいやつ」

「もう少し具体的には」

「今っぽいやつ」

「ヴェリス」


 レアが口を挟む。


「左肩。着脱しやすいの」

「あとそれ」

「あとそれ、じゃないよ」


 店員の目がイリスへ向いた。左肩の接合部から体格、髪へと視線が移る。短い確認の後、すぐに棚へ向き直った。


「分かりました。いくつかお持ちしますね」


 イリスはその背中を見ていた。


「慣れているのですね」

「店員だから」

「そういう意味ではなく」


 レアが少し笑う。


「気にしてないってこと?」

「はい」

「今は義肢の人も珍しくないからね」

「そうなのですか」

「特にこの辺は」


 ヴェリスは棚の服を見ていた。


「これかわいい」

「それイリスに?」

「うん」

「肩きつい」

「じゃあ駄目」


 服が戻され、次の一枚へ手が移る。ヴェリスが見た目を選び、レアが肩を見る。二人の確認は早かった。


 数分後、試着室から出たイリスへ、ヴェリスが頷いた。


「それいい」

「動かしてみて」


 レアの声に、イリスは右腕を上げ、身体を捻った。


「問題ありません」

「左側は?」

「擦れていません」

「じゃあ候補」


 ローザが別の服を持ってくる。


「こっちも!」

「ローザ、それは」

「かわいい!」


 イリスは広げられた服を見た。先ほどのものより派手だった。


「……皆さん、本当にこういうものを着るのですか?」

「着る」

「本当に?」

「会社の若い子にも聞いた」

「先ほども聞きました」

「じゃあ信用して」

「ヴェリスの言う普通は、少し信用できません」


 レアが吹き出した。


「もう分かってきたね」


 一軒目で三セット、二軒目で二セット。三軒目の店員は、イリスの髪と体格を見て、少し落ち着いた色を勧めた。


 それを着ると、ヴェリスが言った。


「それ好き」

「私は、これが一番落ち着きます」

「じゃあ買う」

「もう十分ではありませんか?」

「足りない」

「何がですか?」

「服」

「今まで何着買いました?」

「分かんない」

「ヴェリス」


 レアが数えた。


「八」

「十分では?」

「着替えいるでしょ」

「三着あれば」

「少ない」


 ローザも言う。


「もっと買おうよ」

「ローザまで……」


 持ち帰る服は、結局さらに増えた。


*


 支払いは、ヴェリスが会社用の決済認証を通すだけで終わった。イリスは金額表示を見ていたが、二人は次の店の話をしている。


「……こんなに使って大丈夫なのでしょうか」

「大丈夫」

「ですが」

「会社のお金だから」

「それなら、なおさら」


 レアが言った。


「生活適応費。衣類も必要経費」

「全部ですか?」

「たぶん」


 ヴェリスの答えに、イリスは顔を向ける。


「たぶん?」

「細かいこと気にしなくていいって」

「ユリウスが、そう言ったのですか?」

「だいたいそんな感じ」


 レアが微妙な顔をした。


「たぶん言ってないね」


 イリスはもう一度、金額表示を見た。支払いは済んでいる。そのことが、安心してよい理由にはならなかった。


*


 次に向かった大型ショッピングモールで、イリスは入口に立ち止まった。


「これは……全部、お店なのですか?」

「だいたい」

「この建物の中に?」

「そう」

「町のようですね」

「中に町作った感じ」


 ヴェリスの横で、ローザはもう先へ進んでいる。


「ローザ、離れないでください」

「分かってる!」


 返事をするには、少し遠かった。


 中は明るく、吹き抜けの上に何層もの通路が重なっていた。空中に案内表示が浮かび、天井近くを小型配送ドローンが静かに横切る。イリスがその動きを追っている間も、周囲の人は足を止めずに進んでいった。


 動く階段の前で、また立ち止まる。


「……階段が動いています」

「そうだね」

「危なくないのですか?」

「みんな使ってる」

「それは安全の説明になっていません」


 レアが笑った。


「手すり掴めば平気」


 イリスは右手で手すりを掴み、一段へ足を置いた。身体が僅かに揺れる。足の下の段が、そのまま上へ運ばれていく。


「……動きました」

「階段だからね」

「分かっています」


 ローザは二段上で楽しそうだった。ヴェリスはもう端末を見ている。


「ヴェリス」

「なに」

「今は前を見てください」

「見てる」

「見ていません」


*


 通路を歩いている途中、ローザが周囲を見回した。


「妖精、いないね」


 イリスも顔を上げた。機械ばかり見ていて、気づかなかった。


 ヴェリスは前を向いたまま答える。


「みんな、人がいないところにいるよ。たまに町に来るやつもいるけどね」

「そうなの?」

「うん」


 しばらく歩いてから、ローザが声を上げた。


「あ」


 通路の向こうで、人間の女性の肩近くを小さなものが飛んでいた。イリスは足を止める。


 妖精だった。ただ、知っている姿とは少し違った。身体はぬいぐるみのように丸く、淡い色の短い上着を着ている。肩には小さな鞄も提げていた。


 女性が商品を見せると、妖精は首を振った。別の商品を指されると、今度は頷く。その横を人が通り、店へ入っていく。立ち止まって見る者はいなかった。


「……服を着ていますね」


 ヴェリスがそちらを見る。


「都会の子はああいうの多いよ」

「都会の妖精?」

「人と一緒に住んでる子」


 ローザもじっと見ていた。


「おしゃれだね」

「そうですね」


 イリスはまだ足を動かさなかった。車や動く階段の前では、仕組みが分からずに止まった。今、見ているのは知っているはずの妖精だった。その妖精が、人と一緒に商品を選んでいる。


 少し先の店には、妖精向けの服や帽子、鞄、寝具が並んでいた。食器やブラシまである。人間用の商品と同じ棚に、それぞれの大きさのものが置かれていた。


 別の雑貨店には、小さな札が出ている。山間部の妖精が採取した香草、樹脂、乾燥した果実。手作りの小さな細工物もあった。店の一角を借りて売っているらしい。


「妖精も、物を売るのですか?」

「売る子もいるよ」

「お金を使うのですか?」

「都会に住むなら必要」

「……そうなのですね」


 ヴェリスには何でもない話らしかった。イリスは小さな鞄へ目を戻す。森で会った妖精には、あんなものはなかった。隣の棚には、同じ大きさの鞄がいくつも並んでいる。


「ヴェリスのような姿の妖精は、あまりいないのですね」

「私はちょっと違うから」

「少し、ですか?」

「そこ引っかかる?」


 ローザが笑った。イリスもようやく歩き出し、もう一度だけ振り返った。


*


 昼食にはモール内のレストランへ入った。席についてメニューを開くと、イリスは画面の前で止まった。


「……こんなに選ぶ必要があるのですか?」

「好きなの頼めばいい」

「それが難しいのですが」


 ヴェリスはもう決めていた。ローザも早い。レアは栄養表示を見ている。イリスは写真と名前を、一つずつ見比べた。


「これは?」

「鶏」

「こちらは?」

「牛」

「これは?」

「魚」

「では、これは?」

「分かんない」

「ヴェリス」

「写真見て決めればいいじゃん」

「何が入っているか分からないものは困ります」


 レアの説明を聞き、比較的分かりやすい料理に落ち着いた。


 食事が届いても、イリスは時々周囲を見た。子ども、老人、会社員らしい人間、学生らしい若者。妖精も、義肢を使う人もいる。端末を見たまま食べる者がいて、隣の席では空中表示を操作していた。


 誰も驚いていない。皿へ手を伸ばし、話し、食べ終われば席を立つ。イリスだけが見慣れないものを数えている間に、隣の席の食事は終わっていた。


*


 食後、ローザが小さなアクセサリーショップの前で止まった。


「きれい」


 髪飾り、指輪、首飾りが並んでいた。イリスは細い銀色の髪飾りを手に取る。葉の形をしている。


「気になる?」

「少し」

「買う?」

「いえ」


 イリスは手の中で向きを変え、指で軽く触れた。


「これは銀ですか?」


 店員が答える。


「銀色の合金ですね」

「銀色」

「はい」

「銀ではないのですね」

「そうですね」


 イリスは元の場所へ静かに戻した。ヴェリスがその手元を見る。


「銀がいいの?」

「できれば」

「じゃあ、ちゃんとした店行く?」

「ちゃんとした?」

「銀とか金とか使ってるとこ」

「そこまでしていただかなくても」

「欲しくない?」


 イリスは少し黙った。


「……欲しくないとは言っていません」


 ヴェリスはすぐに歩き出した。


「じゃあ行こう」

「ヴェリス」

「経費」

「それで何でも済ませるのですか?」

「今日は済む」


 レアが苦笑する。


「たぶんね」


*


 次の店では、通路の賑わいが遠くなった。照明が柔らかく、一つずつ間隔を空けて置かれた商品に光が落ちている。店員も急いで近づいてはこなかった。


 イリスは入口から少し入ったところで待った。ヴェリスは平然と店員へ声を掛ける。


「この子に似合う髪飾り。銀で、ちゃんとしたやつ」


 店員は一瞬目を瞬かせ、それから微笑んだ。


「かしこまりました」


 いくつかの髪飾りが並べられた。スターリングシルバー、ホワイトゴールド。店員は材質を説明し、小さな石を使ったものや、細工の細かいものを順に見せた。


 イリスは一つずつ見て、細い銀の枝の前で止まった。小さな葉がついている。派手なものではなかったが、角度を変えると細工の奥に柔らかい陰影が出た。


「それ?」


 イリスは少し迷った。


「……きれいだと思います」

「じゃあそれ」

「まだ買うとは」

「欲しい?」


 もう一度、髪飾りを見た。


「はい」


 今度は、ほかの言葉を探さずに答えた。服の時と違い、誰かが似合うと言うより先に決まった。ヴェリスが店員を見る。


「これください」


 イリスは値段に目を移し、少し固まった。


「ヴェリス」

「なに」

「高いのでは?」

「大丈夫」

「ですが」

「経費」

「髪飾りもですか?」


 レアが少し考える。


「社会適応?」

「そう」

「今考えたでしょ」

「細かいこと言わない」


 イリスが次の言葉を見つける前に、支払いは済んでいた。


 店員が髪に付けてくれる。鏡の中で、黒い髪に細い銀の枝が添っていた。


「似合う!」


 ローザが笑い、レアも頷く。


「いいね」

「やっぱりこれ」


 ヴェリスは満足そうだった。イリスは鏡を見たまま、右手を途中まで上げて止める。触らなくても、そこにあることは分かった。


 表情が少し緩んだ。


*


 モールを出た後、駐車場近くでイリスは足を止めた。


 一台のバイクが停まっていた。低く鋭い形をしている。覆われていない機械部分が多く、前部は獣の顔にも見えた。イリスは近づきすぎないところから、車体を見ていた。


「これは、乗るものなのですか?」

「バイク」

「車とは違う?」

「二輪」

「二輪……」

「速いよ」


 ローザがぱっと顔を上げた。


「イリスも速いよ!」

「ローザ?」

「馬でかっ飛ばしてすごいんだぞ! みんな追いつけないくらい!」


 イリスは少し困ってローザを見る。


「そこまでではありません」

「速いよ!」

「……まあ」


 もう一度、バイクへ目を戻した。二つの車輪と、その間にある機械。ここに乗って、道路を走るのだという。


「馬で遠乗りをするのは好きでした」


 レアが少し意外そうな顔をした。


「これも、面白そうですね」


 彼女の口元が緩む。


「やっと、自分のこと自分から喋ったね」

「……そうでしょうか?」

「そうだよ。聞けば答えるけど、自分からは全然言わなかった」


 イリスは少し考えた。


「言う必要があることではないと思っていました」

「そういうとこ」


 ヴェリスが笑う。イリスはバイクから自分の左肩へ視線を移した。


「でも、今の私には乗れませんね」

「もうすぐ腕つくから大丈夫」

「そうでしたね」


 イリスは少し目を細めた。


「それに、こういうものは高いのでしょう?」


 ヴェリスが首を傾げる。


「たぶん」

「……たぶん?」

「値段見てないから」


 レアが言った。


「ヴェリスはそういう人だから」


 イリスは少し考える。


「あまり参考になりませんね」


 持ち主が戻ってきた。装備を整え、跨がる。ほとんど音もなく動き出した車体を、イリスは目で追った。車輪が回り、駐車場を抜けていくまで見ていた。


*


 その日の夕方、ユリウスの画面には契約書の修正箇所が出ていた。


 導入、校正、部品交換、復職支援。ホロウェイが政府側と詰めた条件には、別々の支払者が付いている。


「復職までの予算と、その後の維持費は窓口が違います」


 エイドリアンが説明した。


「一件にまとめれば早いが、向こうには一件で払う仕組みがない」

「患者は同じだ」

「はい。ただ、契約相手は同じではありません」


 リンが受け持つ範囲を示した。治療として保証するところ。保守で維持するところ。治療を超える性能は別契約にする。


「分けてあれば、どこまで引き受けたかは説明できます」

「隙間は?」


 ユリウスが訊いた。


「どの契約にも入らなかったものは、誰が持つ」


 リンは画面を送った。個々の責任は書かれている。装置と身体が同時に悪くなった時、どちらが先に壊れたかをめぐる欄には、協議という言葉が残っていた。


「その時点で、患者は止まっている」

「責任の確定前にも、処置する費用は要りますね」


 エイドリアンが言った。


 ホロウェイは、その費用を試算へ加えた。安く見せれば売りやすい。売った後に動けなくなった身体を、契約の線だけでは切り分けられない。


「先に対応する側を決めろ。取り分は、その費用を入れてから出せ」


 ユリウスが言うと、エイドリアンが修正項目を引き取った。


「本体側の共同案件にも、同じ条項を入れますか」

「こちらが処置するなら、同じだ」


 リンが頷く。画面から一つの空白が消えた。他の案件まで、同じ答えになるわけではなかった。


*


 その夜、ユリウスはヴェリスと食事をしていた。


 彼女は昼間撮った映像を眺め、時々、手を止めて画面を送る。ユリウスは肉を切った。


「どうだった」

「何が?」

「イリスだ」

「普通」

「それで分かると思ってるのか」

「服買った。モール行った。妖精見てた。髪飾り買った」

「いくら使った」

「知らない」

「経費だろ」

「うん」

「ならいい」


 ヴェリスが顔を上げた。


「もっとなんか言うかと思った」

「一万ドルやそこらで何を言う」

「まだ見てないのに」

「安物を買ってきたなら、その時言う」

「うざ」


 ユリウスはそのまま食べた。ヴェリスも画面から目を離し、皿へ手を戻す。


「そういえば」

「何だ」

「イリス、バイクに興味あるみたい」


 ナイフが止まった。


「バイク?」

「今日、街でずっと見てた」

「何のバイクだ」

「知らない」

「メーカーは」

「知らない」

「車種」

「だから知らないって」


 ヴェリスは少し考えた。


「でも、ストファイ系だったよ」


 ユリウスの目が僅かに細くなる。


「ストリートファイターか」

「たぶん。前がこう、ちょっと怖い顔してるやつ」


 口元がごく僅かに動いた。


「本人は?」

「馬に乗るのが好きだったんだって」

「馬?」

「ローザが言ってた。かなり飛ばすらしいよ。本人も遠乗りが好きだったって」


 ヴェリスが彼を見た。


「なに、その顔」

「別に」

「絶対なんか考えてる」

「それで?」

「何が?」

「バイク」

「ああ」


 ヴェリスが思い出したように言う。


「多分、電動だったよ」


 ユリウスの手が止まった。


「電動?」

「うん。ほとんど音しなかったし」


 短い沈黙があり、ユリウスは小さく舌打ちした。


「……教育が必要だ」

「うざっ」


 ヴェリスは即座に返す。ユリウスは答えなかった。


「何が悪いの。本人が気に入ったなら」

「最初に覚えるものが悪い」

「バイクでしょ」

「違う」

「何が」

「音だ」

「ほんとうざい」


 ユリウスはナイフを動かした。街を見せ、服を揃えるだけだった予定に、二輪車の話が加わった。義腕が完成するまでには、まだ時間がある。


 ストリートファイター。


 悪くない。


*


 食事を終えると、ユリウスは端末を取った。ソファからヴェリスが見る。


「何してるの?」

「電話だ」

「見れば分かる」

挿絵(By みてみん)

 呼び出しは数回でつながった。長く付き合っている店だった。バイクも車も、彼が気に入った機械の多くはそこを通っている。


「俺だ」


 挨拶は短かった。


「一台、探してほしい」


 ヴェリスが嫌な顔をする。ユリウスは続けた。


「デスモドロミックを積んだ、最後のストリートファイターだ」


 一拍置く。


「もちろん程度は最高のもの」


 向こうの返事を聞き、口元を少し上げた。


「社長ならやってくれるだろ」


 また返事がある。ユリウスは椅子へ深く座った。


「急がなくていい」


 声が少し低くなった。


「妥協した個体はいらない。最高の程度のものが出た時だけ連絡してくれ」


 通話を切ると、ヴェリスがじっと見ていた。


「もう探してるの?」

「探しているだけだ」

「買う気じゃん」

「いい個体があればな」

「本人、まだ腕もないけど」

「だから急いでない」

「……ほんと面倒くさい」


 ユリウスは答えず、端末を置いた。


 店への条件は伝えた。急がなくていい。腕の完成を待つ時間と、欲しい個体を探す時間は重ねられる。


 イリスには、まだ何も話していない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。