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推理力ゼロなのに、なぜか名探偵扱いされています 〜当たり前のことを言っただけで犯人が自白する件〜  作者: Pengin_X


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第2話 足跡がある。つまり、誰かが歩いたということです

朝、俺は王都新聞を読んでいた。


『密室事件、迷探偵ロイドが一夜で解決! 鍵屋に謝れの一言に王都震撼』


震撼するな。


鍵屋に謝れは、推理ではない。事件後のただの感想だ。しかも記事の挿絵では、俺が悲しげに折れた鍵を見下ろしている。


顔はいい。そこは認める。


だが、そんな顔で鍵を悼んだ覚えはない。


「先生、評判になっています!」


リディアが記録帳を抱えて入ってきた。


「やめてくれ……評判になるほど、俺の逃げ道が減る」


「逃げ道まで計算しているのですね」


「してない」


その時、扉が叩かれた。


入ってきたのは、銀髪の女だった。細い眼鏡。青い外套。人を見るというより、嘘を探す目をしている。


「宮廷推理官、ヴィオラ・ヴェインです」


宮廷?推理官?


ああ、完璧に終わったわこれ。


ちゃんと推理する人が来ちゃったよ。


「ロイド・アッシュ。昨日の密室事件、あなたの推理を検証しに来ました」


「検証するほどのものはない」


「そうでしょうね。鍵が折れているから鍵は折れた、でしたか?」


やめてくれ……。本人の前で読み上げるな。


リディアが一歩前に出る。


「ヴィオラ様。先生の推理は、言葉だけを追っても意味がありません」


「なら、意味のあるところを見せていただくわ」


ヴィオラは俺を見た。


「ちょうど次の事件があります。王立劇場で、楽屋荒らしと脅迫状。現場には奇妙な足跡が残っているそうよ」


行きたくない。


でもリディアの目が輝いている。


やっべぇ。まじやっべぇ。これ、行かない流れの方が難しいやつだわ。



王立劇場の裏口には、泥の足跡が残っていた。


細い廊下に、ぽつぽつと黒い跡が続いている。楽屋の扉は開き、衣装箱が荒らされていた。鏡台の上には脅迫状。


『今夜、主役は舞台に立てない』


物騒だ。まじで帰りたい。


「どう見るの、ロイド・アッシュ」


ヴィオラが腕を組む。


やめろ。その聞き方、完全に試験だろ。


俺は泥の足跡を見た。


足跡があるな……つまり、誰かが歩いたってことか。


よし!これしかねえわ!


「足跡があるな。つまり、これは誰かが歩いたということです」


ヴィオラの眉がぴくりと動いた。


やっべぇ!! さすがにこれは意味不明か!? 俺は今、地面に足跡がある理由を説明しただけだぞ。こんなの三歳でも言える。顔だけ名探偵じゃなきゃ許されない発言だ。


だが、リディアはしゃがみ込んだ。


「……先生は、歩いたことそのものではなく、歩かされた可能性を見ているのですね」


「ああ。そういうことだ。よく気づいたな」


知らなかった。今知ったわ。


リディアは足跡の間隔を測り始める。


「この足跡、歩幅が不自然です。普通に歩いたなら、もっと乱れるはずです。誰かが靴だけを使って、跡をつけたのかもしれません」


ヴィオラの目が細くなった。


「……確かに。踵の沈みが浅い。人の体重が乗っていない」


え、そうなの?すごいなこの二人。


もう二人で探偵事務所やれよ。俺は看板の顔だけ貸すから。


その時、劇場支配人が汗を拭きながら言った。


「ですが、脅迫状は主役のエミリア様宛てです。犯人は彼女を狙っているに違いありません」


楽屋の奥で、金髪の女優が震えていた。


その隣に、黒髪の脇役女優が立っている。腕を組み、こちらを睨んでいた。


怖い。顔が強すぎる。


顔怖いから、もうこいつ犯人でいいだろ。


いや駄目だ。顔面迫力罪で捕まえるわけにはいかない。


俺は脅迫状を見た。


「ふむ、文字が書いてあるな。つまり、誰かが書いたということですね」


リディアが紙を覗き込む。


「先生は筆跡ではなく、書いた状況を見ろと?」


「ああ。そこだ」


どこだ?リディア、頼む。そこを具体的にしてくれ。


リディアは脅迫状の端に触れた。


「この紙、劇場の台本紙ですね。外部の犯人なら、わざわざ劇場内の紙を使う必要がありません」


ヴィオラが続ける。


「つまり犯人は劇場の内部にいる。しかも楽屋に入れる人物」


黒髪の女優の指が止まった。


おいいいい!! 今の指!! 止まったよな!? 頼む、何か知ってる指であってくれ!! 爪が気になっただけとか言うなよ!?


「あなた」


ヴィオラが黒髪の女優を見る。


「この紙に心当たりが?」


「ありません」


返事が早い。早すぎる。


さすがに推理力カスの俺でもわかる。今のは早い。たぶん。


「返事が早いということは、早く返事をしたということですね」


言ってから、俺は唇を噛んだ。


何だそれ。返事が早いから早く返事した?


俺は今、時間の流れを説明したのか?


だが黒髪の女優の顔色が変わった。


リディアが息を呑む。


「先生は、質問を聞く前から答えを用意していたと言っているのですね」


「ああ。そういうことだ」


リディア、優秀すぎる。


もうリディアだけでいいじゃん!!


黒髪の女優は視線を逸らした。その先には、衣装箱があった。主役用の白い舞台衣装。その裾に、わずかに泥がついている。


ヴィオラが衣装を持ち上げた。


「足跡に使った靴は?」


黒髪の女優の喉が鳴った。


「……知らないわ」


「では、なぜ衣装の裾に泥が?」


沈黙。支配人が青ざめる。


金髪の主役女優は口元を押さえた。


黒髪の女優は、やがて小さく笑った。


「主役だけが、いつも守られるのよ。脅迫状が届けば休める。私が代役で舞台に立てる。誰も傷つかないはずだった」


ええ……?普通に白状するやん……こっわ!


でも今回は喜びより先に、劇場の奥にある重たさが見えた。脅迫状も、足跡も、全部ただの嫉妬で済ませるには少し湿っている。


リディアは記録帳を閉じた。


ヴィオラは俺を見た。


「……偶然とは言わせないわ」


言わせてくれ。できれば大声で言わせてくれ。


俺は劇場の床に残った足跡を見た。


「舞台の上に立ちたいなら、誰かの足跡を使うな」


口から出た。


またそれっぽいことを言ってしまった。


ヴィオラが一瞬だけ黙る。リディアも記録帳を開かなかった。


やめてくれ。


そこで黙られると、俺が本当にいいことを言ったみたいになる。



帰り道、リディアは嬉しそうに記録帳を抱えていた。


「先生、今日の推理も見事でした」


「俺は足跡があると言っただけだぞ……」


「だからこそです」


だからこそって何だ。


ヴィオラは少し後ろを歩いている。黙っているが、こちらを見ている気配がする。


たぶん疑っている。


頼む。そのまま疑って俺を探偵からやめさせてくれ。


信じられるより、疑われる方がまだ安全だ。


リディアがふと顔を上げた。


「先生。次は王立学院からの依頼が来ています」


「は?……今なんて?」


「王立学院です」


俺は立ち止まった。


劇場の床より、足元がぐらついた。


やっべぇ。まじやっべぇ。


今度こそ、顔だけでは乗り切れない気がした。

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