第11話 消えた気配
「――失礼ながら、ローゼリア様。魔力の測定をさせていただいてもよろしいでしょうか」
王妃殿下主催の魔術教育の時間に、宮廷魔導師の一人がそう申し出てきた。
「魔力の、測定ですか?」
「はい。グレイフィア卿の婚約者として、今後、公式の儀式に立ち会っていただく機会もございますので、確認のためにも」
特に断る理由もなく、わたくしは差し出された魔道具に手を触れた。
水晶のような形をしたその道具が、淡い光を帯びる。測定を担当する魔導師は、その光の強さを見て、なぜか、僅かに眉をひそめた。
「……どうかなさいまして?」
「いえ……失礼ですが、以前の測定記録と、数値に変化が認められますもので」
「以前の記録?」
「幼少期に一度、貴族子弟の方々は皆、測定しております。その頃と比べますと……」
魔導師は、手元の記録と、目の前の水晶の光とを、何度も見比べていた。
「その、当時の倍近くまで、魔力量が増えていることになるかと」
「――え?」
わたくしは、思わず自分の手を見つめた。
そんなことは、今まで一度も意識したことがなかった。魔力の扱いなど、貴族令嬢の嗜みとして最低限習う程度で、自分の力量に関心を持ったことすらない。
「魔力量が変わることは珍しいのですか?」
「珍しい、というより……通常、人の魔力量は生まれ持ったものですので、急激に増減することは、まずございません」
魔導師は、困惑した様子で、そう答えた。
「といいましても、過去に今回のように増減を認めた例もあります。ですので、心配なさることではございません。ただ、念のため、記録には残させていただきますね」
それだけ言うと、魔導師は測定器具を片付け、一礼して去っていった。
(魔力量が、増えている……?)
わたくしは、しばらく、自分の手のひらを見つめたまま、動けずにいた。
◇◇◇
「――急な話なんだけど」
いつものように公爵家を訪れたアシュレイが、珍しく、疲れた様子でそう切り出した。
「国境の森で、魔獣の異常発生が確認されたんだ。討伐隊の指揮を任されて、しばらく王都を離れることになった」
「まあ……本当に、急ですのね」
「うん。行くのは僕を含めて、精鋭部隊だし、心配はいらないかな」
アシュレイは、努めて軽い調子でそう言ったが、どこか、いつもと違う緊張感が滲んでいるように感じられた。
「そう仰いましても、どうかお気をつけて」
「うん、ありがとう。すぐ戻ってくるよ」
そう言って、彼は、わたくしの首元に下がる魔石のネックレスに、そっと視線を落とした。
「これ、絶対に外さないでね」
「……分かっていますわ」
いつもより真剣な声色に、わたくしは、素直に頷いた。
◇◇◇
(――嫌な感じがするな)
国境の森は、想像していたよりも、異様な気配に満ちていた。
アシュレイは、部隊を率いながら、木々の合間を縫うように進んでいく。
魔獣の反応そのものは、報告通りだった。だが、言葉にできない不穏な気配が、まとわりついて離れない。
大切なものから目を離してはいけない、と警告しているような。
(気のせいなら、いいんだけど)
アシュレイは、その不安を振り払うように、指示を飛ばした。
「討伐予定を前倒しする。今日中に、殲滅させる」
「し、しかし、閣下。この規模には、数日掛ける方が――」
「僕が出る。問題ないだろう?」
アシュレイが纏う空気の温度が下がる。青い目から温度は失われ、視線を合わすだけで、体の芯から凍えてしまいそうだった。
「――効率は落ちても構わない。一気に片付ける」
部下たちに有無を言わさず、アシュレイは、先頭に立ち、魔獣の巣を焼き払っていった。
効率的とは言えない戦い方だった。それでも、一刻を争う場面であるかのような焦燥感が膨れ上がっていくようだった。
(早く、王都に戻るんだ――)
それが杞憂で終わることを祈りながら、アシュレイは、戦い続けた。
◇◇◇
(……なんだか、落ち着きませんわね)
公爵家の庭園で、わたくしは一人、読書に耽っていた。
アシュレイが出立してから、数日が経つ。特に変わったことは、何もない。ただ、いつもより静かな屋敷の中で、心細さを覚えているだけだった。
「はぁ……」
理由の分からない胸騒ぎを覚えながら、小さくため息を漏らし、本をめくる手を止めた。
その時、嫌な気配が突然現れた。
「……何、ですの」
立ち上がろうとした瞬間、視界の端で、小さく光が煌めいた。
首筋に小さな痛みを感じると同時に、意識が深い暗闇に落ちて行ってしまった。




